第四章 愛情の形

第46話

 ぢゅー……


 今日もせっせと「推し」に貢ぎ、どぎついパステルピンクと白で彩られたパックがベコッとへこむも気にせず吸い続ける美詞の笑顔と、それに圧倒される親友二人は平日の昼休みに教室で談笑を交わしていた。


「今日も絶好調に戦闘糧食レベルのカロリー食品を摂取してるけどよく太らないよね?ランチもおかわりしてたし」

「最近食欲が出てきちゃって。きっと修行のセイダネ」

「こらこら、みーちゃん現実逃避しようとしないの」


 二人が指摘する気持ちもわかる。

 最近美詞は昼食を当たり前のようにおかわりするようになったり、このジュースという皮を被ったカロリー爆弾を口にすることが増えた。

 本人は尚斗が師事する修行のせいだと主張はするが乙女的にどうなの?と言える摂取量に心配になってきたのだ。


「でもさみこっちゃん、実際のとこそんなにスパルタなの?神耶さんの修行って」

「うーん……どうなのかな。桜井での修行では肉体的な辛さが多かったけど、神耶さんの修行では技術的なキツさって言うのかな?何度も反復したり持続時間を延ばしたりって練習するから霊力の消費が激しくて……」


 そう苦笑気味に説明する美詞だったが、それには美詞の特異性がある。

 美詞だけではないのだが実際のところ人は霊力を大量消費すると大なり小なりカロリーを消費する。

 美詞の場合はその「大なり小なり」の部分が人より更に大きい体質なため仕方ないのだ。


「桜井大社で修行しているときも霊力の修行ってしてきたんでしょ?あれだけ術が使えるんだし」

「うん、幼いころから大人以上の量は食べてたけど気にしてなかったなぁ……大きくなって私って燃費悪い子なんだって気づいたし。桜井での修行でも霊力拡張のために大量消費する修行はやってきたけど、神耶さんの修行はとにかく何度も何度も繰り返して体に覚えこますやり方だから霊力にかかる負荷がすごいの」

「うわぁ……神耶さんって穏やかな印象に見えたけどけっこう厳しいんだね……」

「……厳しい……のかなぁ?むしろ教え方は丁寧だし優しいし気を使ってくれてるし過保護かも。辛いって感じる前に気がついたらへとへとになってるような……?」


 尚斗は美詞に甘い。

 美詞の言う通り過保護の気はあるが教える事に関しては手は抜かない。

 技術は中途半端に教えることが一番怖いことを知っているからである。

 できなかったからと言って怒鳴ったり厳しい声をかけることもない、ただ丁寧に根気よく教えてくれるのと美詞自身のやる気が前のめりなため辛いと感じることがないのかもしれない。


「みーちゃんは今どれぐらい師匠の下に通ってるの?」

「週三日ぐらいかな?依頼とかが入った時は時間の空いてるときも同行する感じ」

「ふーん……ならそれ以外の日は修行はないんだ……なのに毎日食べる量は増えてるんだねー」

「……」


 美詞が目を反らした。

 彼女が体重計を親の仇のように扱う日は案外早いかもしれない。


「まぁみーちゃんをいじめるのは可哀そうだから話題変えよっか。東郷先輩やっと退学なったねぇ」

「相変わらずちーちゃんは情報早いなぁ。まぁでも退学は時間の問題だったじゃん?あそこまでの騒ぎになってたらさ」


 二人が話すように東郷の件はすぐに宝条学園内でも知れ渡ることになった。

 美詞を権力を使い実力行使で手籠めにしようと暗躍したニュースはすぐにセンセーショナルな情報として駆け巡る。

 むしろ桜井側が意図的に流布し関係各所が足並みを揃えられず情報開示に追いつけないほどで、協会側の強硬派や親東郷派政治家の情報工作も間に合わず大スキャンダルとなった。

 もちろん一般人には裏の事情は開示されていないが、それでも代議士としての顔で行った不正や犯罪のオンパレードに希代の大悪党を取り上げるニュースから連日大賑わいとなる。

 これがアメリカなら累積三桁刑期や複数回終身刑待ったなしだっただろう。


「私を術で操って桜井本家に対しての先兵として潜り込ますっていう企みを知って御婆様張り切っちゃった……」

「表には知れ渡らなかったけど退魔師家系は今もみんな身を震え上がらせてるよ、一言で『桜井家こえー』だもん」

「でも御婆様張り合いがなかったって言ってたよ?意気揚々と戦力投入したのはいいけど雑魚すぎて本気を出すまでもなかったって……」

「あ~ぁ、眠っていた獅子を起こして喧嘩を売るなんて……桜井は不可侵というのが暗黙の了解だったのにほんとバカ……」


 今回の件で桜井静江は東郷家に対し全面戦争を仕掛けることを明言し、一瞬で制圧。

 もちろん物理的なものではない、社会的抹殺という意味でのだ。

既に逮捕されていた当主と息子以外の一族も軒並み吊るされることになった。

 遠縁の分家以外は潔白の人間がいなかったというのだから既に末期だったのだろう。

 表からも裏からも除名処分、財産も没収の上被害者やその遺族への補填にあてられることになった。

 裏の事情を知らない親東郷派閥の若手議員が「若気の正義感」を振るい桜井家を糾弾したが、次の日にはその議員の不倫騒動と不正問題が明るみになり姿を消した。

 問答無用で断頭台に送られる様子を目の当たりにし、だれも桜井の名すら出さなくなったのだから効果はあったのだろう。

 皆自分の身がかわいい。

 これにより「桜井家の力は未だ健在」「触れざるべし桜井」「むしろ魔王じゃねーか」との認識が強まった。

 当の東郷家当主と息子はあれ以来娑婆を拝むことができずに物理的に処分されるのを待つだけの状態。

 むしろアンチ東郷の世情下の今となっては戻ってこなかったほうが幸せだったかもしれない。


「みこっちゃん自身もけっこうあの先輩にはウザ絡みされてたからよかったんじゃない?」

「うん、正直とっても迷惑してたの。御婆様の手を煩わせちゃったのが心苦しいけどだいぶ気は楽になったかなぁ」

「最近は告白攻勢も少し落ち着いてきた?」

「あー……うん……最近は徒弟活動が多いからそれで逃げれてるってのもあるかも。色恋事に感けている暇はないから放っておいてほしいかな」

「みーちゃんは神耶さんとの時間が大事だもんねー」

「むー……なんか言い方に含みがあるなー。私は純粋に―」

「みこっちゃん、今度私達と服みにいこうね?最近オシャレに興味持ち出したでしょ、知ってるんだぞ」

「―……行く」

「素直でよろしい」


 恥ずかしさからか、もしくはそれ以外か頬を軽く染めながら返事をする美詞の姿に友人二人がニタニタと温かい視線を送っている。

 尚斗に私服を褒められて(自分のコーデではないが)以来、夜な夜なファッションチェックのために雑誌を読み漁りネットをチェックするのが習慣になった。

 それは教室でも同じで、休み時間等珍しくスマホをいじる機会の増えた美詞を見て察したものと思われる。


「なら今日の放課後にでも早速……と言いたいところだけど今日も神耶さんのところ?」

「うん!」


 一言で返事を返す美詞はいい笑顔をしている。

 修行が充実しているのが嬉しいのか尚斗に会えるのが嬉しいのかはわからないが、こんな生き生きした表情を見せられてはそれを邪魔する輩等馬に蹴られて当然だわなと思う親友二人であった。



 放課後

 和風の道場に似せて作られたビルの一室にて、美詞は正座をし目を閉じ瞑想に神経を注いでいた。

 ここは尚斗の事務所の一階上であるフロアを改装して作られたプライベートジムだ。

 実家の道場をイメージして内装は整えられているが、フロアの一角にあるベンチプレスやスミスマシン等の現代トレーニング器具が少し雰囲気を台無しにしている。

 美詞の修行場所としても利用するようになると、わざわざ専用の更衣室を一角に設けたりと過保護っぷりは加速していた。

 礼装である桜井家謹製の白衣びゃくえと緋袴を身に纏った美詞はフロアの仕様も相まい今から神事を行うかのような神聖さを醸し出していたが、ただ正座し瞑想しているだけではない。

 目を閉じたその額にはうっすら汗が滲みだし表情は心なし険しそうに見える。

 感知術を習ってからはこのように瞑想しながら霊力を練り体内で操作する訓練が日課となっていた。


「だいぶ霊力の操作が身についてきましたね。どうですか?以前のように粘土を動かすようなキツさはなくなってきたでしょう?」


 離れたところで見守っていた尚斗が美詞の成長の速さに感心しつつ問いかけた。


「はい、以前のように重たい感じはしません。抵抗感は残りますがだいぶ滑らかになったと思います」

「霊力操作は様々な術の発動に影響を与えます、感知術の効果範囲だけではなく美詞君が使う結界術の発動時間や浸透範囲もスムーズになるでしょう。一度その状態から感知術を発動してみましょうか?」


 尚斗の指示により感知術を展開すると以前のような不格好さはそこになかった。

 まだ術の繋ぎは意識しないと難しいが、それでも以前のようなタイムラグはなくなったように思える。


「さすがですね、正直その成長速度に嫉妬を覚えるぐらいですよ。うん、発動時間も短く霊力操作も綺麗でした。効果範囲もだいぶ伸びましたね」

「範囲がまだ9か10mほどしか探知できないのですが」

「いえ、10mありましたらひとまず合格です。それよりも霊力操作をどれだけ手足のように行えるかが大事と教えましたね?美詞君は何度も反復して基礎がしっかり体に染みつきましたので心配しなくて大丈夫ですよ。美詞君の感知術は実戦で使えるほどには形になりました、効果範囲なんて後からすぐに追いついてきます」


 何度も同じことをしていれば無意識でも操作できるようになると教わり、健気に毎回霊力が枯渇するまで行っていた修行が成果として形になるのは嬉しいものがある。


「そうでしょうか……。それなら嬉しいです……神耶さん次は何をすればいいでしょうか?」

「そうですね、次は―」


 ピンポーン


「―おや?お客さんでしょうか……」

  

 尚斗の言葉を遮るようにインターホンの電子音が聞こえてきた。

 初めて聞くこの音に美詞が疑問に思った。


「あれ?神耶さんの事務所ってインターホンありましたっけ?」


 美詞が初めて事務所に訪れた際インターホンが見当たらずノックしたのを思い出したからだ。


「事務所前に感知式のものを設置しまして遠隔でジムに飛ばしてるんです。私がトレーニング中に来客に気づかないことがあったので」

「神耶さん……なら事務所にもつけましょうよ……」

「いやぁ……ははは……」


 頭を掻いてごまかしたどこか抜けている尚斗に呆れたように溜息をついた。 

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