第三章 人を呪わば墓穴三つ
第32話
― 都内の喫茶店にて ―
「今回はありがとう、神耶君のおかげで目障りだった理事の一角を崩すことができそうだ」
カップが並ぶテーブルを挟んで尚斗と美詞の正面に座る青年から感謝の言葉が告げられた。
「いえ、むしろ今回の件で御堂さんに動いていただき感謝しております。協会ではどうしても味方が少ないのであなたを頼らせていただけたのは僥倖でした」
「何を言っているんだい、たしかに協会の上層部は古式派だらけだが中堅まではむしろ君の味方のほうが多いのだよ?」
「……それは存じ上げませんでした。形式上協会に名を連ねているとはいえ、政府と結びつきの強い私を裏切り者と揶揄する方々ばかりだったもので」
「現状に憂慮している者も増えてきているということだよ。特に古式派の影響を受けていない若者の中では顕著だね。この日ノ本を守るためには政府だの協会だの対立している余裕などないのを実感しているのさ。そういう意味でも君は政府との懸け橋となれる先駆者として期待が寄せられているのだ」
御堂と呼ばれる青年の言に意外だと言わんばかりの表情を見せる尚斗であるが、隣に座る美詞は尊敬する人を支持する人達がいることに喜び誇らし気な気分を前面に出していた。
理解していない男と隣でうんうんと納得顔で頷いている少女を見て、御堂はなんと対照的だろうとくつくつと笑ってしまった。
「まだまだ頭の固い老害共が上でつっかえている状態だが、これで少しは風通しがよくなるだろうさ」
しみじみと愁いを帯びた表情で溜息を吐く青年の素性は二人の会話にもあった「日本怪異対策退魔協会」の理事の一人である御堂伸二(みどう しんじ)である。
西日本で影響力を持つ陰陽寮の名家でありその御曹司だ。
御堂家は他の古式有力家とは名ばかりのハリボテとは違い実力主義の実戦派、この青年も眼鏡をかけ爽やかでインテリ然といったスラっとした好青年ではあったが、その下に隠れた体は鋼のように鍛えられ常に強さを追い求める鍛錬バカでもあった。
いざ実戦となると狂戦士のような肉弾特攻を行うことでも有名だ。
なぜそんな人物と尚斗達がこうやって席を共にしているかというと、遡ること二日前。
― 事務所にて ―
「ですから要件はなんですかと尋ねているのですが理解されていますか?」
電話で通話中の尚斗が不機嫌さを隠そうともせず語気を高めている相手は協会の人間からだった。
「要件は来た時に話す。君に拒否権はないのだよ、言われた日時に来なければ資格剥奪も覚悟したまえ」
「こちらとしましては一向に構いませんが?協会資格など名刺代わりぐらいにしか必要性も感じませんので」
「キサマ!誉ある協会の一員としての自覚がないのか!とにかく私の言うことに従うのだ!いいな、明後日の十時だぞ、キサマが弟子にとった桜井美詞と必ず来るのだ」
なおも反論しようとした尚斗に対し協会の担当者は一方的に命令しブツッと無理やり電話を切った。
もう声が聞こえなくなった携帯にため息を吐くと苛立ちを抑え考えに没入する。
(美詞ちゃんの同席を求めてきたな。タイミング的に恐らく今回の徒弟制度使用に対しての抗議?いや、なら俺だけを呼べば済む。同席が必要な理由があるはずだ……なら、横やりか?ありえるな。一体今回はどこの「自称伝統ある名家」だ?)
尚斗が協会に所属しているのは云わば義理からである。
父の代からすでに協会には入っていたので義理立てしていたが、別に協会資格があったからと言ってもなにかが変わることなどなく、ただ名誉だからと会費を吸い取っていくだけの存在に成り下がっている。
確かに依頼を斡旋する業務もあるが協会上層部の大半は尚斗を毛嫌いしているため依頼斡旋等まわってこず、少数の親神耶の職員が気を利かせこっそり回してくるのみだ。
更に言えば尚斗は国から依頼が定期的に入っており、更には個人事務所の知名度も上がってきているので仕事には困っていない。
そうなると敵の多い協会に所属していることで天秤がデメリットに傾くのは仕方のないことだと思う。
今では一般人への説明用に協会会員証の提示が便利だと言うぐらいにしかメリットがなかった。
閑話休題
協会からの連絡内容の意図を読み解きその答えに行き着くと、まず連絡をしたのは静江のところだ。
「婆様、今よろしいですか?すみません、少々お伺いしたいことがありまして……」
事の経緯を説明したところで静江からやはりという答えが返ってきた。
「協会かい?ならきっと東郷の若造だね。先日あの能無しから電話があってね、美詞の弟子の件で物申してきやがったのさ」
静江の話によると、東郷家から「桜井美詞をこちらでもらってやるので徒弟制度を白紙にし、こちらと結び直せ」となんとも上から目線での物言いがあったそうだ。
静江は「美詞の件はもう決まっているし変えるつもりもないわ戯けが。どうやら東郷は桜井とケンカをしたいらしいねぇ、命は大事にするもんだよ?」と脅したところ、相手が慌てて電話を切ったとのこと。
恐らく桜井家では話にならないからと直接尚斗を呼びつけ直談判と言う名の脅しをかけるつもりなのだろう。
「東郷のバカは交渉の仕方も忘れちまったらしい。代議士や理事の地位でふんぞり返っておるから常識がわからなくなったんだろうねぇ。気を付けなよ坊や、あんな馬鹿だが腐っても元方位家だ、協会に呼びつけるということは色々準備をしているだろうさ。足元掬われんじゃないよ?」
「ええ、わかっています。そんな輩に美詞君は渡せませんからね、こちらも返り討つつもりで動きます」
「坊やも相変わらず美詞に甘いんだね、躊躇ってたくせに懐に入れた途端兄バカが再発したんじゃないかい?……御堂を頼りな、坊やも親交があっただろ?」
「この後連絡を入れてみるつもりでした。彼にも協力を取り付けてみます。……私は責任感を持って美詞君に接しているだけですよ。それではまた連絡します」
「あぁ、こっちでも情報を探っといたげるよ」
その後立て続けに御堂に電話をかけると数回のコールの後「やぁ神耶君、久しぶりじゃないかどうしたんだい?」という挨拶と共に御堂が電話口に出た。
「御堂さん、ご無沙汰してます。実はお耳に入れたいことがありまして……」
静江の時同様協会からの電話の件に始まり静江とのやりとりも合わせて説明したところ
「なんだって?……ヤツのバカさ加減ならありえるな。明後日の十時と言ったね、協会に呼びつけたということはどこかの部屋を抑えているはずだ。こちらでも東郷の動きを調べてみるよ、解った事は逐次知らせるので電話は常に身に着けておいてくれたまえ」
「ありがとうございます、御堂さんが協力していただけるならとても助かります」
「ははは、これぐらいどうってことはないよ。静江殿に紹介をいただいた時はまだ少年だったのが、弟子を取るようになったとは感慨深いものだ。またいつでも鍛錬しようではないか、それではまた!」
無事御堂からの協力を取り付けることができたことに一息つきつつも、今から電話をする相手を考えるとまた気分が沈んでしまう。
「はい、桜井です。神耶さんどうされましたか?」
「いきなりすみません。実は明後日なのですが、協会から出頭命令が出されました。私だけではなく美詞君もご指名です」
「明後日……土曜日ですね。出頭とおっしゃいましたがなにかあったのですか?」
「まぁ……端的に言ってしまえば横やりですね」
「はぃ?」
ごまかすこともできたがどうせ明後日には知られるような内容だ。
なにものにも包まずあけっぴろげに伝えた内容に美詞の理解が追いつかなかった。
「美詞君が私の弟子になったことに不満を持つ者がいましてね、桜井の婆様にまで白紙に戻せと迫りました」
「だれですかその命知らず」
「東郷家ですよ、知っていますか?」
「……あぁ……学園三年に東郷という方がいます。とても尊大で自己中心的で傲慢で気障なくせにデリカシーもなくて空気も読めずとても不快な視線で私に『君をボクの女にしてやろうじゃないか、東郷家の次期当主に見初められるのだから嬉しいだろ?光栄に思いたまえ』なんて言ってきたんですよ!?どう思います!?今思い出してもむかむかします!」
鮮明に記憶に残るほど当時のことが気持ち悪かったのか、怒涛の如く一息で不満を垂れ流す美詞。
東郷家は親子揃って似たような人間なのだろうか。
「お、落ち着きなさい美詞君、わかった、わかったから。君がそこまで人を嫌悪するのも珍しいですね……そうですか……今回の出頭命令を出してきたのはその親である協会の理事です。婆様がダメだったので私を直接脅すつもりなのでしょう。彼らの目的は美詞君です、息子が父親に泣きついてアクションを起こした説を推したいですね。計画としては私との徒弟を白紙に戻し東郷の息のかかった者と結び直した後で囲い込み息子とくっつける……あぁ、とてもわかりやすくて頭の痛くなるプランだ……自分で言っててなんてバカなと感じてしまいます」
尚斗の説明にひぃっ!と短い悲鳴が電話先から聞こえたことから、美詞が顔を青くさせ己の肩を抱きながら身震いする姿が思い浮かんだ。
尚斗も説明していてこんなバカな計画ないわぁと思ったが、既に横やりを入れてる時点で頭が悪いのだ。
東郷家の評価を聞いた後だと猶更その予想計画が現実味を帯びてきてしまう。
「まぁ大丈夫です、婆様も動くでしょうし知り合いの協会理事も協力してくれることになりました。それに師匠としてそんな下種に君を任せるつもりはないので安心してお任せください」
「は、はい!他の人のところになんて行きませんからね!?」
電話先では「御婆様にお願いしてツブしてもらえないかしら……」等物騒な小声が聞こえてきたがそこは聞こえないふりをすべきだろう。
その後軽く美詞と当日の打ち合わせを行った後、呼び出し日まで御堂とカウンタープランについて細かく話を詰めていった。
そして出頭日、尚斗と美詞の両名は都内にある協会本部へと向かうことになる。
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