第7話

「いい笑顔だねぇ」

「輝かしいほどの眩い笑顔じゃないか」

「表現が光りすぎだよ……まぁ確かに今日一の笑顔だよねぇ」

 

 二人の目の前には一口大に切り分けたケーキをニコニコ顔で頬張り花をまき散らす美詞の姿があった。

 あのあとショーケースに並ぶ、見た目から食欲をそそる宝石たちの中から苦渋の決断で選び抜いたフルーツタルトだ。

 数あるうちの一つだけを選ばなければいけないという悲壮感をもった表情をしていたにもかかわらず、目の前に皿が置かれた瞬間からこの状態である。


「こうやって放課後に三人で遊びにこれたのも久しぶりだよねー」

「そぅそぅ、みーちゃん律儀に放課後の呼び出し全部受けてたしねぇ、しかも一日に3人とか順番待ちしてたんでしょ?」

「ごめんね、お断りするにしても面と向かって伝えないとと思って……それに恋人を作る気がないことも知ってもらいたかったし」

「あんなにいっぱい玉砕されてるのになんで自分だったらいけると思えるのかわかんないなぁ」

「そいえば今日の朝みーちゃんが言ってた『運命の人』ってだれよん?そのへん詳しく聞きたいにゃー」

「い、うぅ……あ、『憧れの人』だよ、んー……私の生い立ちとかちょっと重たい話になっちゃうけど大丈夫?」

「おっと無神経だったかな?みーちゃんが話したくないことだったら聞かないからね?」

「ううん、もう終わったことだから。 私、小さいころはある集落に住んでたんだ。山の奥地で外との交流が一切なかった僻地、そこは昔から山に住む蛇神様を祀っていて毎年貢物をその蛇神に捧げてたの。今ではあまりないんだろうけどその貢物は人間の子供、生贄ってやつだね。村では子供が少なかったから……その年は私が生贄に選ばれちゃって……村から離れた祭壇に供えられたけど結局怖くなって逃げだしちゃったんだ。すごく大きな白蛇に食べられそうになったところを助けてくれた人がいて……その人はその大蛇を祓ってくれて、行く当てのなかった私を拾ってその後今お世話になっている神社の御婆様のところに預けてくれたの。その助けてくれた人が私の『憧れの人』」

 

 少し沈黙の間ができたが、言い出しっぺとなってしまった千鶴が言葉を繋げようとする。


「あー……おおぅ、もっとアオハル的なストーリーを期待してた朝の私よどうしてくれんだよぉー……」

「いや……みこっちゃんの話を信じないわけじゃないけど、ほんとにそんな話があるの?……えと、……えぇと、どこからツッコだらいいんだろ?」

「そうだよ!えと、今はもう大丈夫なの?いろいろと……その、集落のしがらみとか」

「あ!えとね、もうその集落はないんだ。その蛇神は妖魔が化けて人間を騙して人を食べてたってことをその人から教えてもらって、その後は政府の人が介入して村自体存在してないことになったって。村の人達も事情を説明されて散り散りになったって聞いた。私の生みの親も今はどこでなにしてるかもわからないんだ。私の苗字も引き取ってくれた御婆様からもらったものだし、生みの親の顔も元の苗字も覚えてないぐらいだからあまり気にしてないよ」


 政府は今も昔も怪異による被害を一般人に知られないようひっそりこっそりと処理してまわっている。

 美詞のいた村も表に出すにはあまりにもスキャンダラスで妖怪が絡んでいれば尚の事裏で処理するしかなかったわけだ。


「そうなんだ……国の介入って闇の部分聞いちゃった感じ?そんな事件表に出せないのはわかるけどさぁ」

「で、その助けてくれた人ってどうなったの?それっきりなの?」

「うん、政府の仕事をしているみたいで世界を飛び回ってるんだって御婆様が教えてくれた。私にはちょっとよくない力があるみたいで、その力を制御するには神道系の修行が合ってるからって御婆様を紹介してくれたの。この組紐は助けてもらったときに力を封印するためにその人がつけてくれたんだ」

「へぇーそれそんな曰くがあったんだぁ、だから今も大切につけてるんだねー、なんか乙女じゃん!」

「ふふ、大切なのは大切だけど、実はまだ制御が完全じゃないんだぁ……日常生活では大丈夫になったんだけど、術を行使する時とかふとしたときに漏れることがあって……それがよくないものを呼び込んでしまうみたいだから今でも手放せないってのが真相なの、乙女っぽくなくてごめんね?」

「いやいや十分乙女だって、好きな人のくれたものを大事に今も……―」


「え?好きな人?」


「「……え?」」


「え?」


 美詞と二人の間に意思の齟齬が生じている気配を感じる。

 それに気づいた千鶴が恐る恐る美詞に確認をとる。


「その助けてくれた人のことが好きだから他の人とは付き合えないとか……じゃなかった?」

「えー!?や、助けてもらった時は確かにかっこよくてすごいって思って……だから憧れてて……私もああなりたいと思って……今はその人に追いつくために恋人なんて考えれないというか……惚れたとか好きとかそんなこと烏滸がましいというかなんというか……そもそも兄妹で家族みたいな存在だし……」


(えー……夏希ちゃんこれってどう解釈したらいいの?)

(えっとー……あれじゃない?ちっちゃいころだったわけじゃん?恋心なんて知らない頃で……)

(え?なに?子供がヒーローに憧れる的なのをこの年まで拗らせちゃったってこと!?)


「えーっと……もしその人に会えたらさ、どうするの?」

「……どうしたいんだろ?……きっと私はその人に助けてもらったときから、自分も怪異に苦しむ人を助けることのできるような人間になりたいって思ってきたんだ。叶うならばあの人の隣でそれができたらいいなって……」

「みこっちゃんに恋は早かったかー……(いや、本人が自覚してないだけとか?)」


 久しぶりとなる、おしゃれなカフェでガールズトークを交わす三人は、会話の内容を除けばそこらにいる女学生と変わりないように見えた。




 夕刻、保健室にて


「……袴塚です、経過報告よろしいでしょうか?……はい、さっそく釣れました。本日被害者と思われる生徒一人、『解析』の結果魔力残滓が見つかりました。……ええ、間隔が短くなってきてますね、恐らく対象は抑えきれなくなってきている可能性が高いかと。それともう一点気になることが……別件で女生徒が起こした騒ぎでその子からも魔力残滓が。昏睡事件とは違いますが、恐らく精神操作系の被害による行動かと思われます。……はい、魔力パターンは同一です、……いえ目的は不明、聴取からも支離滅裂な発言と手引きした人物の記憶が抜けていたことからも証拠は残していないでしょう。……はい、協力者にはこちらから同内容を共有しておきます。進捗がありましたら追って報告させていただきます。……はい、では」


 不自然なほど静寂を保っていた保健室、外にはまだ人が活動しているにもかかわらずそれらの音は一切保健室内に届いていなかった。

 彼女が席を立ち入口の扉を開けると途端に保健室内にも音が戻る。

 ピシャンという扉を閉める音の後には廊下に鳴らすハイヒールの音だけが響き渡っていた。

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