第64話
翔子との話が終わり、「あとは尚斗から詳しい経緯を聞いてね」という言葉と共に道場に送り出された美詞。
板張りの廊下を教えられた経路で進んでいると、なにやら話し声が聞こえてきた。
その内容から彩音が尚斗から師事を受けているところだというのがわかる。
終わるまで待つか悩んだ美詞であったが、その時中から声がかかった。
「美詞君ですか?遠慮せず入ってきてください」
なぜわかったんだと驚いたが、そういえば廊下を歩いていると木の軋む音が鳴っていたと気づき鴬張りに近い構造なのかと納得した。
呼ばれはしたが一応板戸を軽くノックし扉を横に引く。
「母さんとのガールズトークは終わったのかい?」
「はい、翔子さんからこちらに行くようにと……」
「まぁ見ての通りですので中に入って待っていてもらえますか?」
中に入り隅のほうで正座をして待っていると気づいた。
(そういえば事務所の道場は実家を模したって言ってたけど確かに似てるかも)
ただ事務所の道場とは違い金属製のサッシや窓等はないため更に“それっぽい”作りになっているようだ。
目の前には正座で座る彩音の姿、その正面に同じく正座で見守る尚斗の姿。
今彩音は両手を胸の高さまで上げ、それぞれの両手の平から力を行使しているみたいだ。
「うん、基礎は出来てきてるね。それぞれ片手ずつに別の体系の術を発動させ維持する訓練を続けるんだよ?まだ術の構成がぶれているからそれを長時間安定させるのが当面の目標かな?」
「兄さん、安定しないのもそうですけど術の融合の兆候が見れません、どこが悪いのでしょう……」
「彩音の陰陽術は比較的安定しているよ。神道系と仏教系の術はまだ覚えたてで練度が追いついてないんじゃないかな?術の構成がぶれているのも後者の二つに大きく見られる。術を融合させるには術をよく理解することも必要だけど、それと同じくらいにバランスが重要なんだ、今彩音が維持していた術だけど、右手の構成が左手側以上に解けているのが原因だね。バランスを保つためにも術の構成を安定させることに重きを置いてね」
「なるほど……自分では術のバランスというのを感じにくいのが難点ですね……」
「それも慣れだよ。探知深度が習熟してくると自然とバランスの調整を把握できるようになるから。彩音は既に複数同時発動はできている、それだけでもすごいことなんだ」
「いえ、使えなければ意味がありません。まだまだ精進しなければ……」
「向上心があるのはいいことだけどあまり焦らないようにね」
「ならばもっと顔を見せて教える頻度を増やしてくださいね、兄さん」
実家に寄る頻度が減っていることに自覚があるのか尚斗はバツが悪そうな顔になるが「わかったよ、降参だ」と言い両手を上げたことにより彩音からの追い打ちは止んだ。
「さて、美詞君。待たせてしまいましたね、こちらへどうぞ」
隅っこでちょこんと座っていた美詞を手招きして呼び寄せると尚斗の前に座らせる。
そして尚斗自身は立ち上がり道場の端の方に置いていた荷物を抱えこちらに戻ってきた。
「兄さん、ずっと気になっていたのですがそれはなんなんですか?」
「ああ、今日美詞君に渡すために準備しておいたものだよ。事務所に送ってくれればいいのにセキュリティ上の問題だとかでこっちに届いてたんでね、ここで渡してしまおうと思ったのさ」
「え?私に……ですか?」
なにを渡すつもりなのかわからないが、なかなかに大きなコンテナボックスだ。
ガチャっと開かれたボックスからひとつずつ取り出したのはあまり見たこともないようなものばかりであった。
「美詞君、君の装備だよ。少し思うところがあってね、技術研で制作していたんだ」
「……兄さん……美詞さんに甘すぎませんか?過保護なのを自覚されてます?」
「だよねあーちゃん。神耶さんいつも過保護なんだよ?」
「あ、そっちが反応します?ほんと調子が狂いますね……」
彩音が美詞のことで尚斗を責めるような嫌味を吐いたのに、なぜか美詞から擁護するような発言が飛び出し戸惑ってしまう。
「美詞君、思い返してみなさい。あなた普段除霊に必要な装備はカバンの中に入れて持ち歩ているでしょう?神楽鈴を取り出す度にカバンを投げ捨てていたことを私は忘れていませんよ?」
え、なにその佐々木小次郎みたいな巌流島スタイルと思った彩音はじとーっとした視線を美詞に投げかける。
二人から冷ややかな目を送られタジタジになった美詞は言葉を詰まらせながら言い訳を述べようとする。
「え、あ……いや……あの時は急いでましたし……術の行使にはカバンは邪魔に……ごめんなさい……カッとなってついやっちゃいました……」
以前怒られたことをまた掘り返されるとは思ってなかったが、たしかにカバンを放り投げるのは常識的によくないので言い返せない。
「ということで、美詞君の除霊道具をある程度腰回りに集中させるための装備群になります。スタイルとしては腰に小物を取り付けたベルトを巻く感じですね」
その説明を受けやっと目の前に並ぶ物達の用途に想像がついた美詞、納得したように頷く。
「と言いましてもベースは軍で使われているものをカスタムしたようなものなので無骨なのが多いのは我慢してください。その代わりと言ってはなんですがなるべく使い勝手よく耐久性のあるものを作成しましたので」
まず尚斗が手に持ったのは小さな縦長のポーチが2列4段で連なったものだ。
「これはお札を収めておくポーチになります。8種の札がそれぞれ20枚ずつ入ります。外観はナイロン生地ですが中は少し仕掛けがあるのでプラスチックボックスになってます。一度収めると逆さにしても落ちてきませんし、一枚ずつ取り出せれる仕組みになってます」
次に手にとったのはプラスチック製の少しデコボコした小さなケース。
「こちらには主に結界用の触媒……水晶等を入れておくためのものです。横についているボタンを下にスライドすると水晶が出てきます」
次に見せてきたのは土台に嵌るようにナイロンのマジックテープでとめられた細長いボトル。
「これは魔除けの塩が入ってます。逆さになっているのでキャップを外すと少量ずつ出てくるようになってますが、大量に撒く時はボトル自体をケースから取り外したほうが早いですね」
その他にも様々な工具が一つになったマルチツールの収められたナイロンケースと、ファーストエイドキットの入ったポーチに、タクティカルライト、パラコード、軍用ケミカルライト等の説明を受けたがこの辺りは現在米軍等で使われているものをそのまま流用しているらしい。
「そしてそれをひとつに纏めるためのベルトですが、ファーストラインと呼ばれるこちらも軍用のを少しいじってるだけのものです。リバーシブルになっていて表と裏で色が違います。本来は黒とかタンカラーが多いのですが、巫女装束には合いませんからね……まぁこの無骨なベルト自体が合わないっちゃ合わないんですが……」
そういって見せてくれた色は表がベージュ?タンカラーと言うものだろうか、そして裏側が緋色に染められていた。
腰のズレを緩和するためのクッション性のあるパットまでが同じ仕様のようだ。
ひとつひとつの装備をベルトにセットしていくと、果たしてこれを腰に巻けるのだろうか……巻いたら腰回りがゴテゴテしすぎないだろうかと心配になるほどに雑多、だがまだセットできるスペースに余裕はあるみたいだ。
いや、わざとスペースを開けている箇所がある、そこになにを付けるのだろうかと思った時尚斗がまた一つ細長いものを取り出した。
それは先ほどの説明にあった懐中電灯にも似た長さだがもう少し長く太いだろうか、ナイロン製のマジックテープでとめられたケースに収まったそれを開き中身を取り出した。
「それは……なんですか?」
持ち手が木製になっておりそこから金属性のシャフトが顔を覗かせている。
「これが今日一番の目的です。持ち手の部分にボタンがあると思いますがそちらを押しながら下に振ってみてください」
美詞は立ち上がり、木製のグリップを握り尚斗に言われた通りに軽く振ってみた。
― カシャカシャン ―
それはまるで特殊警棒のようにシャフトらしきものが飛び出し長さが倍近くになる。
「警棒?ではなさそうですよね、長さが短いですし……なんか溝がいっぱい入って……」
「グリップを軽くひねってみて」
言われた通り手首を軽くひねってみると今度はその溝に沿って細いシャフトが何本も横に広がった……と同時に見えたのはその先に垂れ下がった楕円球体群。
形はやけに機械化しておりスリムになっているが、ここまでくると予想はついてくる。
「これ……鈴ですか?」
縦のシャフトにプロペラのような十字の枝が三組生え先に楕円球状の鈴らしきものがそれぞれ垂れ下がった神楽鈴?らしきもの。
とても普段使いしている儀式用のものとは似てもにつかないが、他になんだこれと聞かれても答えようがない形だ。
「ええ、折りたたみ式の鈴です。大きなかばんで持ち運ぶのが大変そうだったというのもあるのですが、君は神楽鈴を使い捨てのように消耗してしまうみたいなので少し考えました」
「あ!あの力を使った時ですね……たしかに一回使う毎にダメになってましたが……あの……金属性にしてもたぶん変わりませんよ?」
「ふふ、ではその鈴の説明をしましょう。まず持ち手のグリップは伊勢神宮から譲り受けた霊木を使用しています。そしてシャフトに使われている金属部分は聖銀……にしたかったのですが強度が足りなかったので聖銀をベースとした合金にしており神聖を補うために神言を刻み込みました。またその楕円状の鈴は形と大きさでも見る通りあまり音の反響がよくないので、ひとつひとつに反響増幅の術式を仕込んでいます。そしてここからが美詞君用にカスタムしたものなのですが、グリップの底を見てください」
美詞がグリップの底を覗いてみるとツメがあり、なにやら取り外せるようになっている。
引っ張ってみると、底から長方形のケース状のものを取り出すことができた。
「そのカートリッジには神事儀式により清められた水晶が装填されております。細いスリットから見えるでしょう?」
たしかにスリットから透明に輝く水晶らしきものが複数入っているのが見て取れる。
しかし水晶のこの形状……
「まるでピストルの弾のようですね、入っているカートリッジもなんかそれっぽいですし」
「ええ、ハンドガンのマガジンを参考にしてます。水晶を細長くしたのも装填できる数を増やしたかったからですね。その水晶が負の力の代償を肩代わりしてくれます。一度術を使いますと底から代償となった水晶が排出される機構になってます、ひとつのカートリッジで6回まで使えますよ」
「わぁ……ということはもう壊れないのですか?」
「壊れません……と言いたいところなのですがまだ試作品でして、連続使用には耐えられません。ワンカートリッジ連続で使用しましたら少し間を置く必要があります、冷却時間だと思ってください」
「ええっと……そこまで検証されているということは……」
「ご想像の通り動作テストは桜井の婆様に協力いただきました」
「ははは……」
思わず美詞から乾いた笑みが零れた……。
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