第70話

 ゲートの向こう側に何人か連れ去られてしまった。

 悪魔達がなぜゲートを開き魔界とこちらを繋げようとしているのか、その目的は未だに解明されていない。

 単純に考えれば人間が住む地球の侵略や人間の駆逐等が考えられるが……人間を連れ去る?

 過去にも同じようなことはあったのだろうか……こんなことならばアメリカにもそのあたりの事を調べてもらえばよかったととも思ったが、こんなこと予想できるわけもない。

 目的がわからない悪魔のその行動に不気味なものを感じたが、尚も途切れることのない悪魔の群れが思考の中に浸ることを許してはくれない。

 群がってきた通常位のデーモンを鎧袖一触で斬り斃し、今も死体を運ぼうとしていたグレーターデーモンを奇襲で屠る。

 尚斗はまるでグレーターデーモンの運搬作業を護衛しているかのような下位種の立ち回りに苛立ちを覚えながらも、なんとか被害を最小限に抑えようと更にグレーター位に照準を絞る。


(やつらの目的がわからないが阻止しておくことに越したことはない。……何人連れ去られた?)


 尚斗の嫌な予感は膨らんでいくばかりだ。

 一人また一人力尽き、ゲートの向こう側に消えていく数は不気味な企みへの秒読みにも感じる。


 それからまた時間が経っただろうか、退魔師の数が減ったことにより防衛陣の穴が増え更に被害が加速度的に増える……と思われていたのだがそうはならなかった。

 別にこちらの戦力が補充されたわけではない、逆にかなり減っているといってもいいだろう。

 ならなぜか?グレーター位の出現数が減ってきているのだ。

 圧力が減ることは助かるのだが嫌な予感は更に増すばかり、このまま安心していると手痛いしっぺ返しが待っていそうな強迫観念さえ湧いてくる。


「すまない!少しの間ここを頼む!」


 尚斗は気が気でなく中央正面防衛側に向かい隆輝と合流した。


「父さん!」

「尚斗か、だいぶ活躍しているみたいだね……どうしたんだい?」

「悪魔の行動がおかしい!奴ら人間をゲートの向こう側に集めている、生きた人間も死体も一緒にだ。気づいてるか?上位悪魔の出現が減っているのを。奴ら向こう側でなにかやってるんじゃないか?」


 尚斗の説明を聞き悪魔を殲滅する手を止めることなく考えに耽る隆輝。

 尚斗の声を近くで聞いていた隆輝の取り巻き達は「気にしすぎです」「我らが優勢なのですぞ?」等好き勝手言っているが引くつもりはない。


「……確かにおかしいね。人間を食料に……なら別に上位悪魔がわざわざ動く必要はないか。なにかの触媒として……儀式を行う?……わかった。尚斗、私がまわりに呼びかけて救助するための決死隊を組もう。ゲートの向こう側へ乗り込む」


 当主の決定にまわりの取り巻き達から反対の声が多数上がるが、隆輝もそちらに声を貸す気はないみたいだ。


「悪魔達の勢いが減ってきている今だからこそ出来ることだ。もし何らかの儀式が完成に至ってしまえば今以上に状況が悪化するかもしれない」


 続いてなされた隆輝の説明に対しても尚、反対の意見が減じることはなかった。


「父さん、当主を失うリスクを冒すわけにはいかない。向こう側には俺が行く。人員を集めておいてくれ」


 その言葉だけを残し、尚斗はまた元の持ち場に戻っていく。

 

「何を言ってるんだ!待ちなさい尚斗!」


 後ろからは隆輝の制止する声がかかるが言い合ってる暇はない、今は一秒でも早く判断を下し向こう側に乗り込む必要がある。

 自陣へと戻った尚斗が今も悪魔の対処にあたっている一般退魔師に向け大声で呼びかける。


「聞いてくれ!我々はこれよりゲートの向こう側に連れ去られた同胞の救出に向け決死隊を組む!我はと思う者は俺の声に応えてほしい!強制はしない、困難な任務になるのは確実だ」


 その声にすぐに応える者は出てこなかったが、一人声を挙げたものが出てきた。


「おれは行く!さっき友人が連れ去られた、このままじゃ寝覚めが悪いんでな!」


 今も真言で四肢を強化し悪魔を吹っ飛ばしたその人物は、先ほど尚斗と会話を交わしていた島である。

 島の言葉に思うところがあったのか3人ほどが名乗りを挙げてくれた。

 尚斗を含めた5人が前線を抜けることになるため残された者達の負担も増えはするだろうが、そこは自衛隊が協力してくれた。

 今まで尚斗の指示に従い後方支援だけを行っていたが、彼らが前線で一緒に退魔師と戦うことを進んで引き受けてくれたのだ。


「我々の隊からも何人か連れ去られております。できれば私達がついていきたいのですが、能力もない私達では足手まといになってしまう……どうか仲間のことをよろしくお願いします!」


 正直尚斗は自身がどこまでできるか不安ではあったがその思いを無碍にすることはできない、部隊長のその言葉に大きく頷くと4人を引き連れ門の正面側へと向かった。

 尚斗が到着する頃にはそれぞれの陣営からも決死隊のメンバーが集められているようであった。

 今は門の前で飛び出してくる悪魔の対処をしている者達が恐らくそれであろう。


「父さん、集まったのか?」

「ああ、全員で12人といったところだ……尚斗、考え直す気はないのかい?」

「見たところ氏族長はいない、だれかが纏めなければいけないだろう?幸い方位家という名前は使えるんだから俺が行ってくるよ」

「帰ってこれないかもしれないんだよ?」

「それを言うなら猶更だ、父さんが行けば神耶家の存続に関わる。それに悪魔に対処できるって意味でも俺が適任だよ」

「………わかった……だが命は粗末にしないでくれよ?」

「ああ……」


 今生の別れとなるかもしれない短いやり取りを交わした後、最前線で待つ命知らずのメンバーの元に向かう。

 彼ら自身もわかっているだろう、魔界に乗り込むということは生半可なことではない、正に死を覚悟し挑まなければいけない。

 今まで魔界に向かい帰ってきた者の記録はないのだ。

 未知の世界、未知の領域、それだけでも相当な重圧を伴っているはずだ。

 門の前では隆輝の言っていた人数以上の者がいるがそちらは決死隊候補者の護衛だろうか。

 そちらに合流し一緒になり悪魔を討伐しながら全員に向け叫ぶ。


「今回の決死隊への参戦感謝します!全員で17人、これから悪魔の領域に突入します!この先の状況は不明!我々の使命は連れ去られた者達の救出!生存者を優先します!最後の一人になろうと任務を完遂する覚悟を持っていただきたい!だれか今回のメンバーの内情に詳しい者は!?」


 尚斗の言葉に一人長髪の青年が傍に寄ってくる。


「伊集院家の者だ、今回集まった人員は氏族の者が多いが実力的にはそう高くない。一族内の被害者を取り戻すために送り出された所謂捨て駒だよ。好きに使ってもらってかまわない。ほとんどが陰陽道と仏教密教真言系だ」


 尚斗もあまり期待はしていなかった。

 まさに死地へと赴くのだから一族ファーストの有力氏族達が一族内の実力者を出してくるはずはないと思っていたが、それでもこれだけの人数が集まっただけ僥倖であろう。


「了解しました。突入時の先頭は私が務めます。捕らわれていると思われる生存者を発見次第救出に動き撤退。シンプルに行きましょう、どうせ中はどうなってるか状況はわかりませんので」

「ああ、こちらも了解した。他の者に周知しておく。……すぐに行くか?」

「ええ、私の突入を合図としてついてきてください」


 伊集院が彼らの代表的立場なのだろうか、そのまま戻っていくと今取り交わした内容を説明していた。

 全員に話が行き渡ったところで、尚斗は門から出てくる悪魔が途切れたタイミングを見計らい突入を試みる。


「行きます!続いてください!」


 尚斗の言葉に後ろから多数の気配が追随してくるのがわかった。

 これからは未知の領域、簡単には帰ってくることができないかもしれない敵の本拠地。

 恐れはある、はっきり言ってしまえば怖くて仕方がない。

 しかし父に提案をしてしまった時点で自分が行くという選択肢以外はなかった、そうしなければ当主自らが死地に赴くことになってしまうのだから。

 暗く先が見通せない門の中が大きな顎を開け待ち構えている。

 ナイフを握る手に思わず力を入れ言葉通り地獄まかいの入口を潜り抜けた。


 「っ!!」


 尚斗が門に入り不快な暗闇から解放された瞬間、目に映ったのはすぐ目の前にいた悪魔の姿。

 相手もまさか門から人間が出てくるとは思ってなかったのか硬直している。

 しかしすぐに気を持ち直したのか攻撃を仕掛けてくる悪魔ではあるが、尚斗のほうが構えていた分動きが早かった。

 すぐに頭が刎ねられ、その後にいた悪魔達もすべて一刀のもとに崩れ落ちていく。

 グレーター位がいなかったのは運がよかった……いやそれだけ儀式とやらのほうが大事なのかもしれない。


「なんだ……ここは……」


 後ろから漏れてきた声に振り返ると尚斗に続いて続々と門を抜けてきた決死隊のメンバーが呆然としている様子であった。

 彼らが立ち止まってしまうのも無理はない、地球上では見たここもないような光景が広がっているのだから。

 開けた屋外の空は赤茶色く色塗られ、視線の先にはまるで空に浮いているのかと疑うような空中に設置された円形舞台、そこから放射状に枝分かれするように伸びた通路に自分達が潜ってきたものと似たような門がいくつも並んでいるのだから。

 尚斗らが抜けてきた門もその枝のひとつなのだろう、視界の下に映るのは空に向かい剣山のように聳え立った岩山、それがかなり下方に望めることからここは地上からかなり高い空中庭園になる。

 横を見渡せばこの円形舞台と同じような構造物が何個も並んでおり、門の数を数えると気が遠くなる。

 そして放射線状に広がったその空中庭園の先、集束する中心にはバカでかい異様な建物が嫌でも目に映る。


「おい、神耶。これを見て見ろ」


 伊集院の声に従い後ろを振り向いてみると尚斗らが潜ってきた門が不気味にそびえたっているのが見えるが、それだけのために「見て見ろ」等とは言わない、一目でその悪趣味な見た目が見て取れたのだから。


「おいおぃ、なんて悪趣味な……人だよなこれ。どれも苦悶の表情をして……とても作り物には見えねーな……っとじっくり見学もさせてもらえないか」


 尚斗のその言葉通り、中心の大きな建物からやってきただろう悪魔達がわらわらと橋を渡りこの円形舞台を目指しやってきていたからだ。

 第二派でやってきた悪魔もグレーター位がいなかったため、なんなく斃し終えた尚斗は再び門の意匠を見る……勘が告げているのだ、これを見逃すなと。


「人種は様々……服装も多様……軍人もいるな……しかし結構古いか?」

「おい、神耶……とても恐ろしいことを考えてしまったのだが……」

「どうした?」

「見ろ……上に行くにつれ新しくないか?服装等が……しかもどれもここ百年の間のデザインだとすれば……」


 伊集院のその説明で尚斗も気づいてしまった。

 いや、できればあり得てほしくない想像が過った。


「まさか!これは意匠ではなく人そのものだと言うのか?たしか前回の門事件から百年ほどだったよな……てことは連れ去られたやつらは新たな門の材料に……くそっ!可能性としたら……」

「あぁ、あの建物の中……か」

「迷っている暇はない、行こう!」


 弾かれたように走りだした尚斗に続き他のメンバーも並走する。

 建物までは一本道だ、門に向かうため攻めてきた悪魔を屠りながらも確実に建物へと進んでいく。

 近くから見るとわかる、その大きさが。

 まるで城とも要塞ともとれるような建物の入口が大きく口を開け尚斗らを招いているようであった。

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