第55話

「ひどいよみーちゃん、私達を置いてくなんてー」

「修羅場になっていると思ったけどそんな様子はなさそうだね」


 美詞の前まで寄ってきた友人二人が思い思いの言葉をかけている。

 その様子を微笑ましい笑顔で眺める尚斗とエリカに気づいた二人は襟を正し挨拶をすることに。


「すみません。お仕事中なのにお邪魔しちゃって。美詞の同級生の千賀夏希と言います」

「同じく同級生の御堂千鶴です。ウチの子がほんとご迷惑をおかけして……ほら、ちゃんと頭下げるのよ」

「あ、ごめんなさい……って千鶴ちゃん家の子になった覚えないんだけど……」


 仲の良さそうな三人のやり取りをくすくすと笑いながら聞いていた尚斗が自己紹介をする。


「あぁ、別に気にしなくても大丈夫ですよ。美詞君から聞いていると思いますが改めまして、神耶尚斗です。いつも美詞君のことを色々助けてもらってるようでありがとう」

「深津エリカよ、尚斗君とは仕事上のパートナーだから修羅場じゃないの、期待を裏切ってごめんなさいね」


 あぁ、やっぱりという言葉が夏希から漏れたことから友人二人はある程度の予想をしていたようだ。

 それよりも尚斗は二人の自己紹介で気になったことを尋ねてみた。


「御堂君……でいいかな?君の身内に御堂伸二という人はいますか?」

「あら、伸二叔父さんをご存じなのですか?はい、同じ一族の者です」


 その言葉を聞いた美詞がハッとなった。


「そういえば御堂さんって!……千鶴ちゃんの身内だったの!?」

「美詞君……気づかなかったんですか……?」

「あぅ……だってこんなに世間が狭いとか思ってなくて……」

「みーちゃんも知ってるんだね、まぁ想像つかないよね。叔父さんは宗家の者で普段は関西ですし、私のところは分家で関東ですから。叔父さんと会うのも一族で集まる時ぐらいなんですよ?」


 先日協会本部で知り合った理事とこんな繋がりがあったのかと驚く美詞であるが隣では友人の苗字、退魔師、陰陽寮家系の共通点から気づかなかったのかと呆れた様子を見せていた。


 その後なぜか宝条学園の制服を纏った学生三人組を引き連れて尾行を続行した一行。


「どうしてこうなったんでしょう……」

「まぁ……成り行き……ですかね?」

「なんかごめんなさい、みーちゃんが暴走しなけりゃ……」


 順に尚斗、夏希、千鶴の発言であるが三人が並んで歩く前には、尚斗の代わりにエリカに腕を組まれながら歩く美詞が先導していた。

 エリカ曰く「ふふ、せっかくだから一緒にくる?美詞ちゃんも気になって仕方ないでしょ?」という理由で美詞を連行することになった。

 友人二人はそれならということで離脱しようとしていたところを「あら、あなたたちも一緒にいらっしゃいな。はぁ……かわいい制服女子三人、なんて眼福」……と、巻き込まれた。

 尚、美詞の戦利品は今尚斗の肩にかけられている。

 エリカ曰く「男が持つのが甲斐性じゃないかしら?」との一声による。


「あのー……尾行中なんですよね?これ大丈夫なんですか?」


 夏希が誰が見ても尾行じゃねーだろこれという状態に我慢できず尚斗に問いかけた。


「まぁ……もう無理ですね、目立ちすぎです。暴走さえしなければ彼女は優秀なエージェントなんですけどねぇ……尾行の代わりは手配しました、バレそうな時は撤退しますのでできるところまでやってみますか……」


 前方の、笑顔で美詞を振り回すポンコツエージェントを見て溜息を吐く尚斗、最近なんだか溜息が増えたように思える。


「ねーねー、神耶さん。みーちゃんをちっちゃい頃から知ってるんですよね?」

「おや、美詞君の事情はお聞きしているんですね?」


 既に千鶴の口調は友人に対してのものに近くなっており、敬語は抜け丁寧語が少し混ざる程度まで落ちついている。

 尚斗が無理して敬語は使わなくてもいいと伝えそうなったが夏希はまだ慣れてないのか丁寧なまま、千鶴はすぐに合わせたところから二人の性格がわかる。


「うん、前に大雑把にだけど生い立ちとか話してくれたよ。みーちゃんってちっちゃい時どんな子だったの?」

「うーん……最初はあまりしゃべらない子でしたね、事情が事情でしたので。桜井家に預けられた後はとにかく甘えん坊でした。泣き虫でしたけど頑張り屋で頑固なところがあって、時々まわりが見えなくなる時がありますがとても優しい子でしたよ。まぁ、今とあまり変わりませんね」


 昔の美詞を懐かしむように慈しみの表情で語る尚斗を見た二人がコソコソと話し出す。


(どう思う?これ親が我が子を語る時の感じじゃない?)

(うーん、まだ進展無しといったところだね。ありゃ我が子に向ける慈愛の表情だよ)


 尚斗に聞こえないように会話しているのだろうが……丸聞こえである。

 苦笑気味になった尚斗の表情に、げっ!きこえちゃった!?と慌てる二人。


「まぁそうですね、美詞ちゃんは私にとってかわいい妹のような存在でしょうかね。彼女が私に懐いてくれているのも、幼い頃のインプリンティングに近いものがありますし。少なくとも彼女が自身の心と向き合って自覚を持てるだけの大人にならない限りは、私からどうこう動くつもりはありませんので残念でしたね」


 こうも直球で、はぐらかすことのない答えが返ってくるとは思ってなかった夏希と千鶴は吃驚した。


「うへぇ……みこっちゃんの気持ちもわかってる感じだよ……」

「ほぇー……なんか、おっとなのよゆーって感じ」

「美詞君には内緒にしててくださいね?」


 柄にもなく口の前に人差し指を立てシーっとする仕草は精一杯の照れ隠しも含まれていたのかもしれない。

 その姿を見て互いに顔を突き合わせた二人はぷっと吹き出してしまった。

 まさか後ろでそんなやり取りが繰り広げられているとは思っていない美詞だけがエリカに腕を組まれ蚊帳の外である。


 その後、尾行を続行……しているはずだったのだが、いつのまにか美詞のショッピングを続行することになってしまった。

 エリカが美詞から今日の目的を聞き出した際、なら私と一緒に選びましょと尾行そっちのけで勝手にショッピングを開始してしまったのである。

 もう仕事どころではない、今日何度目になるのかわからない溜息を吐いた尚斗は呆れるばかりだ。


「もう完全にみこっちゃん取られちゃったねぇ」

「ほら神耶さん、みーちゃんが助けを求めてるよ?」


 次から次へと服をあてられ、困った顔でこちらを見つめる美詞はまさしく助けを求める迷える子羊。

 しかし残念ながら今日の神父は非番である、代わりに生贄を二人投入することにした。


「私は尾行対象を見張っていないとなので、お二人が助けに行ってあげてもらえませんか?私も暴走した彼女を止めるのは無理でして……」


 そう言いながら、一歩もショップの中に入ろうともせずベンチに腰掛ける尚斗に仕方ないと意を決した夏希が動いた。


「ま、仕方ないかぁ……私達にも原因あるし。神耶さんのお仕事邪魔しちゃった負い目もあるからねぇ」

「行くのはいいんだけどさ……これ下手したら私達もターゲットにされね?」


 千鶴が危惧するのは、自分たちもエリカの餌食となり着せ替え人形2号3号になってしまうことだ。

 まさしく木乃伊ミイラ取りが木乃伊になりそうな死地に赴く二人は大きく息を吐きながら重い足取りでショップの中へと歩を進めた。

 やっと一人になった尚斗はもう尾行は無理だろうなと諦めつつも、運よくまだターゲットを見失っていない状態にほっとしつつ監視を続行した。

 遥か遠方のため辛うじて見える程度ではあるが、なにやら様子がおかしいように思える。

 なにかあったのだろうかとターゲットに少し接近することにしてみた。

 前方に少し人だかりができている……そしてその原因は恐らく尾行対象である二人。

 今なら人だかりに紛れて近くまで寄っても怪しまれないだろうと更に接近することにした。


(なんだ?どういった状況だ?)


 人だかりの先では倒れた芽衣を抱きかかえながら芽衣に呼びかける西村亮太の姿が映る。


「マイ!マイ!どうしたんだ!どこか痛むのか!?返事をしてくれ!」


 芽衣に向かい必死に呼びかけているようだが芽衣のほうは痛みに耐えるように苦しんでいる様子である。


(マイ?芽衣ではなく……呼び間違い?もしくは偽名を教えられていたか?それよりも彼女のあの症状はなんだ……)


 少しすると症状が治まってきたのか、荒い呼吸ながらも西村亮太の呼びかけに受け応えができるだけの回復を見せているようだ。

 西村亮太も通路の真ん中から芽衣をかかえ近くのベンチに座らせ心配そうに声をかけている。

 人というものはピークを過ぎると興味を失いやすいようで、まわりで様子を伺っていた者達も少しずつ捌けていくようであった。

 そのまま突っ立っていれば尚斗も目立ってくるため通路の吹き抜け側のガラス柵まで移動し、スマホを見ている風を装いながら柵に凭れ様子を窺うようにした。

 西村亮太が芽衣の汗をハンカチで拭ってやりペットボトルのお茶を渡しているところだ。

 今も顔をしかめ痛みに耐えているようであるが、ゆっくりそれを受け取り飲み始めたことからだいぶ回復したように思える。

 しきりに大丈夫か?と声をかける西村亮太に笑顔を無理に作り謝っている芽衣の姿を見て尚斗は考え込んでしまった。


(彼女のあの症状はなんだ?持病等はもっていなかったはずだ。それになにか普通ではない……霊感がうずく……一体なにを見落としてる?)


 倒れるほどの痛み……突発性……一過性?……名前……名前!西村亮太はもしかすると……

 そこまで考えたところで尚斗は見てもいないスマホをしまい来た道を戻っていく。


(考えが正しければ……辻褄は合う!)


 進展していなかった調査に一筋の突破口が見えた気がした。

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