第65話
美詞が顔を引きつらせながら乾いた笑いを見せたのには理由がある。
「あの……神耶さん……もしかして御婆様やっちゃいました?」
「あぁ……美詞君は婆様の『アレ』を知っているのですね……あれをやっちゃったレベルで済ましていいものか……ええ、とても大変でした……」
二人だけがなにかを理解したような空気に、今まで二人のやりとりを見守っていた彩音がつい口を挟む。
「あれってなんなんですか?そんな顔をするほどに変なことがあったのですか?」
「あ……えっと……御婆様って荒魂の力を行使するときちょっと……性格が豹変しちゃうというか……」
「まぁ簡単に言いますとトリガーハッピーですね。術の反動が抑えられると知って更にひどくなりましたよ……」
「うそぉ……」
そう力なく漏らす美詞の脳裏では静江が新しいおもちゃを振り回しながら高笑いする姿が容易に想像できてしまった。
「まぁそれで耐久テストが出来たのでよかったのですが、初期のプロトタイプを揚々と強奪していきました。君が今手にもっているのは更にブラッシュアップした二代目です」
「あは……あはは…
いくら件の秘術が現世の通常物質には影響を及ぼさないとはいえ、桜井大社は長年龍脈の霊力で恩恵を受けてきた神性を帯びた建物、荒魂の力を振り回そうものなら影響は計り知れないものになるだろう。
さすがに自分の家を巻き込むような愚行を冒さぬ良識を持っていてほしいと願う美詞であった。
「まぁ婆様も美詞君に術を教えた手前、テストプレイにはとても協力的でしたよ?美詞君も一回テストしてみますか?」
「え、いいんですか!?試してみたいです!」
「理論上は大丈夫なはずですが、念のため美詞君用にカスタムしたものが合っているか知りたいですしね」
今の今まで静江の壊れっぷりを嘆いていたにも関わらず、いざ自分がやるとなれば目を輝かすのだから現金なものである。
こちらもこちらで静江のトリガーハッピーが受け継がれていないことを願うばかりの尚斗であった。
軽くクスっと笑うと尚斗は立ち上がり、道場の物置から巻き藁を取り出してきた。
刀術の鍛錬で使うものだ、美詞も居合切り披露の場で見たことのあるものだが、その巻き藁になにやら札を取り付けると道場の真ん中に立てている。
「さて、君の秘術は主に現世の物体に干渉しない……だったかな?なので霊力を込めたデコイを貼ってみました。巻き藁を切らずに札を切れたらテスト合格としましょう」
「わかりました。あの時は感情に任せて放っちゃったので、今回は奏上から入らせていただきます……」
「奏上せずあれだから困った力だよほんとに……」
巻き藁の正面に立ち準備を始める美詞、手には新型の鈴、奏上するは荒ぶる神々への奉納、放つは必殺の一閃。
目を閉じ荒ぶる神々への鎮魂の祝詞が紡がれ出される。
「畏しや打ち靡く天の限り尊きろかも打ち続をく地の極み――」
祝詞に合わせ鳴らされる神楽鈴に見立てた金属製の模倣物、しかしその音色はとても澄んだ音を響かせしっかりと霊力を行き渡させている。
次第に美詞から溢れてくる力は大きな重圧を伴った荒々しいもに変わり周囲に遠慮なくまき散らされる。
「な……なんですか……この力は……」
神道における裏の秘術、そんなもの知る由もない彩音は感じたことのないプレッシャーに汗が滲みだすのをとめることができなかった。
自然に体は震えだし、座っているから耐えることはできているがもし立っていたならば膝の力が抜けていたかもしれない。
美詞の奏上する祝詞が終わり、目を開き標的へと鈴を構えたところで最後の仕上げに入る。
「斯くも雄々しき荒魂に悪祓い去らしめ給へと恐み恐みも白す 【曲事禍業断ち】」
右から左へ抜ける片手一文字斬り、大きく振りぬかれた後にシャリンと鳴る鈴の音と同時に大きな力を伴った斬撃が放たれる。
巻き藁に向け放たれたそれは外れることなく正確に札を射抜いたようだ。
斬撃だったにも関わらず当たった札はバンッという爆発音と共に、爆散するかのように粉々になってしまった。
訪れる静寂……ヒラヒラと舞い散り道場の床を白く彩る残骸、しかし巻き藁は大きく揺れたものの無事であった。
次の瞬間美詞の持つ鈴からカションっと音が鳴り、グリップの底からなにかが吐き出される。
それは荒々しい神々の力を一身に受け黒く染まってしまった水晶であり、床にカツンと音をたてた後、砂のように空気に溶けていった。
「どうでしたか?」
「……」
しばし呆然としてしまった美詞は尚斗にかけられた声にハッとなり手元の鈴を凝視する。
「……すごい……すごいですよ神耶さん!なんともありません!今まで使っていた神楽鈴よりもずっと通りがよかったです。肉体への反動も術具への負担もかなり抑えれているようでした!」
「うん、問題はなさそうですね。定期的に持ってきてください、経過観察とメンテナンスを行いますので」
「はい!ありがとうございます!」
美詞が初めてこの術を見せた時とは違い尚斗もだいぶ慣れたようだ。
あの非常識な連射固定砲台の妖怪に比べれば美詞などかわいいものだと思っているようであるが、実は美詞も同じことができることを知れば恐らく尚斗の顔は壮絶な引きつりを起こしていたことだろう。
新しいおもちゃをもらったかのように両手に抱え嬉しそうに跳ねる美詞、その近くでジト目になりながら尚斗を見つめる彩音。
「兄さん……なんてもの与えたんですか。私にでも明らかに異常な術だというのはわかりました。そんな術をほいほい撃つ?正気ですか?」
「いや、もちろん私も考えたよ?できれば美詞君には使ってほしくないというのが正直な意見だからね。でも彼女頑固でしょ?止めたところでその場面がくれば必ず使うよ?ならば負担の掛からないちゃんと制御できる霊具を与えたほうがまだ安心できる。彼女なら間違った使い方はしないだろう、それに彼女は今後注目される退魔師に……いや、既に注目され始めている。自衛手段はいくらあっても困らないさ」
「ほんと兄さんってば……いつもみーちゃんばっかり……過保護もほどほどにしておかないと恋人が出来た時大変ですよ?」
「はは、恋人なんて作る予定はこれっぽっちもないさ、二人の妹で手一杯だよ」
兄のことが真剣に心配になってくる彩音が注意を促すも、どこ吹く風といった具合な尚斗にため息を漏らす彩音の姿はさすが兄妹というほどに似た仕草だった。
「さて美詞君、一度ベルトを装着してみてください、微調整しながらバランスをみていきましょう」
尚斗にベルトの装着方法や各ポーチの取り付け方法等を教わりながら腰に巻いた姿は見た目だけは立派なミリタリー女子だ。
やはりそれなりの違和感と重量はあるが、美詞が懸念していたよりも案外腰回りはスッキリしている。
そもそもトレーニングを重ね体幹を鍛えられた美詞にはベルトについているパットの効果も相まってそれほど重いといった感じもなく、動いてみてもしっかり保持されておりあまり邪魔になるような感じもない。
「あ、忘れていました。これも渡しておきます」
取り出したものを見てギョッと目を見開き驚く二人。
「け、拳銃ですか!?さすがにいただけません!」
「兄さん!なにを渡そうとしてるんですか!」
その独特なフォルムはベルトがついたホルスターに収められているものの一部だけを見ても容易に想像できたのだろうが、尚斗は余裕のある笑みを浮かべている。
「拳銃ではありません、これはテイザーガンと呼ばれる……まぁ簡単に言ってしまうと遠距離用のスタンガンですね」
ホルスターからシャカッと取り出したものは見た目ハンドガンではあるものの銃口部分が異なっている。
「完全に対人用ですし性質上届出も必要ですがそちらは出しておきました。周りに誤解を受けやすい武器なのであまり持ち運ぶ必要もないでしょうが、あの協会のクソ親子みたいな例もありますからね、自衛手段として渡しておきます」
「兄さん……マジ過保護……」
美詞を自衛自衛と言いくるめ武器まみれにしていく姿に彩音は呆れるばかりだが、尚斗にしてみればこれでもまだ心配なのだそうだ。
どれだけ甘やかすつもりなのか。
テイザーガンの収められたホルダーはレッグホルスターといい、ベルトと太ももに固定するもので場合によってはホルスターの部分だけ直接腰のベルトに取り付けることもできるそうだ。
巫女服姿だと……たしかに太ももには巻きづらいよねと納得する二人。
今回はパンツルックの私服できていることもありそのまま太ももに装着してみるが、完成した出で立ちは今からサバイバルゲームにでも乱入しそうな姿。
「なんか……仰々しいですね。私どこかの戦場に放り込まれる予定があるんですか?」
「何言ってるんですか、本当の戦場はこんな装備では軽装もいいところです。あの銃弾の嵐の中は二度と行きたくない……」
尚斗はトラウマスイッチを押してしまったかのように何かを思い出しているのだろうか、遠い目をしている尚斗のハイライトが仕事を放棄していた。
「あの、ありがとうございました。こんなにも色々準備していただいて……きっと役立ててみせます!……でも、毎度色々くださいますが大丈夫だったんですか?」
今回のものを含めると尚斗からもらった小物類が溢れんばかりなのだ、過保護な親が子供を甘やかすように色々買い与えるような行動は美詞も少し心配になってしまう。
「え?ああ、問題ありません。以前も少し説明しましたが、技術研では現在一般人や公務退魔師が使う装備を開発しているんです。その鈴は美詞君専用のワンオフ品ですが、それでも桜井大社等の神社用に卸すための携帯鈴の派生品ですし、その他の装備は今後自衛隊等でも活用していくための装備品になります。試作品ですのでむしろ美詞君はテスターとしてバンバン使って意見を出してほしいですね」
自衛隊の中にも術は使えないまでも術具等を起動するだけならば問題のない人間は育ってきている。
そういった対処部隊がいずれ前線で使えるための装備として開発が進められていたのだ。
「あの、それで……話は変わるのですが、実は神耶さんに聞きたいことがありまして……」
「ん?なんでしょうか?」
「……神耶さんが抱えていらっしゃる事情に関してです。……私に教えていただけませんか?」
美詞の意を決した願いに、尚斗は一旦美詞から視線を外すと目を閉じ考え込んでしまった。
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