第56話

 あれから三日後

 尚斗は事務所でエリカと会っていた。


「で、調査結果は出ました?」

「ええ、確かにあなたの指摘通りのものが見つかったわ。そうね、確かに心霊現象となるとこういった情報にもっと注意すべきだったわね」


 パサっとテーブルに置かれた資料を尚斗が受け取り目を通していく。


「……やはりそうでしたか。私ももっと資料の精査を掘り進めるべきでしたね……しかしこれで切り口が開けました。私が考えている通りなら一連のことは辻褄が合います」

「芽衣さん……あれから自宅に籠もりっきりなんでしょ?どうなったの?」

「近藤さんからの報告では、あの日から痛みが度々発症しているようで歩くのが困難になってきているみたいです。療養という形で学校を休んでいます」

「それって今渡した内容に関わりがあるって言うの?」

「恐らくは……」


 カードは揃った。

 あとはアプローチするための策を練るだけだ。



 更に後日


 ところ変わり病院にて、ベッドで横になる芽衣の病室に恵が見舞いに来ていた。

 あれから芽衣の症状は一向によくならずひどくなる一方で遂に入院ということになった。

 医者の診断でも原因がわからず、原因不明の病状ということで検査を続けることになったのだ。


「芽衣ちゃん……具合はどう?」

「……お母さん。ごめんね、心配かけて。大丈夫だよ、昨日よりはマシになったから」

 

 嘘だ。

 今も必死に痛みに耐えながら笑顔を作ろうとしているのはわかる。

 母を気遣う気配りを見せてはいるが本来の娘との「ズレ」をどうしても感じてしまい、違和感がぬぐい切れない恵はなんとかそれを表に出さず母としての顔を崩さないよう取り繕っていた。

 いくら性格や見た目が変わったといっても娘なのだ、心配もするし早く元気になってほしいという気持ちがないわけではない。

 娘に対して疑いを持ってしまう自分との葛藤と戦いながら、今も懸命に看病に勤しんでいた。

 恵は今回、娘が倒れ入院するに至る過程で尚斗にも相談を持ち掛けていた。

 尚斗からの答えは……芽衣の病状はこのままでは決してよくなるものではないと。

 信じたくはなかった、よくある霊障詐欺で適当に言っているだけではないかとも疑ったが、現状がなによりの答えを示している。 

 この先娘は、自分たちはどうなってしまうのだろう……そんな不安に押しつぶされそうな感情に蓋をし涙がこぼれそうな焦燥に耐え、なんとか笑顔を見せながら芽衣に接していた。


「いつも病室にいたら気が滅入るでしょう?車いすに乗って散歩に出てみない?私が押してあげるから」

「うーん……そうだね。いこっか」


 芽衣が今入院している病院の裏手には自然が広がっており遊歩道が整備されている。

 よくある人の手で作られ整理された庭ではなく、ただ自然の林に手を加えただけのものだ。

 幸いにも入院患者等が散歩できるように起伏がないように整備されており、木々の間からは日の光がとても暖かく差しこんでくる。

 車椅子の車輪のゴムがパチパチと小石や小枝等を弾く音だけがまわりに響いていることから親子の会話はあまりなされてない。

 それでも芽衣の表情はベッドで横になっている時よりも幾分か和らいでいるように思える。

 恵だけが緊張を孕んだように気まずそうな様子で車椅子を押していた。

 どれだけ進んだろうか……会話の少ない散歩ではきっと体感時間は通常よりも長く感じだしたころに、木々が途切れ視界が広がった場所に到着した。


「わぁ、こんな場所があったんだ」

「ええ、そんなに高くないけど展望台になっているみたいなの。ここなら風も気持ちいいでしょ?ただ、いい場所なのに人があまり通らないのよね」


 そう言われまわりを見渡してみると確かに見渡しはよくスペースは広いものの、まわりにいる人といったら一組のカップルと思われる男女ぐらいだ。


「今日はね、芽衣ちゃんとお話をしたくてここまで来てもらったの……」


 恵の口から告げられた言葉の意味を理解し、警戒の色を見せる芽衣。


「……なに?どうしたのお母さん?」


 言葉を選んでいるのか少し逡巡するような様子を見せつつも、意を決したように言葉を吐き出す恵。


「芽衣ちゃん……いいえ、芽衣の中にいるあなたは……一体だれ?」


 恵の決定的な一言にひゅっと息が詰まるような様子を見せるもなんとか耐えてみせる芽衣。

 表情が見られていなくてよかった。

 今は恵に車椅子を押してもらっている状態なので恵からは芽衣の表情は見えず、また芽衣からも恵の表情は窺い知れない。

 

「……なにを言ってるの?娘のことがわからなくなっちゃった?……そっか、私がいきなり色々変わっちゃったから戸惑ってるのかな……ごめんね、そんなに心配かけてたなんて知らなかったよ」


 恵の表情を見ていなかった芽衣が誤解を解くように語り掛けるが既に手遅れであった。

 きっとここで振り返り恵の表情を見ていたならば、こんな言葉は出ておらず「あぁ……もうだめなんだね」と言っていたに違いない。

 それだけ恵の顔には苦悩と悲しみと決断、確信を持った思い詰めた鬼気迫る表情をしていたからだ。


「いいの、取り繕わなくて。表面上の話をしているのではないから。見た目が変わった……性格が変わった……そんなのは一要因でしかないの。舐めないで、私は芽衣の母親よ。17年間ずっと見守ってきた娘なんだから。最初はまったくの別人になってしまったあなたをなんとか信じようとがんばってきたけど、信じれば信じるほど信じることができなくなる二律背反にどれだけ悩まされたか……私が間違ってるのか、母親としておかしいのか何度も自問自答したわ」

「お、落ち着いてお母さん。きっと疲れてるんだよ。私がそうさせちゃったのは謝るから、だから、ねっ、落ち着こ?私は私だよ」

「もうだめなの!芽衣を……芽衣を返して!」


「落ち着いてください」


 その時横から声がかけられた。

 芽衣が振り向いてみると、先ほど離れていたところにいたカップルが近くまで寄ってきていたのだ。

 声を張り上げた恵に気づき何事かと様子を見に来たのかもしれない、これ幸いと状況を利用することにした。


「あ、ごめんなさい。なんでもないんです。ほらお母さん、まわりに迷惑になっちゃうからもう――」


 そこまで話したところで被せるように男のほうから告げられる。


「あとはこちらが進めますので落ち着いてください、近藤さん」


 とても聞き逃すわけにはいかない内容に気づくまで数秒かかった、ただの他人ではなく知り合い?それも今のこの状況に関係のある人間?

 

「……あなた……たちは……だれ?」


 ぼそっと呟かれた芽衣の言葉に対しての返答は言葉ではなく別のものだった。

 キンッと周囲を取り囲むように張られたなにかに、つい芽衣がキョロキョロと反応を示してしまう。


「やはり反応しますか。ここからは余人を交えずお話がしたかったので結界を張らせていただきました」

「なに?……いったいなんの話?……結界ってなに?……」


 もう言わずともわかるカップルとは尚斗と美詞のことである。

 今日この場をセッティングしたのも尚斗であり、勝負をかけるため結界を待機させ準備していた。

 人払い、遮断、認識阻害の三重結界が張られる。


「誰と問われましたので一応自己紹介をしておきましょう。今回恵さんよりあなたに対しての調査を受けました神耶尚斗と申します」

「助手の桜井美詞です」


 一言で紹介が終わった美詞は恵の傍まで移動し、車椅子の持ちてを指が真っ白になるまで力強く握りこんでいた恵の手をほどき芽衣から引き離す。

 一人になった芽衣がキッと睨みつけるように尚斗を見据えた。


「……探偵さんがなんの用?」


 さきほどまでの母親と話していた雰囲気からガラッと変わったそのトーンに臆することなく尚斗は答えた。


「ただの探偵ではありませんよ?退魔師と呼ばれる存在でして、いわゆる霊能力者と言うと今の状況を理解いただけるのではないでしょうか?」


 意味ありげに問いかける尚斗に対して芽衣は表情を変えず淡々と答える。


「……わからないわね。猶更わからない。霊能力者?頭おかしいんじゃないの?お母さんを騙してお金を巻き上げようって魂胆なんでしょ」

「おや、ペテン師扱いされてしまいました。あなたも先ほど体験したばかりではないですか。しっかり結界の霊力に反応していたようでしたが?」

「……知らないわ。適当なことで丸め込むのがあなたの常套手段?私とお母さんを騙そうとするなんて人でなしの所業ね」

「あなたには言われたくありませんね。近藤さんを騙し続けていた超常現象の塊であるあなたには」


 確信を持っているような言い方に芽衣は冷や汗が流れるのを止められなかった。

 しかし認めるわけにはいかない。


「だから適当なことを言わないで、お母さん騙されないで!こんな胡散臭い連中の言葉なんて信じないで!」


 母親の情に訴えることで難を逃れようとするが肝心の恵は俯いたまま。


「さて、種明かしをしましょうか。『立花舞』さん」


 尚斗の口から出たその名前に芽衣の目が大きく見開く。

 芽衣のその反応だけでもう確信を突くには十分であった。 

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