第69話
思わぬ休息を得ることになった一同は、準備を整えながら航空支援が終わるのを待っていた。
ヘリのパイロットも下手な無駄撃ちをしない優秀な兵士であったため思いのほか長く時間を稼ぐことができていた。
そして最後のヘリが撃ち終わり、終了の合図なのかフレアを撒いて散開していく。
自衛隊員から攻撃ヘリによる支援完了の報告が挙げられると、また退魔師達に緊張が走る。
「よぉし!ボーナスタイムは終了だ!迎撃準備ぃぃぃ!」
中央に配置されていた退魔師集団から大きな声が上がると、そこかしこから気合の入った掛け声が場を支配する。
相変わらず門から悪魔共が吐き出されてくるが、その中にレッサーデーモンよりも体躯が少し大きく羽が立派なものが混じっていた。
「通常位のデーモンが出てきた!優先排除ぉっ!」
尚斗は大きな声を張り上げると自らも積極的に大型を仕留めるため先頭に立つ。
中東で悪魔を討伐する際、決め手が足りないと譲り受けた正教会謹製の大型ククリナイフ、聖秘力が込められたこの武器ならばまだこのレベルの悪魔を一太刀で仕留められることに安堵するが、周りでは苦戦し出す者が出始めている。
自衛隊のほうを見てみると無理をせず退魔師達の討伐を邪魔しない射線を確保しながら、指示した通りインプやレッサー位のみ対処しているようだ。
念のため各部隊に一人ずつ護衛の退魔師をつけたが、今はまだ必要なかったかもしれない。
「通常位はなるべくこっちに回して!今はまだ無理をする場面じゃない!」
右翼側では苦戦せずに通常位と対峙できるのは尚斗だけ、率先してそちらを斃してまわる。
(まだいける、まだ戦える、まだ大丈夫!どんだけくるかわかんねーがやってやろーじゃねーか!)
そこからまた一時間、尚斗はひたすらに見飽きた異形をまた一匹灰に変えながら息を整えた。
既に辺りは夕刻のオレンジが闇色に塗りつぶされようとする刻。
右翼側はまだ脱落者はいない、しかしその他の場所からは時折悲鳴が聞こえてきたことから、もしかすると犠牲者が出ているのかもしれない。
自衛隊も早々に手持ちの弾薬を使いきり何度も後方に下がり補給を繰り返している、中には銃自体のバレルや機関部がダメになり取り換えに下がる者もいた。
支援要員だったはずなのによくここまで付き合ってくれているものだ、補給線もしっかりしているし指揮を現場退魔師に委ねてくれる柔軟さ……自衛隊の指揮官には感謝しかない。
周りが薄暗くなり視界にそろそろ支障が出てくるかと思われた時、ゲート前の広場がいきなりなんの前触れもなく明るくなった。
なんだ?と思ったがどうやら大量の投光器が一斉に光を灯しただけのようで安心する。
(タイミングばっちり!夜か……奴らが勢いづく時間になる……こちらは休憩を挟めないから疲労が溜まる一方だ……ジリ貧だぞこりゃ)
ドガン!
大きく響いた音にそちらを見やると、左翼のほうで大技を放った退魔師がいたようだ。
(そろそろ小技では対処しきれなくなってきてるんだな……)
今まで霊力を温存するためなるべく小規模な術で対処するよう心掛けてきたが、通常位であるコモンデーモンが出現するようになりそうも言ってられなくなったのだろう。
もうインプの出現は止まっている。
さすがにあれだけ大量に倒していたらそうなってもおかしくもなく、敵の密集度は下がった分こちらとしては朗報でもあるのだ。
一番数の多いと言われるインプが品切れとなったのならレッサー位もいずれは……と期待を持てる。
そして相手も頭が切れるならそろそろであるはずだ……
「来た!グレーターデーモンだ!より人型に近いフォルムの悪魔には注意しろ!」
コモンデーモンよりもより人間らしい体躯となり大きなツノと立派な羽を携えた悪魔、離れていてもプレッシャーが尚斗の下まで飛んでくるぐらいの存在感を放っている。
そしてグレーター位が出てきたことにより尚斗は自衛隊に向かい声を張り上げた。
「部隊長ぉ!聖銀弾用意ぃぃぃ!!使用のタイミングは任せますっ!」
「了解であります!!」
通常位でも徹甲弾を何発も撃ちこみやっと斃すことができたのだ、いくら聖銀弾とは言え相手は通常位を遥かに上回るグレーター位、それぞれワンマガジン分しかないため恐らくグレーター位ではすぐに戦力外となってしまうだろうが出し惜しみ等していられない。
「退魔師はグレーター位以外の対処をお願いします!自衛隊が後方退避した後は俺がグレーター位の対処にあたりますが、抜けた奴は大技で対処してください!」
ここからは出し惜しみなしの消耗戦の開始だ、いくら尚斗が八面六臂の活躍で戦場を走り回ったところで今までのように犠牲無しとはいかないかもしれない……一匹でも多く自分が上位の悪魔を屠る必要が出てきた。
さっそく自衛隊による聖銀弾を使った攻撃が始まる。
聖銀といっても弾丸すべてが聖銀なわけではない、鉛玉の先の一部が聖銀により分厚くコーティングされているだけだ。
それでも効果はあるようで、聖銀弾を撃たれたグレーターデーモンが体を仰け反らせ進めた足が止まる。
止まったところに二発目三発目と次々に弾丸が叩き込まれやがて灰に変わっていった。
(一発で沈まないとは思ったが想像以上に粘るな……)
尚斗は心の中で舌打ちをした、悪魔が粘れば粘るほど弾丸を消費させられる。
一体であれだけ撃ちこむのだからもう数体も屠れば完売となるだろう。
思った通り二桁いくかどうかのグレーターデーモンを斃し終えた後部隊長から合図が入った。
「聖銀弾による攻撃終わりであります、指示通り後方に展開し徹甲弾による支援射撃に入ります!」
「了解です!よろしくお願いします!」
自衛隊の行動が実に早い、部隊の人数は少なくないのに展開速度が速いのは普段の訓練の賜物だろうか。
そして……ここからは一時も気の抜けない出し惜しみなしの消耗戦。
さっそく門から出てきたグレーターデーモン目掛けナイフを振り下ろすが手ごたえが今までより浅い。
悪魔の表皮がナイフに掛けられた神の加護を上回った瞬間でもあった。
カウンターとばかりに懐に入り突きを放ってくる悪魔の攻撃を紙一重で躱し―
「(くっそっ!こっちも出し惜しみしてる余裕なしかよ!)ノウマク サンマンダバザラダン カン!不動明王よ、悪鬼を退ける力を!」
明王の加護により光が全身を駆け巡ると全身の力が張ってくるのがわかる。
更にククリナイフにダメ元の破邪の真言を込め、二発目の突きを放ってきた悪魔の腕を斬りつける。
浅い傷しか残せなかった先ほどとは違い今度は腕を斬り飛ばすことに成功した。
「(効いた!)ぅらぁぁぁぁああ!」
更に返す刀で今度は首を力いっぱい込められた斬撃で斬り飛ばす。
ドンっと地面に落ちたと同時に灰に変わっていく悪魔の頭と残された胴体。
「ふぅ……ふぅ……ふぃぃ……一体でこれかよ……いや、もう体力が追いついてないのか……」
既に何時間もずっと戦い続けているのだ、まだ肩で息をする程度で済んでいるだけマシかもしれない。
やはり悪魔は厭らしい……消耗しきったところで的確な戦力を投入してくる。
休んでいられない、ほどほどに息を整えると次のグレーターデーモンへと狙いをつける。
悪魔も気づいたようで、こちらに向かい手を掲げ手のひらを開くと幾何学模様の入った魔法陣が出現する。
(まずい!)
思考を加速させる。
まわりがスローモーションになったかのような意識の中で必死に考えを巡らせる。
こちらは既に速度の乗った状態で距離を詰めているところ、避けることはできるかもしれないが脚に負担がかかる上、攻撃の方向を修正されれば止まった足では再度回避ができない……却下。
なら、そのまま特攻し発動よりも早く攻撃……リスクが高い……却下。
速度はそのまま……先に打たせ相手の攻撃を見極めカウンターを狙う、幸いにも攻撃の方向はわかる。
躱せるか?いや狙いをしっかり見定めればなんとかなる!
そこまで考えを巡らせていると悪魔の腕がビシッとなにかの衝撃で横に弾かれ手から放たれた黒いエネルギーの塊が明後日の方向へ飛んでいく。
衝撃がきたであろう方向にチラリと横目を向けると、自衛隊の一人が尚斗と対峙する悪魔に向け銃を向けている姿がかすかに映った。
「(やっる!しびれるじゃねーか!)ナイスアシスト!」
自衛隊員からの援護射撃に背を押されるような形で攻撃の間合いに入った尚斗は体を捻り体全体を回転させ、遠心力を乗せた斬撃で一刀のもとに首を跳ねる。
尚斗は援護してくれた自衛隊に向けグッドサインを送るとすぐに別のターゲットへ向け走りだした。
率先してグレーターデーモンに刃を振るい続けてはいるが、一人ですべてを対処できるわけではない。
よくも上位の悪魔をこうも準備してきたものだと思えるほどに湧き出してくるので、想定していた事態が起き始める。
一人一人と防衛陣から断末魔のような悲鳴が立て続けに上がり始めたのだ。
右翼側防衛範囲以外では自衛隊の隊員からも被害が出ており、数名迷彩柄の人影が倒れているのが目に映る。
そしてついに尚斗が恐れていた事態も右翼側で起こった。
「く、くるなぁぁ!ぐほぉっ!」
グレーターデーモンの横合いからの奇襲により、一瞬で命を刈り取られた一般退魔師が苦悶の声をあげながら崩れ落ちた。
(ちきしょぉ間に合わなかった!あんにゃろぉー……ん?)
すぐに下手人であるグレーターデーモンの方に踵を返したとき違和感を覚えた。
件の悪魔が倒した退魔師を担ぎ上げたのだ、一体何のために?
「(くそ!そんなことより)その手を離せえええ!」
強化された脚力で大きく飛び上がると、落下速度を生かし退魔師を担ぎ上げた腕に振り下ろす。
― ザジュッ ―
悪魔の腕がくるくると舞い上がると驚いたように体が硬直する悪魔、その隙を逃さぬまま着地と同時に足を斬りつけ、バランスを崩し頭が下がったところを狙い首を跳ねる。
「はぁ……はぁ……(なんだ?こいつなにをしようとしていた?)」
尚斗は悪魔の行動を不思議に思い回りを見渡してみる。
数体のグレーターデーモンと思われる個体が人を担いだり引きずりながら門へと戻っていく。
中にはまだ生きたままじたばたともがく人をそのまま捕獲し連れ去った個体もいた。
「なにが起こってるんだよ……」
悪魔の不気味な行動に嫌な予感を感じ、冷や汗が頬を伝うのを拭うことすら忘れてしまっていた。
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