第71話

 無事一人も欠けることなく、城と思われる建物の中に侵入することができた尚斗ら決死隊一行。

 伊集院は捨て駒の寄せ集めみたいな表現をしていたが、思いのほか実力はあるみたいだ。


「悪魔共は正面からやってきてる。別のルートから行こう」


 敷地内に入ってからも悪魔の襲撃は続いたが、進行ルートが決まっているのか揃って正面側から吐き出されてくるのだ。

 ならば別にすべてを正面切って対処する必要はない、自分らはあくまで救出が目的なのだから。

 脇道にそれた通路を辿り、建物中心部へと続くルートを探し出していく。


「しかし連れ去られた者達が城の中のどこにいるかまではわからないだろう?」


 伊集院の言うことも尤もだ、しかしその時微かではあるが人間の叫び声が耳に入ってくる。

 その声にバッと顔を向け反応を露にしたのは尚斗だけではないことから空耳ではなかったみたいだ。


「やはりここに捕らえられてるみたいだな。急ごう……」


 ここは敵の拠点ど真ん中、なるべく見つからないよう隠密行動を心掛けながら叫び声のした方を頼りに移動をしていたが、不思議なことに悪魔と遭遇しない。

 もちろん悪魔が通る本筋のルートは避けてきたが、それでも巡回を行っている者やこの建物に詰めている悪魔がいてもおかしくないのにだ。


「これは……誘われてるのか?なぁ伊集院、罠だと思うか?」

「わからん。この拠点が地球に進軍する際だけに使う仮拠点……いや、楽観視しすぎだな。罠以外で考えられるとしたら儀式にかかりきりということぐらいか。む、その扉の先から気配が」


 伊集院のその言葉に緊張が走った。

 それぞれ戦闘態勢に入ったが扉から出てくるものはいない、尚斗が扉に近寄り耳をくっつける。


「中から話声が聞こえる、ビンゴだ!」


 そっと扉を開けるとそこは牢屋のように、囚人を閉じ込めておく区画だろうか奇妙な形の檻のようなものが立ち並び、その中には―


「見付けた!」


 ― 攫われた退魔師や自衛隊員が囚われていたのだ。

 扉の方角から人間の声が聞こえたのがわかったのだろう、一斉に尚斗のほうを振り向いた。


「来てくれたのか!?」


 一番近い手前の檻の中から退魔師と思われる一人が声をあげたが、それを制するようにしーっと唇に人差し指をあてる。


「囚われている方はここにいるので全員ですか?」

「あ、あぁ。ほんとはもっと居たのだが……」

「一体なにがあったのです?」

「一人一人奥に連れていかれるんだ……そこからは拷問を受けているかのように叫び声が続き、最後には断末魔をあげて静かになる。そしたらまた一人と……もう5人ほど連れていかれてしまった」


 あまりよくない報告だ……その話通りとするなら既にその五人は命がない……もしくは儀式の生贄となってしまったと見てもいいだろう。

 とにかく今ここに居る人達だけでも先に救出してしまわないと。

 尚斗は目の前の柵を壊せないかナイフで叩き斬ると案外すんなり壊すことができた。


「そんな!我々ではビクともしなかったのに……」


 囚われていた退魔師は色々試してみたが柵を破壊することができなかったらしい。

 そうなると尚斗が簡単に壊せた原因は。


「神秘の力……聖秘力か。みなさん、これから順番に解放します。解放された方から後ろにいるメンバーに付き従ってください」


 その言葉の後に次々と柵を破壊していき30人近くいた人間をすべて解放したその時、通路のかなり奥のほうから断末魔とも思える叫び声が木霊した。


「くそ、まずい!伊集院、悪魔が連れ出しにやってくる!みんなを連れて出口に向かえ!!俺が殿を務める!」

「わかった!無茶をせずに撤退しろよ!」

「ああ!」


 幸いにも囚われていたにも関わらず動ける者が多かったため、少ないメンバーでもなんとか対処ができそうだ。

 数人怪我をしている者がいたが肩を貸し、背に負ったりとして無事全員が扉から出ていったのを確認すると尚斗は柱の物陰に隠れた。

 少しすると爪が床の石を叩く音だろうか、カツカツと暗闇の中から足音が壁や天井に反響しながら聞こえてくる。

 恐らくこの暗闇の先には、悪魔達が人間を供物とするための悍ましい儀式場があるのだろう。

 悪魔は人の苦痛や不幸、負の感情等を糧とするらしい。

 ということは先ほどまで檻の中で囚われていた者が言っていた絶叫や断末魔というのは。拷問を行いエネルギーを効率よく取り出すための儀式なのかもしれない。

 とにかくとてもではないが許せることではなかった。

 ゲートに刻まれた人型、あれがもし考えている通りのものだと言うのならあのゲートの数……どれだけの人間が犠牲になったのだ。 

 自分にもっと力があればそれこそ今すぐにでも儀式場に乗り込み悪魔共を殲滅したい感情に駆られるが、はっきり言ってグレーターデーモン如きで苦戦する今の自分ではそんな大それたこともできない。

 なにより今は仲間を一人でも多く元の世界に送り届けること、そして時間を稼ぐことが自分の責務である。

 怒りを堪えつつもゴクリと唾で喉を鳴らしながら息をひそめていると、通路の暗がりからぬっと悪魔が姿を見せる。

 

(グレーター位!なんとかなる!)


 檻の惨状に気づいたのか立ち止まり、驚いた表情のまま固まってしまっている悪魔に向け尚斗が引き絞られた弓から放たれた矢のごとく柱から飛び出した。

 すぐに迎撃態勢がとれないほどに驚愕し隙を晒しているその首に向かって刃を滑らす。

 声を漏らされないために一撃で仕留めれるよう加速と遠心力を利用した斬撃によりあっけなく悪魔の首と胴体が別れを告げた。

 これで少しではあるが時間が稼げる、灰になっていく悪魔を一瞥すると伊集院達に合流すべく尚斗も走りだした。

 

 しばらく来た道を戻るように通路を走り抜けていると先の方から戦闘音が聞こえだしてきた。

 そう、集団に追いついた……追いついてしまったのだ。

 まだ道中半ば、ゲートまでは距離がある。

 しかし撤退するには悪魔の侵攻ルートと重なるのも避けられないこと、正に今その進行ルートに合流する道で戦闘が行われている。

 悪魔に対し先頭に立って特攻する尚斗がいなかったためか、やや苦戦気味の決死隊の横をすり抜け道をふさぐ悪魔共を次々斬り倒す。


「伊集院!退路をこじ開ける!一点突破してくれ!」

「神耶無事だったか!ここが踏ん張り所だ!手の空いている者は神耶の援護にまわって退路を確保!」


 尚斗が合流し矢面に立ったことでその他のメンバー達に余裕ができ統率を取り戻したようだ。

 囚われていた者達も一人では動けない者以外は援護に回り、撤退のための支援を買って出ている。

 なだれ込んでくる悪魔の群れを跳ねのけやっと城門近くまで撤退でき、あとはゲートまでの橋を渡るのみとなった時それはやってきた。


 ゾクリ


 その場にいるメンバーが全員、背につららを差しこまれたような悪寒を感じ動きが止まる。


「くそっ!もう気付かれた!止まるな!ゲートに向かって急げぇぇ!!」


 尚斗の絞り出すような叫びに呼応し再起動したメンバー達が恐怖に駆られるように撤退の足を速める。


「……この重圧……更に上位か」

「ああ……まだ見えてもないのに信じられないほどのプレッシャーだ……」


 尚斗と伊集院が城の方角を警戒しながら言葉を交わしていると、ついにその元凶が城門をくぐってきた。

 見た目はグレーターデーモンより少し大きいぐらいだろうか……しかしその存在感は比にならない。

 事実グレーター種の悪魔を何体も付き従えているが、それらの存在感を忘れてしまいそうになるほどだ。

 尚斗は武器を握る手が自然と震えているのに気づく。

 恐怖の元凶である悪魔が人間達をその目に収めた時、にちゃぁっと口を歪め嗤った。


「伊集院、アークデーモンだ……戻って討伐隊に報告してくれ。救出したメンバーの退避と上位種の警戒、戦力を集中するよう手配を頼む」

「……お前は?」

「それまで殿を務め時間を稼ぐさ。心配するな、死ぬつもりはない。適度に相手したら戻る」

「……死ぬなよ?」

「ああ……行けっ!!」


 その言葉を合図にし隣にいた伊集院が踵を返し撤退していく。

 既に橋も渡りきったところ、救出した者達はもうゲートを潜り抜けたところだろうか……無事撤退できたか確認したいが目の前の悪魔から目を離せない。

 既に押し寄せてきていた悪魔達の攻撃は止まっている。

 別に倒したわけではない、ただ攻撃の手を止めアークデーモンが来るのを待っているだけのようだ。

 その悪魔達が道を開け、花道を当然のように進んでくる上位悪魔は尚斗の前までやってくるとちっぽけな彼を見下ろし口を開いた。


「『バチカンの力が及ばぬ地と思い手を抜きすぎてしまったようだ。ねずみの侵入を許し儀式を邪魔されるとは。こんなことならば我と同位の者に声をかけておれば楽であったかな』」


 悪魔の声は不思議な力によって頭に直接届いているようである、日本語をしゃべっている訳でもないのにその内容が頭に入ってくるのだ。

 人語を介する……それすなわち上位悪魔の証明でもあった。


「へぇ……儀式ねぇ。とても悪趣味なモノみたいだが、お前達の目的はなんだ?」


 ここで尚斗もゲートの向こう側の準備が整うまでの時間稼ぎのため、あえて悪魔の言葉に乗ることにした。


「『ゲートを見て気づかなかったか?人間どもの地に攻め込むための新たな生贄よ。我らは太古より人間の魂を集めゲートを作り、また攻め込んでは魂を集める。そうやってゲートを増やしてきたのだ』」


 尚斗の嫌な予感は当たってしまった。

 今回の犠牲者達は次の門を生み出すための贄にされてしまったようだ。


「ほんと……悪趣味なこった……ここに見えるすべての門がそうだと言うのか。参考までに教えてくれ、一度使った門はどうなる、人間は今まで何度も侵攻されては退けてきたはずだ」

「『ほぉ、探究心か?戯れに教えてやろう、あちら側で戦力を集めるための時間稼ぎが必要なのだろう?後ろのゲートを見るがいい、人間がたっぷり敷き詰められているであろう?まず門を作るのに一定量の贄が必要となり人間界との境界が開く。使い終わり閉じた門はあちらのようにのっぺりとした状態で残る。人間でいう……あれだ、電池が切れた状態というやつだな。また適量の贄を補充すれば再利用できる。どうだ、理解できたかね?』」


 素直に答えた悪魔のその説明を聞き、二重の意味で舌打ちを鳴らしたくなった。

 あれらの門は使い終わり残骸となったオブジェではなく、再利用可能な喉元に突き付けられている橋頭保であること。

 また、こちらの時間稼ぎ等織り込み済み……この門の先を養殖場とぐらいにしか思っていないその態度。

 だがしかしわかってしまう……たった一匹、この一匹が出現しただけで人間側の戦力が太刀打ちできなくなることを。


「ああ、十分わかった。おまえらを人間界に行かせてはダメだと言うことがな!」


 時間稼ぎだけではだめだ、なんとか自分が少しでもヤツの力を削がなければと決死の決断を下した尚斗はナイフを構えた。

 

 

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