第26話

「では次に行きましょうか」


 そう言って尚斗はノートパソコンを畳みカバンに戻すと、今度はごちゃごちゃと色々な機材を取り出しテーブルに置いていった。


「次に説明するのは実際にこの後現場で使うための機材になります。主にカメラやセンサー類ですね」

「こりゃすごいね。退魔師の除霊なのでそういった除霊道具を期待していたのだがやけに科学的だ」

「あ、これテレビ番組とかで出てたものに似てます。夜行性動物の生態調査で撮ってたカメラ」

「そうですよ、こちらはトレイルカメラと呼ばれるものですね。狩猟用として使われているものですが、暗い場所がくっきり見えますので心霊現場の調査でも活躍できます。最近の心霊番組でもよく使われていたりしますね。あとはサーモグラフィーカメラとアプリで監視できるデジタル温度計、ポラロイドカメラ等ですね。他にもそれらに付随する三脚やバッテリー、配線等がカバンの中にありますがそこは省きます」


 テーブルの上に置かれているカメラだけでも優に十を超えているため付属品まで含めるとこんなに大きなカバンになってしまうのは仕方ないのかもしれない。


「トレイルカメラとやらの性能はわからないが赤外線ビデオみたいなものだろうか?」

「そうですね、暗視カメラよりも鮮明に撮影ができます。またモーションセンサーも搭載しているので動きがあれば撮影を開始したり、そのタイミングで画像を転送できたりします。今回は流しっぱなしのものとモーショントラッキング用との二つに設定し両方設置する予定です」

「うわぁ、なんか本格的ですね。本当に心霊番組を見てるみたいです。サーモグラフィと温度計は霊の動きを温度で捉えるためですね?」

「はい、やはり霊が出る場所というのはその周辺温度が下がることが多いのでカメラに映らない霊を判断しやすくなります」

「ポラロイドカメラか……これは一時期若い子の間で流行っていた手軽なやつじゃないのかい?」

「あ、ご存じですか。大きいに越したことはないのですが、このタイプのものはフィルムが手軽に売っていますので現場近くでも手に入れやすいんです。これでも十分念写はできますので」

「念写……かい?」


 言葉としては聞いたことがあるが一般人の朝倉からしてみればいまいちどういう仕組みなのかぱっと思い浮かばなかった。


「はい、ある程度の力をもっている者なら霊力を流し普段写らないものを写りやすくすることができるんです。よく巷で心霊写真が撮れてしまったというケースの半分ほどは本人が知らない内に霊力を籠めてしまったパターンですね」

「へえ、なるほどねぇ。半分ということはもう半分はそれ以外の外的要因といったところかな?」

「ご明察です。パワースポットみたいに力の集まるところや霊側からのアプローチがあった場合等がそれに含まれます」

「うん、大体理解できたよ。それでは今からこれらを現場に設置しに行くということでいいかい?」

「はい、現場に入らせていただきたいのですがオーナーの許可や鍵等は大丈夫ですか?」

「ああ、ちゃんと許可ももらって鍵を預かってきた。オーナーもあれだけ渋っていたのに早期解決できるならと協力的になっちゃってね」


 おどけたように肩をすくめ両掌を上に向ける姿はどこかハリウッド映画のワンシーンのように大げさであったが朝倉がするとやけに似合っている。

 

「さて、なにか質問はありますか?ないなら明るい内に現場に入れたらと思うので向かいましょうか」


 尚斗がチラリと美詞のほうを見やりながらそう促したのは、目の前のパンケーキ皿が知らない内に空になっており今はコーヒーを飲み終えそうな状態であったからだ。

 二人も特にこれといった質問はないみたいなのでテーブルの上にあった機材をカバンに詰め、


「先に会計をしておきますのでゆっくり飲んでいてください」


 と先に一人レジに向かっていってしまった。

 カップの中はほとんどなかったのがわかっていたのだろう、実際最後に大きく傾けたカップの中には一口分しか残っていなかった。

 斜め前に座る朝倉も既にいつでも立てる状態であったが美詞のことを待っていてくれたみたいだ。


「さぁそれじゃいこうか桜井さん、おじさんは車を乗ってきてるので現地でまた集合になるけどね」

「ではまた後程、ですね」


 その後二車両で向かった問題のマンションはすぐ近くであった。

 見上げる建物はさほど大きくなく入居者ターゲットは独り身、もしくは子供のいない夫婦規模なため五階建てにしては更に狭い土地をフル活用した造りになっている。


「うーん、ここからは特に何も感じませんね。念のため建物を一周してもよろしいですか?」

「ああ、入れる敷地は限られているのでそこまで見れるところはないが行ってみよう」


 朝倉の言う通りマンションをぐるりとまわってみるが、裏手は一階住人のスペースになるのだろうかフェンスが設けられており細かく見ることは叶わなかったが、遠目で見渡す限りではやはり尚斗の霊感に引っかかるものは見当たらなかった。


「やはり中ですかね。四階まで上がってみましょう」


 エレベーターを使い四階まで上がるとすぐに件の部屋である四〇一号室が目に入った。

 ポケットから鍵を取り出した朝倉は鍵穴に差しこむところで手を止めると顔だけ振りむき確認を取る。


「いいかい?」

「ええ、どうぞ。大丈夫です、私が最初に入りますので」


 これまで何度か入室しているにも関わらず尚斗から「怪しい」とお墨付きをもらった後だと中に入るのに躊躇と恐れが湧いているのかもしれない。

 ガチャっと鍵の開いた音がするとハンドルレバーを倒しドアを開ける。

 開けたドアの勢いにのって部屋の中から少しむわっとした空気が流れ出してきた。

 正面奥に見えるカーテンもついていない大きな窓は東側を向いているので、日中の日差しにより部屋がだいぶ暖められていたようだ。

 

「少し見てきます、こちらで合図があるまで待っててもらえますか?あと入口ドアは閉まらないよう固定していてください」

「わかった、換気のため……というわけではないのだろう?」

「はい、まぁ廊下で話し合うのもなんですので後程中で説明します」

「了解だ」


 そう言い残し靴を脱ぎ中に入っていった尚斗。

 玄関天井付近にあったブレーカーに火を入れると部屋中の電気スイッチをオンにしながら中に進んでいった。

 少したってからだろうか、中から大丈夫ですよと声をかけられたので残った二人も靴を脱ぎ尚斗の元へ向かうことに。

 部屋の中はもちろん家具等なにも残っておらずがらんどうとしており、玄関が開いているにもかかわらず異様な静けさがあり不気味だった。


「間取りは1LDK、こちらの部屋ともう一部屋といったとこですか」

「尚斗君、玄関を開けっぱなしにしているのは?」

「ええ、閉じ込められないためです。今はまったく問題なさそうですがよくホラー映画とかであるでしょ?ドアが開かない!ってシーン。あれも実際に霊障として発生するものでして、強力な怨霊は開いてるドアすら強引に閉めちゃいますけどね。こうやって電気をつけたのも霊障の影響がないかを確認してます」

「ああ、あのパチパチって消えるやつだね。そうか、ホラー映画の恐怖シーンもあながちただの演出ではないのか」

「はい、テレビや映画等でやりそうなものは大体やってきます。さて、美詞君。今から私が感知術を使用し現場を調査します。君はまだ感知術を会得していないが才能があると袴塚さんから聞いています。丁度いい機会ですので霊障の気配のない今から少し授業をしましょう」

「わ、授業ですか?先生みたいです」

「なんたって君の実地研修ですからね。やはり私には教師役は似合いませんかね?」


 二人の会話を聞いていた朝倉が笑いだした。


「何を言ってる尚斗君。ぴったりじゃないか、おじさんは君が教師という聖職についていても不思議ではないと思っているけどね」

「聖職はもう神のしもべとなった祓魔師で十分ですよ」


 冗談に冗談を返すような掛け合いに苦笑気味な尚斗であるが、まさか似合っている等という感想が返ってくるとは思っていなかった。


「さて、まずは美詞君は霊力の在り方を学園で習っていますね?」

「はい、神羅万象が持ちうる純粋無垢な力の起源。各宗教ごとの術を行使するにあたってはそれぞれ神力、聖秘力等に変換する前の無色の源であり基本属性となります。霊力を直接通すことで行使が可能な真言等の例外もある。といったところでしょうか?」

「はい、君には簡単すぎましたかね?神秘術や真言術、神道術等感知術は種類もいっぱいあるのですが、共通して言えるのが霊力を使うところです。たとえば美詞君は神道術がメインとなるので神力に変換し術を行使しているはずです。しかしこと感知術に限っては神道術であっても純粋な霊力を使用するのですよ」

「ではなんでみんなそれぞれ宗教ごとに違うのですか?」

「そこがややこしいところですね。それぞれの宗教ごとの歴史で培ってきた技術の差と言ってしまえば簡単ですが、それではおもしろくないでしょう。感知範囲を広げるまでは霊力に沿った運用になるのですが、そこから先の方向性や対象等によってそれぞれ違いがあるからなのです。祓魔師であれば感知対象は主に悪魔ですので霊力の波に聖秘力で指向性を定めるような感じです。まぁこの段階はまだ早いのでまずは純粋に霊力だけを使った感知術を練習してみましょう」

「はい、よろしくお願いします!」


 学園でもまだ感知術に関しては習っていないものなので新しいものに対する好奇心により気合が入る。

 朝倉は一歩引いた場所で久しく感じていなかった童心に触れたような気がしていた。

 目の前で行われる授業は一般人が見る事の叶わない神秘を教示する場だ、自分が使えればと思わずには居られないがそれよりも今は純粋に師匠が弟子に教えている神秘自体に興味が湧いた。

 尚斗と出会う前には考えてもみなかっただろう、自分が「こんな世界」に足を突っ込むことになろうとは。


「まず体内にある霊力を感じる事からスタートです。これは授業でもされてるはずなのでできるでしょう。その霊力を体の一部から少しずつ薄く延ばしていくイメージで身に纏います。何度も練習していくと体の一部ではなく全体から一瞬でコーティングできるようになりますが今は慌てずゆっくりで構いません。そうです、いい調子ですね」


 目を閉じ集中している美詞のまわりには霊視したものが見れば少しずつオーラのようなものが出てきているのがわかるだろう。

 尚斗の声に従い少しずつそれを体全体に行き渡らせるころには額に汗を滲ませていた。


「できましたね、なるべくその状態をキープできるよう心掛けてください。次にここから感覚的な要素が強くなりますが、今纏った霊力を外に放出します。例えるなら全方向に水面にたった波紋が広がっていくような感じでしょうか。私はソナーをイメージして使用していますが、美詞君がよく使う結界の球状を大きくしていくイメージがいいかもしれません。重要なのは薄く広くです。密度が高すぎるとガス欠を起こしちゃいますので途切れるかどうかぐらいのもので構いません。理想は全方向ですが難しそうなら今は球状ではなく丹田のあたりから平面状に波紋を広げるだけでも大丈夫ですよ?」


 教え通り体を覆う霊力を動かそうとするが、まず体から離れない。

 纏うことは比較的楽だった、少しなら動かすこともできた、だがそれ以上の量を体から離すとなると途端に操作が難しくなる……まるで霊力に粘着力でもあるかのように剥がれてくれなかった。


「大丈夫です、動こうとしています。霊力が自分の体から離れたがらないのは本能に近いものなので硬くならずに落ち着いて……リラックスして……ゆっくり息を吐いて……水面に浮かぶ自分を想像してください……揺らいでいる水面をイメージして……自分の体を中心に水面に波紋が起きます。ゆっくり広がっていく波紋に自分の霊力を乗せて……そう霊力は水のように柔らかいものです、思えば応えてくれます」


 美詞の纏う霊力が少しずつおなかのあたりから広がりを見せた。

 それは丹田と呼ばれる箇所、体の中で一番霊力が溜まる場所を中心に少しずつ輪が広がっていく。

 しかし一メートルもいってないだろうか、それ以降は広がりが綻びはじめ霊力が霧散していく。


「これ以上は……だめみたいです」


 結果は到底感知術とも呼べない状態に落胆の色を滲ませた美詞であった。

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