第66話

 今まで意気揚々と開発された品々を自慢するかのように披露してみせていた尚斗は美詞のその言葉に表情を失っている。

 いきなり尚斗の置かれている問題を口に出してきたのは何故だろうか……そう考えた時に思い当たるのは一つだけである。


「……母さんですか。一体何を聞きましたか?」

「神耶さんのお父様のことと、神耶さん自身が現在抱えていらっしゃる問題に関しまして大まかに……詳しいことは神耶さんから教えてもらいなさいとのことです」

 

 二人が神妙な顔つきで話す内容は現在神耶家が抱えている問題そのものの事情だ、もちろんその場にいる彩音も知っていることだがふと疑問に思い声がかけられる。


「まさか兄さん、美詞さんに当家の事情を伝えてないのですか?」

「……巻き込むと思ってね。詳しくは話していない」

「はぁぁぁぁ……」


 大きなため息をワザとらしくついた彩音は憤るように続けた。


「何を言ってるんですか!弟子にしたのなら既に巻き込まれているも同然でしょう!遅かれ早かれ知ることになるならさっさと伝えてしまわなければ後悔しますよ?後になって外野から知らされた時の美詞さんの気持ちを考えてください!兄さんが教えないなら私から説明しますが?」


 美詞に説明せず今まで逃げてきたのも事実なため言い返すことができない。


「しかし……いや、そうだね。私の独りよがりか。どうせいつかはどこかから漏れる話だ……しかも世間で流れている間違った認識で知られて誤解されるよりは、今話しておいたほうがいいのかもしれない。少し長くなるがいいかい?」


 鷹揚に頷く美詞の顔にはどんな事実でも受け入れるとの意思が感じ取れる。

 逡巡の末に尚斗は美詞を座るよう促し、自らも正座してから訥々と話し始めた。


「さて、どこから話したものか……あまり遡りすぎるのもよくないので事件当日の事から説明しよう。今からおよそ8年前になる。君を保護し、桜井に預けてそう時間も経っていないある日のことだった―」




 尚斗がまだ高校生になりたての時分、都内某高校で授業を受けている時である。


 ブーッブーッ


 教室の数か所から着信を知らせるバイブ音が次々と響きだし、黒板に向かいカツカツと板書をしていた教師の手が止まった。

 本来学校の、しかも授業中にこんなことがあれば携帯没収、「何事か!」等の叱咤が飛ぶのが普通であるが。


「む……緊急要請か?要請を受けた該当者は手を挙げろ」


 ここは一般人も通うが退魔師家系の子女が多く通う学び舎、国の一大事や一族内での緊急時の際は急遽要請が入ることがある。

 教師は内情を知らされているが、一般学生相手にはオカルトの部分は伏せながら『稼業の手伝い』扱いとして授業等を抜け出すことを認められており学校側も全面的に協力している。

 なにせ今回のように一斉要請が入るということは国の一大事であることなのだから。

 まわりの生徒らもこれが日常化しているため慣れたもので、反応を見せるとすれば「今回は対象が多いな」ぐらいなものだ。

 尚斗を含め数人が要請に応じる形で教室を退室したあとは、また日常通りの授業が続けられるのだった。


「尚斗、どう思う?」


 急いで廊下を小走りで抜けていく中、隣を並走していたクラスメイトが声をかけてきた。


「見た限り要請を受けたのは現場で活動できるレベルの者達だけだ。突発性で実戦有の怪異が出現、しかもそのレベルは脅威的……子供まで引っ張り出すんだ、もしかしたら数が多いのかもしれない」

「チッ、やっぱそうだよな……」


 こういう時のため、呼び出しの掛かりそうな生徒らは除霊道具などの所持が認められている。

 更に今回に限って言えば、該当生徒達が校舎の玄関を抜けたところでマイクロバスが正門から入ってきたところを見ると全員同じ現場に向かわされるようだ。

 マイクロバスに乗り込む生徒達が各々席に座るのを確認するとバスが発車し、徐に同乗していたスーツ姿の男が立ち上がった。


「さて、今回は特別な任務となる。我々が向かっているのは埼玉県秩父市の三峯神社だ。本日未明神主が神社付近の山中に不思議な構造物が出現しているのを発見した。その構造物から半径約100m以上の敷地がくり抜かれたように切土されており、まっ平になった場所に聳え立っていたそうだ。見たこともない金属のような材質で作られた門状のようなもの。三峯神社付近は霊脈が通っていることもあり、何らかの儀式的構造物とみられる。日本の文献から過去に同じような出来事がなかったか現在調査中であるが、専門家から可能性のひとつが挙げられた。およそ100年前にアメリカのアリゾナで出現したヘルズゲートに構造が似ていると。外交官を通しアメリカの専門家に問い合わせている最中ではあるが、もしヘルズゲートであった場合甚大なる被害が予想される。よって協会は付近の稼働可能な全勢力をもってこれにあたることを決定し貴君らを招集させてもらった。貴君らの一族も既に現地に向かっているであろうから現地にて合流されたし。概要は以上、質問は?」


 協会の職員からもらたされた内容は想像よりも深刻なものであったが、職員が言う甚大なる被害の規模がわからない。

 そもそもこの中でヘルズゲートなるものを知っている者がどれだけいることだろうか。

 一人の生徒が挙手し職員に質問を投げかける。


「ヘルズゲートなるものの詳細と対峙するであろう脅威の種類、想定される被害の規模をお教えいただけますか?」


 確かにもっともな質問だ。

 知らない者からしたら何と戦うかもわからないのだから。


「詳細は正直不明なことが多い、現在分かっていることだけ先に伝えよう。ヘルズゲート……魔界と現世を繋ぐ門であり、地球上でも世界中で過去何度かの出現が確認されている。出現周期は不明、記録が残っている事例での一番短い周期で32年、長い周期が約800年だ。我々が戦うであろう相手は悪魔になる……いわゆる西洋悪魔だ。想定される被害規模は正直想像ができない。文献では夥しい量の悪魔が門からあふれ出してきたとあるが、首都圏から100㎞も離れていない場所にそんなものが出現したのだ、もし文献通りならば首都圏全滅もありうる。文献の記載が誇大な表現であることを祈るばかりだな」


 説明を聞いた生徒らの顔色が悪くなっていく。

 相手が悪魔というのがよくない、日本において西洋悪魔は相性がよくないのだ。

 ここに集まった生徒らは対日本の怪異であればそれなりの戦力にはなるであろうが、西洋悪魔の除霊経験があるものはほとんどいないことだろう。

 また他の生徒が恐る恐る挙手をし質問を投げかけた。


「あの、100年前にもアメリカで事件があったのですよね。その時は……いえ、これまでどうやって対処してきたのですか?」


 次に挙げられた質問もとても重要なことである。

 過去に解決できたのならばその方法を踏襲すれば解決……できなくとも参考にできると考えられた。


「とてもいい質問だ。それと同時に悪い知らせにもなる。過去のヘルズゲート事件で対処にあたったのはカトリック教会だ。出現した場所もカトリック圏内だったこともある。彼らの秘術により魔界とのラインを断絶し破壊せしめたということなのだが、ここからが悪い知らせだ。既にその秘術を扱えるエクソシストがいない。100年前の事例では教会内随一の力を持つ枢機卿が対処した……自らの命を引き換えとしてね。秘術を行使するのに対価として生命力を使い切らざるを得なかったそうだ。わかるだろう?今の教会にはもう秘術を行使できる術者がいないのだよ」

「な、なぜそういったことになっているのでしょうか?カトリック教会が後継者育成に力を入れていないということですか?」

「いや、そうではない。神秘性が失われてきているのだ。近年我々は科学技術の進歩により生活が豊かなものになった。それはカトリック教会信者も例外ではない。科学の進展により神に対する威厳が損なわれ、信仰心に陰りを見せることになったのだ」

「科学が発展すれば信仰心が失われる……ですか?」

「そうだ、例を挙げるなら雷や嵐等は神秘を伴った事象と信じられてきた。しかし科学がその原因を突き止めてしまったのだ、神を畏れ神を敬い神を信じている者がいくら敬虔な信仰心を持ったとしても地球を神が動かしている等と心から信じれる者は少ない、それが信仰心を衰退させている。秘術が失伝したわけではない、術を行使できるほどの教会が謳う『神聖なる力』が足りないだけなのだよ」


 尚斗は思う、衰退するのはどこも同じようなものだと。

 日本も太古から怪異に悩まされてきたこともあり対抗術が数多く生まれ、研磨され、発展してきた。

 しかし悲しいかないつの時代も力というものは共有がされない、一族毎に秘匿されてしまったのだ。

 その知識が生かされている内はよかったであろう、しかし愚物が跡を継げばもうその一族の衰退は止められない。

 今の日ノ本を見ればご先祖様はさぞ悲しむであろう、「我々が培い繋げてきた想いはなんだったのだ」ろうと。

 それほどに今の日本は最盛期に比べ力を失っている。

 今も周りで「なんて嘆かわしいことだ」とカトリックを乏しめている先輩よ、おまえの家も碌な力を残していないではないかと言ってやりたい。


「現在問い合わせているアメリカの専門家による見解が、ヘルズゲートと断定された際には即刻バチカンを通じエクソシストの派遣が行われることになる。しかし到着には最短で明日以降、間に合うかどうか……しかも悪魔の殲滅には大きな力となってくれるだろうが、根本であるゲートの対処ができない。我々は悪魔どもが諦めるまで奴らを狩って狩って狩りつくすしか道がないのだ。理解できたかね?」


 職員の言葉に、挙手し質問を投げかけた生徒は顔を青くしながらコクコクと頷くだけであった。

 職員による脅しが効きすぎてしまったのだろうか、現地へ向かうバスの中は重苦しい空気が漂い晴れることはなかった。

 

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