第23話

 沈黙を破ったのはその原因となる言葉を発した朝倉である。


「最初の死体が発見されてから2か月後、次の入居者となったのは富士市の大学に通う女性だ。女子学生ならこういった事故物件は避けるものなのだろうが、安さで妥協しちゃったんだろうねぇ。オーナーもかなり力を入れてリフォームし相場の半分以下で募集したみたいだから。営業担当者によると、事故物件の説明はしたみたいだが広さと新しさ、安さに大喜びしていたみたいだよ……入居して1か月もたたずに仏さんになっちまったが。入浴中に浴槽で死亡しているのが発見された。通報したのはその時浴槽に持ち込んでまで電話で通話していた相手である友人だ、いきなりうめき声のようなものが聞こえたかと思うと返事がなくなったので救急車を呼んだと。最近は入浴中の死亡事故って増えたからね、基礎疾患がなかったかとか色々調べられたんだけどやっぱり原因特定までには至らなかった。この女性は病死扱いとなっている」


 そして三人目、四人目の被害者の状況も同じように経緯等を説明していったのだが、三人目を除き死因の特定ができず不明。

 実にトータル四人の人間が同じ部屋に入居し死亡したという明らか何らかの力が働いていると疑ってもおかしくない状況なのだ。


「質問よろしいですか?四人も亡くなられる前に霊的アプローチからの調査はしなかったのですか?」


 ここでも積極的に美詞が疑問に思った事を朝倉に投げかけて見た。


「ああたしかにこんなに死人が出る前に警察かオーナーが退魔師に調査依頼をすればよかったのだが、ひとつは三人目の死因が外出時の交通事故というのもあったからね、そこで部屋は関係なくたまたまなのではとなってしまったんだろう。もうひとつはオーナーが大の霊能力者嫌いでね。警察が説得しても激昂してきたみたいだよ?さすがに四人目が出たときは警察の方で強引に説得させたみたいだ」

「なるほど……やはり霊能力者はインチキという風潮がまだありますもんね」


 少し寂しそうな表情で語る美詞は、自分が信じて邁進している道がまだ世間一般的には受け入れられていないという現状に歯がゆい思いになった。


「君らみたいな本物とは違いメディアで露出しているような霊能力者にはやはり胡散臭い連中も多いから仕方ないのかもしれないね。……そんな悲しそうな顔をしないでくれたまえ、今政府では遅まきながらも少しずつ能力者達のことを日本中に周知するための活動を進めている……ほんと今更だけどね」

「いえ、すみません……わかってはいるのですが……変わっていきますよね?少しずつでも」


 事実現代になり怪異による被害は増えている。

 情報社会となり今までのように闇から闇に葬り去る方法ではいつか綻びが出てしまうため怪異を当然のようにあるものだと認知し、それらと日夜戦う者達がいるということをこの日本は知っていかなければいけないのだ。

 一般人の理解が得られれば被害を抑え、更にはいざというときに協力も得やすい。

 理想ではあるがいきなりすべてを公表したところで混乱しかないため、まず政府の中から少しずつ認識と体制を変えているところなのだ。

 少し重たい雰囲気となってしまったところで尚斗が美詞に希望の声をかける。


「いい方向に向かいますよ。私もその活動に協力している身ですから保証しましょう。事実政府機関では既に対怪異部門が動いておりますし、警察でも対怪異課が立ち上がるとのことです。今は公的機関からの試みですがそれでも前進には違いありません」

「おや、そうなのかい?うちのほうにも霊能警察官がやってくるのかぁ、そりゃ楽しみだねぇ」

「なに言ってるんです、その課が発足したらまず朝倉さんが異動すると思いますよ?当事者です当事者」


 朝倉の他人事のような発言につい尚斗が突っ込んでしまったがわけがわからないのは朝倉だ。


「へ?おじさんが?ちょっと何言ってるかわからないな、おじさん普通のおじさんだよ?なにをしろって言うんだい」

「裏の事情に理解があることが一番です。現に怪異現場の対処に回されてるじゃないですか、先日だって」

「……体のいい媒介役かい?霊力なんていう不思議な力がないおじさんにはできることは少ないと思うがねぇ……」

「おや気づいていない?朝倉さんにはちゃんと霊力がありますよ?一般人より少し多いぐらいですが」

「マジかい!?冗談じゃないよね!?おじさんもお札からなんか出せたりできるようになるのかな!?」


 尚斗の指摘にがばりと立ち上がり前のめりに詰め寄る。

 テンションを上げ少年のように目を輝かせた中年がそこにはいた。


「まぁそういったものはしっかり修行しないと無理ですよ、それにそこまでの霊力ではありませんから。よく誤解されていることなのですが、一般人でも大なり小なり多少の霊力はみなお持ちなんです。それを生かせるだけの量ではないってだけで」


 古来より怪異にさらされてきた国だ。

 むしろ霊力がないと常に浮遊霊等に憑りつかれてしまうといったセキュリティゼロ物件になってしまうため、霊力のない人間を探すほうが難しいほどである。

 しかしながらそれを能力として生かせるのはやはり古来より血と技術と努力で受け継いできた霊能力者家系となるのだ。


「なんだ……期待させないでおくれよ……持ち上げといて日本海溝の底まで落とすなんてひどいじゃないか」

「大げさな。しかし今自衛隊と警察の対怪異用装備の開発が検討されておりまして。私も一枚かんでおりますので、なんでしたらテスターとして推薦しておきましょうか?まぁまだ検討段階ですが……」

「おお!ぜひ頼むよ!上げて落として上げるなんて高度なテクニックを使うじゃないか」

「了解です、いつになるかわかりませんがその時はよろしくお願いしますね?ではまただいぶ脱線してしまいましたが話を戻しましょうか」

「おっと毎度すまないねぇ、どこまで話したかな……そうそう、そしてもうこれ以上は見逃せないとなり警察が個人に介入したわけなんだけど、原因は不明でも明らかに怪異が絡んでそうじゃないか?なので迷宮入りの未解決事件になる前に霊能力者に頼もうとなったんだよ」

「たしかに状況だけ見ますと怪異が絡んでないほうが不思議ですね」

「だろう?現場写真をもってきているんだが見てなにかわかることはあるかい?」


 今度は反対側のポケットから写真の束を取り出すとテーブルの上に広げて見せた。

 尚斗は違和感を感じた数枚を手にとると目を閉じ念を送る。


「何とも言えませんね……ただ、なにやらよくない念がとりついているような不快感はあります。もっと心霊写真のようにナニかが映っていましたらある程度はわかるのですが……美詞君はどうだい?」


 そういって隣にいる美詞に写真を渡し、受け取った美詞も尚斗のように目を閉じ念を送り出した。


「そうですね、たしかに霊感がうずきます、よくないものであるのは確かでしょう。断定はできませんが怨念のようなドロッとしたイメージが湧きました」

「へぇ、そこまでわかるのか。若いのにすごいんだねぇ。さすが宝条学園の生徒さんだ」

「はは、宝条学院の生徒でもピンキリですよ。彼女が特別優秀なだけです、大家である桜井の名を受け継ぐというのはそれだけの実力者である証なんですよ?」


 ここまで褒められると照れの気持ちが大きくなり顔に熱を帯びてしまうが、憧れの人から褒められて悪い気はしなかった。

 尚斗の説明にしきりに感心している朝倉もその微笑ましい姿を見てつい頬を緩める。


「朝倉さん、確認なのですがこちらの依頼達成期限はありますか?」

「ん?いや、常識的な範囲であればとくに期限などはないよ。オーナーには部屋も貸し止めしてもらってるしね。難しそうかい?」

「いえ、そういうわけでは。よほどのことがない限りはパッと行ってポンです」

「それならなぜ期限など?」


 尚斗の提案には美詞も不思議に思っていた。

 尚斗の言う通り、よほどのことがない限り原因は怨霊によるものだろうから本当に一瞬で終わらせるだけの実力が彼にはあるのだ。

 ならなぜあたかも時間がかかるともとれるような言い方をしたのか考えて、ふとその可能性が過った。


「丁度いいと思いまして、美詞君用の教材として」


「……えぇぇえぇ!!」


 弟子入り初日に実地訓練が決まった瞬間である。


「今回美詞君に立ち会っていただいたのは依頼現場の雰囲気を体験していただくことと、難易度的に問題なさそうであれば実際に除霊にも参加していただこうと思っておりました。今回は除霊手順等を知っていただくための実地といたします。正直美詞君が今から直接現場に乗り込んでもパッと行ってポンでしょう。しかし何事も基礎と基本です。今後君がどういった道を歩んでいかれるかはわかりませんが、もし調査事務所のような形態を考えているのでしたらどういった事をすべきなのかの基本を知っておかなければいけませんからね。この一件を一連の教材として覚えていきましょう」


 この男じつにノリノリである、静江には教える事など向いていないと言っておいて既に教師のような振る舞いをしていた。


「わ、わかりました、がんばります!」

「おじさんは解決さえしてくれたらそれでいいよぉ、尚斗君に任せるから」

「朝倉さんは今回も立ち会われますか?」

「悲しいけどこれ仕事なのよねぇ、見てもいないものを報告書には書けないから立ち会わせてもらうよ」

「今まですぐに終わっていたので味気なかったでしょう?今回は在野の霊能力者達がどういった手順をとり活動しているのかをお見せしますよ」

「おっ、それは楽しみだねぇ。期待しているよ」

「事件のあらましは大体理解できましたので、後はこちらで調べておきます。明日か明後日になりますが、また準備が整いましたらご連絡します」

「了解したよ、なるべくすぐ動けるように調整しておこう」


 そういうと二人が席を立ったので美詞も慌てて立ち上がり尚斗と一緒に朝倉を外まで見送った。


「さてお疲れ様です美詞君。今度こそ今日はこれで終わりです。美詞君は明日と明後日の予定はどうなっていますか?」

「どちらも大丈夫ですよ?今のところこれと言って予定はありませんのでお合わせできます」

「では、明日の昼二時頃に迎えに行ってもよろしいですか?その足で現場に向かいましょう。朝倉さんにはああ言いましたが、今日中には情報を纏める予定なので」

「(え!迎えにくるの!?)い、いいのですか?」

「車を出す必要があるので、どうせ近くですし伺いますよ」

「(わわわ、神耶さんの運転する姿!)わかりました!では十四時に校門前で待っています!」


 どんどんテンションが高くなる美詞に尚斗が苦笑いを浮かべ弟子入り初日が終わりを迎えようとしていた。 

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