第10話
ぢゅーー
物思いに耽る顔をしながらストローから液体を吸い出す美詞、その顔を眺めていた夏希と千鶴が顔を見合わせ不思議に思い声をかけた。
「どうしたのみーちゃん?甘いものを口に入れる時のあの幸せそうな笑顔が消えちゃってるじゃん、なにかあった?」
美詞が甘味を口にしているときは決まって幸福に満ちた笑顔になるのだ。
そんな美詞が無表情に近い顔で、作業をこなすかのようにもくもくと飲む姿はとても珍しく映り、二人から見ても心ここにあらずなのが一目でわかってしまうほど。
声をかけられた美詞は静かに口からストローを離すと、まるで今気づいたかのように千鶴に顔を向けた。
「あ、ううん、なんでもないんだよ?」
「なんでもないことないっしょー。まぁ話せないような理由があるなら無理に聞けないけど?いつでも相談にはのれるからさっ、整理できたときにでも話してよ」
「……うん、ありがとぅ」
千鶴のこういった距離感がありがたかった、ぎこちない笑顔しか向けられないのが申し訳なく思ってしまうほどに。
「にしても」
ぱっと横から美詞のパックジュースを取り上げた夏希がストローを口に含み中身を吸い出す。
「うへぇ、げきあまぁ……歯が溶けていく悲鳴が聞こえるぅー、ほんとよく平然と飲めるよねこれぇ」
「もう!このおいしさがわからないなんて損してるよ?」
「損?いや……損をしているのはみこっちゃんのカロリー被害のほうじゃ……」
こうやって問題には触れずいつものようにおどけてみせる夏希の気遣いにもありがたく感じながらいつもの調子に戻す。
「いいの!ジュースだもん、飲み物なんてカロリーほとんどないんだから!」
「いや、これタピオカミルクティーより高いじゃん!芋に勝つなんて怖いわぁ」
訳の分からない自論を掲げる美詞は、パックジュースのカロリー表記を突き付けてくる夏希から顔を背けて現実逃避した。
―放課後―
二人の気遣いであの講師に話かけられたころからはだいぶ動揺した心を持ち直しはしたが、これから行われる話し合いのことを考えると自然と表情がひきしまる思いだ。
放課後となり生徒達が織りなす喧噪が、ひとつまたひとつと遠ざかっていき気が付けば廊下には美詞が鳴らす足音だけが響いていく。
あの伊集院という講師が自分に問いたい内容はわかる、そしてそれ自体は事情はあるものの美詞にはなにも疚しいことはない。
しかしそれを今日会ったばかりの、しかも怪しいと思われる人物にどこまで身の内を開示できるかも悩みどころであったのだ。
伊集院は言っていた、美詞の話次第では対策が必要だと。
いったいなにに対しての対策?私がいることで起こる弊害?
そのあたりを考え出すと途端に思考は答えを見失ってしまう、きっとこのあたりが話し合いの肝となる部分だとは思うので正確に意図を読み取る必要があるとはわかっていても、如何せんそのあたりを纏められるだけの時間も情報も足りていない。
視界の端に入ってきた生徒指導室のネームプレート、もうあとは本人と対峙し「
― コンコン ―
「桜井美詞です、お呼びに従い参りました」
中からはいどうぞという声がかかりそっと開けた先に見えたのは昼に会ったばかりの男、ソファーに腰掛けこちらからわずかに窺えるその表情は長髪のため分かりづらかった。
「わざわざすまないね、こちらに座るといい。おっと、こういうときは飲み物の一つでも出さなければ失礼になるのであったかな」
「いえ、お構いなく……」
今から行われる話し合いがあたかも「生徒の日常の悩みを聴くかのようなスタンス」というかの態度で接され、少し警戒心が和らぎそうになるが―
「少し待っていてもらえるかな?実は今回の話をするにあたって重要なポジションの者がいるのでね、同席してもらうことにした」
―また警戒心が急上昇する、なんとも自律神経がジェットコースターしそうな攻撃をしかけてくるものだ。
「あの、その方はいったい……」
「あぁ話をするなら二度手間は省きたいのでね、…丁度来たみたいだ」
軽いノックと共に入ってきた人物に目を向けると、驚愕に固まってしまった。
「は、かま……づか先生?」
美詞のその表情を読み取った袴塚は軽く二人の顔を見比べ、溜息を吐いた。
「はぁ……伊集院君あなた、さてはまだなにも説明してないわね?」
「揃ってから説明したほうが効率的であろう、なにか落ち度でもあったかね?」
「ありまくりよ、彼女警戒心バリバリじゃないの。せめて安心させてあげるだけのデリカシーはないのかしら」
「む、そうなのか?話の内容も説明した、話し合いの同意も得られたので問題はないと思ったのだが……すまないことをした」
毒気の抜かれるような話し合いをぽかんとした表情で見守る美詞をよそに袴塚は入口に呪符と思われる札を貼り印を切る。
今まで聞こえていた外部の雑音が一際遠くに感じたところを見ると、恐らく簡易的な遮音結界を施したものとみえる。
「ごめんなさいね桜井さん、まずは私達の素性から話したほうがよさそうなので結界を施したの。怪しい存在に見えるかもしれないけど、私達は歴とした公務員なので安心して。所属は公安調査庁所属の調査員という立場よ、もちろん表向きはというのが頭につくけどね。予想はできると思うけど怪異を専門にした政府組織だけど世間には知られていないちょっと秘密の部署よ」
そうやって人差し指を唇にあてウィンクするアニメでしか見ないような仕草はなぜかぴったりはまっていた。
「この男があなたをここに呼んだ理由はなんて聞いているかしら?」
「……私の力に関してです。伊集院先生にとってなにか不都合があるということで……」
「あー、うーん……ごめんなさいね、あなたはなにも悪くないわ、説明不足でほんとにごめんなさい」
「えっと、すみません。よければ説明いただけますか?」
「もちろんよ、そのために来てもらったんだから」
もうすでに警戒心はほとんど残っていない、相手が政府機関というのもあったが自分がああも警戒していたのがばかばかしくなるほどに袴塚はこちらに気を使ってくれているのがわかったから。
それと同時に、伊集院は当初感じた不気味な印象から、あぁこの人恐らく不器用な人なのだろうなという印象に変わってくるから不思議だ。
「私達が現在政府の指示でこの学園で行っている調査、それがあなたの力と少し関わってくるの。別にあなた自身が調査対象だとかあなたの身柄をどうこうしようということではないからそこはまず安心してほしいわ」
「あ、はい。それはわかりました。でも先生方のことは秘密なんですよね?私にそれを明かすってことはその調査内容に関係するのですか?」
「ええ、現在私達が潜入調査を行っていることを知っている関係者は学園長だけよ。明かす理由だけど……桜井さんは少し前まで世間を騒がしていた事件のことは知っているかしら?」
「事件って……昏睡事件のことですか?」
「そうよ、事件が発生した当初の初動はもちろん警察機関による捜査だった。明らかに異常な事件だったのですぐに怪異が絡んでいる可能性が挙げられたのは理解できるわね?一般的には知られてないけれど警察機関にも今回みたいなケースに対応する対怪異人員が存在しているの。まだ専門部署として体裁が整っていないものだから動員できる人員も経験も、言うと恥ずかしいけど実力も足りない状態。そこで私達の方でも警察と協力して被害者と関連のある箇所を調べているのよ。特にこの学園では最近倒れる子が多いでしょ?事件との関連性を疑って学園に放り込まれたエージェントが私達よ」
「ということはこの学園にその原因に繋がるものがあるのではないかということですか?」
「少なくとも私達はそう思っている。先日あなたが保健室まで付き添ってくれた相良さん、彼女から魔力残滓が見つかったわ。今までの一部の被害者から検出されたものと一致することから同一の者による被害、そしてその怪異はこの学園にアクセスできるか潜んでいる可能性が高いの」
心配していた相良が件の事件とやはり関わりのある被害者であったこともそうだが、袴塚は学園に怪異の関連性を示したことに大いに驚いた美詞であった。
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