第58話

 舞の口から出てきた「おじいさん」という人物。

 一体どこで知り合い、なにをされたのか……舞の様子から見ると、なにやら協力者のようではあるが他人に憑依させる手助けをするということは碌でもない類かもしれない。


「舞さん、あなたに吐いていただかなければならない情報が増えてしまいました。あなたが『おじいさん』と呼ぶ人物は一体『ナニ』ですか?」

「……言うと思って?そんなことよりこの体を治してよ!痛みは治まったのに体が動かないんだから。治療するならしっかり治療して!」


 舞のとんでもない言い分にひどい頭痛を覚え、大きく息を吐き出すが丁寧にも答えてあげることにした。


「……治りませんよ。その体から出て行かない限り……いえ、あなたが成仏しない限りあなたの魂がその痛みを忘れることはありません」

「嘘!だって今痛みがないじゃない、もっとすごいお札があれば体も動くようになるんじゃないの!?」

「思い違いです。そのお札は痛みをカットしているだけであって治療したのではありません。魂の治療とはそう簡単なものではありません、ですから生前のウラミや痛み等が昇華して怨霊になりやすいんですよ。このまま成仏せずにいますとあなたもいずれ痛みが魂を冒し怨霊へと昇華します、保証しましょう」

「そんな保証いらないわよ!なんとかしなさいよ!あなた不思議な力が使えるんでしょ?私は死にたくないの!やっと戻ったのにこんなのないよ……」

「本当に勝手な人だ……」


 尚斗はもう舞と会話をすることすら疲れてきたのか、彼女に近寄り張り付けていた痛覚遮断のお札を剥がした。


「あぁ!それは!!……ッッ!いっつ、痛いあ”ぁぁぁああ痛い、痛いよ!!助けて、お願いもう痛いのいやだよ、助けてよ、痛いよ痛い痛い痛い……ダメもういや痛いの嫌痛いの怖い痛いの辛い痛いの痛いの痛いのごめんなさいごめんなさいお願いします痛いの痛いの痛いの!痛いの!!助けて!」


 また痛みに発狂しだす舞を見ていられなくなった亮太が口を挟んだ。


「神耶さん!話が違う!彼女を成仏させるからという約束だったから秘密を打ち明けたのに……舞を苦しめないでくれ!」

「りょ……うた?」


 舞が痛みでぐちゃぐちゃになった思考をかき集め亮太の発言をかみしめる。

 亮太は自分と一緒にいたくないのか?結婚しようと言ってくれたことも嘘だったのか?もう必要なくなったのか?

 負の感情が支配し次第に怒りがこみあげてくるも痛みから思考が纏まらない。


「西村さん、除霊するのは簡単なんですよ。しかし事情が変わりました。この事件のキーパーソンがわからぬまま成仏させることはできません、彼女が協力的ならばここまですることはないんです。あまり私を悪者のように言うのはやめていただきたい……これでも抑えているんだ、あまりにも身勝手な立花舞を今すぐにでもこの世から消滅させたいという衝動をね」


 言葉の後半部分は少量の殺気を霊力にのせドスの効いた声で語り掛けた。

 一般人には効果が覿面だったのか気圧された亮太がしどろもどろになりながら言葉を発する。


「す……すみ、ま……せん……わるもの……だなんて……」


 首を横に振りながらそんな気はなかったとばかりに謝罪が口から漏れた。


「西村さん、ならあなたが舞さんを説得してください。そろそろ私は我慢の限界でしたので丁度いいでしょう、バトンタッチです」


 そう言うと再度舞にお札を貼り痛みを遮断してやると、立ち尽くしている亮太の背をパンっと叩き舞のほうへ押し出した。

 互いに両者が向かい合う……一方は車椅子に乗り、治まった痛みから立ち直るため息を整えており、もう一方は元婚約者に対しどう話したものかとバツの悪そうな表情が印象的だ。

 意外というべきか妥当というべきか両者の均衡を破ったのは舞からである。


「亮太……どういうこと?私を成仏させるって……私を売ったの?私はもういらない存在なの?」

「ち、違う!……いや……違わないのかもしれない……もう……もう、見ていられなかったんだ……」

「なによ……見ていられないってどういうことよ!私達一緒にいようって言ったじゃない、結婚する気はなかったってわけ!?」

「そうじゃない!!落ち着いて聞いてくれ!……あの日君がまったく知らない若い別人の姿になって訪ねてきた時は本当に驚いたよ……それと同時にとても嬉しかった」

「ならなぜ!!」

「最後まで聞いてくれ!また君に会えた喜びは確かにあった。でもその体の持ち主の事を思えば思うほど嬉しさという感情は悔恨に変わっていった……当然だ、まだ若い女の子の人生を曲げてしまってるんだから。僕たちのエゴで犠牲になっていいことでは決してない。それにね……気づいていたかい?」

「気づくってなにに?……」

「君は生前の君に近づけようと色々努力したみたいだったけど……似ても似つかないよ……僕にとって舞は亡くなった舞だけなんだ……どれだけ中身が一緒でも近藤芽衣さんの身体を通して見る君は日に日に違和感を大きくする要因でしかなかった。その度に僕は思い知らされるんだ『あぁ、舞はやっぱりもうここに居ないんだ』と。今、君がそんな痛みに耐えてまで苦しむ必要はないよ……君は成仏してもう解放されるべきだ……だから頼む、神耶さんに協力してくれないか?」

 

「………」


長い沈黙が場を支配する。

俯いた舞が次の言葉を発しようと口を開けるが言葉にならず……唇を震わせ何かに耐えながらやっと絞り出すことが出来た声には力が抜け落ちていた。


「………生意気なのよ。私がいなけりゃ死人同然だったんだから。ほんっと一人ではなにもできないくせに……」

「……見られてたのか。まぁ当たり前だよ、最愛の人を亡くしたんだから……僕は確かに優柔不断で気が弱くていつも君に引っ張ってもらってたね。いつも君に背中を押してもらっていたからこそ頑張ってこれた……でもさ、もう大丈夫だから。君がこうやって戻ってこなくても大丈夫なように……あの世からでも心配せず見ていられるようがんばっていくから。だから少し早いけどあっちで待っていてくれないかい?僕が召された時は君を絶対に探し出してみせるから」


 先ほどまで痛みから流れていた舞の涙は止まり、今は別の涙が流れ出している。

 それは後悔、切なさ、愛おしさ……色々な感情がぐちゃぐちゃになって溢れ出てきたものだが、それと同時にそろそろ別れが近いということを感じてしまったからだろうか。

 涙を隠すように俯いていた舞があげた顔は以前までの勝気なものではなくなにかを我慢しながら繕うものへと変わっていた。


「……もう……私がいなくても大丈夫……なんだね?ずっと……ずっと亮太のことが気がかりだった……あなたを残していくなんて死んでも死にきれなかった……案の定潰れていく亮太のことをとても見てられなかったよ」

「そっか……僕のせいだったんだ……バカだよ君は……僕なんかのために。ごめんね、こんな僕だけどさ……君が死を覆してまで会いにきてくれたんだ、君に安心してもらえるようにがんばってみせるよ。……今まで、ありがとう」

「……ほんと生意気になっちゃって……亮太がまだめそめそしたら枕元に立ってやるんだから!」


 二人とも話すうちに次第に笑顔になっていた。

 流れ出てくる涙はそのままでも、これが今生の最後の会話になるだろうということで別れを湿っぽいものにしたくないのだろう。

 もう亮太と話すことはないということだろうか視線を外し尚斗に顔を向けた。


「……神耶さん……お話します、死んだ後の私になにがあったのか……」

「やれやれ、あっさり説得しちゃいましたか。最初から彼に任せておけばよかったですね……では教えてもらいます、事の顛末を」


 彼女の話によると死んだ後霊体となった舞は亮太を見守りながら彷徨っていたところ、とある老人が接触してきたとのことだ。

 着物を着こんだ小柄な老人はまるで仙人のような風貌で、誰も気づかなかった自分の存在に話かけてきた。

 そこで他人に憑依する話を持ち掛けてられ、怪しく思ったがどうせ一度は死んだ身、形は違えど生き返る術があるのならばと提案に乗ったそうだ。

 すでに憑依するための対象は決まっていると老人に案内されるまま近藤芽衣に近づき、彼女が寝ている隙に老人の指示通りに試すとすんなり芽衣の身体を我が身のように動かすことができたというのだ。

 最初は芽衣の魂の抵抗が激しかったのだろうか体が思うように動かないこともあったが、老人が芽衣の魂を抑えつけると言い手伝ってくれたことにより問題は解決した。

 数日に一度ふらりと現れ経過を見ては助言を残しまたふらりと去っていく。

 魂の定着が完了するとその後は舞の下に姿を見せなくなった。

 最近体が度々痛み出すことでなにか不具合が出ているのではと心配になり、老人に診てもらいたかったが舞から接触する方法がなく困っていたとのことだった。


「するとなんですか、あなたはその老人に従っただけで自分からなにかをして憑依したというわけではないのですね?」

「はい、そんな方法なんて知りませんでした」


 すっかりしおらしくなってしまい言葉遣いまで丁寧になってしまった舞は尚斗の質問に素直に答え、その言葉も嘘を言っているようには見えなかった。


「これは計算外ですね……とにかく老人は既に逃げたと見るべきか……なにか他にその老人の特徴や気になることはありませんでしたか?」

「……あの時は亮太のことしか考えていなかったのであまり気にしてませんでした。でもなんて言えばいいか……見た目は老人なんですが……まるで人間ではないような恐ろしさみたいなのがありました……すみません、どこがどうとは言えなくて漠然としているんですが……」


 舞の答えはとても要領の得ないものではあったが、それでも尚斗にはなにか得るものがあったのか


「いえ、納得がいきます。実際に人間ではないのかもしれません」


 そう零した。

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