第27話

 うまくいかず落ち込んだ表情の美詞であったが、それに気にした様子もなく尚斗が答えた。


「いえ、上出来です。初めて行使してそこまでできましたら十分素質があります。あとは慣れになりますね。常に霊力を動かす練習を行っていけば自然と範囲は広がっていくでしょう」


 希望があると知った美詞は安堵するかのように息を吐き出すと額に浮かんだ汗を拭き霊力を引っ込めた。

 その様子を見守っていた朝倉が声をかける。


「うーん、すごいことをやっているのだろうが、能力者でもないおじさんにはなにをやっているかさっぱりわからなかったよ」

「見たいですか?」

「……見れるのかい?」


 一般人がそう簡単に見れたら苦労はしないだろうという意味も込めた懐疑的な返答になってしまったのは当然だろう。


「実はちょっと試していただきたいものがありまして」


 尚斗はそう言うとカバンの中から少しゴテゴテした眼鏡のようなものを取り出した。


「こちらは現在試作中の仮称『SPトラッカーグラス』です。自衛隊や警察向けに考案したものでして能力者でなくても霊力等の力の流れを追うことができるよう設計されています。目に見えない怪異であっても力の存在が可視化されますし、能力者に対しては力の行使が視認できるようになります。怪異対策と能力者犯罪抑制を狙ったものですね」

「昨日言っていた装備開発の産物……尚斗君、もしかして今日はテスターとして狙っていたかい?」

「もちろん、今は一人でも多くの検証データが必要なので。ちなみに名前のSPはスピリチュアルパワーを略したものです」

「いや、名前はどうでもいいんだけどね。まぁ協力できるならこれぐらいは問題ないのだが危険ではないのだよね?」

「ええ、そこは安心してください、構造的にも単純なものですし仕組みとしては装着者から霊力を少しずつ引き出すものでしてセーフティーロックも備えていますので安全重視で設計されています」


 尚斗の説明を聞きならばとさっそく耳にかけてみた眼鏡だがそこから見える景色は特に変わりがないように思える。


「ん?特になにも変化はないようだね……これは起動していないのかな?」

「ええ、フレームの左にありますボタンを二回押してみてください」


 手でフレームを触ってみると確かに押せそうなボタンがある。

 軽いクリック音と共にレンズの内側の上部にスマホでよく見かけるような電池の形をした絵と、その隣に100という数字が映し出された。


「今見えている電池の残量は眼鏡自体に取り付けられた電池のもので起動自体を補助するのに使われています。隣の数字は装着者の霊力残量です、上は100でそれが0になりますと倦怠感が襲ってきますので注意してください。目安は一般人の平均的霊力で連続稼働五時間ほどですね。表示が0になりますと強制的に機能は停止しますが実際のところは5%ほど残した状態で停止しておりますのでご安心を。また消費した霊力は睡眠や休息、瞑想等によって回復します」

「ほおほお、これでその霊力とやらが可視化して見えるというわけかい?」

「はい、まぁ対人に関しましては体の外に漏れた分しか見えませんが……それでは実際に試してみましょう。さっきまで美詞君に教えておりました感知術を行使します。美詞君も霊視状態で見ててください。まずは平面的な利用方法ですね、美詞君はまずこれを目指してみましょう」


 そう言って尚斗に力が張ったかと思うと霊力が一瞬で放出されサークル状に広がっていった。


「どうです?見えましたか?」

「おお!すごいね。なにやら緑色の蛍光色のものが広がっていくのが見えたよ」

「はい、発動がすごくスムーズでした。霊力を纏うまでがほとんどわからなかったのですが省略しているのですか?」

「いや、さっき説明した手順で行っていますよ。ただ慣れると一瞬で全身から放出できるようになり、纏うのにも一呼吸も必要なくなります。さて、次は全方向に向かっての探知です、これが美詞君の次のステップになりますね」


 次に尚斗が見せたのは尚斗を中心に球状の探知網が広がっていく様子である。

 おそらく探知範囲はこの四〇一号室をすべてカバーしても余りあるほどのものだろう、霊力が隅々まで行き渡っていくのが見えた。


「今のは属性が付与されていない純粋な霊力のみの感知になりますので探知できるのは霊魂や怨霊ぐらいですね。海外で言うゴーストと呼ばれるレベルのものです。怪異現場では数種類の感知術を使用できるのが理想ではありますが、最低限これができましたら霊障の特定にとても役立ちますのでこれから練度を高めていきましょうね?」

「はい、わかりました」


 素直に返事をする美詞に教える喜びというのを少しずつ感じ始めた尚斗であった。


「朝倉さん、どうでした?」

「うん、これはすごいね。なんかすごく新鮮な気分だよ。これが完成品になるのかい?」

「いえ、まだ致命的な問題が残っておりまして……」

「ん?けっこう完成度は高いように思えるのだがおじさんが理解できないようなことかい?」

「いえ、もっと単純なことで……ゴテゴテして重たくないですかそれ?」

「ああなるほど、理解できた。一瞬ならいいだろうが確かにずっとつけていると厳しいかもね。特に動いたりしたらすぐに飛んでいきそうだ」

「ええ、そこが課題ですね。最終的には自衛隊の方用のものはゴーグルタイプのものを考えているのですが、警察のものはもっと小型化し動きに阻害が出ないレベルまで軽量化する必要がありますね」

「ありがとう、怪異のことを知らない世界にいたころは気にもしなかったんだがね……この世界を知ってしまうと何もできないことにもどかしさを感じてばかりだったんだ。君たちが守ってくれているというのは承知しているんだがやはり国民を守る立場としては我々も知らんぷりはできんさ。そういう意味でも尚斗君には期待しているよ?」

「私個人の力じゃありませんけどね。国主導の研究室なので優秀な方が多いです、きっと近い内に形にしてみせますよ」

「ああ、楽しみにしている」


「さて、では特に反応もなかったので感知術の授業はここまでにして機材をセットしていきましょうか」


 そう言うなり大きなバックから先ほど見せてもらった機材を次々と取り出しはじめた。

 ガチャガチャと鳴らしながら機材を準備していく模様はテレビ局のクルーと言われたほうが違和感がないだろう。


「せっかくですし機械のセット方法等も覚えれる範囲で覚えていきましょう」


 ひとつひとつカメラを三脚に固定し設定を行っていく様を美詞に説明していきながら機材をすべてセットするころには窓の外に見える空は夕日でオレンジ色に染められていた。

 

「けっこうな量になりましたね。なんかカメラ以上に大きな機材がくっついていますが……」

「ええ、今回は離れたところからの監視になりますからね。録画データをリアルタイムに転送するためのアンテナや大容量のバッテリーが必要となってくるんですよ。もちろん霊障時のための記録媒体もセットしています。心霊番組と違って霊障で砂嵐しか映らなかったでは困りますので」


 機材だらけとなった部屋中をチェックし、最後にノートパソコンから無事カメラや計器類が動いているかの確認を終えると


「今日の現場調査は以上になりますね。流れとしましては今夜撮ったデータを元に明日の日中に確認検証を行い、なにも出なければまた調査を続行、ナニかが出た場合は夜に除霊としましょうか」


 バタンと閉められた四〇一号室の部屋はたちまちだれもいなかった元の静けさを取り戻したが、先ほどまでとは違いそこに残った機材達がいたるところで目を光らせていた。


 駐車場まで戻ってきた三人はこれからのことで話をしていた。


「今日動きがあるとすれば恐らく夜の遅い時間となるでしょう。なので夜中の作業は機材に任せ本日は解散とします。朝倉さん、また明日連絡をいたしますのでその際に事務所に来ていただけますか?できれば昼頃を目安にお願いします。美詞君、これから寮まで送りましょう」


 朝倉は尚斗の言葉に応じると「ではまた明日よろしくね」と車に乗り込み去っていった。

 しばらく朝倉を見送っていた二人であったがいざ尚斗の車に向かおうとしたところで美詞がついてこないことに気づき尚斗が声をかけた。


「どうしました美詞君?」

「……あの、神耶さんはこれから事務所に戻られるのですか?」

「?……ええ、まぁ荷物もありますのでいったん事務所に戻る予定ではありますが」

「神耶さんのことですからこの後送られてくる動画のチェックをされるのではないですか?」

「……君が言いたいことは予想できるのですが、今日はゆっくり休んでください」

「あの、それでもご一緒に拝見できませんか?学園には心霊調査として外泊届は出しています」


 美詞の申し出に準備がいいことだと思いつつ少し困ったような表情を浮かべ優しく言い聞かすように言葉を選ぶ。


「その意気込みはよろしいかと。しかし長丁場になる可能性もありますし今日は初日です。現場は逃げませんし明日は場合によっては夜間遅くまで除霊に臨むことになるかもしれません。力を抜いてください、コンディションを整えることも退魔師として大事なことですよ?」

「だって……私に教えるためにこうやって時間と手間をかけてまでやっていただいてるのに私だけ休んでいるなんて……」

「君のためにしているという点は今更否定するつもりはありません…ならば少々強引ではありますが師匠命令です、これもひとつの大事な教えでありますので今日は帰って休んでください」

「もう……神耶さんはほんと意地悪です……」

「意地悪で結構ですよ、私は弟子を使い潰すつもりはありませんので」


 その後納得のいかない様子の美詞を車に押し込み学園へと走らせた。

 やる気を漲らせていた美詞であったがやはり疲れはあったのだろうかほどなくして助手席で舟をこぎ出し眠りに落ちてしまったようだ。

 そんな美詞を横目で見つめる尚斗の表情はやはり優しいものであった。


 その夜


 無事美詞を学園寮まで送り届けた尚斗はその後事務所に戻り一旦仮眠をとると、夜中からパソコンを開きさっそく大量に送られてきているデータを確認していた。

 道路から時たま聞こえてくる車の走行音以外はほとんど音のない静寂の時間帯、事務所の中でもカチカチというマウスのクリック音がやけに大きな音として響く。

 とあるデータを見ている際に尚斗の視線が鋭くなった。


「(やはりあったか……さてこうなるとこの一件、どう終わらせるかだが……)」


 思案に暮れつつも光が反射された眼鏡の奥に見える鋭い視線はパソコンの画面を睨みつけているように見えた。 

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