第2話

 登校してくる学園生と挨拶を交わしながら校舎へと入っていく二人はそのまま「2-A」と書かれた教室の前で別れた。

 二人はそれぞれ別のクラスであるため夏希は一旦カバンを自分の教室に置きに「2-B」に向かうようだ。

 一人教室に入った彼女に突然教室中から視線が集まる。

 別に彼女がなにか粗相をしたわけではない、毎度の事なのだ。

 良くも悪くも注目を集めてしまう容姿、そんな不躾な視線が浴びせられる中自分の机にカバンをかけると前の席から挨拶が飛んでくる。


「おはよーみーちゃん、今日も視線の独占だねぇ」

「あぁ……ハハハァ……おはよぅ、ちづるちゃん」


 苦笑を浮かべながら挨拶を返す先は、前の席に座る友人である御堂千鶴(みどう ちづる)。

 前髪を一直線に切りそろえた艶のある黒い髪とおっとりした顔つきは和装がよく似合いそうで「口さえ開かなければ」和製深窓の令嬢、しかし中身はそれと真逆で表情がコロコロ変わり明るい性格からくる社交性の高さと馴れ馴れしさから2年にあがり席が近くなった彼女、美詞(みこと)に話しかけたのが切欠で仲がよくなった。

 見た目詐欺という言葉は彼女のためにあるような言葉だろう。 

 そんな美人な千鶴でさえも霞むかのように、美詞には教室に入ってきたときから視線が集まっていた。

 主に男子からのものが多いことからも想像できる通り、美詞は見目がいいというレベルを逸脱している。

 そこいらのアイドルなど裸足で逃げ出すレベルで道を歩いてると10人いたら10人は振り返り、その内5人は二度見し1人は電柱と事故を起こす。

 小さめの顔の中に揃ったパーツは一つ一つが芸術家の作品かのように整い、美という概念を形にしたような見た目だけではなくお嬢様然とした淑やかさと凛とした佇まい、人当りもよく分け隔てなく笑顔で接する王道ヒロインのような姿は思春期男子達の精神をかき乱すには十分どころかオーバーキルであった。

 彼女自身も鈍感ではない、常日頃から自分へ向けられる男子の視線、だけに留まらず女子数人からの嫉妬の視線には気づいている。

 ここで「そんなことないよー」等と他女子生徒のヘイトを稼ぐような発言はとてもではないが返せる雰囲気でないことに溜息が出そうだ。


「昨日だってまた告白されたんでしょ?だれとは名前は出さないけどさー」

「なんでちづるちゃんがそんなこと知ってるのかなぁ……」


 千鶴がチェシャ猫のようなニヤつき顔を見せる。

 聞き耳を立てていた男子達がびくつく。

 眉間にしわができそうな視線を送っていた女子数人の視線が更にギラつく。

 冷や汗が出そうな美詞の苦笑いも更に深くなる。


「本人が嘆きながら男子と話してたからねぇ、これだけ屍の山を築くってことは正直だれかと付き合うって気はない感じ?」

「屍の山って……うーん……ないかな。なんて説明すればいいかな……昔から憧れてる人?がいるからそっちを優先したくて……だからだれともお付き合いはできないかな?」

「それって告白してきた人たちに伝えたの?」

「うん、ちゃんと伝えてお断りしたんだけど、なかなか会話が成立しなくて……」

「うへぇー、そんな典型的な漫画の登場人物みたいなのほんとにいるんだ、どんだけ自信過剰なんだか。……ていうことなんだってさー!聞いてたんでしょ?さっさと諦めてついでにこの話も広めといてねぇー」   

 

 千鶴の後半の台詞は教室で聞き耳を立てていた男子生徒に対しての言葉、途端に男子の間で蜂の巣をつついたような阿鼻叫喚、なかなか愉快なクラスである。


「……ありがとね、ちづるちゃん」

「大変そうだもんねぇ、まだ自信過剰なバカは残りそうだけどみーちゃんの自分時間が少しでも増えたら御の字」


 本来こんな教室のど真ん中で出さないようなネタを無理やり引き出したのは、さすがに千鶴が美詞の現状を憂えてのことである。

 さすがに毎日とは言わないがかなりの頻度で呼び出され、そのたびに申し訳なさそうな顔で帰ってくる美詞が心配になってきたことと、このままだとよからぬ手段に出そうな一部女子も気になっての事だ。


「ま、二年になったんだから少しは環境変えていかなきゃね?私たちと遊びに行く予定も邪魔されてたからさ」

「うん、放課後なつきちゃんも誘って遊びに行こ?」

「お、これよこれ。女子は女子で友情を深めようぜぃ、もちろんさっきの『憧れの人』ってのも詳しく聞かないとねぇ」

「あぁ……お手柔らかにお願いね……?」

「話変わるけどさ、今日新しい保健の先生がくるって知ってる?」

「うん、さっきなつきちゃんから聞いたところ、やっぱり今から全校集会かな?」

「かなぁ、学園長の話長くなければいいのに」

「ふふっ、そこは諦めようね」


 机に設置された授業用のタブレットを準備しているとタイミングよく全校集会を知らせる校内放送が響き渡った。



 多くの生徒がひしめき合う体育館では全校集会が開かれていた。

 各学年5組それぞれ約30人前後、全校生徒400人を超える生徒が現在壇上の演台で挨拶を行っている学園長の話に耳を傾けているところだ。

 

《―― 新入生が入学しそろそろ学校生活に慣れてきたことかと思いますが...我が学園では能力を育成するという理念のもと...学生諸君らが当学園の掲げる目的をしっかり...また今年度は既に我が国で怪異による被害の...――》


 内容は他の一般校では聞けないような内容ではあるが、どこの学校も長が口から垂れ流す「あいさつ」は総じて似通ったものかもしれない。

 そして生徒にとってはそれこそが苦痛に感じるランキング上位に入っているのも同じだろう。

 それは品行方正が身についている美詞にとっても耳が言うことを聞いてくれず、脳の処理もサボりがちになるほどだ。

 おくびにも出さないだけ他の生徒よりはマシであるが、かなりの生徒がだらけてきた時やっと本日のメインテーマが紡がれた。

 

《では、次に紹介しますは育休でお休みされる養護教諭の五十嵐先生に代わりまして、本日より新たに養護教諭の一人として赴任してこられました、袴塚沙織(はかまづか さおり)先生です。先生、どうぞ壇上に》


 体育館の壁際に並ぶ先生たちの一団から一人の女性が壇上へと向かっていった。

 階段を数段登り全生徒の目に映るようになると、そこかしこから感嘆の声が漏れだす。

 きれいな艶を残した長い髪を揺らしながら横顔から伺える顔つきも美人の分類に入るだろう。

 タイトスカートから伸びる長い脚で奏でるハイヒールの音や、スタイルのよさからみても男子が色めくのもわかる気がする。

 これで優しく治療でもしてもらえた日には連日保健室が満員御礼になってしまうかもしれない。

 演台の隣まで移動した彼女はマイクを受け取ると一礼し挨拶を始めた。


《ただいま紹介に与りました袴塚沙織と申します。この度五十嵐先生の代わりとしてこちらの宝条学院で保健の担当をすることになります。異能学園という特性上多くの学生さんたちと関わることになるかと思いますのでこれからどうぞよろしくお願いいたします。訓練等でケガした時だけではなく体調の不良や霊力の不調等でもお力になれるかと思いますので気軽に相談してくださいね》


 生徒と先生等から送られる拍手に一礼すると壇上を後にした。


「なんか優しそうな先生でよかったね、女性の先生が増えるのは緊張しないで済むから助かるかも」

「たしかに男の人だとケガした場所によってはちょっと……、みーちゃんもそのあたり苦手にしてたしね」


 拍手を送りながらコソコソ千鶴と言葉を交わす美詞、彼女も恥じらいをもつ花の女子高生なのだ。

 潔癖症とはいわないが先生とはいえ男性にむやみに肌をさらすには抵抗があった。

 現在宝条学園では校医が3人おり、男性一人に女性が二人、その女性の一人が育休を取り交代という形になった。

 学園の特性上どうしてもけが人が絶えないため、医師の資格や看護資格を持った者が就いている。

 実技でも優秀な成績を修めていた美詞ですら度々ケガをしていたが、男子校医担当のみの日はなるべく避けて我慢していたほどだ。


《つづいて、当学園にて用務員をされている木村さんが療養のため一時休養されることになりました。木村さんが復帰されるまでの間、そちらにいる田中和人くんが用務員として勤めることになりました、しっかり顔を覚えておいてください》


 そう紹介されると、先生たちがいた一団の端にいる作業着をきた青年が軽く頭を下げた。

 先ほどの袴塚先生の時より明らかに勢いが足りない拍手がぱらぱらと送られる。

 簡単に紹介されただけというのもあるだろうが、彼の風貌もそれに拍車をかけていた。

 ぼさついた髪に猫背気味、更に黒ぶち眼鏡がやぼったく見えて生徒たちの関心を失わせるには十分であったからだ。


《そして注意事項があります。最近無理をし倒れる生徒が相次いでいます。疲れからきたものだとのことです。無理を押してまで努力をする姿勢は褒めてあげたいところですが体を壊してまで無理をしてほしくありません。体調不良に心当たりのある生徒は校医によく相談をし授業に臨まれるよう願います》


 そう締めくくると全校集会は終わった。

 もうだれも関心を寄せてない用務員の青年をずっと見ていた美詞に隣から声がかかった。


「どうしたのみーちゃん?あの人が気になる?」

「あ、うん、ちょっとなんか霊感がうずいて……気のせいかな?ごめんね、いこっ」


 この後すぐに授業が始まるためあわただしく教室に戻る生徒たちを横目に、美詞はなぜか青年から目が離せなかった。

 

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