第48話

 新しく飛び込みで受けた依頼、高校生である娘の人格が変わったかのような変化と違和感から調査をしてほしいという内容。

 今デスクに広げられてるのは今回の依頼者である母親から預かった写真や成長記録であるビデオメモリ、そしてノートだ。

 ノートの中身は娘さんである芽衣さんの日記であろう内容が綴られている。

 パソコンからはメモリに収められた高校一年のころの運動会の動画が流されており、尚斗はそれを顎に手を添え真剣な表情で見つめていた。

 そこに横からコトッと湯気が立つカップが置かれ美詞が声をかけてきた。


「神耶さん、少し休憩されては?もうずっと画面とにらめっこしてますよ?」


 もう2時間近く動画を流しっぱなしなのだ、これが映画ならば既にエンディングロールが流れ終わっているころだろう。

 しかし流れてくるのはホームビデオで撮られた他人が見るにはなんの面白味もない成長記録である。

 仕事とは言え苦痛であることには変わりない。

 事務仕事を手伝っていた美詞であったがもう30分前には手持ち無沙汰となっていたのだ。


「あぁ、ありがとう美詞君。まぁあともう少しだから大丈夫ですよ。それにしましても……かなりの量ですね。参考になりそうなデータだけを見てきましたが、それでもこれだけ保存されているということから親の愛情の深さが分かるものです……」


 ほどなくして見終わったのかメモリカードを抜き取るとワークチェアに背を預け上を向きながら眼鏡をずらし目を揉みだした。


「おつかれさまです神耶さん、どうでしたか?なにかわかりましたか?」


 美詞が先ほど用意してくれた少しぬるくなったコーヒーに口をつけると美詞の問いに答える。


「そうですね……近藤さんがおっしゃってたように引っ込み思案、物静かで大人しい感じはしますね。というよりも自分と家族だけで世界が完結してしまっている傾向があります」

「人を寄せ付けないような感じなのですか?」

「いえ、そこまでは。ただ他人とのコミュニケーションは最低限、交友関係も特定の友人がいるようにも思えませんでした。ご両親からの愛情は幼いころからしっかり受けているようですね、データの量からしても相当に娘さんを可愛がっているのが窺い知れます。なので家族仲も良好だったのでしょう。私の見解からしますと、そんな子がいきなり近藤さんの言うような変貌を遂げるでしょうか……そこがどうしても納得いきませんね」

「神耶さんはやはり怪異が絡んでいると睨んでますか?」

「うーん、まだその近藤芽衣さんに会ってないので一旦保留といったところですね。美詞君はなにか意見ありませんか?たしか娘さんと同じ歳になるのですよね?」


 学校は違えど美詞と同じ歳である17歳で高校二年生。

 美詞ならば同じ女学生としての気持ち等がわからないだろうかと助言を求めてみる。

 20はとうに上回り、しかも男である尚斗は女学生の行動原理を読み解けるほど女性経験が豊富でもない。


「あ、そうですね。ただ私も一般家庭で育ったわけじゃないですし交友関係も広いほうではないのであまり参考にはなりませんが……学生のころって恋をすると大きく変わるって言うじゃないですか?たしか休日には男性と会っているんですよね?その方と恋愛をしているということであれば、背伸びをして大人っぽく見せようとする変化と言えないこともないかもしれないです」

「なるほど……子供っぽい部分を削り取った結果というわけですか……ということは思春期による性格の変化という線も捨てられませんね」

「神耶さんはもし怪異だとしたらどんなことが起きていると考えられますか?」

「そうですね……ぱっと思いついただけですと……―」


 尚斗が挙げたのは3つ。


 ひとつは「ドッペルゲンガー」。

 自分と瓜二つの人物、見ると不幸を招く等言われている怪異。

 幻覚説や幽体離脱説等あるがここでは肉体から分離した生霊などの分類のものではなく、独立した自我と実体を持った妖異に属するものである。 

 「死の象徴」として有名であり、このドッペルゲンガーが悪質なところは肉体と実体を持っているにもかかわらず同一体の存在を殺めてまでその地位を乗っ取ろうとするところにある。

 このケースであった場合本来の“近藤芽衣”という存在は既に亡くなっている可能性が高いためできれば外れていてほしい。


 次に挙げるのは「影法師」。

 日本の昔話等でもでてくる怪奇現象のひとつで、人物の影が意思を持ち勝手に動き出すようなものと言えば早いかもしれない。

 影にも個性があり、こちらはまだ影が大人しい類のものならば問題はない。

 しかし欲を出し本人に成り替わろうと動き出したら危険である。

 影と実体を入れ替えるまでに成長した時“近藤芽衣”の意識は影の中に永遠と囚われることになるのだ。

 救う手立てはあるが救出が厄介なことには変わりない。


 最後に挙げたのが「霊による憑依」

 恐らく今回のケースで素人でもこれが原因なのでは?と最初に思いつく怪異と言えるだろう。

 現に美詞も怪異であるならまず憑依が原因ではないだろうかと思いついたぐらいだ。

 尚斗は今回このケースを推してはいなかった。

 なぜなら憑依にしてはあまりにも自然に生活を送っているからだ。

 人に憑依するパターンというのは悪霊やその一歩手前の霊がほとんどである。

 その悪意を持った存在が長いこと普通の生活を送り、やっている事と言えば男遊び?目的が不明すぎる。

 だが希望としては“近藤芽衣”の存在がまだ無事である可能性が一番高いため、こうであってほしいとは思っている。


「―……といった感じですかね。まぁ怪異でないとするればそれが一番なんですけど」

「そうですね……今聞いた話だと芽衣さんのことを考えればどの怪異も外れていてほしいですね」

「間違わないためにもしっかり調査しなければいけません。美詞君は調査に同行できそうですか?」

「はい!でも学校のある日は……あ、そうか……芽衣ちゃんも高校生でしたね」


 放課後しか同行できないことを残念に思っていたが、よく考えなくても調査対象は自分と同じ高校生。

 ズル休みでもしない限り生活サイクルはほぼ一緒。


「そういうことです。日中は私の方で別の調査をいたしますので娘さん絡みの調査には同行していただく形になりますね。長期化する場合もありますので2日に一回で大丈夫ですよ?」

「いえ、なるべく一緒に同行させてください!」

「おや、やる気いっぱいですね。では課題を与えますのでその分道場で鍛錬をがんばってください」

「はぅっ!」

「フフ、冗談ですよ。鍛錬の方は少しお休みですね。私がみてあげれないので自室でされる際は限界までしないこと、美詞君は無茶しがちなので」

「無茶……しているつもりはなかったのですが」

「いつも霊力が枯渇するまで張り切っちゃうじゃないですか、まぁやる気を削ぎたくなかったので止めなかった私も悪いのですが」

「……気を付けます」


 いつも鍛錬で霊力が枯渇するのは尚斗のメニューが厳しいからだと思っていたのがまさかの自爆とは。

 美詞は興味のある物事にのめり込む際、周りが見えなくなるきらいがある。

 その分人よりも成長速度が速いのかもしれないので、一概に悪い癖とは言いにくい部分だ。


「美詞君はこういった調査は初めてになりますね。尾行等の経験は?」

「いえ、さすがにありません」

「でしょうね。尾行で大切なことは第一に見つからないことですがそれと同じぐらいに大事なこととして周囲から浮かないことが挙げられます。美詞君は視線を集めますからねぇ……なにかしらの対策が必要でしょうか……」


 美詞の容姿は雰囲気も相俟って10人中10人は振り向くだろうぐらいに整っている。

 本人が目立たないよう立ち回ったとしても周りから視線を集めてしまっては尾行に適さないと言えるだろう。

 そしてそれを本人もある程度は自覚しているが尚斗から指摘されてもどう返せばいいか言葉が出てこない。


「美詞君、変装でもしてみますか?私では手が余りますので可能であればご友人に頼んでみるか、それが無理ならこちらで変装のプロをあたってみますが」

「うーん……一度友人に相談してみます」


 美詞の中に浮かんだ友人二人のニヤけた顔に、またおもちゃにされる未来が見えた。


「さっそく明日から着手したいのですが大丈夫でしょうか?」

「ちょっと今確認してみますね」


 さっそくグループチャットで二人に連絡をとってみたところ二人とも即オッケーの返事が返ってきた。

 これは寮に帰った瞬間待ち構えられていることが確定した瞬間でもある。


「あの……大丈夫そうです」

「早いですね……ならご友人にお任せしましょうか。まぁ、あまり気負わずとも大丈夫ですので。普段の美詞君の地味な私服なら丁度いいんじゃないでしょうか?」

「な、なんでそのこと知ってるんですか!?」

「ふふふ、なんででしょうね~?」

「うー……絶対御婆様だ……なんで言っちゃうかなぁ」

「婆様愚痴ってましたよ。昔からおしゃれに無頓着だし、花の女子高生にもなって帰省の度に地味な恰好で帰ってくるから女の子を捨ててないか心配になるって」


 美詞は桜井家より毎月十分と言える仕送りをもらっている。

 その中にはもちろん服飾費も含まれているのだが、オシャレに興味を持たなかったためお小遣いは貯まる一方だ。

 仕送りが多いからと突き返された時は本気で困ったようだが、いつか使う時が来るから持っておきなと押し付けるのも大変だったという愚痴も尚斗に漏らしていた。


「むぅぅぅ……絶対に見返してやるんですから!」

「期待してますね。婆様にいい報告ができそうです」

「神耶さん!そういうところですよ!」


 一言多い尚斗に改めてオシャレになってやると意気込む美詞であった。


  

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