第52話
神耶総合調査事務所内にて、現在尚斗と美詞の両名は今回の依頼者である近藤恵と対峙していた。
今日までの調査による経過報告をするためだ。
神妙な面持ちでソファーに座る恵の顔は相変わらず隈がひどく、先日依頼に来た時以上に窶れたようだ。
膝の上で握られた手も心なしか、今から知らされる調査内容に関しての不安を表すかのように強く握られている。
「近藤さん、今日までの調査内容を報告させていただきます、先にお伝えしなければいけないのはまだ結果が出ていないとういことだけご理解ください。逸る気持ちはわかりますが、まだ今後も調査は継続しますので肩の力を抜いてくださいね」
「……はい、お願いします」
言葉では了承の意を伝えはしたが、だからと言って心配事が解消される訳ではない。
尚斗も言ってはみたがこんな言葉で安心させられるとは思っておらず、それでもそう声をかけずにはいられないほどに焦燥している姿を見ていられなかった。
しかし一旦恵のことは置いておいて話を進めることにし、まずは芽衣の平日の行動から報告を開始する。
主に学校が終わった後の放課後の行動記録や、交友関係等を中心に写真と地図によるルート説明等が行われる。
そして一番気になっているであろう週末の外出に関しての報告に移ると恵の顔が強張るのが見てわかった。
「まずご自宅を出られたのが8時頃、そのまま電車に乗り向かったのは神奈川県の江ノ島です」
説明と一緒にテーブルの上に出された写真には駅で待ち合わせをする芽衣の姿が写されていた。
そして二枚目の男性が合流して腕を組む写真が一枚目の上に重なるように置かれる。
「時間にして10時前にこちらに写っている男性と合流し、駅からすぐの江ノ島水族館に向かっております」
写真を手にしじっと凝視する恵がしっかり時間をかけ見終えるとポツリと声を漏らした。
「……この男性です。私が一度娘を尾行した時に会っていた男性もこの人でした……」
「……なるほど。では娘さんが不特定多数の男性と会っているという線は薄くなりましたね」
尚斗のその言葉にほっとしたような表情に変わる。
未成年である娘が社会人と思われる男性と会っていれば最悪のケースを考えてしまうのも無理はない。
もし不特定多数の男性と会っているようであれば金銭授受を目的とした犯罪行為等のように、よくないものに手を出していることも考えられたからだ。
しかし特定の男性と一緒だからと言ってその線がまだ消えたわけではないので話の続きが気になるのかそわそわしている。
その状態を察した尚斗が話の続きを語りだす。
「水族館を一通りまわった後、二人はすぐ近くの弁財天仲見世通りで食べ歩き等をし観光しておりました」
出された写真は弁天橋で手を繋ぎながら歩く二人が、そして次の写真には仲見世通りでたこせんべいを食べさせ合っている光景が写されている。
その二人の姿はまさにデートを楽しむ恋人同士の光景。
ただ社会人の恋人が出来たというだけならなんとか応援してあげることが出来るだろうかと複雑な表情を見せる恵。
「その後二人はしばし観光を楽しんだあと別の場所に移動しましたが、そちらを説明する前にまずこれを見ていただきたいのです」
そう言ってリモコンでモニタの電源をつけると動画が流れ出した。
そこには今説明した水族館~弁財天仲見世通りでの二人の姿を撮ったものである。一通り流し終わったあとで尚斗は恵に問いかけた。
「今の映像を見てなにか気づかれたことはありますか?」
「……気づいたこと……ですか?そうですね……やはりどう見ても私の知っている娘からは想像できないはしゃぎようでした」
「男性のほうを見て気づいたことは?」
「……やけに落ち着いた方のように見えます。真面目そうな雰囲気というか」
「そうですね、二人の間にどういった出会いの切欠があったかはわかりませんが少なくとも男性からのアプローチというようなイメージには繋がりませんでした、この表情が気になったんです」
そういって再度リモコンを操作すると、その日尚斗と美詞が違和感を持った複雑な表情を見せる男性の姿のところで画面がストップする。
「私達は男性のこの表情から、芽衣さんとのお付き合いに対して後ろめたいのか罪悪感を抱いているのか、そういったものが読み取れました。もしかしたらこれが演技なのかもしれませんが、それでも今はとりあえず男性側に娘さんが騙されているといった可能性は低めに見ております」
「……そう言われてみればそう見えないこともありませんね……では娘のほうからこの男性にアプローチしたということでしょうか?映像でも積極的に娘から迫っているように見えますし……」
「ええ、そのあたりは今後の調査次第と言ったところでしょう。今の私の見解も含めましてこの先の報告をお聞きください」
その後語られた報告内容には当日もひと悶着あった。
仲見世通りの次にどこに向かうか尾行していた二人は前を歩く監視対象が駅の方向に向かっていないことに気づいた。
「神耶さん、この先ってなにかデートコースがあったでしょうか?」
「いえ……恐らく……車で移動するつもりでは?」
「……どうするんですか!?私達電車で来ちゃったのに!」
「まぁまぁ、大丈夫ですよ。ちゃんと手は打ってます」
美詞を宥める尚斗がスマホを取り出しどこかに連絡を始めた。
「神耶です、私達の位置は補足してますね?ターゲットが車で移動する可能性が出ました、こちらに一台まわしてください」
短くそれだけを伝え電話を切り終えるとまた二人の尾行を続行し……するのを美詞が許さなかった。
「ちょっと神耶さん!説明してくださいよ、おいてけぼりじゃないですか!」
「ふふ、この後ちゃんと説明しますので今は二人を追いかけましょう」
「もうっ!お願いしますよ?」
ぷりぷりと怒る美詞を軽くあしらう尚斗はくすくす笑いながら尾行を続行。
尚斗が読んだ通り、その後芽衣と男性は駐車場から男性のものと思われる車に乗り込み出発してしまった。
どうするのかとやきもきしている美詞の隣では歩道でのんびり立ったままの尚斗がいる。
痺れを切らし尚斗に話しかけようとしたとき、二人の前で白い乗用車が停まったためそちらに意識が移った。
「さぁ、乗れ」
助手席側のウィンドウが下がり運転席に座る男性から短く声がかけられると尚斗が躊躇なく後部座席側のドアを開いた。
「さ、美詞君乗りましょう」
これがさっき電話していた内容かと溜息を吐きたくなったが、急いでいるので何も言わずエスコートする尚斗に従い車の中にその身を滑らせた。
「神耶のダンナ、ターゲットの位置は補足してるんだろ?ナビをたのむぜ」
「了解です、この先の信号を右ですね。すぐに見えてくるはずです」
二人のやりとりを聞いていた美詞はこの車を運転する人物にある程度のあたりをつけている。
「さて、美詞君説明をしましょう。まず目の前の男性ですが外部依頼しております興信所の……まぁ名前はいいでしょう。今回の協力者です」
「ひでーぜダンナ。佐々木だ、今日はよろしく頼むよ嬢ちゃん」
「あ、はい。桜井美詞です。神耶さんの助手をしてます」
一般人向けに用意した立場で自己紹介する美詞だがそこに尚斗の声がかかる。
「大丈夫ですよ、こちらの興信所の方は霊能力者ではありませんが事情は知っておりますので」
「あ、なら……改めまして、神耶さんに霊能で師事いただいてます見習いです」
「話には聞いてたがダンナも隅に置けねーな。傍にだれかを置くなんざ初めてじゃねーか?」
尚斗を含め自分のこともある程度知っているのだろう、やはり興信所の人間というだけある。
「で、神耶さん。どうして今回は興信所の方を?」
「ひとつは今回のようなパターンですね。ターゲットの行動が読めなかったため足が必要でした。もうひとつがメインになるのですが、今芽衣さんと一緒にいる男性側を調査していただくためです」
後者の理由を聞いた時美詞もピンときた。
「あ、男性の素性を調べるため……ということは二人が別れた後男性側を尾行して住所を特定する……ってことですか?」
「お、いいねぇ。こっちの仕事に向いてるんじゃねーの?その通り、ダンナからの依頼で今日あの男の家を特定するつもりだ。そっから素性を洗っていくのが今回のウチの仕事だな」
「彼が全部言ってしまいましたが、あの男性のことは今回外部に丸投げですね。私達は娘さん側に集中することにします」
「ということはですよ?今回の尾行中も他に誰かが見張ってたってことですか?」
美詞が気になった質問に佐々木が答えた。
「そうだぜ嬢ちゃん、俺じゃねーけどもう一人がずっと観察してた、あんたらも含めてな。ダンナも若い子とのデートは楽しんだかい?」
佐々木のその言葉に尚斗は溜息を吐き、美詞はまさか自分が尾行されている側だったとはと恥ずかし気に頬に手をあてている。
「はぁ……下世話な話はやめなさい。まぁ彼らはプロですからね、美詞君が気づかないのも仕方ありませんよ」
そんな会話を交わしながらターゲットである二人が乗った車が到着した先は―
「……まぁ予想の内の一つにはありましたが、やはり来ましたか」
「予想というか社会人のデートじゃ鉄板じゃねーの?」
「いや、相手は未成年ですよ?道徳的にはやはり問題でしょう」
「ハンッ、最近の子だと普通だよ普通」
二人の会話に入っていけなかった、いやむしろ入りたくなかった。
なぜなら前方の車が入っていった建物は、とてもメルヘンチックでファンシーな名前のついたでかい看板が掲げられたもの。
男女の営みのためのテーマパークと言っても過言ではない。
さすがに知識が少ない美詞でも一発でわかってしまったその建物にリアクションがとれずにいた。
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