第8話

 翌日夏希と並び登校していた美詞は先日の至福の時間を共有していた。


「昨日のケーキおいしかったなぁ、夏希ちゃんありがとうね」

「あの店気に入った?実はまだ私の『いってみたいリスト』には2件ほど候補があるんだけどなぁ」

「行ってみたい!昨日は晩御飯が近かったから一個しか食べれなかったんだよぉ……」

「何個食べんのさ……」

「ほんとはケーキビュッフェでおなかいっぱいになるまで……、だから今度は休日にいかない?」

「いや、うん、行くのはいいんだけどね、そんなに食べて大丈夫なん?カロリー的なこととかお小遣い的なこととか」

「きっと大丈夫!たまにしか食べれないし。お小遣いは他に使い道ないもん!」

「あるでしょ!洋服とかコスメとか小物とかさぁ!……え、なんで顔そらすの?」

「えーっと……ちゃんと服とかあるよ?でも化粧とかしないし……欲しい服……そいえば最近服買ってないかもって……」

「うわっこの子食欲全振りじゃん、……今度モールいこうね、ちーちゃんにも相談しなきゃ」


 二人がそんな会話をしていると廊下の先がなにやら騒がしくなっていた。

 人垣ができるほどではないにしろ廊下を通る生徒達が立ち止まり野次馬となるには十分なことが起こっているようだ。

 片方は同じ二年と思われる生徒である男子二人、もう一方は先日もすれ違った用務員の青年、この両者が中心になっているように思われるが床がなにやら散らかっているようにも見えた。


「……なんだと思う?あれ」

「なんかピリピリしてるね、絶対いいい予感しないよ……」


 と言いつつも歩を止めないのは、争いごとならせめて仲裁でもと火中の栗を拾いにいくためであった。

 近づくにつれて密集度があがる野次馬達をかきわけ、現場付近までくると案の定嫌な予感が典型的な形で当たることになる。


「朝っぱらからこんな邪魔になるとこで作業すんなよ!あーいてぇぶつかったとこ怪我しちまってたらどーすんだよ?」

「ほら、さっさと片付けろよ!それがあんたの仕事なんだろ?」

 

 一体どこの安っぽいチンピラだ、こんな分かりやすいふっかけ文句など漫画でもなかなか見ない。

 言い詰められている用務員は頭を下げ、えぇどうもすみませんと返しているがどこか適当にあしらっているようにも見える。

 

 ― またあの二人だよ ―  ― 全然成長しねーなあいつら ―

   ― そろそろ先生呼んできたほうがいいんじゃない? ―


 まわりからそんな小さな声が囁かれている中、野次馬の中から一人の女生徒が二人に向かって声を上げた。


「わざと蹴り倒してたじゃん?なにつっかかってんのよ」


「あぁん!?適当なことほざくなよ?どこのどいつだ!」


 すぐに反応した片割れが声を張り上げると気圧されたのか続く声はあがってこなかった。

 まわりに対して怒鳴り散らす男子生徒のそばで用務員が小さく溜息を吐いたのが聞こえたのか、また二人の矛先は用務員にUターンをかます。


「おぃおぃなんだよ?そりゃなんに対しての溜息?おれ達は親切に注意してやってるんだぜ?そんなんだからこんな底辺にいんじゃねーの?」

「能力がねーから若いのにこんな仕事しかできないんだろ?せめて日本の未来を担うおれらにしっかり尽くしなよ。 あんまり調子乗ってるようだったら… …」


「調子のってるようだったらなんだって?」


 人垣をかき分けて前に躍り出た夏希が二人に向け声をかけた。


「なんだ?まだ弁えねぇやつが……げっ!千賀!!」

「重森~あんたら相変わらず人間のクズだね、もういい加減学園から出てってくんない?うちらの品位疑われるんだけど」

「うっせー!事実を言ってるだけだろーが、おれらはな選ばれた人間なんだよ!一般人がおれらに尽くすのは当たり前だろーが!」

「うっわ、なんてヴァカな選民思想。 こんなんに日本守らせたくないわー、そこんとこどう思うみこっちゃん?」


 話を振られ夏希の背後から美詞が顔を覗かすと正面にいた男子生徒二人が一気に慌てふためきだす。


「さ、桜井さ……ん、いや、これは……」

「違うんですよ!おれらはただこいつの教育をしてただけで……」


 態度が豹変した二人だが、今更態度が変わったところで口から出るのは言い訳にもならないようなもの、二人を睨む美詞から漏れた言葉は……


「……偉そうに罵倒を散らかす人たちはちょっと……。目上に対しての態度も、仕事に従事されている方に対しての言動も、なんでそんな言葉がかけれるんですか?」


 そう言葉を漏らすとしゃがみ込み散らかった作業道具を拾い始めた。

 既に二人のことは興味すらないかのような態度に。


「ちっ!お高くとまりやがって!少しまわりからチヤホヤされてるからってなめんじゃねーよ!てめぇなんざ力ずくで襲うこともできんだぞ!」

「や、やめろ重森。さすがに桜井さんに手を出すのは……」

 

 二人が美詞に対して下手にでていたのはなにも思春期の下心でだけということではない。

 美詞の実家である桜井家は日本でも上から数えたほうが早いほどの名家であり多大な権力も有していた。

 直系だけではなく美詞のように養子も広く受け入れており、血筋よりも力の存続に力を入れてきた名門である。

 幼いころから過酷な修行を課し、無事「力ある者」として認められて初めて退魔業界に桜井を名乗ることを許される。

 そう、桜井美詞は桜井家が正式に認めた後継者の一人なのだ。

 能力者の世界では「桜井」という名前はそれだけで畏怖の象徴でありお近づきになりたい憧れでもあるがための反応であった。

 しかし美詞の口から出た自分を否定された言葉に沸点が低く弱い糸はあっけなくプッツンすると逆上から手を挙げてしまう。

 このまま振り上げた手が美詞の顔に害をなそうとしたとき。


「おぅおぅ、こんな人が集まったとこで婦女暴行宣言とはいい度胸しとるなー重森。 軽率なやつが多くてセンセーはとても悲しいぞ。」


 態度を二転三転くるくるさせる重森ら二人の背後には、恐らくだれかが呼んできたであろう教師の姿があった。

 声が聞こえるや二人とも肩をびくつかせて恐る恐る背後を振り向く。


「よぉ、お前らの愛する担任が来てやったぞ。すでに事情は把握してるから指導室までこいやぁ。登校してきたばっかで残念だがてめーらは保護者呼び出しの上そのまま謹慎だ。だいたいお前らは普段から態度が悪いわ問題ばかり起こすわでセンセーも正直強硬手段をとるしか……―」


 二人に向けてつらつらと説教を垂れ流しているのだろうが、それらは恐らく耳に入ってないと思われる。

 なぜなら巨漢教師の両手に引きずられる二人は既にこの教師のとんでもない膂力から繰り出されたゲンコツにより意識を飛ばしているのだから。


 加害者がいなくなったことでその場に集まっていた生徒達は少しずつ捌けていくことになるが、そうなると目立つのは被害者であった用務員の青年と片付けを手伝う二人の姿になる。


「あの……すみません、私のほうで片付けておきますのでもう結構ですよ?いやぁ生徒の方に助けられるとは情けない限りで……」

「い、いえ、むしろ申し訳ありません、当園の生徒が不躾な態度でご迷惑をおかけしまして……」

「……これはこれはご丁寧に……真面目で律儀ですね、こんな用務員にまで気を使わせて申し訳ない、ありがとうございます」


 粗方片付け終わるころにチャイムが鳴ると


「ほら、お二人ともお行きなさい。私のために遅刻をしたとあれば申し訳が立ちません。ここまで手伝ってくれて助かりました、改めて感謝します」

「すみません、最後までご一緒できなくて……用務員さんもお仕事がんばってくださいね」


 手を振り送り出した用務員はそのまま作業に戻ったようだ。


 その後無事遅刻をせず教室に滑りこめた二人であったが、昼食時いつものように3人で食事をとっていた際に夏希が今朝の件を持ち出した。


「今朝のあの二人どうなったか知りたい?」

「夏希ちゃんも一体どこからそんな情報もってくるの?」

「うふ、それはヒミツって言いたいとこだけどそれなりに噂になってるよ?まぁみんなゴシップ大好きだもんねぇ。あの後お説教されて親を呼び出されたみたいでさ、わざわざ都内からここまで来たみたいよ? 最初は息子を庇ってたみたいだけど退学をちらつかされて焦ったみたい。どう取り繕おうがもう退学は決まったようなものみたいだけど……なにしろ今まで問題起こしすぎだもんねぇ、事前に最終通告されてたのに本気と思ってなかったのかな?」

「あれを庇うって親も相当だね、あいつらん家陰陽寮の大津の古い系列だったっけ?どうせお決まりの『古き伝統を受け継ぐ我らを敬うのだー』系でしょ?」

「陰陽寮の人みんなそんな人じゃないだろうけど、古い人ほど選民思想は残ってるっぽくない?」

「いやぁ、なにが偉いんかわからんけどあぁはなりたくないねー」

「古くから日本を守ってきたって自負があるのはわかるんだけどねぇ、あんなチンピラ紛いを見ちゃうとどうしても敬えないや」

「でもB組の藤原君は陰陽師家系だけどすごく真面目だよ?」

「あぁ、ちょっと尊大なところはあるけど……あれはどちらかというとイインチョタイプじゃない?規律重んじて自他に厳しいところとか」


 花の女子高生が交わす雑談としては少し特殊なものであったが彼女らの雑談とは総じてこのようなものが多い、一通り今朝の話題をしゃべり倒した三人の話題は別のものに移る。

 

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