第19話

「おや、ネタをバラされちゃいましたか。では答え合わせをいたしましょう。聖言を【ウィン】や【シゲル】等を含めたルーン術式を組みこんで増幅しているんですよ?ちょっとやそっとじゃびくともしません」


 尚斗はサラッと説明をしネタを明らかにしていたが生徒や教師からは疑いの目で見られる……本来できないのだ、いやそうではない……違う体系の神秘を組み合わせるなど例にないのだ。

 過去の陰陽師は色々な術体系から「いいとこ取り」し、ひとつの学問として確立したがそれも融合とは少し違う。

 たしかに神秘としては近い体系にあり繋がる部分はあるだろう、しかし術を行使する上ではそう簡単なものではない、例えるなら0と1で構成されたプログラムの中に無理やりアルファベットやひらがなを放り込み動かすようなものだ。

 融合させるなど見たことも聞いたことないゆえの疑いであった。

 しかし目の前で展開されている防壁はその強固さを主に代わり誇示するように堂々と悪魔の脅威を凌いでいる。

 目の前で事実を突き付けられてそれでも理解できないのならば宝条学院の在籍者として恥じるべきことになるだろう。


「す……すげぇ」「まじかよ……」


 だれかが呟く声がこの場の総意を代表したようでもあった。


「そんなに我武者羅になって……しつこい男は女性にモテませんよ?そろそろ引き際ではないですかね?……父と子と精霊の御名において汝に命じる 悪魔よその『名』を明かせ!」


「『ヤメロ!ソレヲクチニスルナ、キキアキタワァ!!キサマニナドナヲアカスモノカ!』」


 悪魔祓いの「決まり文句」に嫌気をさしてと思われるような発言をしているが、実際はその聖句に籠められた聖気にあてられながら我慢をし強がっているだけなのは苦しむ表情からも見て取れる。

 本来は憑りついた者を通し悪魔を弱らせじわじわと名を聞き出す……悪魔も長いこと責め苦を味合わさられれば根負けし名を漏らす、というものなのだが尚斗が今行っているのは一気に引きはがすような力技に近かった。


「おや悪魔祓いは初めてではなさそうですね。僥倖、一発でゲロるザコ悪魔ではなさそうなのでもう少々強引にいきましょうか」


 そう言うや十字架をかかげ


「暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地を住む者に光を射し込む ぶどう園を荒らす者を恐怖で打ちのめし この悪魔をこの者から放ち虜囚の苦しみから解き放ちたまえ 汝悔い改めよ 天の国は今近づく 父と子と精霊の御名において汝に命じる 我が前に姿を現せ!」


 聖句を受けた悪魔はついに我慢ができなくなったのか攻撃が止み蹲ってしまった。


「『ヌグググ……ナンダ……ハガレテユク……ヤメロ……カラダガ……』」


 わが身を繋ぎとめるため必死にしがみついているのだろうか自身の肩を掻き抱いて堪えていた。


「汝穢れたる悪霊よ、光の中に現れよ!」


 ダメ押しとばかりに聖気を籠めたその一言で大きく天秤が傾いた。

 藤林の体から暗い瘴気が立ち昇り、闇を体現したかのような塊がズルリと丸まった背中から這い出してくる。

 

「捉えましたよ!……聖なる戒めよ、罪を穿つ杭よ、邪悪を無力に祈りを力に!」


 聖書から光輝く鎖が次々と現れ、這い出てきたヘドロのような人型に殺到すると縛り上げるように持ち上げる。

 鎖の末端はアンカーのように床や壁、天井へと刺さっていき、瞬く間に空中に鎖で磔となった悪魔の姿が出来上がった。

 最後に一本特殊な鎖がゆっくりと一際まぶしい光を放ちながら聖書より顕現する。

 先端に十字架の形をした杭がとりつけられており、その先端が悪魔に狙いを定めるように向くとギャリリと音を鳴らしながら高速で一直線に向かい悪魔の額と思わしき場所に突き刺ささった。

 悪魔は額に杭の刺さった反動で大きく仰け反りはしたが、それがトドメといった感じではなくまだ悪魔の意識が残っているように見て取れる。

 まな板の上の鯉のような状態になった悪魔に向かい、歩を進める尚斗がそれに向かい言葉をかけた。


「さて、それでは取り調べの時間といきましょうか、名を明かす気になりましたか?」


 聖なる鎖に縛られたヘドロは接触面から焼かれるように煙を吐き出している。

 近づく尚斗と悪魔の間には未だに聖書と額をつなぐ鎖が光り輝いていた。


「『ダレガッ……貴様ナドに……』」


 姿が辛うじて人型を保っているヘドロであるため息も絶え絶えといった表現が正しいかはわからないが弱り切っているのは明白である、しかしそれでも悪魔のプライドなのか頑なに名を語ろうとはしなかった。


「まぁ、そう簡単に吐くとは思いませんが自白する最後のチャンスですよ?」


「『クドイぞ……名ヲ教えぬカギリ貴様らハ悪魔一匹コロセぬのだからナ……タトエココデ斃サレタトシテモ……オマエノ情報ハ本体ニいく……首ヲ洗ッテマッテイロ』」


「やはり分体でしたか。しかしながら……私は先ほどこう言いました『逃がしはしない』と。そしてこうも言いました『これはあなたを閉じ込める檻』だとも。気づきませんか?……とっくにに本体とのパスが切れていることに」


「『……まて……マツノダ!アノ術は……ソンナことがアッテタマルカ!』」


「我が国ではまだ悪魔に対する術は研究段階でしてね、成果を本体にバラされる訳にはいかないでしょ。いやぁ相手が下級悪魔というのは残念ですがいい実験材料が来てくれたものです。この術もオリジナルでしてね、検証実験は繰り返してきましたが完成後本邦初公開です。あなたの言う通り人に憑りついた悪魔を滅するには名前を吐かし支配しなければいけません。そこで私は考えました……吐かなければ引きずり出せばいいじゃん……と」


 そこまで聞いた悪魔が狼狽える。

 自分が見たこともない能力により現在縛られ……「刺さっている」。

 今も自分に突き刺さっているコレ、なぜ今も刺さったままなのかがわからなかった……突き刺さっているにも関わらず自分に痛みを与えるわけでもなく変化を与えているわけでもなかったので疑問だったが、もし尚斗の言に含むところがあるのであればそのタネはまさにこの杭なのではないだろうか。


「気づきましたか?その程度は頭が回るみたいですね。さて今あなたの頭に刺さっている聖杭は特別製でして、かの聖遺物である杭の概念が込められたレプリカと聖別された銀を混ぜ合わせ対悪魔専用に調整された一品になります。効果は想像した通り……あなたの存在を『ハッキング』すること。あなたの霊核自体にアクセスするので痛みは伴うと思いますが悪しからず。気をしっかり持ってくださいね」


「『まっ……まて!!名なら教える!ダカラ霊核に触れるナ!存在が……存在が消え―ひぎいぃぃぁっぁぁぁあああ!!』」


 悪魔が命乞いにも似た必死な説得にも問答無用とばかりに聖書に力を籠めると、悪魔の額に突き刺さっていた杭がズブリと更に奥深くまでめり込む。

 悪魔は聖なる力が自身の体を侵す痛みに耐えきれずに、大きな叫び声をあげることになってしまった。


「だめですよぉ、あなた方は嘘しかつかないんですから。本当の名前を教える保証がどこにありますか?こっちのほうが手っ取り早いんでどちらにしろこうする手筈でした」


 もう尚斗の一連の発言と行動は既に悪役然。

 そんな尚斗の雰囲気に「観客」となってしまったまわりは引きに引きまくっていた。

 先ほどまで追い詰められていた相手に対して恐怖と絶望しかなかったが、今では哀れみの感情が湧き出るほどに一方的であったためだ。

 自分たちならばと考えた時、悪魔に抵抗できるだけの手段は持ち得ていたとしても斃す手段は持っていなかった。

 それがどうだ、そんな脅威を圧倒しているのは自分たちが「出来損ない」と位置付け「政府の犬」と呼んできた爪弾き者。

 ましてやただでさえ絶対数が少なく、日本ではほとんど見ない「悪魔祓い(エクソシスト)」の序列持ちに名を連ねているなど出来の悪い「成り上がり」モノの三流ストーリーを見ているようだった。


 今も体の中を聖なる気にかき回されているのだろうか藻掻き苦しみ絶叫をあげ続けている悪魔に向かい尚斗が仕上げの言葉をかける。


「さぁ…『名を明かせ』」


「『あぁぁぁっぁぁああああ!!』」


 悪魔の一際大きな絶叫とともに聖書の上部に空間投影されるように文字が浮かび上がってきた。

 一文字ずつ光を伴いながら、やがてそれはラテン文字で「メリトリアス」と読める単語を形成した。


「聞いたことのない名前ですね、やはりハズレでしたか。……最後に伺いたいことがあります」


 尚斗の問いかけに、ぐったりとし意識を半分以上飛ばした悪魔がピクリと反応する。


「……№---のゲートキーの所在は?」


 あまりまわりに聞かれたくないのか控え目な声で投げかけられた質問に、悪魔は全く反応を示さなかった。

 今も悪魔に刺さったままの【強いられる懺悔(ディスコミュニケーター)】からもネガティブな反応が返ってくる。


「……こちらもハズレですか……さて、ではそろそろお別れです。汝、神に弓引く罪なる存在『メリトリアス』よ、汝の罪は主の十字架に滅ぼされ 主のもとでのみ裁かれ許される 父と子と聖霊に栄光あれ 世の始めより今も永遠に……エィメン」


 胸の前で十字を切り十字架に口づけを落とすとそれを悪魔にあてた。

 十字架があてられた箇所からたちまち煙があがりヘドロが蒸発するように光をまき散らしながら消え去っていく。

 反応の薄かった悪魔も消滅する最後までうなだれたまま、ぼろぼろとその存在を空に溶かしていった。

 残滓として残った光の粒が上から舞い散る様相は神の祝福を体現しているようにも見える。

 拘束するものと突き刺さる存在が消えたことにより鎖が地面にジャラリと落ち、その落ちた音と共に役目を終えた鎖達は光になって消えていく。

 ひとつひとつ戦闘の跡が消えていき、うつ伏せに倒れる藤林が残ったところで聖書をパタリと畳んだ尚斗だけがカーテンコールを飾る舞台の主役のように荘厳な光の舞い散る中で佇んでいた。



 その後


 避難をしていた生徒や学園関係者らはみな校庭へと場所を移していた。

 悪魔の消滅と共に召喚されていた他の悪霊らも姿を消したのはよかったのだが、崩壊していた場所が多く学園内の安全確認も含め一旦すべて外に避難し直すこととなったのだ。

 伊集院をはじめとした政府機関の人間が関係各所に手配をまわしたのか、外には救護施設が組みあがり負傷者が大勢治療を受けていた。

 また警察関係者と思われる車両や護送車等も見え、丁度藤林が警官らに連行されていくのが見えた。

 満身創痍となっていた美詞ではあったが今は野外に設置されたテントの中で点滴を受けストレッチャーの上で身を起こしながらそれらに目を向けていた。

 目線の先にはその中でも一際色を持ち自分の記憶の中に鮮明な光を残している尚斗の姿。



 幻想的な光に包まれたあの体育館の中、意識のない藤林を担いで伊集院となにやら打ち合わせを行った尚斗はそのあと伊集院に藤林の身柄を引き継ぐと美詞の下にきてくれたのだ。

 彼が目の前にきたとき緊張の糸が切れたのか倒れこみそうになった美詞をそっと支えると。


「ほんとうによくがんばりましたね。あの頃の桜井君を知る身としましては人を守れるようになったあなたを誇りに思います。……っと先達面はよくありませんね。この後、事後処理があるためこの場を離れなければなりませんが、また機会がありましたらその時にでも。今はゆっくり休みなさい」

「あ、あの……神耶さん……あなたにずっと会いたかった……またお会いできますか?」

「……変な誤解を与える言葉の足りない言い方は関心しませんが……まぁ昔からの誼ですしね、なにか困ったことがあれば訪ねてきなさい」


 そう言って渡してきた彼の名刺を両手で大切に胸に抱きしめると、今度こそ疲労の限界に達していた美詞の意識はゆっくり暗転していったのであった。



 今は警察関係者だろうか、トレンチコートを着た中年男性と尚斗が遠くで会話を交わしているところを美詞はぼーっとした視線で見つめていた。

 そんな彼女のもとに二人分の足音が近づく。

 ふと聞こえてくる足音に美詞が目線を移すと、夏希に肩を借りながら千鶴が美詞の下にやってくるのが見えた。


「やっ、調子はどう?」


 頬にガーゼを貼っている以外は元気そうな姿で夏希が尋ねた。


「うん、とくに怪我があったわけじゃないから点滴だけ打って休ませてもらってるの。体が思うように動かない以外は問題ないかな」

「そりゃあれだけ力振り絞ってたんだから……みこっちゃん無茶しすぎだよ……そのおかげで助かったから感謝しかないけど」


 夏希の言葉にバツが悪そうに不器用な笑顔を向けると


「ちづるちゃんにもいっぱい無理させちゃったのにこれだもんね。ちづるちゃんのほうこそ休んでなくて大丈夫なの?」

「わたしも特に怪我もないし、なんとか歩けるぐらいには回復したから。ふふ……みーちゃんかっこよかったぞ」

「やめてよぉ、半分私のせいだし罪悪感で必死だったんだからぁ」

「悪いのは悪魔だから気にしなくてもいいのに。ほんとみこっちゃんらしい」

 

 三人の顔に笑顔が戻ってきたことによりさっきまでの非日常からの解放に実感を持てるようになってきた。

 そうなってくるとすぐ調子に乗るのが。


「それよりみーちゃん、さっきからずっとどこか見てたみたいだけど『だれ』を見ていたのかにゃー?」

「なっ……そんなんじゃないってば!もぉ!見てたのは否定しないけど……」

「やっと会えた憧れの人なんでしょ?声をかけにいかなくてもいいの?」

「うん……こんなんだしね、神耶さんも事後処理で忙しそうだし……それに」


「それに?」


「もう言質はとってるから」


 そう嬉しそうに語る美詞の手には一枚の名刺が大事そうに握られていた。



 ― 第一章  完 ―

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