第50話

 ファーストフード店を出た調査対象を追い尾行を続けていた尚斗と美詞。

 この後もカラオケに行ったりショッピングに繰り出したりするのだろうかと身構えていたが、本日の寄り道はこれで終了のようだ。

 友人たちと別れ帰路についた近藤芽衣の後をバレないよう離れた距離から尾行していたが、特筆するような出来事はなかった。

 事前に知らされていた自宅に入っていったところを確認し本日の尾行調査は終わりそうであった。


「神耶さん、今日はこれで終わりなのですか?」

「いえ、実は近くのウィークリーマンションの一室を確保してあります、そちらから近藤家を見張ることができますので移動しましょうか」


 とても準備のいいことに尚斗は依頼のあったその日から近藤家の近くに張り込みができる拠点を探し出していた。

 少し距離のある場所になんとか低層マンションの空きを見付け短期契約を結んでいた。

 周りには低層住宅しかないため、3階建ての部屋からでも双眼鏡を使えば近藤家を窺い知ることができる。


「いつの間に……と言いたいところですけどこれが普通なのですか?」

「少し無理をしましたが、オーナーが短期でもいいので空室を早く埋めたいという意向と合致したので叶いました。まぁ……普通かどうかはわかりませんが大げさではあるかもしれませんね」

「なんだかドラマに出てくる警察の張り込みみたいですね」

「流石に彼らみたいに交代制で泊まり込みまではしませんけどね。なんなら往年の伝統に倣ってあんぱんと牛乳を準備してみますか?」

「ふふ、ハンバーガー食べたばかりですよ?もうおなかいっぱいです」


 借り上げた部屋は3階建てのよく見る低コストワンルームマンションの3階の一室。新築に近いのかとても綺麗だが、この手のマンションは壁が薄く騒音トラブルが絶えないと言う。

 実際に長期で住むわけではないのでそのあたりは問題ないだろう。

 さっそく部屋に入り電気を付けるとそこには最低限の家具が揃えられていた。


「あれ、なにもない部屋を想像していたんですけど……備え付けですか?」

「ええ、ウィークリーマンションには多いですね。私が準備した家具は一切ありませんよ。さて美詞君こちらへ」


 尚斗に呼ばれ近寄ってみると、窓から見える景色の中に先ほど見かけた近藤家が映る。


「ここから近藤家が見えます、双眼鏡を使わないと分かりづらいですけどね。この直線上に建物が少なくて助かりました」


 尚斗から手渡された双眼鏡を覗いてみると確かによく見える……よく見えるが。


「神耶さん、私双眼鏡なんて初めて使いましたけど……これって疲れませんか?視界もかなりぶれますし」

「はは、慣れるまでは確かに疲れるかもしれませんね。ブレもコツがあるんですよ。ほら肩の力を抜いて……脇を締めて……そんな感じです。あとは幅やダイヤル調整で見える視界がだいぶ変わりますので自分の好みに合わせてみてください。それでもブレるなら壁に寄りかかって体を固定するといいでしょう」


 尚斗に教えてもらった通りに調整していくと確かに先ほどよりはマシになっただろうか、手ブレもだいぶ軽減できたように思える。


「できました!……でもやっぱり疲れます……ずっと覗き込んで見張っている警察の方ってすごいんですね……」

「まぁこういったことも経験ですよ、そちらは美詞君に差し上げますので使ってください。探偵七つ道具とまではいきませんが持っていて損はしませんので」

「わ、いいんですか?ありがとうございます!なんだか道具を持っていると探偵っぽい気分になってきますね」


 子供が与えられたおもちゃに喜ぶような仕草に尚斗の顔も綻ぶがこれだけでは終わらなかった。


「美詞君に渡しておくものがまだあります。こちらをどうぞ」


 取り出したのは小さなポーチである。

 無骨なタクティカルポーチを受け取った美詞が中を開けてみると何個かの機材が現れた。


「これは単眼鏡ですね、距離が測れたり暗視機能も搭載されてます。こっちがICレコーダーです、声を録音する機械ですが使い方は追々説明しましょう。それと小型カメラですね。小さいですがこのアダプタを付けると望遠も可能です。隠し撮りをしないといけない際は、スマホもいいんですがこちらのほうが使いやすいかと。この小さなチップはGPS発信機です。マグネットとテープがついているのでどこでも貼りつけられます、スマホのアプリで追跡できますので後でダウンロードしておきましょう。最近はスマホが進化しすぎましたので大体必要なツールはスマホで代用できたりするんですけど、痒い所までは手が届きませんから持っていてください」

「あの……神耶さん、とても嬉しいんですがほんとにいいんですか?素人の私が見ても高価なのはわかりますよ?」

「社員特典だと思ってください、会社の経費で落とせますので気にしなくて大丈夫ですよ」

「うわぁ……ありがとうございます!」


 目をキラキラ輝かしている美詞に優しい視線を送る尚斗だが、やはり美詞に対して激甘である。

 美詞も美詞で中二心をくすぐる女性がもらっても喜びそうにないプレゼントに最高の笑顔を見せていることから、少し一般的な女学生とは感性がズレてしまっているのだろう。


「ふふ、気分はスパイです!」

「探偵はどこいったんですか?」

「同じようなものじゃないですか」

「ま、スパイとは違い探偵は潜入とかはしませんけどね」

「しないんですか!?」

「しませんよ!?」


 やはりどこかズレていた。


「ドラマや映画に影響されすぎじゃないですか美詞君?日本で潜入捜査なんて厳しいにもほどがあります」

「え、では海外の探偵ドラマに出てくるようなものは……」

「夢を壊すようで申し訳ありませんが探偵で潜入なんてほとんどフィクションかと……まぁせいぜいスパイなんて国家直轄の組織でしか無理でしょう。アメリカの探偵ですと大きな権限はありますがそれでも潜入とかは……聞きませんね」

「今の説明ですと日本の探偵となにか違いがあるのですか?」

「ええ、アメリカの探偵はライセンス制なんです。警察に近い権限があるので色々なことを調べることができるんですよ?日本の探偵は届出さえ出せば誰でもなれるので逆に権限もなにもありませんね。できることなんてせいぜいこういった張り込みや尾行ぐらいです」

「そうだったのですね……少し残念です……」

「海外ドラマが好きな婆様の影響でしょうかねぇ」


 静江の影響を受けているのか偏った知識があることにため息をもらす尚斗であった。


「ではこれらの道具の使い方を説明をしましょうか」


 その後は双眼鏡と単眼鏡の使い分けや機材の使い方、使用に際しての注意等を説明し終えるころには外はすっかり夜の帳が下りていた。


「あ、もうお外真っ暗……神耶さん!そういえば芽衣さんを監視していません!」


 張り込みをしているはずが張り込めてないことに気づき美詞が声を上げた。


「大丈夫ですよ、彼女はまだ家にいます」

「あれ?……なんでわかるんですか?」

「実は近藤さんには色々お頼みしていることがありまして。ひとつは娘さんが外出される際や予定を知りえた際は連絡をいただけること。もうひとつはこれです」


 そういって取り出したのは尚斗のスマホだ。

 もちろんスマホを見せたいわけではないだろう、見せたいのは今画面に出ているこの周辺の地図だろうが……中心が光点表示されている。


「これって……もしかして芽衣さんの現在地ですか?」

「はい、実は近藤さんご両親が娘さんに与えたスマホはGPS追跡機能が搭載されているものでして、近藤さんから一時的に権限を共有させてもらってます。最近の子が外出するのにスマホを置いたままというのは考えにくいですからね」

「えっと……ではこの張り込みって……」

「監視するためというよりは動きがあればすぐに追いかけるための拠点ですね。外でずっと待っておくなんて嫌ですよ私は」

「ははは……なんかまた私の思ってたのと違うような……」

「見失ってもすぐに追跡ができる、ほんと最近は便利になりましたねー」


 探偵が使うような道具は近年ではネットでだれでも手に入るようになった。

 一般人でもこれらのツールがあれば真似事ぐらいはできるだろう世の中にしみじみと声を漏らす尚斗であった。


「感慨深げに語ってますけど神耶さんが探偵になったころには既にありましたよね!?」

「バレましたか?まぁ最初からガッツリ恩恵を受けてますね」


 なんとも締まりのない話になってしまった。

 その後も定期的に事前に聞いていた芽衣の部屋を観察していたが、窓はカーテンで遮られているため中は窺い知ること叶わず、動きもないため本日の張り込みはこれにて終了となった。


「さて、今日はそろそろ上がりにしましょうか。学園まで送りますよ」

「車を持ってきているのですね、ならお言葉に甘えてもいいでしょうか?」

「はい、甘えてください」

「ところで神耶さんは事件が解決するまでこの部屋で生活されるのですか?」

「まぁせっかく生活環境は整っていることですし寝泊りはするつもりです」

「なら私も―」

「はいはい、だめですよ美詞君。除霊にどうしても必要な泊まり込みがあった場合は仕方ありませんが、今はそうではありません。学生は学生らしく家に帰りなさい」

「むぅー、子ども扱いして!」


 そう言って頬を膨らます姿は子供の仕草そのものではないかとツッコみたくなるのを我慢するが、どうしてもクツクツと笑いが漏れてしまう。

 尚斗と時間を過ごすようになり、最近の美詞は少し幼い言動が増えてきたように思える。

 子供のころの記憶に引きずられているのか……それともそれが本来の美詞であり、素を曝け出せるほどに気を許しているのか。

 きっと尚斗はおろか美詞すら気づいていないことなのかもしれない。

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