第51話

「さぁ今夜も来たよー!」


 なんとも近所迷惑な声を張り上げながら入ってきた夏希の手には衣服が入っているだろうと思われる……いやもう数回目なのだ、確実に衣類が入っているだろう紙袋を下げていた。

 同じように夏希の後ろからひょっこり顔を出した千鶴も同様衣服入りの袋を手にしている。


「二人ともいらっしゃい!いつもごめんね……あとできればもう少し穏やかに入ってきてほしいな、もうそろそろ苦情が入るんじゃないかとハラハラするんだよ?」


 いつも美詞の私服選びに付き合ってもらっているのはとても助かるのだが、騒がしい二人にいつもドキドキしてしまう。

 別に部屋に友人を招き入れてはいけないというルールがある訳ではないが隣人も学生なのだ、もし勉強でもしているのなら確実に邪魔になっているだろうことに申し訳なさでいっぱいになってしまう。


「ふ、抜かりはないよまいぶらざー!両隣には事情を説明しているから安心してくれたまえ!あと遠慮しないでよ、みーちゃんを合法的に着せ替え人形にできるいい機会だもん」


 そこはシスターなのでは?と思った美詞であったがなんとも根回しの早い千鶴に苦笑気味で応じる。


「あぁ……早く自分でこなせるようにならないと……」


 美詞のベッドの上には二人が持ち寄った衣服が所狭しと広げられ、あーでもないこーでもないと衣服を次々美詞の体に当てて確かめる夏希と千鶴の姿があった。


「明日は休日デートだもんね、気合いれないと!」


 千鶴の声に美詞は反論の声をあげる。


「私が気合入れたらダメなんだからね!?調査対象がデートなんであって私がデートなんじゃないんだから!」

「わかってるわかってる。でもみーちゃん、デートスポットをまわるだろうってのは予想できるんだからデートコーデじゃないと不自然だよ、尚且つ目立たないように仕上げるってのは……うーん難易度たかいじぇ」


 ちゃんと理解した上で考えてくれていたようでほっと安心した。

 実は本日依頼人より尚斗に電話があり、調査対象である娘が明日お出かけをする情報が入った。

 しかも夕飯をいらないと言ってきたことから夜まで遊びに出るみたいだ。

 相手が以前見た学生の友人か、はたまた話にあった交遊相手の男性か……親である恵の予想では最近の行動からみて男であろうとのこと。

 なので明日は監視対象である芽衣と男性のデートを尾行することになるであろうとの連絡が先ほど尚斗からあったのだ。


「で、みこっちゃん。実際どんな感じ?調査はうまくいってるの?」

「まだ始まったばかりだよ、なんにもわかんないかな。ただ……やっぱりおかしいっていうのだけは確かかも。ねぇ、例えばだよ?高校生の女の子がある日いきなり別人みたいな性格になるってどう思う?」

「それって今回の調査対象の子かな?うーん……どんな子かにもよるんじゃないかな?話せる範囲で教えてもらえる?」


 夏希も依頼者の個人情報故にすべて聞けるとは思ってないが、状況ぐらいわからないとアドバイスのしようがないのも確かなのだ。


「そうだね……性格はおとなしくて引っ込み思案、特定の友人を作らずインドアで引きこもりがち。でも両親のことを大切にしていて優しい性格。オシャレには興味がなく素朴な外見かな?それがある日を境にとても社交的になり髪を染め化粧をしてギャルのような友人と一緒によく遊ぶようになった。週末には社会人と思われる男性と会っているみたい」

「へぇ……たしかに180度変わったと言ってもいいぐらいの変わりようだね。まぁ……ないかな?」


 夏希の返答に、手にもっていた服を持ったまま固まってぽかんとしてしまう美詞。


「ない……って?」

「普通の現象じゃないに一票ってことだよ。確かに恋をしたからその男性のために変わったという話はよく聞くよ?でもそれってそんな簡単なことじゃないんよ。恋ってね、相当なエネルギーを使うの。外観だけ相手の好みに寄せるってだけでもすごく大変なことなんだよ、性格を変えて更にはいきなり友達付き合いも同時にこなすようになった?それが出来たら最初から引っ込み思案になってないって。まぁ私の偏見かもだけど」

「うん、私もなっちゃんの意見に同意かな。少しの変化ならともかく、その変わりようはもう二重人格とかを疑ったほうが早いレベルじゃない?」


 夏希の意見に千鶴が同意するような形で二人が「ありえない」の答えを出してきた。

 やっぱり思春期による変化説はないのだろうか。


「本人の意思によるものじゃないってなるともっと意味がわからなくなっちゃうね……怪異は一体なんでそんな行動をするようになったんだろう」


 その疑問を解き明かすために明日は重要な調査となる。

 きっと鍵は明日拝むことになるだろう相手の男性にあるのではと霊感がざわついていた。



 翌日


 尚斗と美詞は現在、駅へと向かう芽衣の後を尾行していた。

 芽衣の姿はとても大人っぽい装いだ、先日見た化粧等の変化も今の姿と合わせるととても似合っているように思える。

 恐らく相手の男性に合わせて演出しているのかもしれない。


「神耶さん、やっぱり今日は件の男性と会う流れになりそうですね」

「ええ、改めてこう見るととても高校生には見えません……女性は化けると言いますが怖いですねぇ」


 髪を染め先日みたような大人っぽいメイクを施し、耳にはピアスが揺れている。

 以前の大人しそうな写真の子からは想像もつかないほどの変身っぷりであるので尚斗がそう漏らすのも仕方がない。

 電車に乗り一行が向かったのは神奈川県の江ノ島。

 宝条学園が建立され神奈川へのアクセスがよくなり、更に近年新線が出来てからは以前に比べかなり楽になったとしても2時間近くかかる計算だ。

 移動だけでも結構な労力を使い、それでも会いたい相手の男性とは一体どんな人物だろうか。

 片瀬江ノ島駅に降り立ち、駅前で待ち続ける芽衣を少し離れたコンビニの中から商品を見るふりをしながら観察していると動きがあった。


「神耶さん、あの人じゃないですか?」

「みたいですね、娘さんに警戒心がなさそうなのでナンパではないでしょう」


 芽衣に話しかける男性の見た目はごく平凡な青年のようだ。

 歳は尚斗に近いような気がする、特筆するなら真面目そうな見た目……女子高生と遊びそうなイメージには見えない。


「親し気に話していますね。あ、移動するみたいですよ、いきましょう!」

「あぁ、ちょっと待って、こら、引っ張らないで」


 尚斗の腕を引き慌てて尾行を開始する美詞、尚斗の抗議等無視するかのようにぐんぐん進んでいく。

 ここまで来たら立ち寄る観光地等限られている。

 歩き出した方面からしても恐らく間違いはないだろう。

 少々離れていたとしても行先が分かっているなら合流は簡単だと説明しかけ……美詞のやる気の前では言っても無駄だろうと諦めた。


「はぁ……美詞君、落ち着きなさい。できれば私の腕を返してほしいのですが」


 その言葉に前を進んでいた美詞が立ち止まり尚斗の腕を引いていることに気づいたようだ。

 これで解放してくれるだろうと尚斗が思っていた矢先、美詞はなにを思ったのか更に尚斗との距離を詰め腕に自分の手を絡めてきた。

 

「……なにをしてるんです?」

「ほら、こうしたらデートっぽく見えません?完璧な尾行です!」


 少し暴走気味になった美詞が心配になるが、まぁ好きなようにさせておこうと気持ちを切り替える尚斗はやっぱり美詞に甘かった。

 駅からほどなくして到着した先は予想通りの場所。


「私ここの水族館来た事ないんですよね、楽しみです!」


 暴走気味なのは観光地への期待からか……


「美詞君、今日は遊びに来たのではないですよ?分かっていると思いますが魚に気を取られすぎないようにしてくださいね?」

「はい!わかってますよ、ちゃんと観察します!」


 その観察対象が魚やイルカばかりに向かないことを祈るばかりだ。

 前を横並びで行く芽衣と男性に続き、尚斗と美詞も水族館へと場を移した。

 いかにも恋人同士のデートみたいに観察対象は互いに手を繋ぎ、水槽を泳ぐ魚にリアクションをとりながら楽しんでいるように見える。

 それはとても普通の光景であり、また不自然な光景でもあった。


「神耶さん、あの二人とても楽しそうにまわっているように思えますね」

「ええ、少々男性のほうの表情が気になりますが娘さんのほうはあまりにも自然すぎて不気味です」


 前の調査で芽衣に何らかの異変が起こっているのは確認している。

 なのに今、男の前ではしゃいでいる芽衣の姿はあまりにも人間らしい……人間臭い行動と言えるだろう。

 順調に順路に沿い水族館をまわる二人についていき、今現在はイルカショーを観覧しているところ。

 前のほうに座った観察対象二人を、後方の席から見守る形で望んでいる。


「あの、少し気になったのですが……男性よりも芽衣さんのほうが積極的なように見えますが……」

「ええ、男性が芽衣さんに魅入られているといった風には感じませんね。そして男性が時折見せる表情からも逆のパターンも考え辛いかと」

「確かに……男性のあの表情は気になります。なにか……悲しみや哀れみが混じったような……」

「美詞君もそう感じますか。私はそこにプラスして罪悪感のような感情が見て取れました」

「罪悪感……あれでしょうか、未成年の女の子と付き合っていることの後ろめたさみたいな」

「私の直観ではそれだけのようには思えないんですよね……」


 尚斗と美詞が見た限りでは男性側が芽衣を誑かしているという風にはどうしても見えなかった。

 むしろ芽衣が男性を振り回し、男性側もそれに仕方なく付き合っている……とは言い過ぎだろうが、確かに二人の間に温度差があるようにも見える。


「どちらにしましてもやはり彼が鍵になりそうな気がします」

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