第24話

 その後は結局時間が遅くなってきたので学園まで送ると尚斗が美詞に気を使った形となった。

 車を使えば尚斗の事務所から学園まではさほど遠くもなく、ならばと遠慮なく応じることができた。

 車内では先ほどの説明で気になったことなどを尚斗に尋ねたり、先日の学園で起こった事件等に関して話に花を咲かせているとあっという間に学園の前に到着した。

 

「美詞君、学園側に外出届を出しておいていただけますか?恐らく明日と明後日は夜間での現場となりますので。こちらでも活動予定表等はデータにして学園側に送っておきます」

「わかりました。……あの、明日は服装等をどうしたらいいでしょうか?『礼装』のほうがよろしいでしょうか?」

「美詞君の礼装と言いますと、やはり巫女装束姿となりますか?」

「はい、桜井家の霊的措置が施された特殊装束が礼装になります」

「……目立ちますね。明日は現場に入る前に説明のためどこかの店に入ることも考えてますので動きやすい私服でいいですよ?君みたいな子が巫女服姿で街を歩いていた日にはSNSの一面を飾りそうなので」


 少しおどけたように笑いながらそう指摘すると美詞の顔が赤く染まってしまった。

 美詞みたいな目立つ少女が巫女服姿で街を歩いていればいつも感じる視線が当社比三倍は堅いだろう。

 おそらく秋葉原や渋谷のハロウィンであったとしても視線を集めるであろうことは想像できる。


「それと明日は調査がメインとなりますが、一応現場にも赴きますので除霊道具等自分専用の物がありましたら準備しておいてください。あと何かわからないことがありましたら連絡してください、今電話はお持ちですか?」


 美詞がはい、と頷くと尚斗が自分のデータが記載された画面を表示しスマホごと渡してきた。

 ぱぁっと花開いた笑顔になるとそのスマホを受け取り、必要なデータを登録していく。

 ちゃっかりメッセンジャーアプリのデータまで送っておいたのはご愛敬といったところか。

 一通り登録が終わりスマホを返すと自分のスマホを大事そうに両手で抱えた。


「それでは今日は遅くまで付き合わせてしまってすみません。ゆっくり休んでくださいね」

「いえ、むしろありがとうございました。これからよろしくお願いします。おやすみなさい、神耶さん」


 軽く頭を下げるとそれに答えるように軽く手を振り車が去っていく。

 去っていく車をしばらく見送っていた美詞は思う。

 やっと会えた。

 やっとちゃんと話せた。

 やっと弟子入りさせてもらえた。

 いつかはと思ってがんばってきたが、思いがけない再会から強引にでも手繰り寄せた縁。

 幼い頃一度は大泣きしながら離してしまった手だが、なにもできなかったあの頃とは違う。

 まだ子供と言われればそうだが自分で判断し動けるだけの歳には育った。

 憧れには遠く及ばないが背中を追いかけられるだけの足にも育った。

 これからは彼の下で、隣で共に歩けるだけの力をつけるのだ……家族と呼べるようなその存在と二度と離れないでいいように。

 両手で握りしめるスマホにぎゅっと力が入った。



 次の日


「じゃぁほんとに弟子入りしちゃったってわけ?」


 昨晩寮に戻りくつろいでいるとスマホにメッセージが届く。


 夏希:今日の経緯報告されたし、明日の午前中でいい?

 千鶴:どうなったかにゃ~、駅前のカフェで詳しくオハナシしたいなぁ


 これにより急遽決まった女子会、明日土曜日の午前中は友人からの査問会となりそうなのに辟易しつつも承諾の返答を送った。


 そのあと詳細な時間等を決め、翌日その通りの時間に待ち合わせのカフェに赴くとすでに夏希と千鶴の姿があった。

 待ってたよーと掛けられた声に手を振り、カウンターでやたら長い商品名のドリンクを注文するとそれを手に二人が待つ席に座り、さっそくとばかりに質問攻めにあう美詞。

 弟子入りするまでの一通りの流れを説明し終わった後で夏希が発したのが先ほどのセリフである。


「うん、けっこう無理言っちゃったけど最後は折れてくれた感じかな?」

「みーちゃん行動力ありすぎ。昨日ホームルーム終わるなりすごい速さで退室していったもん、私じゃなきゃ見逃してるね」

「積もる話はできたの?昨日結構帰ってくるの遅かったじゃん?」

「あ、考えてなかったなぁ……弟子入りを認めてもらうことしか頭になかったから。遅くなったのは、その後除霊依頼の場に立ち会ってたからだよ」

「やっぱりみこっちゃんはみこっちゃんかぁー」

「……もう、ひどいよぉ。真剣なんだよ?不純な気持ちはありません!この後も除霊現場の調査に行くことになってるし」

 

 美詞のその発言に二人はぎょっとした。


「わ、弟子入りしてもう現場まわるんだ。守秘義務とかあるだろうから内容は聞かないけど大丈夫そう?」

「神耶さん曰く今回の件を教材にするって言ってたから大丈夫だと思うよ」

「まぁあれだけ強ければねぇ……私、祓魔師の悪魔祓いなんて初めてみたよ」


 夏希も千鶴もあの小体育館での出来事は鮮明に思い出せる。

 陰陽術や教会聖神秘術にルーン魔術、オリジナルの術を巧みに操り悪魔を圧倒してみせたその強さ。

 二人だけではない、あそこにいた全員がきっと鮮烈な衝撃として脳裏に刻んだことだろう。


「これからってことは何時ぐらいなのかなぁ?お姉さんに教えてみんしゃい」

「……?えっとお昼の二時からだよ?それがどうしたの?」

「もう着ていく服とかは決まっているのかい?」

「え?動きやすい服って言ってたからジャージでもと思って」


 にやにやしながら聞いてきた質問に答えた「ジャージ」という言葉に千鶴はクワっと目を広げると


「けしからーーん!年頃の女性が外に出るのにジャージとはなんたる不甲斐なさ!女子としての自覚はあるのかね!?」

「なになに!?お仕事だよ!?」

「神耶さんがジャージを着て来いって言ったの?」

「……ううん、動きやすい私服って……」

「だそうですよ夏希さん」

「だそうですか千鶴さん」

「さて、早めのランチにしてその後は似合いそうな私服を持ち寄りましょう」

「そうだね、みこっちゃんの私服センスは悪くはないんだけどもったいなすぎるから」

「ひどいよ二人とも!」

「最近私服買ったのいつ?」

「うぐっ……」


 美詞のセンスは決して悪いというほどではない、しかしとにかくやぼったく無難で普通なのだ。

 今までそういった流行等とは縁のなかった生活をしてきたことの弊害もあっただろうが、ファッションに興味がない美詞も悪い。

 着られれば問題ない思考でプチプライスの中でも更に適当に選んだものしか着ていなかった。

 ファッション雑誌等読んだこともなければウィンドウショッピングすら興味を示さない、興味があるのはケーキだけ。

 なまじ見目のよさとスタイルがいいだけあって、無難な服装でもモデルのように似合ってしまうから猶更それに甘えていた。


 三時間後、美詞は学園校門前でカバンを手に落ち着かない様子で佇んでいた。

 友人二人に着せ替え人形にされなんとかサイズの合うものから動きやすいコーデでまとめ上げられた。

 五部丈のサマーリブニットにスキニーパンツ、その上から薄手のスプリングハーフコートの袖をまくり、オフィス街で見かける社会人女子とも見える服装に、足元は妥協して白単色のスニーカーなところはいざというとき現場での動きやすさを重視したものだろう。

 尚この中には美詞の所持物はひとつもない。

 髪もいつも組紐で両サイドを纏めていたが、今日の服装には合わないからと髪型までそれっぽくセットされ組紐もあまり目立たないように編み込まれていた。

 二人曰くなるべくシンプルにしたとのことだが…たしかにシンプルだ、だが落ち着かない、とっても落ち着かない。

 遊びにいくんじゃないんだ、今から現場にいくんだという真面目な思考がどうしても邪魔をする。

 更には後ろの上垣から顔だけのぞかせて美詞を見守っている二人の視線がより一層落ち着かなくさせる。

 もうそろそろ約束の時間だろうかというころに車道の向こう側から一台の車が走ってくるのが見えた。

 一目で先日送ってもらったときに乗った尚斗のSUV車だと気づくと肩に力が入り背筋が伸びる。

 校門近くまでくるとハザードランプが焚かれ歩道傍まで寄せ停止した車両、ドアが開き中から出てきたのはもちろん尚斗だった。

 昨日の装いとはまた別のスーツに身を包んだ尚斗が美詞の前までやってくると美詞に声をかけてきた。


「すみません、少し早めにきたつもりでしたが待たせてしまいましたか?」

「いえ!きたばかりです。こんにちは神耶さん、本日はよろしくお願いします!」

「それはよかった、ほら肩に力が入ってますよ、あまり気負わないでくださいね?初日から無茶なことをさせるつもりなどありませんから」

 

 そう言って美詞に向けられるのはやはり慈愛に満ちた視線と笑みだ、例えるなら我が子に向ける親の視線とも置き換えられるだろうか。


「荷物はそのカバンだけでよろしかったですか?ではさっそく現場に向かおうかと思うのですが……」


 そこまで話したところでチラリと美詞の後方に軽く視線が向けられると


「仲のいいご友人がいらっしゃるようで安心しました、ほんとに休日を潰してしまってよかったんですか?」

「あ、さっきまで一緒に食事に行ってましたので!(バレてるよ二人とも!)」


「(バレたね)」

「(バレちゃったね)」


 互いに遠い距離から軽く会釈をするに留め、ではと車に向け踵を翻し歩き出したところでふと立ち止まった。

 美詞もそれにつられなんだろうかと歩き出そうとした足をとめる。


「あー……、今日の装いとてもお似合いですよ。やはり時が過ぎるのは早い、知らないうちにとても大人っぽくなりましたね。」


 肩越しに顔だけ少し振り向かせると美詞に爆弾を投下した。


「~~~~っ!!!」


 一瞬で茹でだこのように真っ赤になってしまった美詞に対して後ろの二人はよし!とガッツポーズをしている。

 その光景がおもしろかったのかたまらずくすっとしてしまった尚斗に、美詞は更に火照ってしまった顔を見られたくなく俯いてしまった。


 二人を乗せた車が走り去るのを影から見送っていた二人は


「なにあれなにあれ!」

「みーちゃんウブすぎるー」

「神耶さんも前と印象まったく違ってたし」

「爽やかなビジネスマン?除霊なのに退魔師っぽくなかったね」

「見た目は会社帰りの社会人デート?」

「でも神耶さんがみーちゃんを見る目は子供に対するそれっぽい感じだったし……がんばれみーちゃん……」

「まぁ本人もまだ自覚してないっぽいしこれからじゃない?がんばれみこっちゃん……」


 気分は我が子の成長を応援する母親な二人だが、今日の手助けはまずまずの手ごたえだったことに満足していた。

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