第68話

 ヘルズゲートはその口から未だインプとレッサーデーモンを次々と吐き出してくる。

 既に門自体は全開……すべて開ききっている。

 開ききったタイミングで更に上位であるグレーターデーモン等が出てくると思われたが、まだまだ使い捨ての駒のストックは十分みたいだ。

 狡猾な悪魔のことだ、こちらの戦力が疲弊しきったタイミングを見計らってくるのかもしれない。


「父さん、みんなに体力を温存しとくよう言っといてくれ。この先グレーター位とアーク位のデーモンが控えているはずだ。まだ余裕のある今から全力を出す必要はない」

「ああ、わかった。こちらのほうは伝えておくよ。尚斗は孤立している子達を助けてくるんだろ?気を付けてね」

「ああ、行ってくる!父さんも気を付けて」


 隆輝にはまだまだ余裕がありそうだ、現に今も襲ってきたデーモンを呼吸するように一太刀のもとに切り倒してしまった。

 その行動は尚斗を安心させるためのパフォーマンスだったのかもしれないが父がそう簡単にやられるとも思っていない、今は全体の前線を維持しなければいけない段階である。

 派閥の加護がない退魔師達が単独で戦闘を行っているとどうしても危険な場面というのは出てくるものだ。

 尚斗は韋駄天の真言により速度を高め、劣勢に立たされている単独で活動する退魔師達に次々と加勢していく。


「すまない!助かった!」

「単独の者はなるべくそいつら同士で固まってくれ!援護する!!」


 そうやって一人また一人と助けていくと同時に彼らをひとつに纏め挙げていく。


(まずい……今はフォローが出来ているが単独氏族は別にしても一般退魔師の力が追いついてない……)


 退魔師有力氏族達は力があるため単独で動いていてもまだ対処できているようであるが、問題は協会所属の在野の一般退魔師、いわゆる野良退魔師達の実力がいまひとつ足りていないのと他者との連帯がとれていない点だ。

 このままでは本格的な進軍が開始されれば彼らは真っ先に各個撃破され防衛の穴ができてしまう。

 防衛が薄くなってきている右翼側に散らばった彼らを纏めることができれば……

 

「個人の一般退魔師は右翼側防衛にまわって互いに連帯してくれ!」


 戦場全体を駆け回りながらピンチに陥っっている退魔師の敵を斬散らし、手の空いた者から順に右翼側に合流させていく。

 戦場を一周する頃には戦場のダメージコントロールを完了させ、尚斗自身も右翼側の一般退魔師集団へと合流を果たした。

 なぜ自分がこんなことをしなければならないのかという愚痴を漏らしたくもあるが、他の集団は自分達の一族が一番であり在野の退魔師を見下し路肩の石程度にしか思っていないため誰も助けようとしない。


「要請に応じていただき感謝します!各個撃破を狙われないため固まっていただきました!援護いたしますので互いにフォローできる体制を整えてください!」


 群がる悪魔共を一刀のもとに人撫で斬りしていきながら防衛体制を整えるため指示を飛ばしていく。

 その指示に従いやっと危なげない対処をとれるようになってきているが、一般退魔師達がなぜこうも素直なのかには尚斗の人気にある。

 尚斗はこの若さで修行を兼ね数多くの現場を飛び回ってきた。

 協会側は成り上がりの神耶家を疎んでいるため、嫌がらせのように単独もしくは力のない一般退魔師達とよく組ませて依頼を投げ渡してくるのだ。

 方位家にも関わらず驕らず礼儀正しく見下さず対等に接し、更に実力もあり厳しい依頼も危なげなくこなす。

 依頼を共にした一般退魔師達は彼らのネットワークを通じ、神耶尚斗と組んだ依頼は生存率と達成率が高いと触れ込み指名まで入ってくるほどであった。

 「野良に媚び売る方位の恥」と罵る自称伝統ある名家もいるが尚斗からしてみればそんなの知ったこっちゃない、むしろ在野の彼らが日本の怪異の半分を受け持っているのを知っておきながらよくもまぁぞんざいに扱うことができるものだと不思議に思うほどだ。


「悪魔一体に二人以上で対処、死角を補ってください」

「まだ序盤です、大物も出てきていない、なるべく力は温存の方向で!」

「術具が切れた人は一声かけて後方に補給しに行ってください、その際援護します!」


 次々に指示を飛ばしひとつに纏まり連携が取れてくると、有力氏族の集団にも負けない討伐数を叩きだすようになってきた。

 先ほどまで危険な場面を何度も体験した一般退魔師達が、今や余裕をもって対処できているのだ。

 しかし相手の総量がわからないためゴールの見えない戦いを強いられている、退路は実質なく休憩等させてくれず物量で押し寄せてくるレギオンに、こちらの戦力の消耗は見逃せないところまできていた。


(くそっ!わかってはいたがこうも絶え間なくこられるとキツイ!皆の体力もそろそろやばくなるか?)


 どれほどの時間が経っただろうか……間違ってなければ既に一時間はぶっ通しで悪魔を屠り続けている。

 周りも肩で息をしている者ばかりだ。

 チラリと門の正面側で奮闘している隆輝の方へ視線を向ける。

 隆輝自身にはまだ余裕があるように見えるが、取り巻き達は……あれはもうダメだな、脱落も近いように見えた。

 援軍でもあれば状況は改善されるのだがと思ったその時、後方が騒がしくなってきた。


「……なんだ?」


 あまりよそ見のできない状況であるためチラリと窺った程度だが、野戦服を纏い銃を携えた一団が見えたような気がした。


「陸上自衛隊!まさか支援にきたのか!?」


 本来ならば退魔師集団が敗れた際、もしくは敵に前線を抜けられた場合に対処する後方部隊としての役割で展開していたはずだが……誰の采配か前線まで出てきたようだ。

 更に上空からはヘリのローター音が聞こえてきた。

 3機の戦闘ヘリ「コブラ」がホバリングしながら20㎜機関砲をゲートから湧き出てくる悪魔達に向ける。

 

 ヴィィィィィ―


 吐き出された大口径の弾が次々に悪魔を灰に変えていき、新たな出現をヘリが抑えることにより現場に一時の余裕が生まれた。

 すると後方待機していた自衛隊員達が前線に合流し一人が前に出てきて名乗りを挙げる。

 

「陸上自衛隊東部方面隊第16師団、現時刻をもって掃討作戦に参加いたします!右翼側の指揮官は貴君でよろしいでしょうか?」


 部隊長と思われる人間が……そうのたまうのだ……尚斗に向かって。

 見れば左翼側や正面側も別の部隊が向かっているようであるが……恐らくヘリが時間稼ぎしている間に部隊を合流させ態勢を整えろということだろう……それはわかる、でもなぜ自分なんだコラ!


「違います、みりゃわかるでしょう。なぜ自分ですか、高校生ですよ、ガキですよ、ほんとみりゃわかるでしょうよ!」

 

 まわりに同意を求めようと視線を向けてみると……自分より上の氏族が一人もいねぇ。

 自分より年上の一般退魔師達も我関せずとみんな尚斗に視線が集中している。


「後方の協会職員より右翼側は貴君を頼るよう指示がありました!」


 その言葉にチラリと後方を見てみれば、尚斗に向かって手を振る馴染みのある女性職員……


「あんにゃろぉ……覚えてろ!……ああもう時間がねぇ!了解であります!部隊の合流感謝します!」


 もうやけくそだった、ヘリの時間稼ぎにも際限があるのだ。


「我々の部隊の配置を貴君にお任せしますので指示を願います!」

「なんてこったい!……くそっ!確認します、使用弾薬の種類と銃剣の有無、そして近接格闘経験の練度を!」

「了解であります!使用弾薬は5.56㎜徹甲弾、特殊弾として聖銀弾をワンマガジン分のみ装備しております。部隊員は全員銃剣装着済み、近接格闘もこなせます!」


 時間がないが考えろ……聖銀弾をもってくるとはトップは相当理解のある人間だ、正直今回は助かった。

 銃を生かせる配置なんて考えつかんぞ……仕方ない、住み分けするか……。


「部隊を二つに分けてください。それぞれの部隊を我々右翼側の更に外側に配置、あくまでそちらに向かってくる悪魔と孤立している悪魔のみの対処で構いません、我々に向かってくる悪魔はこちらで対処しますが念のためフレンドリファイアがないよう十字砲火のとれる位置取りをお願いします。現在出現してきているインプとレッサー位のデーモン、後続でくるであろう通常種のデーモンまでならば7.62㎜が通用していました、徹甲弾でしたら恐らく5.56でも対処可能かと思われます。グレーター位が出てきましたら合図を出しますので聖銀弾への換装をお願いします。聖銀弾が尽きましたら後方退避をし、それ以降徹甲弾による支援射撃のみで結構です。質問はありますか?」

「はい!いえ、ありません!ではただいまより貴君の指揮下に入ります!」


 ひと時の休息をとっているはずがどっと疲れた。

 まさか自衛隊に指示を出す日がくることになるとは思ってもみなかった。

 くるりと踵を翻し今度は集まった一般退魔師達に向け声をかける。 


「さて、今の内に補給が必要な方はしておいてください。恐らくヘリの制圧射撃が終わりましたら進軍は再開するはずです」

 

 その言葉と共にほとんどの者が補給に向かう中、一人の中年男性が声をかけてくる。


「なかなか堂に入ってたじゃないか尚斗君、一時はどうなるかと思ったが少し余裕が出来たな」

「やめてくださいよ島さん、ガラじゃないんっすから。彼らのおかげで少し休憩はとれましたが……上位デーモンが出てこないのが不気味ですね。奴らが出てきてからが地獄の始まりですよ」

「想像以上にハードだなこりゃ……尚斗君、いざという時は俺らを見捨てろ。無理に助けに入ろうとするんじゃねーぞ。この集団で尚斗君が戦力外になっちまったら誰も穴を埋められねぇ」

「それ、洒落になんねープレッシャーですよ……」


 ポンっと尚斗の肩を叩いて話していた彼も補給に向かって行った。


「恨むぜ悪魔ども、なんちゅー仕事おしつけんだよ……」


 ポツリと漏らしたその声は戦場の音にかき消されて空に溶けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る