第12話

 生徒指導室を後にし帰路についていた美詞は今しがたまで話していた内容を思い返していた。

 それは美詞が組紐をくれた人、引いては自分を助けてくれた人の名前を口に出したころに戻る。


「納得のいったことと納得のいかないことがあって正直びっくりしているわ」


 美詞が口に出した神耶尚斗の名前は袴塚と伊集院にとって馴染みのある名前だったようだ。

 神耶は二人と共に政府の依頼をこなし、プライベートでも会ったりするほどには誼を結んでいるとのことである。

 そして彼が作る霊具等は政府機関で働く退魔師達にすこぶる好評で、袴塚もよく愛用しているため慣れ親しんだ術式ということですぐに納得がいったみたいだ。

 では納得のいかないことというのは……


「これってあなたが幼いころにもらったのよね?彼もまだ学生をしていたころのはずよ、そんな頃からここまでの術式を組み立ててたっていうのが正直信じられないような……いえ、今の完成度を知っていると逆に納得なのかしら……」


 それも彼の作品よ、と先ほど美詞に渡したお守りを指さす。

 自分が尊敬の念を抱いている彼を誉められていることがむず痒くもあり誇らしくもある自分の中でも消化しきれない感情は、とりあえず蓋をしておくことにした。

 それよりも重要なのは、自分が追っている人を知る人物が目の前にいることだ。

 ダメ元でもし会えるならと尋ねたところ、機会があれば伝えておくとの社交辞令にもとれるような返答が……そのあとに付け加えられた「もしかしたらそう遠くない内に会えるかもね」という言葉は意味がわからなかったが、彼へ通じる道が繋がったことは自分に危機が迫っている焦燥感を塗りつぶしてくれるほどには嬉しい収穫だったのかもしれない。



 それから数日後


 幸いなことにまだ美詞の身は危険に晒されておらず穏やかな日常を過ごすことができている。

 あれからなるべく一人になる場面を減らし学園敷地外の外出も控え、更には常に術符で身の守りを固めていることが「穏やか」で済むのならばの話だが。

 美詞からすれば襲われないに越したことはないが、いつまでも焦らされている現状に日に日にストレスが溜まってくるのが自分でも自覚できるのが辛い。

 相手がこれを狙っているのだとすればなるほど効果的だ、このまま続くとストレスが原因で胃が致命傷を負いそうだ等、変な方向に思考が傾くほどには鬱憤が溜まっていた。


「みーちゃんのぴりぴり具合が今日も上昇しているね、頭撫でたらストレスゲージ下がるかな?それともハグしたほうがいい?」

「ごめんね、二人に気を使わせてばっかりだね。……襲うならさっさと襲ってきたらいいのに(ボソッ)」

「こらこら、物騒な声が漏れてるぞ。みこっちゃんが襲われるなんてこっちからしたらぞっとしないことなんだからそう好戦的にならないの」


 仲のいい二人には秘密にすべき事柄を省いた部分を大まかに説明をしている。

 二人にも有事の際に協力できるよう袴塚と伊集院の連絡先を渡しているが、有事の際以上に今のやきもきする現状でこそ精神的に支えられていた。


「私たちは普段通り学生生活を送って、犯人はプロにお任せし……


                 ―― ドンッ ――


 言葉の途中で重くお腹に響くような爆発音が響く。

 教室内のいたるところで短い悲鳴と細かい地震にも似た揺れにしゃがみ込む者や耳をおさえるもの。

 音からして場所は遠い、でも学園内であろう。

 最初の音から少しして、学園内の複数から似たような爆発音が数回鳴り響いた。

 

「きた……のかな」

「件の犯人にしろテロリストにしろ只事ではないよ、もう学園のセキュリティ信用できないぃ」


 さて、これからどうするべきか、避難するのが正解なのか……そう考えを巡らせていると校内放送が流れた。


 ――『全校生徒に告げます。現在学園内にて異常事態が発生しました。各クラスはただちに教室に戻り担任教師の指示の下、学年毎の指定避難場所まで避難を願います。これは訓練ではありません、繰り返します……』――


 放送に生徒達がざわざわし始めたころ、教室の扉が勢いよく開け放たれた。


「みんな放送は聞いたな!委員長、教室にいないものを割り出して報告してくれ、これから2年のみんなには小体育館に避難してもらう!すぐに移動する準備をしなさい!」


 クラス委員長がわかりました!とすぐに点呼を始めるが、数人の生徒が担任に詰め寄っているのが見えた。


「先生!なにが起きてるんですか、教えてください!」

「さっきから聞こえる爆発はなんなんですか!」

「落ち着きなさい!原因は調査中だ、なにもわかっていない。現在警備のものと実技講師陣の一部が対応に向かっている」


 担任が落ち着かせるために最低限の情報を開示していたが、横に委員長が寄ってきたのを見て一旦詰め寄ってきていた者達を手で制すと委員長の報告を聞き出した。


「先生はまだ戻っていない生徒を集めて避難場所に向かう。今ここにいる者達は委員長に従って小体育館まで向かうんだ、いいな?」

 

 担任の有無も言わせない言葉に、今度は委員長が生徒を纏めだし避難場所へと向かうことになった。

 慌ただしく教室から出ていく生徒達に交じり自分も歩を進めた時に、ふと自分のスマホが振動しているのに気付いた。

 こんな緊急時に電話をとっている暇なんて……という思考よりもむしろ美詞の場合はこの緊急時だからこそかけてくる存在がいたのに気づき、ポケットからスマホを取り出し画面を覗くと案の定かけてきたのは伊集院であった。


「もしもし、伊集院先生ですか?」

「あぁ桜井君、もう事態は把握しているかね?端的に言おう、君も皆と一緒に避難してくれ。決して集団から逸れないように。私を含め数人の講師が避難所を警護することになっている。移動中と避難所でも守備を固め周りを警戒してくれ、すぐに向かう」

「わかりました、袴塚先生も一緒ですか?」

「いや、彼女は原因の解明に向かっている、別の調査員と一緒だ。君もくれぐれも気を付けてくれたまえ」

「はい、では後ほど」


 ざわめく廊下を移動しながらスマホをポケットに戻すと、タイミングをうかがっていた夏希が声をかけてきた。


「大丈夫?私たちも協力できそう?」

「うん、大丈夫だよ。そのまま一緒にいてくれてるだけで心強いから。……霊感がぴりぴりしてる……きっと偶然じゃない、動き出したんだと思う」

 

 犯人が動き出したのなら、どのタイミングで自分に仕掛けてくるのだろうかが気になる。

 まずこの集団から逸れるのは問題外、狙ってくれと言っているようなものだ。

 集団にいたからといっても必ずしも安全とは限らない、相手は大胆にもこの学園内で行動に移してきたのだから形振り構わず襲ってくるかもしれない。

 集団の中に紛れている今この時でも警戒を怠るわけにはいかなかった、だがもし今襲われでもしたら自分はともかくすべてを守ることなどできそうもない、一刻も早く避難場所に到着することだけを祈っていた。

 しばらく雑踏する廊下を移動していると先に小体育館の入口が見えてくる。

 鉄扉の両端には門番のごとく生徒を中へと誘導する講師の姿が。

 

「2-Aだな!お前達のクラスが最後だ、担任がいないみたいだが出遅れがいるのか?」


 門番の片方が委員長に確認をとっていた。

 どうやら話している相手は先日実技授業を担当していた藤林のようだ、声が通る彼なら避難誘導に適任だろう。

 事情を説明している委員長を残し、他のクラスメイトは次々に体育館内になだれ込む。

 美詞も鉄扉をくぐり見渡した先には不安そうに各クラスごとに集まる二年生達の姿。

 普段の集会であれば各クラス毎に綺麗に整列されている集団も、緊急時となるとただ何となくクラス毎に集まっているだけのバラバラな姿に、「避難」という言葉に現実味が増してきた。

 美詞も自分のクラスメイトらが集まる場所まで移動するとまわりと同じように腰を下ろす。


(これで避難所まではクリア……遭遇戦による遊撃は回避できた。あとはいつ攻めてくるか……)


 地形を把握することは戦いにおいてとても重要なことだ、入口はあの鉄扉ひとつ、小体育館であるため窓の数は多いがひとつひとつは小さく格子もついている。

 非常時の出口はあるが扉が小さくこの人数が一斉に避難しようとするのが予想できるため二次被害を想定すべきだろう。

 相手が質量を伴っていれば実質経路は二つ、しかし怪異が相手となると霊体や質量保存の原則を無視してくるものなどザラである、楽観はできない。

 相手が美詞の力を欲しているというならば経緯はどうであれ最終的には直接接触しなければならないと思われるため、窓外からの遠距離狙撃等はこの際除外。

 まわりに武器となるものはない……壇上や舞台裏までいけばなにかあるだろうがこれも対怪異に役立ちそうなものとは言えないか。

 一番安全な位置は……そんなものなさそうだ……しかし逆に一番危険な位置は入口に近い箇所、ここは除外。窓の付近は避けたほうがよさそうだ……そうなると無難な場所は中央付近がいいだろうか。

 そうこう考えを巡らせてる内に次々と出遅れていた者達が体育館に避難してきた。

 各クラスでは集まった生徒に漏れがないか確認作業を行っているときに入口から伊集院が講師と思われる他の大人を連れやってきた。

 伊集院が美詞のことを見付けたみたいで彼女らの傍まで寄ってくる。


「大丈夫だったようだな。避難が完了すればここは結界を張り籠城することになる、相手は学園の結界をすり抜け園内で行動を起こしたことから確実に安全とは言えないが気休めにはなるだろう。私がA組付近に付くことになったのでなるべく離れないでいてほしい。守護符の仕込みは問題ないかい?」

「はい、大丈夫です。すでに起動しています。それと……今騒ぎを起こしている原因はなにかわかっていますか?」

「いや、わかっていない……というよりも前線と連絡がとれない。電波障害が発生しているみたいでね、この広域を影響下に置くだけの力はあるということだけは確かだ。これが怪異だとすると結界のことも含めて小災害レベルの相手だよ……」


 想定を上回らないでほしいものだよと呟く伊集院からはあまり余裕は感じられそうにない。

 このあとの対策等を打ち合わせていると入口の鉄扉が低い音を立てながら閉められていくのが見えた。

 ほどなくしてなにかの力に包まれるのを感じた。


「今この小体育館の結界が起動しました!外部から隔離された形になります。状況が沈静化されるまでみなさんその場で待機願います!」


 学年主任が両手を口にあてながら大きな声で生徒達に喚起を促すと、周りから緊張が幾ばくか和らいでいくのが感じられた。

 そうなると現金なもので、そこかしこから現状に対しての疑問や不満等が噴出していく。

 いったいなにが起きているんだ!学園の警備はどうなってるんだ!いつまでここにいればいいんだ!

 気持ちはわからないでもないが負の感情が渦巻くような言葉達につい顔をしかめてしまうのも仕方ないだろう。

 隣で美詞のそんなわかりやすい表情を見ていた伊集院が場を宥めるため立ち上がろうとしたその時……


 ガシャン!


 体育館の端でなにかがぶつかる?倒れた?音が響きわたった。

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