第47話
「修行は一旦止めまして、私はこれから来客の対応に行ってまいります。美詞君は着替え終わりましたら降りてきていただいてよろしいですか?」
「はい、わかりました。すぐ向かいますね」
そう言って尚斗はフロア奥にある非常階段出口から下階に向かって行った。
尚斗の事務所が入っているこのビルは消防法に則って、ビル内にある内階段の他にフロア内から外に通じる非常用の外階段が備え付けられている。
事務所の中からお客を出迎えるためにそちらを使ったのだろう、美詞も素早く学園の制服に着替えると巫女装束を恭しく折りたたみその階段を使い事務所へと戻った。
美詞が非常口から事務所に入るころには応接スペースに尚斗と女性が座る姿が。
「美詞君、すみません。お茶をお願いしていいですか?」
「はい、ただいま準備いたしますね!」
お湯は温度調整機能のついたポットで温めてあるので後は茶葉を準備するだけ。
急須に茶葉を入れお湯を注ぐと茶葉が開くまで少し蒸らす。
湯のみに少しずつ回し入れて濃さを均一にしていき完了である。
美詞は桜井家でお茶の入れ方を一通り習っていたが、その通りに入れると流石に手間と時間がかかる。
そのため尚斗の「適当でいいですよ」という言葉に最低限のことだけ注意した、ごく一般的なものに倣った。
失礼しますとお茶を差し出した時、ふと女性の美詞を見る視線に気が付き目が合いきょとんとなる。
「あら、学生さんかしら?アルバイト?」
「あ、はい。そのようなものです」
「近藤さん、この子は見習いの桜井美詞君です。美詞君、こちら近藤恵(こんどう めぐみ)さん、今回のご依頼人だ」
「どうぞよろしくお願いいたします」
「礼儀正しくて落ち着いているのね。娘にも見習わせたいわ」
「はは、美詞君は実家が有名な神社の出なので礼儀作法に厳しかったのでしょう。ところで近藤さん、三島さんからの紹介ということでしたが……通常の調査依頼とは異なりますか?」
尚斗の事務所は大々的に看板を掲げているわけでもなく、広告宣伝等も行っていないため飛び込み案件は少なかったりする。
そして紹介元は過去に事故物件のお祓いで依頼を受けた一般客。
そうなると必然的に「裏」の事情を抱えた客である可能性が濃厚となるのだ。
「はい……と、言いましても私にはよくわからないのです。私が気にしすぎなのかもしれませんし、そういった事情に詳しい訳でもありません。頼ることも相談する相手もいなかった時に、ふと心霊現象に悩まされていた三島さんのことを思い出しまして相談させていただいたのです」
「そうだったのですね、大丈夫ですよ。内容を聞いて調査してみないことにはわかりませんが、よくわからないことを調べるのが私共の仕事です。美詞君、君も同席して話を伺ってください」
「あの……そちらの学生さんも……?」
「ええ、彼女は私の弟子になります。先にも申しました通り、実家が神社で正式な巫女として厳しい修行を修めた本物ですよ」
「そうだったのですね」
恵は巫女という言葉に驚いた様子を見せていたが、それでもただ珍しいものを見たといった反応を見せただけだ。
恐らく本当に一般家庭で育ち、今まで超常現象とは縁のなかった人なのだろう、心霊現象等をまったく信じていない人がよく見せる反応でもある。
「近藤さん、事情をお聞きする前にお尋ねします。単刀直入にあなたは超常現象や霊能力者等といった存在を信じますか?正直におっしゃっていただいて結構です」
「……依頼してきている身でなんですが……正直疑いが半分以上です。本当にごめんなさい……」
「いえ、それが普通の反応ですから。今までそういった不思議な世界とは無縁だったんですよね?人は見たこともないものを信じるのは難しいことです。そして本当に聞きたいことはこれからなんですが……もし、今お抱えの問題が超常現象によるものであった場合、結果はどうであれ受け入れる覚悟を持っていただきたいのです」
「受け入れる……覚悟……ですか?」
「はい、私達は職業柄超常的な存在がいることを知っていますし何度も対峙してきました。しかし、一般の方がいきなり知らない世界を受け入れるというのはなかなか難しいものがあるのですよ。過去の例から申しますと、結果に対して信じられないと発狂されたり暴れられたり時には結果に納得がいかなかったからお金は払えない、インチキだ詐欺だと訴える等ですね。なので言い方を変えれば調査結果に対しまして私共を信じる覚悟をもってくださいますか?ということになります」
これも未だ怪異が末端にまで浸透していない弊害である。
一般人からしてみれば困って依頼をしてきてもいざ解決してみれば、やれ「詐欺だ」、「ぼったくりだ」と騒ぎ出す輩は一定数出てきてしまう。
訴えられた場合はマスコミ等にリークされないため国も慎重に対応しなければいけない。
契約に不備がなければ問題ないのだが、中には退魔師側が泣きをみる場合もあるので一般人を相手とる場合依頼を受ける前から慎重になるのも仕方のないことだった。
「……どうでしょうか……はっきりと理解できるようなことがないと難しいかもしれないです」
「わかりました。ではどうでしょう?まずは一般の興信所等と同じように基本調査に関する部分の契約を行い、その過程で怪奇現象の存在が確かめられた場合、改めてどうするかを相談させていただいても?費用もまずは調査費用の部分しか請求しませんし、追加で発生する分はその時に相談させていただくという形をとりますので」
「はい、それで結構です。よろしくお願いいたします」
「あともう一つ、とても重要なことです。我々は得体のしれない存在を相手にしています。科学では解明されておらず、対処法が確立されていないことのほうが多い。なので近藤さんが希望される結果が現実とは乖離するケースもあります。もちろん私共は全力を尽くしますが、難病治療と同じで最悪な結果もありえるということを覚悟してください」
尚斗のその言葉をゆっくり嚙み締めたのだろうか顔色が悪くかすかに体が震えているようにも思える。
しかし絞り出すような声ではあったがしっかりと返事を返した。
「……今すぐ覚悟するというのは難しいかもしれません。でも……受け入れることができるようゆっくり考えてみようと思います」
そして調査に関する料金体系や重要事項を記した契約書を元に説明していき、相手が納得したところで本題に入ることになった。
先に契約内容云々の話をしたのは最近やたらとプライバシー保護の問題がうるさいため詳しく内情を聞く前に説明しているのだ。
「では近藤さんが現在お抱えしている問題をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい、調べていただきたいのは私の娘のことなのです。歳は17で学生をしております。とても純粋で控え目な子で引っ込み思案、お世辞にも友達が多いとは言えず休日にも家に引きこもっているような……それでも家族思いでとても優しい子でした。……しかし最近になっていきなり変わってしまったんです。最初はやっと内気な性格が改善されてきたのかとも思ったのですが、どうにも様子がおかしいのです」
彼女が言う娘の名前は近藤芽衣(こんどう めい)、美詞と同じ17歳の高校生。
一言でいえば性格が激変してしまったとのことだ。
最初は内気な性格が改善され外に向きだしたのかと思ったのだが、なにもかもが急すぎて困惑しているという。
急に髪型を変え、ファッションを変え、口調も変わり、やったこともないはずの化粧をうまくこなし、休日毎に遊びに出かけるようになった。
思春期ではそういった急激な変化もありえるかもしれないが食べ物の嗜好や日常で見せる癖まで変わったのだ、毎日見てきた親だからこそわかる違和感があまりにも大きくなりすぎて疑念を持つようになってしまった。
一度腰を据えて話し合おうと試みたが、親を避けるようになってしまい接し方がわからなくなってしまう。
また休日には娘を尾行し行動を追ってみたところ、なにやら社会人と思われる男性と頻繁に会っているようで心配でまともに睡眠を取れなくなってしまった。
確かに今も説明をする恵の顔には疲れがにじみ出ており、目の下には隈が濃く残っている。
「なるほど……近藤さんから見て現在の娘さんに何らかの異常が起きているのでは?と感じているのですね?」
「はい……はっきり言って別人と言ってもおかしくないぐらいで。話していてもまるで他人と会話しているようで怖いんです……娘に対して母親が言う言葉ではないと分かっているのですが、それでも釈然としなくて」
「わかりました。ではまずは娘さんの身辺調査から行っていきましょう。話にありました相手の男性の素性も当たってみます。行動範囲や相手との経緯等からわかることがあるかもしれません。そして怪奇現象的な見解から申しますと、心当たりのある事例が何個かあります。平行してこちらも調査いたしますがこちらは一般調査の範囲に含まれますのでご安心ください」
「ありがとうございます!何卒お願いします!」
暗い表情に加え今にも倒れてしまいそうな不健康そうな顔に少し明るい色が差した。
「では調査するにあたりまして娘さんの詳しい情報を準備いただけますか?できれば性格が変わってしまう前の写真や動画等、また近藤さんがおっしゃってました癖等に関してもお教えください」
こうして確認作業を終え、あとは契約書を取り交わすことになれば依頼受注完了という段階まできた。
「契約書のひな型をお渡ししておきます、約款も添付されてますので熟読ください。そして納得がいきましたら後日正式に押印いたしましょう」
美詞はこういった契約書を取りを交わす現場に立ち会うのは初めてだ。
そして実社会で一般人を相手に仕事をする場合は、ここまで細かいやり取りが必要なのかと思い知らされた。
これまで何度か尚斗と共に除霊現場に出た際は刑事さんからの協力依頼や同業者、お得意様からの依頼であったため簡単に取り決めを交わしているだけに見えたが、「お願いします」「やりましょう」だけで成立するような世界ではないということなのだろう。
二日後、改めて訪れた恵が尚斗から頼まれていたものを揃え契約を正式に取り交わしたことにより次の仕事が決まった。
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