第25話

「えぇっ!?なら、わかってたんですかっ!?」

「ふふ、すみません。私もガラではないと思いましたが、あそこで反応しておかないと友人お二人のがんばりに応えられないかと思いまして。でもその装いが似合っているのは本当ですよ?」

「もうっ!神耶さんは意地悪です」


 尚斗はある程度の事情を察していた。

 何年も会ってはいなかったが静江からよく美詞の私生活に対する愚痴は聞いていたので、状況から二人が美詞の装いに何らかの協力をしていたであろうことは予測できていた。


「お詫びに打ち合わせがてらデザートでもご馳走しましょう」

「ほんとですか!?やりました!現場に直接行く前にどちらかに寄って打ち合わせを行う流れですか?」

「はい、既に朝倉さんには連絡を入れておりますのでそちらで合流予定です。そこで今回の除霊に対する流れを説明していきましょう」


 学園から目的地の富士宮市までは車で一時間もかからない。

 車中美詞は学園での出来事や私生活のことなどを自分から積極的に話しかけ、尚斗と離れていた時間を埋めていくかのような時間を過ごしていた。

 走らせた車は知らない内に住宅やマンション等の景色が増えてきて市街地に入っていたようだ。

 とある一軒の喫茶店と思われる店に到着すると、駐車場に車を停めエンジンが静かに灯を落としていく。


「さて、いきましょうか?」


 美詞に到着の声をかけ外に出ると、尚斗はなにやら後部座席から大きな荷物を取り出した。

 大きな直方体にも見えるチャックのいっぱいついたスポーツバックのようなものを肩にかけたのを見て、美詞が尚斗の横に並び声をかける。


「それが除霊に必要な道具ですか?すごく大きなバッグですね」

「正解です。まぁ実際には使わない物もありますが念のためというヤツもありますので。中身は席についてからのお楽しみです」

「ふふ、なにが出てくるか楽しみにしておきますね」


 やはり幼いころから知った仲だからだろうか、何年かぶりに会ったというのにたった一日もたたずに二人の顔には気遣わないあの頃の笑みと会話が戻ってきていた。


 カランとベルの鳴った入口のドアをくぐると尚斗は既に来ているであろう朝倉の姿を探した。

 丁度店の奥側の広いテーブル席に座り手を挙げている中年が目にとまり、そちらへ美詞を伴い向かう。


「お待たせしました朝倉さん。連絡が今朝になってしまい申し訳ありません、予定の方は大丈夫でした?」

「ああ、問題ないさ。今日と明日はいつでも動けるようにしてたからねぇ。桜井さんもおはよう、今日はおじさんも一緒だけどよろしく頼むよ」

「はい、初日なのでわからないことだらけですがどうぞよろしくお願いします」


 席に着きまずは注文とメニューを開くと隣から尚斗が情報を与えてくれる。


「ここはパンケーキもありますよ?生クリームがたくさんのったやつ、デザートをご馳走すると言いましたのでお好きなのをどうぞ」

「ぱんけーきっ!んんっ……こほん、せっかくお勧めいただきましたのでそちらをいただきますね」


 緩みそうになった語彙と表情を引き締めると、何事もなかったかのように定員を呼ぶ姿に二人が微笑ましい姿を見るような生暖かい視線になった。

 ここでなにかツッコむと美詞がまたあわあわしだすので、見なかったように流すと朝倉はさっそく本題を切り出した。


「で、尚斗君。今日は普段とは違う除霊手順を教えてくれるとのことだがさっそく聞いてもいいかな?」

「ええ、先日も申しました通り一般的な心霊調査事務所が行う手順に沿って除霊をしていきたいと思います。主に事前調査ですね。彼らはとても慎重だ、長く続く事務所は命が直結するこの仕事で相手との力量差が測れなければ即死亡ということをよく心得ています。私達が相手にしているものは怨霊や怪異、妖怪等存在すらよくわらかないような者達です。なので調べれるだけ調べ、準備できるだけの準備をしいざ本番へと臨むんです。今回の場合ですとまずはその事件のあった場所に関する情報ですね」


 そういって大きなカバンを開け中から取り出したのは、なんてことはないただのノートパソコンとその周辺機器である。


「最近は情報社会となりましたので調査するのが楽になったらしいですよ?昨日の今日ですが、まず調査したのはマンションが建っている地域の地図からですね」


 そう言って立ち上げたのは検索サイトにあるようなマップではなく、なにやらだれかが運用している専用サイトのようだ。


「これは現在の地図と過去の地図をリンクさせたものです。とある霊能力者の方が色々な研究家等を頼り合同制作した会員制サイトですね。年代別にある程度の過去までならこうしてリンクしてすぐに探せるようになっています」

「これはどういった意図があるのだい?」

「該当地域に過去どういったものがあったかを調べます。例えば昔に墓地があったとか、池や沼があったとか。墓地ならわかりやすいですよね?よく心霊番組とかでも『そこには過去墓地があったとのことだ』とかのオチがあるので。その土地に何らかの謂れがありそれが霊障に繋がっている可能性をあたります。今回はハズレですね、それっぽいものはなにもありませんでした」

「神耶さん、これってどれぐらい過去まで遡れるのですか?」

「リンクできている地図は測量が正確になった比較的近代で二百年ほど前でしょうか。それ以上となると江戸時代までは遡れますが、測量技術も違いますし日本全国とはいかないので個別に探していく必要があります」

「うわぁ……かなり過去まで遡れるんですね。ハズレとおっしゃいましたが逆に『当たり』というのはどういったケースでしょうか?」

「先ほど言ったような池や沼地等、水場は霊が集まりやすいですから。また古戦場等の戦が多かった場所、こちらも怨念が溜まりやすいスポットです。あまりない稀なケースですが寺や神社があった場所は言わなくても危険度はわかりますよね?」


 説明をしながらサイトを閉じた尚斗は次にまた別のサイトを開いた。


「こちらは図書閲覧のサイトですね、こちらも有志による運営でなされているものですが正直感心しますね。過去の伝記や古典等を読み込んで閲覧できるようになっています。古いものは基本博物館や名家が保有し表に出すことはありませんがどこからここまで集めたのやら……しかし正直助かっています、私達が戦う相手は古いものほど強力な傾向にありますのでその情報を得られることは武器になります」

「すごいですね……たしかに桜井家にも古い書物がいっぱいありますが古文が難しくて読めないんです。参考にされているということは読めるのですか?」

「勉強しましたのでバッチリですよ……と言いたいところなのですが実は読めないもののほうが多いですね。ネタばらしをすると翻訳をしてくれるサービスがありますのでそちらを活用してます」

「至れり尽くせりの情報サイトですね」

「まぁここまで説明してなんですが、今回はこちらもハズレです、地域的に戦国時代は今川と北条、武田がにらみ合っていた地域ですがこのレベルでしたらそこら中にあるので除外していいでしょう。伝承で曽我兄弟の仇討ちという有名な話が出てきましたが場所は関係ありませんでした」


 一拍置きコーヒーに口をつけると更に話を続けた。


「あとは主にSNSアプリやら掲示板サイトやらですね。口コミというのはバカにできないんですよ。今回は依頼が警察からになりますので情報はある程度調べられています。特に被害者男性に関する経歴や人間関係等は細かく調査してますね。しかし民間依頼となりますとまず自分でそのあたりを調べないといけないので、それこそ興信所等を利用することも珍しくありません」

「あ、そうですよね。昨日朝倉さんにいただいた資料自体を自分で作らないとだめなんですね」

「そういうことです。実績を出している霊能事務所はそこらの興信所より優秀ですよ?私もたまにそういった方々に外注依頼をすることがありますが、裏の事情に明るいのでとても頼りになります。ところで朝倉さん、被害者の身辺で少し気になる人物が浮上したのですが……」

「ん?だれだい?四人の身辺調査は行っているので言ってくれたらわかると思うよ?」

「二人目から四人目までも気になる方はいましたが時系列から考えて一人目が怪しいでしょう。元恋人に関しましての情報は?」

「ああ、当然調べている。遡って二人までは元恋人がわかったがそれより前はわからなかった。身元も判明しているしアリバイもしっかりしている。そのあたりかい?」

「いえ、ではただのガセかもしれませんね。元恋人が行方不明になっている投稿を見かけました。身元が判明しているならガセかそれ以前の恋人……けっこう女性との交遊経歴が多い方なのかもしれませんね」

「ああ、実際多かった。交際相手は二人と言ったがね、本来はもっと遡れるものなのだよ。彼は女遊びが激しかったみたいで、いわゆる体だけの関係の女性が多くてすべて追いきれなかったんだ。軽く二桁を超えたよ、その中で恋人関係にあったと呼べるような関係だったのがその二人だけだったってだけさ」

「その中に行方不明となっているような方はいましたか?」

「いや、実際に会ったのでね。本当に行方不明者がいるとなると周りにうまく隠していて漏れてる可能性があるね。念のためその情報源をもらえるかな?匿名投稿だと難しいかもしれないが追ってみよう」

「こちらも念のため印刷しておきました、どうぞ」

「ありがとう、今日帰ってから調べてみる事にしよう」

「とまぁ、すべてがすべて鵜呑みにはできない内容ですが中には重要な手掛かりになるものもあるのでバカにはできないのがネットというものですね」

 

 少し刺激が強い内容だったのかモソモソとパンケーキを口に運びながら話に入るのを避けていたが、いきなり話を振られしきりに頷く美詞であった。

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