第22話
渋々ながらも美詞がもってきた書類に必要事項を書き連ねる尚斗。
それをわくわくしたいい笑顔で見守る美詞。
ペンの動きがとまり、書類を手にデスクへ向かうとトンっと印鑑を押して美詞の前に戻ってきた。
「さて、こちらの申込書を協会に、そしてこっちの報告書を学園側に提出してください。まぁ形だけの事後報告という扱いなので、一応本日から美詞君は私の弟子という扱いになります、どうぞ」
「ありがとうございます!今日からよろしくお願いいたします!」
やっと願いが叶ったのか感無量といった思いで大事そうに書類をカバンにしまう美詞。
その書類は美詞と尚斗を繋げる楔、自分の夢への切符そのものなのだから。
尚斗が金曜のまだ学園が終わる時間には少し早い時間で制服のまま来ている美詞のことに気づき問う。
「今日は学園が終わってからこちらに来たのですか?」
「はい、今日はいつもより一時限少なかったのでその日を狙って神耶さんに空けていただきました」
「学生服のままこられるとはどれだけ急いていたんですか……」
「だって……気持ちが抑えきれなくて……」
「はいはいわかりましたよ。もうこの後はこれといってすることはないのですが……もう少しくつろいでいきますか?」
「はい!お邪魔でなければ」
「ではコーヒーのお替りでもお持ちしましょう。マンデリンのいい豆があります、深煎りではないので飲みやすいと思いますよ」
「わぁ、楽しみです。ありがとうございます!」
給湯室に向かおうと尚斗が立ち上がった時、彼のスマホから着信を知らせるコールが鳴る。
「ん?失礼、少し電話に出ますね」
「あ、お仕事なのですからお気になさらず」
笑顔で微笑み返すと電話口に出る。
「はい神耶です。どうされましたか?」
おそらくは仕事の電話だろう、真剣な表情で相手からの話に応じている姿に新鮮味を感じたが邪魔にならないよう静かに冷めたコーヒーのカップを傾けるのであった。
ほどなくして電話を切り終わった尚斗が美詞に問いかける。
「美詞君、この後予定はありますか?」
「え?いえ特にこれといっては。後は寮に戻るだけですし」
「ではこれから仕事の依頼で来客があるのですが同席できる時間をいただけますか?」
「私が……ですか?お仕事の邪魔になるのでは」
「はは、なにを言ってるのですか、あなたは私の弟子になったんですよ?これからはこういったことを経験していくことになります。今日の依頼は丁度よさそうな案件ですのでぜひご一緒していただければと思いまして」
「あ、そういうことでしたらぜひ!」
「よかった、では申し訳ありませんがコーヒーのお替りはそれまでお預けということで。彼もコーヒーが好きなので一緒にいただきましょう」
「ふふふ、はい」
などと軽い会話を交わしていたが、その「彼」はすぐ近くまできていたのだろう、そう時間もおかずドアをノックする音が聞こえてきた。
事務所の入口ドアの磨りガラス越しに影が映っているのが見える。
「どうぞお入りください」
ガチャっとドアノブがまわり入口から入ってきたのはトレンチコートに身を纏った中年の男性であった。
その男性は事務所の中をみやると、おや?といった表情を見せ挨拶とは言えない第一声を漏らした。
「おや、これは失礼。来客中だったかな?」
そう声をかけてきた中年男性は美詞に目をやるとぽりぽりと頭を掻きだし更に言葉を続ける。
「困るよ尚斗君。おじさんは安全課の人間ではないんだから、女子高生を連れ込むなど管轄外だよ?」
「なにをふざけたこと言ってるんですか。紹介します、彼女はこの度我が事務所で活動することになりました桜井美詞君です」
「桜井美詞です、よろしくお願いいたします!」
ぺこりと勢いよく下げられた頭に応じるように中年男性がにへらとした笑みを浮かべながら自己紹介を始めた。
「これはご丁寧に。おじさんは朝倉健吾(あさくら けんご)と言います。こういうもんですが怖がらないでほしいかな」
そう言って見せてきたのは開かれた警察バッジ、ドラマの中でしか見たことのないそれには朝倉と名乗る彼の写真が収められていた。
最近どこかで見たような姿であったが思い出せない、少しよれたワイシャツに緩められたネクタイ、無精ひげも見える。
御婆様が好きだった昔の海外ドラマに出ていた、「うちのカミさんがね」が口癖の刑事さんのような恰好だ。
「彼は警視庁捜査第一課の刑事さんだよ、いかにもって風貌だろうが今回の依頼者になる。さ、立ち話もなんですのでこちらへどうぞ」
そう尚斗がソファーへと勧めると、今度は尚斗の正面に朝倉が、隣に美詞が座ることになった。
「朝倉さん、コーヒーでよろしかったですよね?」
「おっとすまないねぇ、いただけるかい?」
そういうと給湯室へと向かう尚斗、美詞は今後は自分がお茶を入れれるように覚えなければと脳内リストに追加した。
「にしても驚いたね、こんなところで学生がバイトかい?みたところ宝条学園の生徒さんみたいだが」
「あ、えっと……」
朝倉の質問にどう説明したらいいのか迷ったがフォローするように給湯室にいる尚斗から声が届いた。
「大丈夫だよ、朝倉さんはこちらの事情には明るいから。少し前の事件でも学園にきていたんだよ」
「あ!あのとき神耶さんとお話されていた方」
そこで得心がいった。
宝条学園で起こった事件の後処理の時、校庭で尚斗と話していたのをストレッチャーの上で見てたではないかと。
「お、あの場を見られてたんだね。あれは大変な事件だったよ、主に後処理的な意味でね」
「警察の方にも裏の担当をされる方がいらっしゃるのですね。あの、本日から神耶さんの弟子となり今後ご一緒させていただくことになります。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
「尚斗君、よくできたお嬢さんじゃないか。しかし夜間活動が多いのに、退魔師というのはこんな若い子まで弟子として活動させるんだねぇ。労働基準監督署が頭をかかえそうだ」
事前にある程度準備していたからか、すぐに戻ってきた尚斗がそれぞれの前にカップを置くと答えた。
「ええ、普通ではありませんね。退魔師でも本来は学園を卒業してから弟子入りするものなんですよ。彼女の場合は特別枠ですね。実家の稼業を継ぐために早くから親に弟子入りする人とかいるじゃないですか、そういった枠を裏技的に使ってます」
「なるほど、ただこう若い子たちが現場に出ていると我々大人の無力さを痛感せずにはいられんよ」
「餅は餅屋ですよ。でもそうやって朝倉さんみたいに理解していただける方がいるだけでも我々は救われます」
尚斗がカップを手で勧めるとそれに手を付けた朝倉がほっと溜息をもらす。
「いいねぇ、普段は缶コーヒーとインスタントばかりの我々には沁みる味だ」
「おいしぃ、この豆もさっきのと違った味わいがありますね」
「おや、いけるクチかな?」
朝倉の言葉に美詞が笑顔で答えると、隣にいた尚斗が話を切り出す。
「で、朝倉さん。電話で相談いただいた件ですが詳しく内容を伺っても?あと資料はありますか?」
「ああ、資料のほうは準備してきてる。調査関係者用だが許可はもらっているのでお渡しするよ」
そう言ってトレンチコートの内ポケットから書類を引っ張り出した。
「どこに入れてるんですか!ああもう丸まっちゃってるじゃないですか……いい加減カバン持ちましょうよ」
「いやぁ……面目ない……」
「うふふ」
何のこだわりがあるのか朝倉はカバンをあまり持ち歩かない。
トレンチコートの広くないポケットの中に丸めて無理やり突っ込まれたそれはしわくちゃになり、取引相手ならば激怒されるような有様の書類に苦言を呈するのも一度ではなかった。
尚斗も言っても無駄なのはわかっているが書類のしわを必死にのばしながら愚痴を漏らしてしまうのも様式美となっている。
そんな二人のやりとりがツボに入ったのかつい笑みが漏れてしまう美詞はきっと悪くないだろう。
「で、説明をしてもいいかい?」
「ええよろしくお願いします」
ある程度資料のページがまくれるようになるとパラパラと中身を確認しながら朝倉の言葉に応じる。
眼鏡をかけたスーツ姿の尚斗が書類をめくる姿はいかにもビジネスマンといった感じでまったく違和感がなかった。
「問題が起きたのは静岡県富士宮市にある五階建てマンションの一室でね。資料にもある通り四〇一号室が該当箇所にあたる。当時はマンション管理人の通報から警察が出動したのが始まりだよ。隣室の住人が隣の部屋から異臭がするとのことで管理人と警察で部屋に突入したところ、男性の遺体を発見。遺体の身元はそちらの資料を参考にしてほしい。まぁ一人暮らしだったんだろうねぇ、若くして孤独死だったためだれも気づくことなく遺体は腐乱し異臭を放っていたわけだよ。問題はここからだ。死因がわからなかった……たしかに腐乱していたのもあったが、それでもなにも出てこずまったくの不明だったんだ。もちろん予想できる原因はあったのだがそれもあくまで予想だ、探偵漫画のようなトンでもない殺人方法でない限り自殺だろうということで、その線で片付けられた」
「えっと……疑問なのですが、死因がわからないのに自殺と断定しちゃうものなのですか?」
不思議に思った美詞が朝倉に問いかけるが、朝倉は突いてほしくない場所を突かれたように困った顔になってしまった。
そしてその質問に答えたのは美詞の隣で資料を読んでいた尚斗だ。
「死因の推定というものですよ。警察だってバカじゃありません、遺体や現場状況からまず事件性を調べるんです。死因の分からない死体はとりあえずおおまかに変死扱いになります。そして法医学的見地から遺体を解剖し、法科学的見地から現場の指紋や毛髪、足跡等の検視を行ってそれでも事件性がないとなると最終的に死因は病死か自殺と推定するしかないのです。いわば消去法ですね。病死や事故死なら解剖でわかりますし自然死にしては年齢も若い、そこに他殺と呼べるような事件性のある背景や証拠が出てこなければあとは残った自殺というわけです。あまりにも謎が多い特殊なケースの場合は未解決事件として処理されることもありますが、今回は腐乱具合がひどかったので原因を追いきれなかったからですかね」
「フォローありがとう尚斗君。まぁ警察も超能力者じゃないからね、すべてを見通せるわけではないんだよ。やれることを全部やってそれでもわからなければ、そうせざるを得ない事情というのがあるのさ」
「そうなんですね……参考になりました、話を遮ってすみません」
「いいんですよ、疑問に思ったことは聞いてください。そうしていただくほうが私としても助かります」
「警察にも能力者がいれば捜査に生かせると思うんだけどねぇ、ドラマのようにサイコメトラーみたいな人はいないのかい尚斗君?」
「寡聞にして存じ上げませんね……もしかしたらいるのかもしれませんが、超能力者が多いアメリカならもしかするかもしれませんよ?少なくともテレビでそれっぽい捜査特番やってるじゃないですか、真偽はともかく」
「アメリカかぁ……無理だねぇそりゃ。おっと少し脱線してしまったかな。まぁ一人目はそういった経緯があったとだけ。ここから更に問題が起きてね」
「えっと……死亡した後に……ですか?」
美詞の疑問にペラリと資料をめくった尚斗がぽつりと呟いた。
「……今も続いているんですね」
「そう……この半年の間に入居者が次々……続いて三人も亡くなっている」
一瞬の間が空き静かな空間が生まれると美詞の息を呑む様子が音となって聞こえたような気がした。
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