第28話
明け方自宅に戻り仮眠をとったとはいえ、まだ眠気まなこの尚斗はシャワーを浴び強引に覚醒へともっていった。
既に朝倉にはメールを送り事務所に来てもらうよう連絡しており、併せて美詞にも同様の手配済みだ。
上半身裸の状態でガシガシと頭を拭きながらリビングに戻ると丁度スマホにメッセージ受信の通知が届いたところであった。
美詞:今日は夜間の除霊になりそうですか?
そういえば事務所に集合としか伝えてなかったのを思い出しすぐに返事を打ち込んでいく。
尚斗:伝え漏れていましたね。夜間除霊となる予定です、除霊道具を忘れずお持ちくださいね。かといって巫女姿で電車に乗ってこないでくださいよ?
尚斗の送ったメッセージはすぐに既読がつき
美詞:やっぱり意地悪です。了解しました、また後程。
クスっと笑う自分に気づき少し驚いた。
自分では気づいていなかったが静江に指摘されたことで自らを省みると思い当たる節が出てくる。
「はぁ……(今までこんな余裕がなかったか……これだと婆さんの言葉に反論できないな)」
過去のことを振り返ってみてもその時の心情等よく思い出せない、ただ我武者羅に突っ走ってきた。
目的のために世界中を走り回り、力を貪欲に求め、怪異を屠ってきた。
静江の言う美詞を「枷」にという言葉に反発はしたが、これから行う除霊手順を考えると今まで余裕がなかったというのはあながち間違っていないのかもしれない。
両手両足に枷をはめられたという実感はあるが、これはきっと歓迎できる変化だと自身を納得させる。
「(ただし目的を疎かにするつもりはない、美詞ちゃんを巻き込まないようにだけは配慮しないとな)……さてと!」
こうもしてられないとスマホを一旦置き着替えを始めるのであった。
約束の時間にはまだ十分間に合うころ、美詞は一人電車に揺られていた。
「はぁ……(また着せ替え人形にされちゃったよ……)」
昨日寮に帰ってからまた友人二人に問い詰められ、今日も尚斗と会うと知るや朝早くにもかかわらず先日のように自室まで押しかけられた。
これからもこういったことは続いてゆくのだ、ならば夏希の言った通りこれからは私服にも気を使わないといけないのかもしれない。
先日似合っているとかけてもらえた声を思い出すと少し顔が熱くなるなるが、まずはファッション雑誌でも買ってみようかなと意識が向いているその自身の変化に美詞はまだ気づいていない。
電車を降り以前通った道を辿り事務所に着くと、既に朝倉が来ているのだろうか事務所の中から談笑する声が聞こえてくる。
「失礼します」
これで本日のメンバーが揃った形となった。
「さて、ではさっそくですが昨日セットした機材のデータを見ていきましょう」
美詞が席に着き飲み物を出してもらって一服したところで尚斗が昨夜の調査結果を切り出した。
「全部見ていてはキリがないので実際に問題が起こったところを抜粋してみました」
「ということはやはり出てきたのかい?」
「ええ、除霊に踏み切る判断を下したほどのものは写っておりました」
パソコンを操作し動画を早送りにすると問題の出た場所で一旦通常再生に戻る。
時刻はAM2:28を表示していた。
部屋は真っ暗だったにも関わらず中の様子はとても鮮明に映し出されている。
画面は設置したカメラの台数分に分割され、下には集音マイクで拾っている音の波形グラフが表示されている。
更に隣には温度計で計測しているであろう温度もデジタル表記されており情報が渋滞を起こしそうになっている見ごたえある絵面だ。
「まずはカメラ2付近のマイクからです」
それはリビングダイニングの隣の部屋を捉えており、映像とグラフをクローズアップすると大きくはないものの確かに音が聞こえてくる。
「これは……ラップ現象と呼ばれるものかい?隣室の生活音というわけではないのだろう?」
「ええ、そのあたりの音も無きにしも非ずといったところですが、この音明け方四時までちょくちょく鳴っていました。主に部屋の中から鳴っている近さですね」
音量を上げてみるとその後もカタカタ、ドン、ギシギシと様々なラップ音が不定期的に鳴っているのが収録されている。
「まぁこのあたりはかわいいものですね、霊障の基本と言えば基本ですので。次に発生したのはカメラ3、リビングダイニングのキッチンです」
次にクローズアップされた絵にはキッチンの様子が映されているが、いきなりジャーという大きな音が入ってくる。
「あ、これは水の出る音ですか?キッチンの水道から出てますね」
「バカな!レバーハンドルは動いていないぞ、どうやって水が出てくるんだ」
「ええ、本来でありましたらもちろんレバーハンドルを上げなければ水は出ません……が、霊障では実際よくあることなのですよ、むしろ丁寧に操作するほうが珍しいですね。シャワーの蛇口を捻らず水を出したり、ボタンを押さずにインターホンを鳴らしたりとけっこう物理法則を無視してきますよ?ほら、次もそうです」
そう言って指し示したカメラ4は入口付近とLD(リビングダイニング)に続く扉を映しているが……
「ドアがひとりでに開いた……たしかにレバーは動いてもいないのに開いたね」
「結局水は三時過ぎまで全開で出しっぱなしでした。オーナーに確認してみないとわかりませんが水道代がけっこう大変なことになってそうですね」
「水道代の心配かい?おじさんは正直一人でこれを見る勇気がないよ、桜井君は大丈夫なのかい?」
「ええ、まぁ比較的大丈夫なほうでしょうか。これより怖かったことなんていっぱいありますから」
なんたって美詞は幼少期にとんでもない経験をしている上、桜井家のサポートで何回か夜の怪異現場にも出ている、場数が違うのだ。
「そして決定的なのが次の映像です、またカメラ2に戻ります」
カリカリカリとなにかを引っ搔いているような音がスピーカーから響いてきた。
「なんだいこの不快な音は。壁?しかし壁にはクロスが貼っているからこういう乾いた音にならないはずだが」
「ええ、床というよりは壁のように思います。クロスを引っ掻いてもこんな音はならないでしょう。むしろコンクリート等を削るような音に似ているかもしれません」
「不可解だね、まるで壁の向こう側から引っ掻いている音だとでも……ひっ!」
朝倉がいきなり情けない声を上げてしまったのは画面奥天井と壁の境目あたりから黒く長いものが垂れてきたからだ。
それと同時に画面ではモーションセンサーに反応があったからかシャッターが押されフラッシュが焚かれる。
「神耶さん、これ髪……女性の髪ですよ?すごいですね、画面越しでも黒い怨念を感じます」
「はい、これが決定的になりました。見てください、温度も急激に下がってきています。悍ましい恨みを感じますので怨霊に転化しているのは間違いありません。大丈夫ですか?朝倉さん」
「あ、ああ。情けないところを見せてしまった。なんだろう、いつも尚斗君の現場を見るときはどちらかと言えばアクションホラー映画を見るような感じだったんだが、これはまるっきり和製ホラー映画じゃないか」
「ああ、今までの現場行って即除霊だとそういう感覚になってしまいますか。でも実際のところはこうやって地道な調査を進めてが基本です。今回は初日で当たりを引きましたが、これが出てくるまで何日も調査するので力をつけることがいかに大事か分かりますね」
「力があれば多少強引に進めれる、ってことかい?」
「はい、殲滅することも炙り出すこともできますので。さて、この後もちょくちょく霊障は出てくるのですが代わり映えがないのでよろしいかと。念のためこのデータはコピーしてフラッシュメモリに落としてますので渡しておきますね」
そういってもう確認することはないとウィンドウを閉じていき、パタンとパソコンを折りたたむと刺さっていたフラッシュメモリを外し朝倉に渡した。
「これ、呪われたりしないよね?」
「問題ありません、メモリは市販の物ですが中に浄化術式を組んでますので。では現場は日が落ちてからになりますので少し早いですが腹ごしらえをしてから向かいましょうか?」
賛成だ、終わってからだと食事を口にできる精神状態でいられるかどうか……」
「慣れてくださいよ、もしかするとこれから現場で直接除霊をする立場になるかもしれないんですから」
「……善処しよう」
朝倉は近くのコインパーキングに公用車を停めているとのことで車をとりに行った。
尚斗は美詞を連れ立って契約している月極パーキングに向かっていく。
先日も車で寮まで送ってもらっているため既にどこにあるかを覚えてしまっている。
「神耶さん、あまり寝ていないんじゃないですか?」
「大丈夫ですよ。事前に昨晩仮眠をとっておりましたし、今日の午前中も少し寝ましたから。夜の現場が多いとこういう管理も慣れてくるものです。女性にとってはお肌に悪いので世の女性退魔師の方々はきっと色んな苦労をされてることでしょうね」
「ふふ、桜井のお姉さま方も嘆いていらっしゃいましたよ?若いからと油断をしないようにと教えられました」
世間話のような会話を挟み車に到着すると機材や除霊道具等をラゲッジスペースに積み込み点検していく。
尚斗がSUVを好むのはこの荷物を積めるスペースの広さと未舗装地でもなんなく走破できるこの4WDの機能性からだ。
色々な場所に飛び回っていた尚斗には商売道具のひとつである車にはかなりお金をかけていた。
「既に何度か乗せてもらってますが、この車とても快適ですね。乗ってても振動をあまり感じないし静かですし」
「そこは私の運転技術を褒めてほしいところですが、実際のところはただお金をかけているだけなんですよね。舗装のされていない場所の除霊も多かったのでガタガタ揺れるのが嫌だったんですよ。美詞君も免許をとるようなりましたら現場用の移動手段はしっかり選ぶことを勧めます」
「かわいらしい車も魅力的ですが神耶さんの車を知っちゃうと便利そうで惹かれちゃいますね」
「悩んだ時は相談に乗りますよ。とりあえずは免許を取るまでお預けでしょうが」
「ふふ、その時はお願いしますね」
朝倉と合流し、車でそれぞれ富士宮市まで向かうと市内のファミレスで腹ごしらえをする。
在野の退魔師の中には除霊前に最後の晩餐になるかもしれないということでいつもより豪華なものを食べる者も多いが、二人にとってはそんな心配はないのだろう。
別に怪異に舐めてかかるような無謀なことはしないが、それでもいつもと変わらない生活を送る二人は頼もしい限りであった。
そんな二人が師弟として初めて除霊に挑む瞬間は刻一刻と近づいていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます