第67話

 自然豊かなバス道を通り、たどり着いた先は観光地としても有名な三峯神社。

 日本武尊の伝説でも有名であり山伏の修験場でもあった秩父三峰城が築かれた地でもある。

 まさに今回のゲートたる構造物はその秩父三峰城跡付近での発生となっていることから、明らかに霊脈から力を吸い取っていることが予想できるというものだ。

 神社から目的地まで徒歩で山道を歩いていくが、さほど遠くもなくすぐに開けた場所へと出てくることができた。

 不自然に出来た広場、森の中に突如として作られた空間。

 そこには広域関東圏から招集のかけられた退魔師一族の実働部隊のこれでもかと言わんばかりの数が集められていた。

 ざっと3桁は超えるであろうその人混みはまるでイベントに集まる群衆のようであるが、実情を知ればとても歓迎のできるイベントではない。

 既に集まった者だけでも飽き足らず今もなお続々と人員が集合してきている。

 これは合流するのも大変だと思いながら尚斗はきょろきょろと辺りを見渡しては父親の姿を探し出していた。


「尚斗!こちらですよ!」


 どうやら自分が見つけるよりも早く父の方が見つけてくれたみたいだ。

 声のするほうへ歩を進めると既に父とその関係者は集合を果たしていた。

 神耶家は天皇家及びに首都を守る【護衆八方位家】の一角を担う一族であるため神耶家に付き従う家もあれば実働部隊もそれなりに抱えていた。

 護衛も兼ねているのだろうか父を囲んでいた者達は尚斗も数回顔を合わせたこともある顔見知りでもある。


「父さん……進展はあった?」


 余計な挨拶は抜きにしてすぐさま現状把握に努めようとしていた尚斗だがそこに待ったがかかる。


「こらこら尚斗、確かに焦るほどの事態なのはわかるが挨拶は大事だよ?」

「これは失礼しました。本日の任務、これまでにない未曽有の危機とも言える一大事に参陣いただきまして感謝申し上げます。厳しい戦いが予想されますがどうぞ父の事をよろしくお願い申し上げます」


 滅相もない、当然までの事等社交辞令と呼べる返答をもらったが尚斗は父に付き従うこれらの者をあまりよく思っていなかった。

 なぜなら彼らは神耶家が方位家となった後で傘下となった者達……一言で言えば「権力者に群がる有象無象」、甘い言葉ですり寄るが忠誠心等皆無、実働部隊だけあってそれなりに戦うことは出来るがあくまで“それなり”。

 ひどい者など「成り上がりのぽっと出一族」と陰口をたたく者もいる始末である。

 確かに神耶家は歴史ある一族ではあるが、方位八家に選出されたのは父の代が初であり反発勢力が多いのも理解はできる。

 しかし獅子身中の虫と知りながらも自らの勢力に組み込まなければいけないのなら、方位家に等選出されなければよかったと思ってしまう。

 父もそれらを理解していても、方位家の義務として飼わなければいけないことに辟易していた。


「で、父さん。ここに来るまでにある程度の情報はもらえたけど当初から進展はあった?」

「ええ。アメリカが新たに立ち上げた調査チームの見解ではやはりヘルズゲートだとのことです。あれが見えますか?」


 父である隆輝が指示したのは悪趣味なオブジェとしか捉えることのできない構造物の上部、目を凝らしてみるとローマ数字に見えないこともない文字が彫られている。


「あれは……6と3……か?」

「はい、ヘルズゲートにはそれぞれナンバーが割り振られているみたいで、端的に言いますと№63のゲートということです」

「はぁ!?あんなのが最低63個もあるっていうのかよ!」

「考えたくもありませんね……ちなみにアメリカのアリゾナで発見されたものには21の記載がありました。政府は緊急事態宣言を発令するための準備を進めておりますがどういった名目で出すかを悩んでいる最中。自衛隊の派遣は決めています。併せて既にバチカンへの応援要請も済んでいます。あれが動き出す前に到着してほしいところではありますが……まぁ絶望的でしょうね」

 

 自衛隊が派遣されたとしてもこの山中だと部隊の展開は難しいだろう……こんな局地的な混戦確実な場所、できてもヘリや歩兵部隊といったところか……それも退魔師が敗れた際の予備戦力扱い、援護等期待はできないと見ていい。

 頼みの綱であるエクソシストの派遣決定は嬉しいが極東である日本までの距離が長すぎる、カトリック教会との繋がりが薄い島国という弊害が出てしまっていた。


 それまで親子の会話を見守っていた取り巻きの中から割り込む者が現れる。


「ご子息殿よ、心配めされるな。隆輝殿の力は必ずや悪魔共を滅してくれよう、しかもかの名刀をお持ちなのだ、鬼に金棒とはこのことよ!」


 なにが楽しいのか大笑いする取り巻き達。

 隆輝が持つ刀は代々受け継がれてきた妖刀「鬼斬村正」霊刀「護刺霊仙」、脇差サイズの霊刀は直接的な戦闘に関係はない能力であるが、妖刀の方は人外に対しての特効とも呼べるべき恐ろしい切れ味を見せる名刀なのだ。

 隆輝の刀術も合わさり、数々の妖を葬ってきた逸話は界隈に轟くほどの実績となっているのだから取り巻き共が自慢したがるのもわかる……が、当主の力をアテにすんなよ、虎の意を借る狐じゃないかと言ってやりたいのをぐっと我慢する。


「今回は相手が悪魔でしょう?私も悪魔との戦闘経験はないのですが……尚斗は海外に渡った時に直接戦った事があるのですよね?」

「ああ、巷で言われている通りやつらにはキリスト教聖秘力以外の力は効きが悪かったよ。一応陰陽術、神道術、真言術すべてぶつけてみたが正直五割減と言ってもいいほどだった。1~2体ならごり押しでどうにかなったが今回は団体さんなんだろ?持久戦が確定しているから相応の立ち回りが必要だな」

「五割……そんなに……わかりました、皆も聞きましたね。無茶して死なないことはもちろんのこと、霊力をなるべく節約しながら立ち回りましょう。護符は当家が準備しておりますのでそちらを主軸に戦闘を組み立てて下さい」


 神耶家当主謹製のハイブリッド式の札なら霊力も節約できるし威力も一般の札に比べ高いだろう、実際今回参陣した者達もそれが目当てなのか当主の言葉を受け「待ってました!」と言わんばかりに喜んでいるところからもわかる。


 今回の対処人員が集まり協会や各一族が準備してきたと思われる物資が後方に配置されると協会役員からの説明が一同に向け行われた。

 内容はバスで聞いたことに加え先ほど隆輝から聞かされたものそのままだったのでそれ以降特にこれといった進展はなかったのだろう。

 後は門が動きを見せるまで待機となるがこれほどに精神に負担のかかる待機もそうそうない、いつ開くかもわからないゲート、どれほどの軍勢が押し寄せてくるかもわからない不安、それらは神経をすり減らす要因ともなっていた。

 実に3時間、これは緊急事態で招集され臨戦態勢をとっているにも関わらず動きのない門の動向を見守りながら集団が待機していた時間だ。

 そろそろ緊張の糸が切れ始めたころ、待ち望んでいた……いや、来てほしくなかった事態が動き出す。


 ゴゴゴゴゴゴゴ……


 最初は体感できるかどうかの揺れだったものがしっかりと足裏に響いてくるものへと変わると両開きの門が音をたてながら少しずつ開いていく。

 周囲から「来るぞ!!」「戦闘準備ー!」「陣形を整えろ!」等の怒号が飛び交う中隆輝は刀を抜刀し、また尚斗も持参していたククリナイフをシースケースより抜き出した。

 このナイフは尚斗が中東に渡り悪魔退治をした際、現地のグルカ兵から譲り受けた聖銀が混ぜられた対悪魔用の武器である。

 悪魔特効の聖言が刻まれたその刀身を撫でながら


 「主よ、我に悪魔を打つ力を授け給え……」


 と起動キーを呟く。

 白い光に覆われた刀身を確認すると目の前の扉を睨みつける。

 高さが5メートルはあるかとも思われる門が人一人通れるだけの隙間を見せた時、中から獣とも思われるような不快感を催す声が聞こえてきた。


 ギケキャギャキャキャ!


 不快な甲高い金切り声を撒き散らすその小さな存在は、悪魔の中でも最低下級とも言われるインプの群れだ。

 物語やゲームで出てくるものほどかわいらしいものではない、鋭い爪を持ち子供ほどの体躯からは不釣り合いなほど長い手、ツノと翼が生え空中から攻撃を仕掛けてくる。


「相手はインプだ!奴らの攻撃手段は近接しかない、脅威度は一般的な悪霊レベル!空中からの動きをしっかり見極めろ!」


 尚斗の叫びにはじめから溜めの必要な大技を使っていた者も、まだ脅威となる存在が現れたわけではないと知ると落ち着いて対処を始めた。


「ふふ、頼もしいね。その調子で頼むよ」


 茶化すように声をかけてくる父親に照れてしまう尚斗であるが構っている暇はない。

 尚斗に向かってくるインプを一撫で斬りにして次の標的に向かう。

 門が活性化されたため後方部隊が結界を展開し出した。

 それは現在戦っている者達を守るためのものではない、門から飛び立つ悪魔達をこの場から逃さないためのものである。

 今も門からは次々とインプ達が押し寄せてきているが、丁度門が半分ほど開いたところで出てくる悪魔の種類が増えた。


「さぁ……本命のお出ましか。デーモン種が来るぞ!複数人で対処!奴らは聖なる力の込められた炎と雷に弱い!」


 さて、戦場でなぜ尚斗がこう声を張り上げているかと言うと、偏に指揮官がいないためだ。

 各一族毎にまとまり戦闘を行っているため全体を纏める存在がいないのだ、尚斗もそういった上位一族の団体様に声をかけているわけではない、単体で活動している者や在野の協会所属一般退魔師等に向け発しているのだ。

 今も一人の野良退魔師に振り下ろされたデーモンの爪を腕ごと斬り落として助けに入ったところだ。

 さすがにまだ戦闘は始まったばかり、戦線がそう簡単に崩れることはないがインプとは違いなにもかもレベルが違うデーモン種が現れたことにより苦戦を強いられている者達が少しずつ出てきている。

 

「チィッ!やっぱり悪魔を瞬殺できる奴は少ないな……まだレッサー位だぞ、上位がどのタイミングで出てくるか……」


 まだ始まったばかりの地獄、終わりの見えない戦いの序章に突入したに過ぎなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る