第14話

 なにかの衝撃で弾かれた藤林の手、黒く焦げたような跡があり煙があがっている。

 そして美詞の肩あたりに発生した光のバリアが役目を終えたかのように溶けていく。 

 一瞬なにが起こったのか理解ができず、両者は間抜けた顔を晒したままであったがすぐに得心がいったのか互いに距離をとった。

 藤林は自分が犯したミスに気づき、そして美詞は自身が攻撃されたことを袴塚から預かった御守りの術式が発動したことで気づけた。


「おぃおぃ、話が違うんじゃねーかぁ?結界には反応しないってことだったろ?」

「『馬鹿者が、結界は素通りできただろうが。あれはそれ以外の守護術だろうよ、恐らく悪意に反応したのだろう。さて……おまえの作戦とやらは失敗のようだが?』」

「慌てんな、まだこちらが有利なのは変わりねーんだ……チッ、せっかく無警戒で邪魔なヤツを引きはがせたと思ったのによぉ、もう一回結界を抜けれるか?」

「『もう無理だなあれは認識されれば効果が続かん』」


 だれかと会話のやりとりを行っているようだが声の発生源はひとつ、いつもの教師然とした話し方とは違いどんどん口調が乱れていく藤林の口元から二人分の声が発せられていた。

 その奇怪な光景にまわりは驚き固まっているようであったが、藤林のその状態に心当たりがあるのか。

 

「くそっ!悪魔に魂を売ったか藤林っ!!」


 講師陣に合流しようとしていたが御守りの術式が発動されたのに気づいた伊集院が、こちらに駆け寄りながら叫んだ内容が答えを物語っていた。


「うっせーよ伊集院、ちと黙ってくんねーか?」


 苛立ったように片足でダンッと床を踏みしめる藤林を中心に幾何学模様の黒い魔法陣が一瞬で足元から広がっていく。

 と次の瞬間には床に溶け込むように消えていったソレは術式が固定された証でもあり、すぐに目に見える形で効果を及ぼす。


「なっ……動けないっ、貴様一体なにをした!」


 声をあげる伊集院のみならずまわりでは足が床に固定されたのかその場から動けず、なんとかしようと体をよじっている姿があちこちで見受けられた。

 結界に守られたA組の面子は術の効果を遮断しているのか、結界の境界線に沿って藤林の術と火花を散らし拮抗しているようだが状況はとてもいいと言えるようなものではなかった。


「なんの準備もせず事を起こしたと思うか?ここまでバレずに準備するのは苦労したぜ。ほんとはじっくり追い込む予定だったのによ、“上司”が急かすもんでなぁ」

「……貴様の目的はすでにわかっている。だが学園でここまでのことをやらかして無事で済むと思っているのか?」

「お生憎様、思ってるんだよなぁ。最初からこの避難所の結界はおれが掌握している。もうここはセーフティゾーンじゃねぇよ、生贄を捧ぐための祭壇だ。悪魔の力があればどうにでもできるんだよ」

「私達を殺すつもりか……今までの昏睡事件も貴様の仕業だろう?慎重な犯行がやけに雑になったじゃないか」

「あぁそうさおれの仕業だよ。今回のは本意じゃねーさ、うちの“上司”が何をしてでも欲しいってもんがあるってんだからちょいと無茶しただけさ。まぁ安心しな、殺しはしねーよ?おれは今後も聖職者を隠れ蓑にしてぇんだ、目的のもんが手に入ればあとは生気を吸い取り記憶をいじって解決だ。そうだな、こんなのはどうだ?……体育館まで侵入してきた怪異に全員生気を吸われ倒れるが、おれが最後まで踏ん張り撃退に成功。おれの評価も上がるしいいシナリオじゃねーか」

「クズが……貴様が契約した“上司”とやらはおまえを相当甘やかしているみたいだな。大規模儀式魔法に広域精神操作まで貸すとは……」

「そりゃおれはハタラキモンの優秀な“部下”だぜ?それを別にしても今回のブツはそれだけの価値があるってことじゃねーの?……で、どうだ?時間を稼いだだけの結果は出たか?」

「くっ……」


 藤林が言うように伊集院は術を解くための時間稼ぎのため会話のキャッチボールを行っていた。

 会話をしつつ足元に霊力を注ぎ対抗術式を次々にぶつけていたが、弱まった横からまた新しい拘束魔術によって上書きされていくため八方塞がりとなってしまっていたのだ。

 ならばとその場から藤林に向け発動しようとした攻撃術式も霊力を編む横から解けていく。


「おいおい、まわりのやつらがなにもしないことを不思議に思わなかったのかよ?」


 藤林の言葉に今気づいたのかまわりを見回すとだれも行動に移していない、いや移せていなかった。

 少なくとも講師陣は術を発動しようと印を組み、手を掲げているのが見える。

 その表情は恐らく自分が体験している現状の表情とそう変わらないのかもしれない。


「言っただろ?この場は祭壇、言わば儀式場だ。てめーらは贄、既に儀式は始まり生命を汲み始めたんだ、術を編んだところで吸われて寿命を縮めるだけだぜ?ほらみろ、そろそろ立ってるのも辛いやつらが出てきたぞ?」


 儀式場というのは嘘ではないのだろう、何人もの生徒達が肩で息をしながら大粒の汗を垂らしている姿は生命エネルギーが吸われていると言われれば納得のできる現象なのだ。


「んじゃシナリオのステップは飛ばしちまうが続きといこーぜ」


 抵抗できるものがいないのを確認すると藤林は右手をゆっくりと持ち上げた。

 その動きにつられて体育館内の備品達が次々と浮き上がる。

 先ほどまでの散発的なポルターガイストではない、今浮いているものたちが一斉に動いたら拘束され防御のできない今どれだけの被害になるかは火を見るよりも明らかだ。

 これから起こる惨事を想像し真っ青になる生徒達、フルに頭を回転しつつも守れるだけの術が思い浮かばず冷や汗を垂らす講師陣。


「まぁ安心しなってのもおかしいが、マジで殺すつもりはねーんだわ。適度に痛めつけるだけだからそう怯えんなよぉ。それに、とりあえずそこで結界張ってるやつらの処理が先なんでおとなしく見てろや」


 藤林と契約している悪魔は涎を垂らしながら相当に痺れを切らしている状態なのか、わざわざ防御を固めている者達……いや厳密には美詞に釘付けのようである。

 挙げていた手を握りしめ親指と中指を伸ばし腹同士を重ねた。


「では様式美といこうじゃねーか、一回やってみたかったんだよなぁコレ」


 ― パチンッ ―


 指が弾かれた音を皮切りに宙を浮いていたモノ達が一斉に結界に向け放たれた。

 会話の推移を見守っていた美詞であるがただ突っ立っていたわけではない。

 冷や汗を垂らしながらもタイミングを窺い袖の中から引き抜かれたのは護符、桜井家の大祓の祝詞が込められた美詞の「とっておき」である。

 いつでも発動できるよう既に神力は捧げられ準備は万端であった。


「祓い給ひ、清め給へ!【現世の神籬】!」


 襲い来る怪異に向け掲げられた護符から光の波が広がっていく。

 A組を守っていた結界の上から上書きコーティングされるように広がる光の波、しかしまだ新しい結界が完成する前についに凶弾が到達し始める。

 先ほどまで順調にポルターガイストによる物理衝撃を弾いていた古い結界部分に次々と罅が入っていく様から藤林が繰り出した攻撃の本気度が垣間見えた。

 幸いにも元の結界が崩壊する前に護符による新たな結界のアップデートが完了したことでほっとした美詞ではあるが、まだ事態が好転したわけでもないことから冷や汗がとまることはなかった。


「やーっぱり桜井は優秀だなぁ。状況判断が早い、それに対処が適切だ。事前に準備していたところも実戦経験がよく生かされている、優しいセンセーが特別補習に付き合ってやろう、ほらおかわりだ」

 

 飛来する備品達の量がより一層増えた、一発一発に籠められた力が重たくなっている、なんて理不尽……こちらが出したとっておきも相手からしてみたらまだまだ遊べるだけの余裕があるのだろう。

 藤林が契約した悪魔は一体どれだけの力を渡したのか、藤林はどれだけの対価を渡したというのだろうか。

 いまはまだ凌げている……結界を突き破ろうと何度も叩きつけられる耳障りな音は途切れることがないが結界が破られる気配もまだない……しかし護符の効果には限界がある、時間という制限と術者の神力。

 たしかに美詞の力はまわりと比べるまでもないほどにキャパシティが多い……だがこの護符、如何せん「大食い」なのだ。

 しかも発動時は少ない神力でいいものの維持のために常時吸われ続ける術者泣かせ、長期戦には向かないシロモノである。

 今も符に力を流し続けている美詞は、指に挟んで突き出したそれにちらりと目をやると


(符はまだいける……問題は私の燃料次第。幸いなことに今のところあの人はこっちにしか興味がない。でも私が破られたらその限りではなくなる……ああもう、覚悟はしてたはずだけどここまでになるなんて!!せめて私に打って出るだけの力があれば……)


 今度は視線をまわりに向ける。

 エナジードレインの儀式に晒されている生徒達から蹲る者達が出始めている。

 伊集院に目を移すと次々と印を変えながら真言を唱えているところだった。

 とある真言を唱えたとき彼の足元からバチリと火花が迸った。

 手ごたえを感じたのか今度は懐より札を取り出すと真言を籠め足元に投げる。

 バチッという音で彼の拘束が解かれたのと同時に、体が前へとつんのめる形になったがそのままの勢いで藤林に向かって走りだす伊集院。


「おっとぉ、真言で西洋悪魔に対抗するなんざやるじゃねーか」

「だまれっ!いつまでもすきにはさせんぞ!オン インドラヤ ソワカ!」


 先ほど足元で迸ったものと似た雷が手のひらに纏わり一本の矢を形成し、形になるや否や藤林へと射出……いや、投げつけた。

 藤林はそれに焦ることなく左手を横一閃すると軌跡に沿い黒い盾が展開され雷の矢からその身を守る。

 伊集院も自分の技が片手の一振りで防がれたことにも構うことなく更に距離を詰める。


(オン イダテイタ モコテイタ ソワカ)


 グンっと脚力が増し、未だ帝釈天の矢と拮抗している黒い盾を回り込むように足を運ぶと身を低くし藤林の懐へと入り込む。

 右手掌底を下から突き上げる形で藤林の顎を狙うと腕でガードされる……のも構わず、ガードで腕が上がったことでガラ空きになった脇腹へ膝蹴りを叩き込む。

 今度は見事に刺さることになり体が軽くくの字に曲がり藤林の顔が僅かに歪むのが見えた。

 本来溜めもない膝蹴りでここまでのダメージは出ないが、韋駄天の力を宿した脚が速度を乗せ可能としていた。

 体勢を崩せたと判断した伊集院はそのまま連撃に移行する。

 すかさず迎撃の態勢をとるが、捌ききれず一撃二撃と肌をめり込ます打撃が加えられると藤林の表情が歪みだした。

 たまらず距離を取ろうと一歩後ろへと下がる藤林だが、読んでいたかのように更に一歩詰め回り込む伊集院は外から後ろ回し蹴りを放つ。

 一瞬藤林の視界に伊集院の背中が映り前面と側面を両手でガードした藤林を襲ったのは、予想を裏切り後頭部からの衝撃。

 蹴りを放った軸足を半歩前へずらし回転途中で軌道を変え藤林の顔を大きく通り過ぎたところで膝を曲げ踵で後頭部をたたきつけたのである。

 チカチカとした揺れる視界に一瞬意識がスローになるも、関節技に持ち込むためか腕をとろうとしていた伊集院が見え、とっさに前に倒れこみそうになっていた体を無理やりひねり受け身を取りながら起き上がる。

 奇しくも距離が開くことにより両者の攻防が一区切りしたことにより藤林が語りかけた。


「てめぇCQCもいけんのかよ……」

「そういうキサマは素人のようだな。対人戦闘はこなさず術に溺れていたクチか?」

「ハンッ!必要なかっただけだ」


 それ以上喋ることはないと更に動き出した伊集院に。


「伊集院先生!」


 美詞の叫ぶような忠告が飛ぶ。


「チィッ!」


 視界の外から飛来した平均台が伊集院を襲う。

 咄嗟に腕でガードをするが走りだした体制からは踏ん張りが効かずまともに食らい吹き飛ばされてしまった。


「おめぇもまわりの注意が甘えんじゃねーか?」


 藤林の顔には狂気に彩られた嗤いの表情が浮かび上がっていた。

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