第11話

 学園での出来事が過去の連続昏睡事件と関りがあると教えられ驚きに支配された美詞であったが、それでも好奇心と疑問が口を開かせる。


「あの、一般人ならまだしも能力者を相手に気づかれず能力干渉ができるものなのでしょうか……」

「そうね、たしかに『人』が行使する術式は相手に干渉する際どうしても感知されやすい。でもそれは怪異にはあてはまらないわ。霊が及ぼす霊障や妖怪や悪魔が行使する術は分かってないもののほうが多いのが現実よ」

「ということは今回の事件はそういった怪異が関わっていると……でも魔力残滓なんてどうやって……?」

「あぁ、私のもっている術式に対象を診断するものがあってね。今回あなたを呼ばせてもらった主な目的なんだけど、一度あなたを解析させてほしいの」

「解析……ですか?」

 

 そこで今まで沈黙を保っていた伊集院が会話を引き継いだ。


「君が先日漏らした力だがね、その性質の当たりはつけているつもりだが確証がほしいので一度袴塚に調べてもらおうと思ったのだ。そしてもうひとつ、その力の特性を犯人の魔力パターンと照らし合わせるためにもね」

「ほら!またそんな言い方して!ごめんなさい、誤解してほしくないんだけどあなた自身が犯人だとは思ってないわ。神道名門である桜井の御婆様から直接手ほどきを受けたあなたが闇に魅入られるとは思ってないもの。でもね、怪異はあなたのその封印している力を放っておかない可能性がある。貴方の力が犯人が好む性質のものかを調べる事ができればと思ってお願いしているのよ」

「そういうことだ、中庭でも伝えたが話次第では対策を練る必要があると思ってね。解析をする前にもう一度聞いておきたい、君のその力のことを君自身理解しているかね?」


 ここでさっき伊集院が言っていた言葉が繋がるのかと理解できた。

 しかし今回の問いに関してはもうすんなりと答えられる。


「ええ、解っています。自分のこの力が怪異を呼び寄せることを……厳密には怪異にとって質のいい餌だそうです。もう私のことは調べられていると思いますが、私のいた村の一族は邪法を使いより質のいい贄とするため人を品種改良してきたのではないかと説明を受けてます。まだ幼かった私にこの封印制御の組紐を施してくれた方のおかげで日常生活ができるようになりました。この力と向き合うために桜井の御婆様に制御する術を習いやっと抑え込むこともできてきました。でもまだ昨日のように咄嗟の出来事で漏れてしまう場合もあるのでまだこの組紐が手放せないんです」


「ふむ……なるほど、やはりそういった性質の力だったのか。君がその力を理解しある程度制御できると知れただけでもよかった。よければこの後、袴塚の解析を受けてもらえないかね?」

「……ええ、大丈夫です。これは外したほうがいいですよね?」


 そう言いながら自分の髪に手をやり組紐をなでつけるその表情にはまだ不安が残っているようであった。


「心配はいらない、すでにこの部屋には結界を張っている。たとえ君のその例の力が漏れてしまったとしてもこの部屋の中で対処できるから安心してくれたまえ」

「はい、わかりました」


 返事を返すと結んでいた組紐をそれぞれ丁寧にほどいていく。

 組紐によってまとめられていた部分がほどけると髪がさらりと流れ落ちた。

 そしていつのまにか自分の正面にまわりこんでいた袴塚が膝をつき、美詞の手をとると顔を覗きこんでくる。


「ありがとう桜井さん。それでは始めるわね。すぐ終わるからリラックスしてもらえるかしら」


 言うや否や美詞の手をとっていた袴塚の手から淡い光が漏れだす。

 一分、いや数十秒もせず目を閉じて集中していた袴塚の表情が和らぎ目を開いた。


「終わりました、協力感謝するわ。言っていた通りこの魔力は蛇神村の邪法によるものでしょうね、人の手が何重にも加えられた不自然な跡がみえる。でもちゃんと神力で制御して……いいえ、これは制御というより領域の浸食……薄れていってるのかしら?よっぽど神道と相性がよかったのね、あなたの成長している神力に魔力が飲み込まれ始めてる。よかったわね、このままがんばればこの魔力に悩まされることもなくなりそうよ?」

「そう……なんですか?……よかったぁ、私がやってきたことは間違ってなかったんだ……」


 この忌々しい力と長い事付き合ってきた……力だけではない、美詞の美しい容姿も邪法の「品種改良」によるもの。

 蛇神と名乗っていた妖異は生贄に質のいい力ばかりではなく美しさも求めたためだ。

 故に美詞は当初自分の容姿を好きではなかった、生贄に捧げられるために作られたこの「美」が気に食わなかった。

 あの悲劇から自分を救い出してくれた青年と桜井の家族達のおかげでなんとかこの容姿とは折り合いを付けることができたが、もう一方の「力」はそうもいかない。

 この力は妖怪や悪霊、悪魔等の超常的存在が好む性質を持っているため制御できなければ不幸を呼ぶ事待ったなしの力なのだ。

 この力を抑えるため……だけとは言わないが制御のため辛い修行を重ねてきた、人生の多くの時間を費やしてきたと言っても過言ではない。

 コンパスもない旅路の中で自分の歩く先がしっかり目的地に向かっていると知れば、感慨深さも一入といったところであろう。


「でも気を付けて、先の見込みは明るくても目先の今は危険なのに違いないわ。たしか昨日実技中に魔力が漏れてしまったのよね?」

「ええ……自分では確証を持てなかったのですが、伊集院先生がおっしゃるには」


 美詞のその発言に袴塚が伊集院に目を向けると、彼は一度大きく頷き言葉を発した。


「ああ、間違いない。放出されたのは恐らく一瞬、しかし元の力が大きかったのか私でも感知できた。人の身では専門的な感知術を修めていないと知りえないだろうが、相手が怪異等であった場合察知されててもおかしくはないだろう」

「そうなるとやはり彼女が危険に晒される可能性は高そうね……怪異に目をつけられたと思って行動したほうがよさそう……」

 

 そう思案顔を見せる袴塚は、顎に手をあて考え込むと白衣のポケットから、神社でよくみる御守りの形をしたものを取り出した。


「これは一種の犯罪ブザーだと思って。私達の霊力パターンを記憶させているから、怪異に襲われた際関係者に通報される仕組みよ。護符も仕込んであるから一度ぐらいならあなたを守ってくれるはず」


 相手の力の強さによるけどねと一言添え美詞の手の平に乗せてくる。


「あなたの神力は高いし結界術もとても優秀みたいだからその御守りから弾けた音が聞こえたらすぐに身を守る術を施してちょうだい。学園内ならすぐに駆け付けるから。当分の間学園外は一人でうろつかないほうがいいでしょうね」

「わかりました、こちらでも待機型の守護呪術を仕込んでおきます。相手が悪霊とかだと時間は稼げるかと思いますが……」


 相手がそれ以外となった場合はどうしても相性の問題がある。

 日本は古来より霊や妖怪等の物の怪と戦ってきた歴史故にそれらに対しては膨大な経験と対処法を蓄積してきたが、実社会に追従するように怪異までもがグローバル化してしまった近代では西洋悪魔等に対しての対処は蓄積段階にあり、後手後手にまわることも珍しくなくアドバンテージをとりきれていないのが現状であるからだ。

 

「一応ウチからもあらゆるケースを想定して準備はしてきているんだけど、怪異はいつでも私たちの想定を軽く超えてくるから困るのよねぇ。今回の調査も複数人で行っているから、学園内ならできるだけあなたのサポートはしてあげれると思うわ。ただ、必ずしもターゲットはあなただけと決まったわけではないから常に張り付くことができないのはわかってちょうだい」

「ええ、大丈夫です。これでも桜井家の末席をいただいてます、実戦も一応こなしてる身ですので簡単にやられてはあげません」

「頼もしいわね、でもあまり無理して一人で解決しようとしないでね?……桜井さんは感知術や探知術は使える?」

「いいえ……でも、術としては使えませんが、幼いころから五感以外でまわりの違和感とか嫌な気配等を感じることがよくありました」

「あら、基礎感応力が高いのかしら?それはどこまでの精度?例えば私がさっき使った術式を何らかの形で察知できた?」

「うーん……どう説明したらいいでしょうか……害意のあるものになんとなく嫌な予感がしたりとか、術を使ってる人がなんか力を使ってるなと感じる程度です。だから袴塚先生の結界や解析とかも普通とは違う力が動いているといった具合でした……」

「十分素質があるわね、ならこの学園にいてその力が働いたことはある?この人から嫌な気配がしたとか」

「そういったものはとくに……あ、でも一人……嫌な気配とかではないのですがちょっと違和感を感じる人が……」

「だれかしら?知っている人?」

「……最近いらっしゃった用務員さんです。これもどう説明すればいいのかはっきりしないのですが、例えるなら一見一般人にしか見えないのですがその人のまわりに靄がかかっているような……あとは他の能力者の方と同じような既視感が沸いてきたり……」


 美詞のその言葉を聞いて袴塚と伊集院の目がわずかに見開いたように感じられた。

 また二人は顔を見合わせるとアイコンタクトをとったのか、聴きにまわっていた伊集院が言葉を発した。


「本当に素質があるみたいだな。『ヤツ』の気配がわかるならたいしたものだ」

「えっと……なにかよくないものなのでしょうか?」


 恐らく二人もその用務員に関しては何らかの情報を持っているように思えるが美詞には彼が悪人には見えないためどう判断すればいいのかわからない。


「いや、私からは〝なんとも言えない”としか言えないが、ヤツに関しては警戒はせんでいいだろう」

「はぁ……そうですか」


 なんとも煮え切らない答えに釈然としなかったが二人が警戒していないことから本当に問題はないのかもしれない。

 目の前のローテーブルに置かれた組紐に目を向け、そろそろこれをつけても問題はないかなと手にとると袴塚の声が割り込んできた。


「そういえばその組紐があなたの力を封印していたのよね?少し興味があるのだけど見せてもらってもいいかしら?」

「あ、はい。どうぞ」


 自分の髪に結び直そうとしていた手をそのまま袴塚のほうへと伸ばした。


「いいものね、刻むのが困難な紐に込められた術式も急造って感じにしてはとても複雑で繊細。……ねぇ、差し支えなければ教えてほしいのだけれど、これはだれからもらったものなの?」

「神耶尚斗(かみや なおと)という方です」


 それを聞いた二人の顔はなにかに納得したような同じ表情をしていて少し滑稽に映った。

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