第54話

 美詞は現在学園が終わり、放課後に友人二人と共に大型のショッピングモールにきていた。

 以前より夏希と約束していた美詞の私服を選びにきており事前に軍資金も準備済みである。

 比較的最近に作られたこの施設は店舗数が300近く入っており映画館や大型のフードコート、飲食店にカフェが並ぶ等、女子高生ならば一日遊んですごせるような場所となっている。

 中央が大きく吹き抜けになった長い通りを美詞は両サイドから夏希と千鶴にがっちり腕を掴まれ引きずりまわされていた。


「ねぇ夏希ちゃん千鶴ちゃん……私、別に逃げたりしないから離してくれないかなぁ」

「別にいいじゃん、女3人でデートなんだから腕組むぐらい」

「だよねー。気にしない気にしない」

「気にするよぉ……私連行されてるみたいだもん……」


 平日の夕方前とは言え近隣ではめったにないショッピングモールであるため人の集まり具合はかなりのものである。

 そんな中でも異彩を放つ美少女3人が、統一された目立つ白色の制服を身に纏い腕を組んで歩いていれば注目が自然と集まるのは至極当然。

 普段周りからの無遠慮な視線に晒され慣れている美詞でもこれは流石に恥ずかしかった。


「ラウ・フルーラの新作のワンピ見に行きたかったんだよね」

「その次はアマンダミゥね。みーちゃんに似合いそうなセットアップがディスプレイされてたんだよ」


 美詞は友人二人の喋っている内容がまったくわからない、最近ファッション雑誌を読むようになってきたが服飾メーカーの名前なんてさっぱりだ。

 この後何店舗もまわり既に美詞の肩には3つのそれぞれ違う店舗名が打たれた紙袋が下げられていた。


「さっき買ったオープンショルダーもよかったけどやっぱりパフスリーブも一着いっとく?このシースルーがセクシーだよねぇ」

「うーん、パフスリーブもいいけどこっちのノースリもみーちゃんには似合うと思うなぁ、レースの透かしが綺麗だよー」


 もう勘弁してほしい。

 次々に美詞のいる試着室にぽいぽい放り込まれていく服を着ては脱いで着ては脱いで。

 言っていることの半分は理解できていないし自分に似合っているのかわからない。

 二人のセンスはいいし自分のために服を選んでくれているので、着せ替え人形扱いにも我慢しなければと目をぐるぐるしながら捌いていく。

 最近ファッション雑誌を読むようになって専門用語等も覚えてきたと思っていたが、自分が今までどれだけ無頓着でいたかを知らされた。

 オシャレの道は厳しい……そう実感した美詞である。


 買い物が終わり今はフードコートで昼食をとっていた三人。

 空いた椅子に置かれた「戦利品」の大きな紙袋は最終的には5つになっている。

 思い思いの昼食を食べながらショッピングに満足した様子で会話を交わしていた。


「二人とも今日はありがとうね。正直私一人だったら絶対店員さん頼みだったよ……」

「いいのいいの、誘ったのは私のほうだし。こういうショッピングも行きたかったんだよね。みこっちゃん今まで全然服飾に興味示してくれなかったしさ」

「だねー。最近はみーちゃんを着せ替え人形にできるから余は満足じゃよ。それより今日一日でだいぶ買ったけど軍資金は大丈夫だったの?」


 普通に考えて女学生がいっきに買う量ではない。

 社会人がバーゲンの時期に大人買いする量なのだ、たとえプチプライスの店を中心にまわっていたとしてもお財布から多くの兵士が飛び立ちMIA未帰還になったことだろう。


「大丈夫だよ、今までずっと貯金してばかりだったから。御婆様から服を買えってもらってたお金も使ってなかったし」

「買えって言われてても買わなかったみこっちゃんにびっくりだよ」

「あ……そういえばみーちゃんがお金使うところ食べ物しか見たことがない」


 え?なんで二人とも溜息を吐くの?


「そこは倹約家だね、って褒めるところじゃないのかな?」

「もう少し『女子高生』をしようね、ってことだよみこっちゃん」

「そゆ意味では神耶さんの登場はよかったのかもね」

 

 尚斗と再会するまでの美詞の興味事は学業と修行と食べ物……少し偏りすぎている感が否めない。


「そだねー、神耶さんの弟子になってからじゃない?みこっちゃんがファッションに興味持ったのって」


 確かに事実だが、そうストレートに事実を突きつけられるとさすがに顔が紅潮するのをとめられなかった。


「あ、顔を赤くしちゃってかわいいんだー」

「こらこら、あまりみーちゃんを追い詰めたらいかんぞ」

「……」


 顔を染めたまま二人の言葉には反応せずバクバクと目の前のランチをかっ食らい誤魔化す美詞だった。


 三人とも食べ終わりこの後どうしようかとだべっているところで美詞がふと正面の通りを歩く一組のカップルに気が付く。


「あっ……」

「ん?」

「どしたのみこっちゃん?」


 なにかに気づいた美詞を訝しみ二人が声をかける。


「今通った二人が……調査中の人たち……」


 美詞が口から漏らした声に二人が後ろを振り向いた。


「えっと……あの女子高生と……お相手さんけっこう年上?……」

「偶然にしちゃなかなかの確率じゃない?いや、そうでもないか。この辺でデートできるとこなんてここぐらいしかないだろうしね」


 たしかに偶然に会うにしてはなかなかに出来すぎている。

 しかし美詞が気になるのは彼女らがいるということは必然的に尚斗も尾行しているはずなのだ。

 自分になにか指示がきていないかとスマホを取り出してみたが特にメッセージは無し。

 尚斗一人で尾行しているのだろうかと思案しているところに千鶴の声が届いた。


「あ、あれ神耶さんじゃない?」


 やっぱり尾行していたかとまた通路のほうに目をやってみると美詞の時が止まった。


「……みこっちゃん、落ち着いて。ゆっくり深呼吸しよう」


 夏希がそう声をかけた理由は……尚斗が綺麗な女性と腕を組みながら歩いていたからだ。

 千鶴が美詞の前で手を振って意識の有無を確認しているがそれどころではない。


「だめだねこりゃ、フリーズしちゃってるよ」


 バッと席から立ち上がった美詞の正面からの「あ、再起動した」という声なんて彼女には届いておらず、二人を置いていきなり歩いていってしまった。


「あちゃー……みこっちゃん荷物置いていっちゃったよ」

「普通ここは二人を尾行するのがセオリーじゃない?いきなり勝負に出るとか?」

「まぁそこがみこっちゃんらしいと言えばらしいけど」

猪突猛進いのししさんなところあるもんねぇ」


 残された二人は仕方ないなぁといった具合で、同じく残された荷物を担いで美詞を追った。

 当の美詞は尚斗と女性の真後ろまで追いつくと躊躇いなく声をかける。


「神耶さん」


 その声に気づいた前を歩く二人が美詞のほうに振り向く。

 尚斗は別段驚いた様子もなくいつも美詞に向ける柔和な笑みを湛えていた。


「おや、美詞君。今日は友人と一緒だったのでは?」


 尚斗のその言葉で親友二人をなにも言わず置いてきてしまったことにやっと気づいたようであった。


「あ!いえ……あぁ……置いてきちゃいました……」

「ぷっ!……なにをしてるんですか君は……」


 飼い主を見付けた犬が脇目も降らず駆け寄ってくるような姿を幻視し、尚斗はつい噴き出してしまい苦笑した。


「あ、あの!先ほど芽衣さんの姿を見掛けて、その後ろから神耶さんの姿を見付けましたので……あの……そちらの女性は……」


 恐る恐る説明するような形で事情を並べながらも、尚斗の隣に居る人物に対して尋ねる美詞の姿を見た女性がニヤリと表情を歪めると


「あら尚斗君、私という者がいながらこんな若い子に手を出していたの?悲しいわぁ、私のことは遊びだったわけ?」


 美詞よりも年上でスタイルのいいとても綺麗な女性の言葉にガーンと打ちひしがれたようにショックを受けた美詞は涙目になっていく。

 しかし尚斗はそんな言葉にため息を吐くと、ずびしっと女性の額をデコピンした。


「キャッ!痛いじゃないの……DVする男はモテないわよ?」

幼気いたいけな少女をからかうんじゃありません。美詞君、この女性は興信所のエージェントですよ、先日会った佐々木の同僚です。西村側の尾行を依頼していましたが、今日は芽衣さんと接触することが急遽判明しましたので合流して一緒に尾行していたんです」


 尚斗の丁寧な説明を聞き涙目になっていた美詞が持ち直したように表情を明るくしていった。


「そ、そうだったんですね!あ……すみません……お仕事の邪魔をしてしまいました……」


 勢いで尚斗に声をかけた美詞であるが、モヤモヤがすっきりしたことでやっと自分がなにをしているのか理解できたようだ。

 美詞のしょんぼりする姿に垂れた犬耳と尻尾がまた幻視され更に笑いが込みあがる。


「ふふ、大丈夫ですよ。これぐらいで見失いはしませんから」

「ごめんなさいね、あまりにもかわいい子だったからついからかっちゃった。私の名前は深津(ふかつ)エリカよ。尚斗君とは仕事の付き合いは長いけどそういう関係じゃないから安心してちょうだい?」


 自己紹介したのちにパチリとウィンクする姿は以前見た新任保健医兼政府機関職員よりも更に様になっており、映画のワンシーンを切り取ったかのような所作であった。


「あ、桜井美詞です!神耶さんの下でお世話になっています。あの……とてもお綺麗な方と一緒だったのでつい声を掛けてしまいました、すみません……」

「ふふ、尚斗君のことを取られると思ったのね?かわいいわぁ、尚斗君!この子ちょうだい!」

「あげませんよ、お預かりしている大事な子なんですから。ところで美詞君、置いてきたご友人は大丈夫なのですか?」

「あぁっ!!そうでしたぁ!」


 美詞が置いてきた友人のほうを振り向くと、丁度二人が美詞の荷物を肩にかけこちらに歩いてきているところであった。

 わたわたし手を合わせ目をぎゅっとつむりながら「ごめーん!」と謝っている美詞の姿に「ほんとかわいいわねこの子」と微笑ましい感想を述べるエリカがいた。

  

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