第53話

 車で移動する監視対象である芽衣と男性を追い、到着した場所はなんとラブホテル。

 尚斗も運転をしていた佐々木も候補として想定はしていたのか大きな驚きはないようであるが、問題は美詞だ。

 その存在を知識としては持っているがこう目の前で生々しくホテルに入っていく姿を見てしまうと固まってしまい、二人の会話に入っていけるだけの余裕がなくなる。

 その様子に気づいた佐々木が茶化すように美詞に話しかけた。


 「おっと嬢ちゃんにはまだ刺激が強かったかねぇ、初々しい反応から見てまだ未経け――」


 佐々木がそこまで言いかけたところでとんでもない重圧が後部座席からかかる。

 言わずもがな尚斗から発せられるプレッシャーは佐々木の声を抑えつけるだけの殺気が込められていた。


「ほぅ……どうやら縊り飛ばされたいようだな。短い付き合いだったが残念だ」

「ちょっダンナ!ちょっとした軽口じゃねーか!すまなかったって!……おーこぇ。何年もの付き合いを短いとか言うなよな。まぁ冗談はここまでにしてどうするよ?どうせ長いんだ、交代要員もってこようか?」

「そうですね……どうせ何時間か籠もるでしょうし交代要員がいるのなら代わってもらいましょうか。美詞君の精神衛生上にもよくない」

「へいへい、過保護なこって」


 その後到着した監視要員に引き継いだ後、近くのファミレスで時間を潰し、思いのほか早くホテルから出てきた二人を再度尾行し、そこそこ高そうなレストランでディナーをとる二人を観察していた。

 その後は何事もなく近くの駅まで芽衣を送り届けた男性は車で帰っていくようであった。

 尚斗と美詞も佐々木に駅で降ろしてもらい自宅まで芽衣の尾行を続行することになり、佐々木は男性側の尾行を続行することになった。

 男性側の車にGPS発信機を取り付けておいたと言っていたので見失うことはないだろう。

 その後問題なく無事芽衣が自宅に戻るころにはすっかり夜も更けた時間となりその日の調査は終了となったのだった。


 ここまでの調査結果を報告したところで芽衣の母である恵が大きく息を吐きポツリポツリと言葉が漏れだした。


「そうですか……ある程度の覚悟をしていたつもりでしたが……そうですよね、もう高校生にもなるんですもの……あり得ないことでもないんですよね……」

「そうですね……今日日年上に憧れて社会人や大学生と付き合っているという子もそれなりにいるでしょう。しかし近藤さんはそういう意味ではないのですよね?」


 尚斗の問いかけに小さくコクリと頷くと、恵の目尻から一筋の涙が零れ落ちた。


「わかっているんです、娘が真剣にただ恋をしているだけなら相手が社会人であろうと応援はできるかもしれません。でも……でも、どうしてもだめなんです。私にはあの子がわからない。どうしても娘として思えない……母親失格です。話せば話すほど、接すれば接するほど娘の存在が消えていくような錯覚に陥ります。まるで娘の体の中にまったくの別人が宿ったような妄想に引きずられます。娘を返してと叫びたくなります!神耶さん!あの子は……あの子はどうしてしまったのでしょう……」


 母親の心からの吐露は場を沈黙させるだけの悲痛さが籠もっている。

 美詞も恵の言葉に引っ張られるように表情が悲痛なものへと変わっている。

 尚斗もどう答えればいいのか迷い沈黙の時間が流れたが伝える義務はあるのだ、意を決し言葉を発した。


「……近藤さん、娘さんですが……何らかの異常があるのは確かかと思っています」

「異常?……異常ってなんなんですか?」

「彼女は……芽衣さんは霊能が宿っております。私共の術に反応しました、これは霊力を扱えるものにしかできない芸当なのです」

「気のせい……というわけではないのですね?」

「はい、気のせいや偶々ということで反応できるものではありません。そして原因は今のところ二つの内どちらかになるでしょう。ひとつは彼女に新しい人格が芽生え霊力に目覚めた場合。そしてもうひとつは……」


 ここまで話し尚斗は先を言うか悩んでしまった。


「もうひとつとは……なんなんですか?」

「……もうひとつは怪異と呼ばれる超常現象に娘さんが乗っ取られた場合です。そして恐らくこちらのほうが可能性は高い」


 その言葉を聞いて目を見開き固まってしまった恵だが、その次にははらはらと涙が流れ出した。


「そんな……そんなぁ……なにかの間違いよ。間違いと言ってよ。あなたが言っていた『覚悟』とはそういうことなの?……最悪の結果ってそういうことなの?」


 俯き顔を両手で覆い隠し声を上げ泣き出した恵に、尚斗は追い打ちとも言える言葉をかけなければならない。


「こんな状況のあなたに向かって私はそれでも問わなければいけません。近藤さん……調査を続行しますか?超常現象である怪異事件としての調査を」


 しばらく泣いていたため尚斗が伝えた内容が恵に伝わっているかもわからなかったがそれでも恵からの返答が出るのを待ち


「……お願いします……娘を……私達家族を助けてください……」


 絞り出すように出された恵の言葉に頷いて答える尚斗であった。



 数日後


 しかし……

 そうは応じたものの調査は難航していた。

 怪異調査と言っても調査自体は今までと変わりはしない、ただ原因が判明してからが本番と言える。

しかしあれからも芽衣にへばりつき尾行と監視を継続していた尚斗であったが結果が出ない。

 逆に言えばターゲットが尻尾を出さないということでもあった。

 学校生活では特に問題はなく、放課後は相変わらず派手めな友人たちと交遊を続けている……性格が変わったという点を除けばおかしいところが見当たらない。

 調査方法を変えてみる必要もあるだろうかと考えを巡らせていたところで、外部依頼していた興信所より調査結果が届いた。


(やっと届いたか……これで何かの切欠を掴むことができればいいんだが)


 厳重に封がされ簡易書留で送られてきた郵便物を開封してみると中から数枚の書類が顔を出した。

 それは芽衣と頻繁に会っている男性の個人情報である。


 西村亮太 26歳

 出身 三重県松坂市

 現住所 神奈川県町田市〇〇町のワンルームマンション

 勤務先 東京都新宿 株式会社フトゥルム 営業三課


 その他家族構成や日常の行動範囲や聞き込み等による性格、評判等が長々と連ねられていた。


(実際見た印象もそうだが、どう見ても平凡なサラリーマンと言ったところか?書かれている通りなら人に流されやすい印象がありそうだが、概ね他者からの評価もいい。あの娘さんに金づるにでもされたかとも思ったがそんなこともなさそうだな……)


 とても詳細なデータではあったが尚斗が必要とする情報は……解決に繋がりそうな情報がない。


(クソッ!そう簡単に出てくるとは思ってないが八方塞がりじゃないか!このまま地道に調査していくしかないのか?それとも……恵さんを再度説得して娘さんの部屋に盗聴器をしかけさせてもらうか?)


 人権的な問題や業法的な問題からあまり取りたくはない手だが一度盗聴器をしかける件に関しては恵にも相談した、その際はさすがに難色を示されたので引き下がったがこうも結果が出なければそれも視野に入れなければいけなくなってきた。


「神耶さん、あまりよくない表情になってますよ?」


 資料を読む尚斗の表情が美詞の不安を煽ったのだろうか。

 今も二人は例の隠れ家から芽衣を監視中であり、窓際で双眼鏡を覗いていた美詞がこちらを向き心配そうに声をかけてきた。


「あぁ……すみません。まぁ調査はそうすぐに結果が出るものでもないですから……我慢時でしょうか……。そういえば美詞君は明日は友人とお買い物でしたか?」

「あ、はい。休みをいただいてもよろしかったんですか?」

「いいんですよ、むしろ毎日こちらに着手するようなことでもありません。君はまだ学生なんですから、今経験できることを大切にしてほしい」

「ふふ、なんだか父親みたいな言い方ですよ?ならお言葉に甘えますね、お父さん」

「やめてください、さすがに君みたいな大きな子を持つほど年をとった覚えはありません」


 少し焦りすぎていただろうか、美詞との会話により少し気分が落ち着いてきたことで自分の置かれていた精神状態があまりよくなかったことに気づかされた。


「さて、今日はここまでにしましょう。寮まで送りますよ」


 恵の熱い慟哭に引きずられたか、こういうところがまだ未熟だと反省する。

 思考をクールダウンしリセットするためにも、今日はもうそろそろ終わった方がいいだろうと調査を切り上げた。

 そしてそんな尚斗の考えに反して、事態は思わぬ方向から解決の切欠を転がしてくる。

 それは心機一転焦らず調査に臨もうとしてからなのだから皮肉なものだ。

 

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