第9話
三人の会話は話の流れがどんどんずれていきながらも雑談を交わしていくうちに昨日の件に移る。
「相良さん大丈夫かなぁ、今日休んでたじゃん?」
「昨日保健室に連れていったときは問題なさそうってことだったけど大事を取ってるのかなぁ」
「なんかさ……最近多くない?以前は都心のほうでもよくニュースなってたよね?」
「たしか連続昏睡事件だっけ?最近はまったく聞こえなくなったけど」
3か月ほど前から都心のほうでは度々昏睡状態の患者が病院に搬送される事件が起こっていた。
被害者は全員女性、原因は不明だが通り魔などの可能性は低いとのこと。
発見された場所が大体自宅で翌日親に発見されて病院に搬送……という流れの事例が多かったからだ。
都心では地中からガスが漏れているのではないか地質調査や大気中の毒性検査もされたがどれも異常はなく、更には被害者は未だに目を覚ましていないことから怪事件としてマスコミが大いに囃し立てていたのも記憶に新しい、しかしそれらの事件は2か月前から様相を変えていた。
「昏睡」は鳴りを潜め「疲労」で倒れる子が出始めたことだ。
昏睡事件とは異なり回復まで一日もかからず、気が付いた者から事情を伺っても特に誰かからの被害を受けた等の報告は挙がってこなかった。
そうなってくると調査のアプローチは昏睡事件を一旦棚に上げ、疲労患者の勤め先の勤務体系や学校の教育体系等にクローズアップされることになる。
いわゆるブラック企業と呼ばれるような過剰労働を強いているのではないか、教育カリキュラムから逸脱した体罰やシゴキ等がなかったか等、労働基準監督署や教育委員会を巻き込んだ調査が行われた。
しかしながら結果は空振り、どこにも問題は見当たらず捜査関係者は再度頭を悩ませることになってしまった。
ただでさえ原因は不明なうえ関係箇所は問題なし、患者本人にも心当たりがないとなれば人的関与よりも別のナニカの関与を疑ったほうが建設的なのではと思ってしまってもしょうがない。
問題はここ最近宝条学園関係者からの患者が増えていることだ。
宝条学院は国を守護する「戦闘員」を養成する機関、命に係わる現場ということもあり、対象が学生とはいえ行われる訓練は過酷なものが多いため過労で倒れたとしてもおかしくない環境にある。
調査機関も学園の訓練内容等は把握しているものの表に出せない内容でもあるためメスを入れることなどできない。
故に学園側に注意喚起を促すレベルでしか対応ができず、学園側も「倒れる前に止めておきましょう」という訓練に支障が出ない程度の注意しかできなかった。
「昏睡事件はなくなったけどさ、その後から疲労患者が出始めたじゃん?なんか事件の関連性ありそうじゃない?」
「それはあれかな?この事件に怪異が絡んでるとかって意味?」
「そうそう、原因不明ってのがいかにもじゃない?西洋魔術には【生命吸収(ライフスティール)】とかあるし」
「でもああいった干渉系の術を本人に気づかれずに行うのって……しかも学園の能力者なら猶更難しいと思うよ?」
「まぁそこなんだよねぇ、きっと私が思いつくようなことなんて既に上が検討してるか」
「どうだろうねぇ、日本政府と退魔協会との連帯も足並み揃わないから案外そのあたりグダグダかもしれないじゃん?」
「なんかすっきりしないなぁ、早く原因がわかればいいんだけど……」
昼食が終わり5時限目が始まるまでの休み時間、美詞は一人中庭を歩いていた。
(できれば食堂の自販機においてほしいなぁ、ここまで買いにくるのちょっと大変だし)
美詞が心の中でそうぼやく理由は昼食の食べ終わりごろに遡る。
「ごちそうさまでした、……さて教室に戻ろっか」
「あ、私ちょっと飲み物買ってくるから先に戻ってて」
「ん?自販機ならそこに……みーちゃん、もしかしてまたアレ?」
千鶴が指摘した“アレ”とはこの間から美詞がはまってしまった飲料であり、それはこの食堂に並ぶ自販機群には置いてないキワモノであった。
この宝条学園には食堂をはじめいたる箇所に自販機が設置されており、メジャーな飲み物は大抵揃っているのだがある一角だけ特別な自販機が置かれている。
通称「パンドラの箱」、とあるサークルがマーケットリサーチを大義名分として学園の許可をとりつけ、どこから仕入れたのかという全国からのキワモノ全集と呼べるようなネタ飲料だけを集約させたものだ。
リサーチというだけあり四半期毎に売上が少なかったモノたちは順位が発表され戦力外通告されることになり、新たな災厄がパンドラの箱に投入される。
一定のファンを獲得してしまったこの自販機は常にネタを求める有志により維持されており、美詞も自分の気に入った「推し」のために足繁く通っていたのだった。
「みこっちゃんあんな糖尿病製造機よく飲めるよねぇ……」
「ん?おいしいよ?」
「しかもトンデモカロリー爆弾っしょ?」
「……オイシイヨ?」
「昨日もケーキ食べたばかりだし」
「…ナニカナ?」(ニコニコ)
「あ、うん、わかった、モウナニモイワナイ」
「ふふ、変な夏希ちゃん」
少々怖い笑顔を張り付けながら中庭方向に向かう美詞の背中を見送りながら夏希がつぶやいた。
「……パンドラの箱マジで呪われてね?」
校舎から少し外れたいくつかのサークル専用棟が並ぶ付近にある休憩スペースの一角にそれはあった。
いくつかの一般的なメーカー自販機に並んで一際異様な雰囲気を醸し出すそれの前に向かい合った美詞は迷いなく災厄の箱に供物(100円)を捧げ、さぁ生贄の対価を受け取れとばかりに吐き出されたショッキングなピンク色の箱を手に敬虔なる信者は喜びの賛歌をあげる。
【練乳極マシいちごみるく】
パッケージに堂々と描かれた、いちごの赤がほぼ覆い隠されるほどの白に「あ、これだめなやつだ」の感想を抱かずにはいられないが、それを手に持つ本人は実にいい笑顔である。
この場ですぐにストローを刺してしまいたい衝動に駆られるが楽しみは後にとっておこうと教室に向け踵を返した。
「そこの君、少しいいだろうか」
いざ校舎へと戻ろうと向けた足の先からかけられた声、手元のパックに注がれていた視線がかけられた声につられあげられる。
声の持ち主と思われる者の顔を認識した美詞は肩を跳ね上げひどく驚いた顔をしてしまった。
「どうしたかね?驚かしてしまったか?」
「あっ……い、いいえ、なんでもありません。……ところで私になにか?」
「ああ、すまない。君に少し尋ねたいことがあってね。……自己紹介がまだだったか、私はこちらで臨時実技講師を務めている『伊集院実充(いじゅういん さねみつ)』という」
美詞が驚いたのはいきなり声をかけられたことからではない。
かけられた人物そのものにあった。
なぜなら、この伊集院実充という人物
実技中、二階観覧席から美詞を睨みつけていた人物の人相そのものであったがためだ。
「まずは君の名前を教えてもらえないだろうか?」
「……桜井……美詞です」
あの時、封印がほつれたあの時、わずかに漏れたかもしれない力に対して唯一反応らしき反応を寄越した人物。
「桜井君か、では聞きたいことなのだが……君は……―」
もしあの時の視線が自分の中から漏れたものに対してだとしたら
「……―自分の力を理解しているかね?」
そう、やはりそうくるかと。
あの時やはり自分の中のアレは漏れてしまっていたのだとわかってしまった。
「……なんのことでしょう?」
「隠さなくていい、君が実技中に見せた神力とは違うもうひとつの力のことだよ。君が髪につけている組紐はその力を抑え込むためのものだというのは朧気ながらわかる。問題はその力のあり方を君自身が理解して抑えているのか、もしくは本質を知らずだれかによって抑えられたのか……を問いたくてね。」
「すみません、仰ってる内容は理解できますがそれを先生にお答えするには少々……」
「そうだな、今初めて言葉を交わした相手に話せるような内容でもないか。配慮を欠いてしまったみたいだ。今の返答で大体は理解できたが、こんなところで話す内容でもなかったな。今日の放課後、指導室の方にきてもらえるかね?」
「……なぜ私が」
「今私“たち”が抱えている問題に君のその力は少し問題があってね、返答次第では対策が必要なのだよ」
怪しい……実に怪しいがこの男とて学園の講師、学園敷地内で無体を起こすほどバカではないはず。
それに自分の力に関してなにを知っているのか問いただす必要も口止めする必要もある。
伊集院への不信感とを天秤にかけ―
「……わかりました。放課後に生徒指導室ですね?」
―この男と対峙することを選んだ。
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