第49話
近藤恵から正式に依頼を受け、娘である芽衣の調査を行うことになった。
今日はその娘の身辺調査第一日目である。
美詞は学園が終わると寮に戻り、先日遅くまで友人に付き合ってもらった変装をもって現場に赴かんとするのだが……そういえば待ち合わせ等の打ち合わせをしていなかったのを思い出し尚斗に連絡してみることにした。
「もしもし、神耶さん今大丈夫ですか?」
「ええ、問題ありません。学園は終わりましたか?では吉田のほうに来れますか?」
「ええ、新線を使えばそんなに時間はかからないかと思います」
「了解です、私は現在学校の近くから張り込みをしているところなので動けないんですよ。ターゲットもあともう少ししたら学校から出てくるはずなので変動するかもしれません。駅についたら教えてください」
「はい、了解です。ではまた後で」
調査対象は美詞と同じ高校生であるためそちらも放課後になろうかという時間なのだろう。
確か部活動はしていなかったとのことなのでそのまま家に帰るか友達と一緒に……いや、特定の友人はいないのだったか……そうなると一人でどこか寄り道をしたとしてもあまり時間をつぶせる場所はないかもしれない。
いや、最近できた大型のショッピングモールは少し距離はあるが寄り道の活動範囲ぐらいに入るか。
とにかく急がないとなにもしないで……それこそ対象を目にすることなく一日目が終わりそうなため急いで学園都市から電車で富士吉田まで向かった。
駅に到着し尚斗に連絡をしたところ、幸いにも駅前の繁華街で寄り道中だとのことで尾行している尚斗に合流することにした。
入った店舗は某有名ハンバーガーショップ、二階にある端の席に見知った顔をみつけた。
「お待たせしましたか?遅くなりました」
「いえ、学園があるので仕方ないですよ。ところで美詞君」
「はい?」
「変装をがんばってきたというのはわかるのですが……君の存在感はなかなか消えませんね」
「えっと……けっこう地味だと思うのですが……」
そうやって自分の恰好を両手を広げて確認してみる。
ダボっとしたパーカーにロングのフレアスカート、有り触れたファッションでありながらも色を地味目に合わせ存在感を抑えようとした。
髪型もいつもと違い二つ括りでおさげにして前に垂らしている。
太い黒フレームの伊達メガネでより一層カモフラージュできているのではないかと思うのだが。
「たしかに地味な色合いなのでしょうね……うーん、素材がよすぎるのも問題ですね。他の客がちらほらと君のことを見てますよ?」
尚斗の言葉にぐるっとまわりを見回してみるとサっと顔を反らす客が何人もおり、中には構わずガン見してくる者までいる始末だ。
「美詞君みたいに小顔で輪郭が整い色白ってことがまず目を引く対象になりますからね、髪型や服装を地味にしたところで焼け石に水なのでしょう。まぁターゲットには注目されてないので大丈夫ですよ。さ、座ってください」
釈然としないまま席についた美詞であるが、そういえば夏希と千鶴も言ってた。
「引き受けたのはいいけど地味にするって……どうすりゃいいのよ」
「服装はなんとかなるよ。でもさ……顔はこれどうしようもなくない?」
「眼鏡だけだと弱いかな?でも帽子もマスクもってなると別の意味で注目浴びそうだし……」
「せめて髪型で少し顔を隠そう。小顔なのはどうしようもない」
「くそ!逆に崩れた化粧でもしないと無理だこれ」
あーじゃないこーじゃないと色々こねくり回され今の恰好に落ち着いたのだが、それでも二人は
「「まだかわいい、でももう無理」」
と言い諦めた。
自分が人よりも注目を浴びている自覚はある……客観的にきっと世間一般的な「かわいい」という分類に入るのだろうが、毎日鏡で見ていると自分の顔が特段優れているという感想は湧いてこない。
なので過剰に周りが反応することにどうしても疑問とむず痒さが残ってしまうのだ。
「その顔から察するにご友人方は苦労したみたいですね。ま、美詞君がそれでいいなら大丈夫ですよ。一度私の知り合いに指導させてもいいのですが、そのまま芸能界に連れ去られそうなので最終手段ですかねぇ」
尚斗が手配しようとしていた変装のプロというのは、現在芸能界の裏方としてメイクの仕事をしているらしい。
少し気になったが尚斗の言う通り芸能界等には興味がないので実際にそうなってしまうと困る。
「さて今日の目的に戻りましょう。あちらの席に座っている三人組の奥の子が芽衣さんですね。窓際に座っていただけたなら向かいの店舗から監視もできたんですが……」
尚斗が顔を向けた先には近くの高校の制服を纏った三人の女生徒の姿があった。
……吃驚した……ほとんど面影がないではないか。
写真では少しもさっとした垢抜けない感じの黒髪だったはずだが、今友人と思われる子達と笑顔で喋っている彼女は茶色く染めゆるく巻いているみたいだ。
顔も素朴な高校生だったものが化粧を施し大人っぽく垢抜けたように見える。
「別人……じゃないですよね?」
「ええ……私も疑いましたよ。しかし友人が『めい』と呼んでましたので同名の女性がいない限りは間違いないかと」
「たしか特定の友人はいないということでしたよね?今一緒にいる子達は“今”の芽衣さんになってから出来た友人でしょうか……」
「でしょうね。こう言っては悪いですが、聞いていた以前の彼女からしたら最も苦手としていた部類の女性達だと思われますので」
一緒に談笑している子達も髪を染めピアスを揺らし、年相応のギャルがしそうなメイクで顔を彩らせていた。
そう、一言で「ギャル」だ、写真と動画で見た“近藤芽衣”からは縁遠い存在と思われる。
「でもすごく自然に見えますね。会話に花が咲いているようですしコミュニケーション能力が高いと思いますよ?確かに芽衣さんのお母さんが言っていた性格とはかけ離れているように思います」
「美詞君から見てもそうですか。近藤さんがおっしゃっていた意味がこの光景だけで分かった気がします」
「どんな話をしているのか気になりますね……あの、以前神耶さんが使っていた『遠耳』は使えないのですか?」
以前桐生の事件の際、離れていた場所の声を間近まで繋げる術を使っていたのを思い出し尋ねてみる。
「使えますよ。しかし霊力を多く持った者には感付かれやすいんです。もし彼女が昨日言っていた原因によるとすれば、霊力の塊である怪異には察知されるかもしれません……しかし……そうですね、一度試してみますか」
なにか思いつくことがあったのか、否定的であった尚斗が手のひらを返すように術を行使しだした。
「だ、大丈夫なんですか?」
「ええ、精度を落としわざとわかるように最小限の力で発動させます。バレてもだれが行使したかまではわからないでしょう」
術を発動すると、芽衣がなにかに気づいたかのようにあたりをキョロキョロしだした。
「おっと、視線をこちらに戻してください。彼女を見ていては怪しまれます」
「……芽衣さん、気づきましたね」
「ええ……できれば気づいてほしくなかった……しかしあれは術に気づいたというよりも違和感に反応したという感じです」
そう、芽衣がこの術に気づくということは「普通ではない」ことが証明されたということなのだから。
「これで少なくとも何らかの現象が彼女に起こっていることの証明になってしまいました。一番穏便なのは力に目覚め霊力が宿ったか……ですが」
「怖いのは怪異に憑りつかれたか成り代わられたか……ですね」
「はい。思春期によるものという線はだいぶ薄れてしまいましたね。しかし疑問もあります……ここまで実社会に順応しているのはどうしてか?また、なぜ性格を変える必要があったのか?」
「あ……確かにドッペルゲンガーや影法師が本人に成り替わるという目的があるなら、性格を変えるというのは疑惑を向けられやすいですもんね」
「憑依にしたってそうです。『陰』に向かうことがあっても逆に『陽』に向かい、あのように世界を広げるなど……青春時代に未練のある霊が宿ったとでも言うのでしょうか……」
霊が憑依した場合、総じてよくない現象を引き起こす。
それは復讐であったり恨みをまき散らしたりと……。
なのに今友人たちと会話に興じる姿からはまったくそんな素振りがなく平和そのものだ。
むしろ実に若者らしい生活を送っていると言っていいだろう。
「神耶さん、少し気づいたことがあるのですが……」
「ん?なんですか?なんでもいいので言ってください。同じ歳の目線から得られる情報というのはとても貴重です」
「いえ、少し気になったというか……彼女のメイクなのですが、とても上手なんです。友人と思われる二人のメイクは私のクラスでもよく見る施し方なのですが、芽衣さんのメイクはなんていうか……垢抜けているというか……雑誌とか動画とかで見る大人の女性が施すもののような完成度というような感じなんです」
これは美詞が最近ファッションに目覚め動画等でメイク講座を見るようになったから気づけたことでもあった。
「怪異がメイクを勉強した……ということでしょうか。確かに不思議ですね」
「でもやっぱり目的がわかりませんよね?」
「確かに目的はわかりませんがとてもいい情報です。私ではわからない視点ですね。調査初日にしては収穫がありました」
しかし知れば知るほど逆に分からなくなる彼女の不自然さ、この疑問が今後の調査で解消できればいいのだが……いや分からなければ解決できないのだ。
「問題は山積みですね」
そう漏らした美詞の言葉が現状を表していた。
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