第63話
尚斗がふった話題は彩音のボルテージを下げるどころか更に燃焼させたみたいである。
「あの有象無象共、相変わらず私にすり寄ってきて気持ち悪いんです。次期当主は兄さんにも関わらず、兄さんの存在をどうしても無いことにしたいみたいですね」
話を聞いてみると彩音が通う都内の中学校では有力退魔師家系の子息が多く通っているのだが、彩音を巡って取り合いをしているみたいだ。
背は低いがスレンダーで整った体躯、端正な顔つきやお嬢様然といった美しい所作からクラスどころか学校中から注目を集めているが、問題は彩音が“神耶家”というところだ。
由緒正しき血統ではあるが、ある事件を切欠に方位八家の地位から降りることになり『落ち目の家系』と見られているのかすり寄り方にとても“品がない”なのだ。
やれ「おれが彩音を娶って助けてやるよ」や「私の下にくれば君の一族も安泰だ」等はいいほうで「私が婿入りすれば神耶家の次期当主として盛り立てて見せよう」と平然と神耶家を乗っ取る口上まで述べる愚か者が出てくる始末。
そう、退魔師界隈では尚斗は次期当主として見られていない。
「出来損ない」や「落ちこぼれ」と勝手に決めつけ当主の資格無しと烙印を押しているのである。
「あの愚か者どもは自分らが神耶家を乗っ取れると本気で思っているのが腹立たしくてなりません!」
彩音は聞きたくもない甘言を囁かれることに虫唾が走るのか遠慮なく怒りを露にしている。
彩音を狙う者達は彩音を娶れば本気で神耶家を手に入れられると思っているところが更に性質が悪かった。
「なので私はあの有象無象共を抑えつけるだけの力をつけなくてはならないのです。兄さん、一刻も早く私を一人前に育ててくださいませ!」
彩音はもちろん翔子も、尚斗が家を出て海外を飛び回っている事には退っ引きならない理由があることを知っている。
今までだれも解決できなかった事件を解決しようと奔走する兄を尊敬し支えてもいる。
だからこそ外野がぴーちくぱーちく囀っていることが許せず憤っているのだ。
「わかったから落ち着こう?彩音が力をつけたいという思いには賛成だ。まわりがそんな状態ならば手籠めにしようと腕力に訴えてくる事も考えられる、自衛手段はいくらあってもいいだろうからね」
「そういうことですので今から道場にいきましょう!」
そう言うや席を立ちさっさと道場に向かって行く彩音を横目にまた溜息を吐いてしまう尚斗。
「どうにも慌ただしくてすまないね美詞君。君も一緒にきますか?」
「はい!ぜひ!」
そうやって美詞も誘った尚斗の言葉に横から待ったがかけられた。
「あら尚斗君、私から美詞ちゃんとおしゃべりする機会を奪っちゃうの?」
「なにを言ってるんですか母さん、美詞君に一体なんの話があると?」
「そんなの女の子同士のナイショに決まってるじゃない。ほら彩音が待ってるわよ、あなたは早く行ってあげなさい。美詞ちゃんは私とガールズトークしましょうね」
「女の子とかガールズとかいう年ではな……はぁ……わかりました。美詞君、申し訳ありませんが母さんに付き合っていただけますか?」
「あ、えっと、はい!わかりました!」
歳という
尚斗が退室した後二人きりになった美詞はどんな話を聞かせられるのかとドキドキしていた。
「大丈夫よ、そう身構えないで?美詞ちゃんと会えるのを楽しみにしていたのは本当なのよ?あなたが尚斗の手に引かれこの家にやってきたのが昨日のように思い出されるわ。1か月にも満たない短い間だったけど、彩音ちゃんと一緒にじゃれあってる姿は本当の姉妹のようで……家族が増えたみたいで楽しかったの」
感慨深そうにそこまで話終えると翔子は少し間を作った後に言葉を続けた。
「だからこそお礼を言いたいのよ?何年も尚斗を忘れずこうやって傍にいてくれるようになったことを。美詞ちゃん、ありがとう」
そうやって美詞に頭を下げる翔子に恐縮してしまい、美詞はわたわたと手を振る。
「あ、いえ、あの……頭を上げていただけますか?私は私の意思で神耶さん……尚斗お兄ちゃんの隣に居たいと思っていたんです。私を救い拾い上げてくれたその恩に報いたいという気持ちもありますが、それ以上に尚斗お兄ちゃんの在り方に憧れたんです。御婆様から活躍を聞いてました……多くの人を助けてきたことも聞き及んでいます。そんなお兄ちゃんの隣に立って力になりたいと思ったからこそ今の私があるんです。私自身の想いなんです……だからお礼なんて滅相もありません」
「ほんとまっすぐ育ってきたのね。静江様から尚斗の弟子になるときの条件は聞いたかしら?」
「はい……尚斗お兄ちゃんの枷になってくれと……無茶ばかりするから引き留めるための抑えになってくれと」
「ごめんなさいね、尚斗の事情に巻き込んじゃって……。私も静江様から目的を聞かされた時は躊躇したの、美詞ちゃんに事情を話してそれでも了承するならって条件で合意したのよ」
「私は元々お兄ちゃんの力になりたかったので、弟子になれるのであればそれぐらい問題ありませんでした」
美詞が尚斗の弟子になりたくて静江を頼った時に言われたことがある。
「尚斗の背負うものを一緒に背負う覚悟はあるかい?」と。
そしてその覚悟があるなら尚斗の無茶を止められるだけの枷になってやってくれと付け加えてきた。
美詞としては望むところであった、まだその『背負うもの』の事情を知らされてはいないが力になれるのなら願ってもないことであったのだ。
「そう言ってもらえると嬉しいわ。ならこちらも美詞ちゃんに尚斗が抱えているものの事情を説明しなきゃいけないわね」
「……尚斗お兄ちゃんはいずれ教えるからと言ってましたが……」
「あの子に任せてたらいつになるかわかったものじゃないわ。それが原因で誤解やすれ違いが起こることもあるでしょ?恋愛小説とかでよくあるじゃない。そんなヤキモキした展開は嫌なのよねぇ」
なんとも軽い理由にハハハと乾いた笑いでしか答えることができない美詞であるが、実際のところヤキモキした部分がなかったと言えば嘘になる。
「ま、冗談はこれぐらいにして……事情を説明するわ……今、この神耶家には当主がいない状態なの」
「……当主と言いますと尚斗お兄ちゃんのお父さんになる方なんですよね?」
「ええ、今私の夫である隆輝(リュウキ)は不在……いえ、厳密に言えばこの世界にいません」
その言葉を聞いた美詞は一瞬、他界したのかとも思ったのだがなにやら言い方に含みがある。
「美詞ちゃんは今から8年前にあった魔界門事件のことを知っているかしら?」
「はい、概要ぐらいは……学園でも習いましたので」
「私の夫は……今魔界に囚われています。事件のあった当時に魔界に渡って一人結界を張り門を封印したの」
その言葉を聞き吃驚した。
自分が授業で習った内容と異なるためだ。
「え……授業で習った内容は……」
「ふふ、違うでしょ?協会はね、私の夫が成したことを隠蔽し協会が封印したと公開したのよ。詳しい経緯は後で尚斗に聞いてね?それで今も門の向こう側にいる父親を助けるため、門自体をどうにかするための手段を探して世界中を渡り歩いていたのよ。尚斗は自分を責めてるわ……確かに切欠にはなったでしょうけど門の封印は夫がいなければできなかったことだから責任を感じなくてもよかったのに……どうしても自分の不甲斐なさが許せなかったみたい。美詞ちゃんは昔の尚斗を知っているわね、今と全然違うでしょ?あれは父親を真似ているのよ」
確かに出会ったころと比べ物腰が柔らかくなり、眼鏡もかけ柔和な表情を心掛けているような節はあったがそれが作られたものだったとは。
あの時社会人になってから身に着いたものと言っていたのも方便だったのかもしれない。
「夫が帰ってこなかったことで私自身が精神的に塞ぎ込んじゃってね……それを見かねた尚斗が自分が父親の代わりになると言って始めたことなのよ。ふふ……おばかでしょ?でも私はもっと愚か。そんな尚斗を止める勇気がなくて好きなようにさせちゃった。自分を追い込んで、追い込んで……命を削りながら今も探し続けている……そんな尚斗にも最近変化があったの」
「変化……ですか?」
「今までずっと強迫観念に駆られ焦りを含みながらもゴールの見えない挑戦にピリピリしていたんだけどね、最近はめっきり落ち着いてきたわ」
「なにか切欠があったのですか?」
「ええ、……あなたよ、美詞ちゃん。あなたが尚斗の傍にいることで尚斗はかつての自分を取り戻せている。美詞ちゃんの前では弱いところを見せたくない男の子の意地かもしれないけど、確かにあなたが尚斗にとっての楔になっていることは確かだわ。きっと今はあなたを守ることに重きを置いているのかもしれないわね、美詞ちゃんには甘かったから」
美詞からしてみれば自分が尚斗になにかをしているつもりはないのだが、こう説明されると少し恥ずかしいものが込み上げてくる。
確かに尚斗は美詞に甘い、激甘で過保護だ。
美詞の手を引き、あの村から引き揚げてくれた時からずっとあれやこれやと手を焼いてくれていたことが今もまだ続いているのかもしれない。
「あ、でも。尚斗お兄ちゃんが私に構ってくれてるせいで……お父さん救出方法の調査が……」
「ちゃんとやっているみたいよ?短期限定の海外活動みたいだけど。あなたが力をつけるまでは長く離れるつもりはないのでしょうね。でもそれでいいの、あの子は頑張りすぎたから……心配いらないわ、夫もどんな手法を使ったかわからないけど今も生きていることは判明しているから。門が無事ということは夫も無事な証なの、8年も無事だったんだから今更焦ってもないのよ?いずれはまた本格的に活動し出すでしょうけど、今ぐらいの余裕を持ち続けてくれたほうがいいのよ……きっと。だから美詞ちゃん、これからも尚斗のことお願いできるかしら?」
あなたにとっては迷惑な話かもしれないけれど……と、ハニカミながら言う翔子の頼みに対する答えは最初から決まっていた。
「はい、元よりそのつもりです。今はまだ見習いですけどきっと尚斗お兄ちゃんの力になってみせます!」
「ありがとう……あなたが傍にいてくれてよかったわ……」
互いの顔に浮かんだそれぞれの笑みにはどこかスッキリしたようなものが含まれていた。
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