【第一部完結】刷り込み巫女は嘱託退魔師に押しかけたい【本編改定完了】

如水伽絽(じょすい きゃろ)

第一部 第一章 再び交差する運命

第1話


 ― はぁっ…… はぁっ…… はぁっ…… はぁっ…… ―

 

 世界は暗闇の中にあった。

 鬱蒼と生える背の高い樹木の隙間から僅かに差す月光も、闇を追い払うには余りにも頼りなく辛うじて自分がいる場所がどこかというのをわからせてくれるだけの恩恵しか与えてくれない。

 夜目の効かない人間の視力では到底周囲を見通せる訳もなく、暗い中でも朧げに見えてくる……いや、流れていく景色が移動しているという「事実」を気づかせてくれる。

 やたら近くから聞こえる荒い息遣い、土を弾く地面からの音が「走っている」という事をわからせてくれる。

 そこまできて理解する……あぁ、「私は逃げている」と。

 逃げている?なにから?ただあてもなく走っているだけでは?

 いやそんなことはない、本能でわかっている、こんなシチュエーションで呑気に走っている?ありえない、逃げている他ないんだ、自分はなにか恐ろしいものから必死に、捕まらないよう、腕を振り、力いっぱい足をあげ、なりふりかまわず我武者羅に逃げているんだ。

 だってほら……頻りに後ろを気にしながら何度も振り返っているではないか。

 あー……そんなに何度も振り返らずに前だけを見て逃げればいいのに……どうせ追ってきていることに間違いはないんだから。

 

 ドウセ追ってきているモノから逃げきることなんてデキナイノダカラ。

 

 少しでも長く、一秒でも多く生存できるよう前に進むことだけを考えて走ればいいのに……

 セ……イゾン?捕まるのではなく……うん、そう、捕まるんじゃない、「喰われる」んだ。

 あそこに見える乳白色のおっきなおっきな蛇に喰われちゃうんだ。

 あー……もう追いつかれちゃった……必死で走ってるのに……逃げたのに……「マタ」ダメダッタナァ。

 自分の体を遥かに超える躯体を誇る蛇が鎌首をもたげてる、あっ、私いつのまにとまってたんだろう。

 離れたところにあった蛇の首が瞬きをする一瞬のうちに目の前に迫り大きな口を開け迫ってくる。

 

 そして……世界は真っ暗な闇に包まれた。



「……ッスゥーーーーッッ!!……フゥッ……ふぅっッ……ふぅーー……」

 

 目が開き意識が覚醒したのがわかった、悪夢から覚めたのがわかった、あぁ……またあの夢だ。

 もう何年も見てなかった夢が最近になってまた出しゃばってくるようになってしまった。

 夢という自分では制御ができない理不尽な物語はいつも唐突に自分を蝕んでくる。 


(もうアレに追っかけられることなんてないのに……なんでだろ?)

 

 ふー……息が整ってきた。

 うっすらかいた汗のせいで背中がじっとりしているのが嫌でもわかる、顔にへばりつく髪で不快感が更に増すのも仕方がない事。

 原因を取り除くべく布団の中から出した腕で軽く前髪を払うと、身を捩り枕元の充電ケーブルに刺さったスマホに目を移す。


「うぁあ中途半端な時間だなぁー、……二度寝はしちゃうと起きれない……かな?」


 この世で抗えない事トップランクに入ってくる「布団の誘惑」を断ち切るには、少々心残りが出る時間帯だった。


「よしっ!!」


 理性に総動員をかけガバッと勢いよく上半身を起き上がらせ、セッティングした目覚ましよりも早く愛しの寝床との別れを済ませると多少ぼわついていた背中までの長い髪を手櫛で撫で付ける。


(時間もあるし、朝食はゆっくりとれるかなぁ)


 学校に登校するための準備を開始した彼女だが、もうすでに「一人暮らしの女学生朝のルーティン」には慣れたものだ。

 彼女の通う異能力育成学園である宝条学園高等部に通い出し2年目、1Kバストイレ家具備え付きといった学生寮としては破格の贅沢な環境で、不自由ない生活的自立をした毎日を送っていれば当然かもしれない。

 優雅に時間をかけた朝食を食べ終えると登校するための支度をさっさと整える。

 世の女学生達は“変身時間”に多大な労力をかけなければいけないのだろうが、こと能力育成学院ではこれが当てはまらない。

 初期のころには己を着飾る化粧に気合を入れていた同級生たちも、鬼のような実技訓練時間が毎日のように続くと今や簡易的なものに留めるようになり、分厚い仮面を被ったままの者は数人の精鋭を残すのみとなってしまった。

 この少女はもちろん前者、というよりもそもそも化粧に興味がない。

 学園指定である真っ白なワンピースタイプの制服に袖を通し、胸元にリボンをひっさげ鏡の前で髪を整え終わった彼女の容姿は一言で整っていた、端正な顔つきは下手な化粧を寄せ付けない完成品めいた美しさがある。

 最後の仕上げとばかりに整え終わった髪の中から耳の前に一房髪を持ってくると、朱の組紐を結びつけ反対側も同じように組紐を飾り付ける。

 それだけが唯一完璧とも言える彼女の美貌に添えられた彩りであった。


「うんっ!ばっちり」


 不備がないか顔を左右に揺らし確認した彼女の錦糸のような髪がさらさらと慣性に流され揺れて舞う。

 準備が完了すると最後に戸締りをしカバンを片手に廊下に躍り出たところで丁度廊下を歩いていた人物が横合いから声をかけてきた。


「おはよーみこっちゃーん」

「おはよっなつきちゃん!」


 横合いからかかった声に振り返り挨拶を交わす相手は、同じ階に住む同級生の千賀夏希(せんが なつき)。

 運動が得意なことを示すような制服から伸びるスラっとした鍛えられた足と手、シャープな顔の作りに意思の強そうな目、茶色く染めたショートボブヘアーが印象的といえる。

 夏希が彼女に合流すると、それが自然な事のようにどちらからともなく歩を進め二人は並んで寮の出口へと向かった。


「あ、みこっちゃん聞いたー?新しい保健の先生、今日くるんだってさ」

「え?そうなの?どんな人なんだろうねー、頻繁にお世話になるからできれば優しそうな人がいいなぁ」

「だよねー、できれば女の先生がいいかなぁ……まぁとにかく今日は全校集会になりそうな予感?」


 二人は寮を出ると他愛もない雑談を交わしながら学校へと向かっていた。

 歩くといっても学園敷地内に敷設された学生寮のため、5分もかからずすぐに学園が目に入ってきた。


【日本特殊能力育成機関所属宝条学園】


 国が設立し運営しているが有力氏族の多大な寄付金をもって広大な土地に様々な施設を設け、校舎にいたってはまるで西洋の宮殿を模したかのような豪華なつくりであった。

 そこは異世界ファンタジー小説によくある貴族の通う学園のように、通う学生は特殊な能力を持つ特権階級と呼べるような有力氏族の子女が多く通う世間から秘された世界。

 異能を持つ財力のある家柄は己の権力を誇示するかのごとく資金や人材をつぎ込んでは学園内での発言力を高めていった。

 理事や教師、学園に通う生徒に然りいずれもどこかで耳にはしたことがある有名な家名が連なっているのだ。

 こういった流れで学園にくるものは他家が保有する能力の詳細を暴くためや、有能な人材確保、派閥強化を行うため……となっているのは周知の事実である。

 国のお庭を好き勝手にかき回されている現状に「政府の発言力はそこまで弱いのか」と思われがちなのだが政府側にとっては特にデメリットもなく、育成機関は成長し有能な能力者を発掘でき彼らが未来の国を守る防波堤として成長してくれるならと黙認していた。

 そんな政治世界の縮図のような場所に無垢で染まりやすい子供を放り込むなよと言ってもそこは腐っても学園。

 学園トップの権限は強く、それら魑魅魍魎の手綱をしっかり引ける者を就けれる人事権はしっかり確保しているあたりやはり政府も狸である。

 そうでなければ彼女のように純粋培養された子が手折られることもなく1年も過ごすことなど難しいことなのだから。

 まぁ彼女の場合は別の要因もあり手を出せない理由があるのだが……


 この物語はそんな学園に通う学生達の成長と奮闘を綴った学園物語……などではなく、日本に蔓延る怪異事件に挑む退魔師達の活躍を綴った物語である。


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