第13話
生徒達が思い思いの言葉を発することでがやがやしていた空間に、一際異質な音が響き渡る。
音の発信源だと思われる場所はまわりの視線の先をたどればすぐにわかった。
「なんだ?……イスが倒れた音?」
だれかがそう口から漏らしたことから状況はある程度わかったが、壁際に並べられていたいくつかのパイプ椅子が倒れているのが見て取れた。
折りたたんで立てかけていたパイプ椅子が倒れることぐらい、まぁときにはあるだろう……が、なにか不自然に見える。
どこが不自然なのか少し考えたところでまたどこからか言葉が漏れてくる。
「なぁ……なんで立てかけた列からあんな離れたところで倒れてるんだ……?まるで……」
― ひとりでに飛び出したみたいじゃないか ―
きっと何人も人間がその答えに行き着いただろうその事実に嫌な予感がすると
ガンッ!
今度は壇上のほうだ、壁にかけてあった額が落ちている。
まわりは息をのむように静まりかえる。
ギギギギッ
またパイプ椅子の方向、先ほど倒れたパイプ椅子が体育館の床を削るように動いている。
「おい!冗談よせよ!だれの悪ふざけだ!今すぐやめろよ!」
悲鳴にも似た叫びに呼応するように
ダーンッ!
次は壇上端のピアノから大きな音が鳴り響いた。
静まり返っていた集団の中から恐怖に彩られた声が漏れ始める。
見たことがある……特に心霊番組等で監視カメラに写っていたのが目の前の状況に酷似していた。
「ぽ、ポルターガイストッ!」
その声がまわりの意識に染み込むころには自然と悲鳴が出はじめた。
集団心理からか一人が悲鳴を上げると次々にそこかしこから甲高い声が体育館内を支配し出す。
「くっ!情けない……学生とはいえ退魔師候補がポルターガイストでここまで取り乱すのか……」
伊集院の呟きを聞いていた美詞も同じ気持ちだが実戦経験のない尻に殻がついたひよっこでは、心理的伝染に集団パニックの中で流されず冷静にいられるだけの胆力はないのかもしれない。
次々とポルターガイストが起きているようだがこれだけ声の反響する体育館の中では叫び声のほうが目立つのに溜息が出そうになる。
数人いる能力者の講師が怪奇現象事に対処するため術を唱えだしたようだ。
真言を唱えた講師が宙に浮く椅子を叩き落としていた。
見えない力に足を引きずられる生徒を聖言をぶつけ阻止している講師。
伊集院も美詞の隣で両手で印を結びながら真言を唱え飛んでくる音響機材を跳ね返していた。
動いているのは見事に講師陣だけである。
動ける実働隊が少ないのならば自分も加勢すべきだろうと美詞も祝詞の準備をする。
「ちづるちゃん、なつきちゃん、助けてもらってもいい?」
「っ!わかった!」
「おまかせあれ!」
その一言だけで美詞がなにをしようとしているのかを察した二人はそれぞれ動き出す。
千鶴はクラスメイトを一か所に纏めるため友人たちに声をかけてまわる。
夏希は―
「んじゃ、みこっちゃんの準備が終わるまで守らせていただきましょーかね」
ポケットから取り出したグローブを両手にはめ印を結んだ。
「オン マリシ エイ ソワカ!」
と、同時に飛んできたパイプ椅子を夏希は己の拳ではじき返した。
ポウと淡く両手脚が輝き、手のひらを何度か握りしめる動作で効果を確認したのか、よし!という掛け声の後今度は美詞に向け飛んでくる無生物を蹴りではじき返し美詞の前に立つ。
また、美詞は二人がそれぞれの役目のため動き出したのを皮切りにし、自分も祝詞を捧げるため神力を籠め奏上し始める。
「……かけまくもかしこきいざなぎのおほかみ ちくしのひむかのたちばなのをどの ……」
神力が籠もるゆったりとした言霊は美詞を中心に清浄な力場を構成してゆく。
パニックになっていたクラスメイトも、拡がっていく清浄な空気に気づき発生源を確認すると落ち着きを取り戻していった。
今も飛んでくるパイプ椅子等は夏希が捌いてくれているため安心して長い祝詞を唱えられている。
「……かしこみかしこみもまをす!」
シャリンッ
魔を祓う清浄な音が鳴ると同時に可視化したドーム状の結界が展開される。
魔を寄せ付けないその結界はさっそくとばかりに飛んでくる機材を弾いているようだ、美詞は結界が無事機能していることを確認し終え額に浮いた汗を拭うと一息ついた。
後ろを振り向くとクラスメイトは全員揃っているようであり一安心といったところ。
「二人ともありがと!鈴もないしあまり広範囲に敷けないから助かったよ……あの、神道系の方は結界維持のために力を借りれますか?」
美詞の呼びかけに応じ数人のクラスメイトが頷き立ちあがると四方に散らばり祝詞を奏上し神力を籠めだした。
依然としてまわりはポルターガイストに振り回されている状況ではあるが、少なくとも自分のまわりだけはなんとか落ち着きを取り戻しつつあることに安堵する。
できれば小体育館に詰めているすべての人を守れるだけの力があればよかったのだがそれは贅沢と言えるだろう、いくら優秀であろうとまだ高校生である美詞からすればクラス全体を守っているだけすごいことなのだ。
しかし事態が好転したわけではない、未だ怪異の発生源は不明、多数がパニック状態、対処している講師の数も少なくまだ前哨戦をやり過ごしたに過ぎない。
そこまで考えふと自分の思考の中で違和感が生まれた。
(なに?今なにに対して違和感を持ったの?……怪異現象……ではない……“前哨戦”?……っ!)
「伊集院先生!」
怪異の対処に当たっていた伊集院が美詞の言葉に気づき結界の中に入ってくる。
今回美詞が張った結界は魔を退けるもの、人の出入りは可能でありそれこそ結界の中からでも怪異の対処にあたることができたため伊集院は美詞の傍に寄りつつも手を休めることがなかった。
「どうした桜井君、なにか問題が発生したのか?」
「いえ、まだ……でも不自然なんです。私達がここまで避難してくるまでに起こっていた攻撃はとても規模が大きいものに思えました。なのに私達が襲われているモノは小規模な心霊現象レベルです……組織的な動きだとしてもここまで差がでるのが不自然に思えて」
「ああ、いい勘を持っている。恐らく本命から目をそらすための仕込みだろう。そのまま結界から出るんじゃないぞ」
二人が少し声を落とした会話を交わしていると壇上方面で怪異の対処にあたっていた講師である藤林が駆け寄ってきた。
「おい、伊集院このままだと埒が明かねぇ。まだ殺傷力の低い怪異のうちに、講師陣で体育館全体に内からも浄化結界を張って押し出すぞ!」
そう言いながら親指で己の後方を指し示した先には講師陣が集まりながら対処にあたっているところだった。
「了解した、……桜井君、君はここで私達が結界を張り終えるまで引き続きこの結界の維持に努めてくれ。では行ってくる」
美詞が頷くのを確認したあと他の講師陣と合流するため伊集院は走っていった。
「桜井の結界は立派だなぁ、この混乱の中すぐに動けたのはさすがだ。実戦経験があるのか?」
「あ、はい。実家では修行で現場を何度か経験させてもらいました。……藤林先生は行かれないのですか?」
「あぁ、行く前に……桜井、お前に忠告があってな」
あまり大きな声では言えないのだろうか藤林がそばに寄ってくると美詞の耳元で
(怪異がおまえを狙っているのに気付いているだろう?この襲撃も恐らくおまえを釣るためのものだ、気をつけ―)
バシッ!
言葉と共に美詞の肩に置かれようとしていた藤林の手が見えないなにかの力で弾かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます