第2話(9) 評判

 速い奴との戦いが終わった次の日。俺様は高校に来て授業を受けていた。


 高校に強くなる要素はあるのか。昨日見た限りでは学べる知識はたかが知れている。部活で運動をしている者達も見たがぬるい。


 だが、雅は俺様を負かし、マグナ・ルズの力を更に引き出した。


 地力ではないかと結論を出し、高校に行かず鍛練をしようかと思ったら、意識を取り戻した雅から高校に行けと言われた。


 奴との戦いに備えるべきだが、雅の言う通りにする必要はある。


 雅に破門を言い渡されたが、覇道の世界でも破門になった事はままある。


 とは言え破門されたままでは都合が悪い。解く為にも、師匠の不興をこれ以上買うのは避けるべきだ。


 俺様は一時限目だけノートを取った。教師の話ではない。


 学徒達は昨日現れた否定する者の話をしていた。


 戦いを直接見たわけではない。見えたとしても、奴がオリヴィアを空に打ち上げたところや花瑠が巨大化したところだろう。憶測や噂が飛び交っていた。


 雅が高校を休む事が分かると、学徒達の話の中に雅が含まれるようになった。


「委員長、休みかぁ~、死んだのかな?」


「さぁ、そもそも言われるまで気づかなかったわ」


「どおりで教室が明るいなって思った」


「メタ、リアだっけ。ウチ等には関係無いじゃん」


「あのバケモンって、委員長だけ狙うんだから、正直来ないでほしい」


「そういや委員長に、授業中ゲームしてるからってスマホ取られた時は、腹立ったわー」


「私できます、感がなー」


「いつ来るか賭けようぜ」


 学徒達からすれば俺様と雅は異分子だ。


 俺様は学徒達に溶け込むつもりはない。


 雅は溶け込もうとしたのだろうが、小さな不正も見逃せず、冗談も通じにくい堅物故に溶け込めない。後、短気だ。雅自身が思っているよりもな。


 ノートをまとめたら昼休みを待つだけだ。



 昼休み。俺様は学校の端に来ていた。


 昨日の公園をこぢんまりとさせた感じの場所だ。そこで花瑠と昼食を取る事になった。


「意外でしたよ。私とお昼を食べたいって」


「聞きたい事が山ほどあるからな」


 花瑠を見て思った。


 心を読めるのだから、俺様が触って質問を送り付ければ、意思疎通にかける時間や生じる齟齬も減る。食事にも専念できる。良い事づくめではないか。


 花瑠の手に触れようと俺様は手を伸ばす。


「ちょっ?!」


「なっ」


 俺様の指先に強い電流が走った。


 本来なら離すべきだが、ほんの少し我慢して観察しよう。


 エネルギーでできた壁、バリアだ。


 バリアから指を離した。出力は大きくないが、これ以上触れたら奴との戦いに支障をきたすからな。


「みっちーダメですよ。無許可でお触りなんてNGです」


 怒るのか。俺様の手をつかんで自分の胸に引き寄せたのに。


「心が読めるのだ。触って俺様の聞きたい事を送り込もうとしたまでだ」


「そういう手抜きはダメです。0点です」


「点数よりも、いったいいくつ能力を持ってるんだ。心を読み、体の大きさを自在に変え、今バリアを張った。何故、速い奴との戦いにバリアを使わなかった?」


 必ずしも絶対的優位に立てるわけではないが、使える場面はあった筈だ。


「バリアを張るぞってやりたくても、ほら、走り屋さん、すごい速いじゃないですかー。間に合わないかなって」


 隠しているな。花瑠は俺様を割と見る方だが、今答えた時は別の方向を見ている時間の方が長かった。


「どうして、みっちーは、走り屋さんのテレポートしてくる場所が分かるんですか?」


「戦った否定する者の気配を覚えているからだ。これを戦いの中で感じ取る、人間で言う第六感と言う奴だ。加えて経験だな。相手がどう戦うかを考える」


 俺様の答えに花瑠は理解しきれていないところもあるが、不満を抱いているようには感じない。頃合いか。


 俺様は花瑠が察知しやすいよう殺気を出し、奴に迫る速さで殴る。


「うワぁッ」


 俺様の拳は花瑠のバリアに阻まれた。さっきより高い出力。疲労の色はあるが、まだまだ発動させる余力はある。


「張れるではないか。黒い力の補助もあれば間に合うだろ」


「そういうのズルいです」


 小動物に威嚇されても怖くはないな。


「次、嘘をつこうものならバリアを壊すつもりでいくぞ」


「やめてください。昨日は踏み台にするし、帰っちゃいますよ」


 速攻で無力化した後、拷問で口を割らせようと浮かんだが、戦力を減らすわけにはいかんからな。ちゃんと理由を伝えるか。


「違う。花瑠の力を把握したいのだ。否定する者との戦いに勝つ為にな」


 花瑠が嘆息し「そういう人でしたね」と呟いた。


「実は………日によって変わるんですよ」


 影森は俺様に最初『幸運フォーチュン円盤ギフト』と紹介した。ギフトは超能力を指し、幸運の円盤の字面の解釈は予期せぬ出来事いや幸運。つまり予期せぬ超能力か。


「エクスカリバーのみんなは知っていますけど、こう、私は日替わりで能力が変わるんですよって、言いたくないんですよね。弱点じゃないですか」


 確かに。


 日によって能力が変わるとは使い勝手が悪い。だが、どれだけ鍛練をしてきたか分からんが、使いこなせている方だぞ。調子に乗せるのは癪だから言わんが。


「花瑠の能力は興味深い。笑わせてもくれるからな。どんな能力にも使いようはある。踏み台になれるとかな」


「私は踏み台じゃありません。しかもあの時、必殺にできなかったじゃないですか。ダサダサですよ。ダサみっちー」


 俺様を煽り、指さすくらいには元気になったか。腹立たしいが、話を聞くのが本懐だから聞き逃してやろう。


「聞きたかった事って私の能力についてですか?」


「それもあるが、雅について聞こうと思ってな」


 言い終わる前に左右二つに分けた桃色の髪が揺れた。水を得たように花瑠が俺様の話に関心を示したのが分かる。


「えっ、えっ、何が知りたいんですか? 知りたいんですか? みっちー、やっぱり雅ちゃんのこと気になっているんですか。弟子入りするくらいですもんね。いいですよ。こういうアドバイスならまかせてください」


 かしましい。


 思春期いや色恋に強く関心がある者特有の勘違い、他者への興味と干渉が渦となって押し寄せてくる。どうして同年代、正確には同年代ではないのだが、異性の事を聞くとこう面倒なのだ。


「恋愛感情ではない」


「またまた~照れちゃってもぉ~」


「破門を言い渡されたのだ」


 黙ったか。


「それならごめんなさいって言えばいいんですよ」


 俺様は嘆息した。


「いやいや、いくら俺様はって言ってたって雅ちゃんの弟子なんでしょ。今までたくさん迷惑をかけた分、きちんと謝ればいいんですよ」


 数値化できない誠意って奴を込めて、頭を下げても許すとは思えんな。だが、そんな事を口にしようものなら、余計な口論が生じるだけで時間の無駄だ。


「そうだな」


「そうです、そうです」


 納得を感じたので、話はいったん区切りにできるな。


「花瑠から見て雅はどうなんだ?」


 なにやら考え出したぞ。すぐに答えると思ったのだが。


 食べてなかったパンの包装を開けて、ひとかじりしたところで花瑠が口を開いた。


「雅ちゃんはいいリーダーだと思いますよ。真面目で優しくて、ちょっと硬いけど」


 まさに建て前。かしましかった時と比べて委縮している。


「この前の走り屋さんとの戦いの時だって、いいところまで追い詰めたし。でも、どこか焦っているような、余裕を感じないんですよね」


 雅から感じる焦りに関しては俺様も同意見だ。ギガバーガーを買うのを勧めた時の的外れっぷりとは違うな。


「みっちーには期待しているんですよ。暴力、セクハラ、俺様だけど、雅ちゃんを変えてくれるって」


「変えろと言う割には大した情報はないな。雅の心を読んだことくらいあるだろう」


「ブーッ。心のプライバシーですよ。それに、みっちーは大魔王なんですから、雅ちゃんを変えんのなんて朝飯前だと思っていますよ」


 愚弄した上に大魔王の称号を使って挑発するとは許せんな。面倒を避けるが故、これもパンと一緒に飲み込まねばならんのか。


「雅の件が片付いたら今度は貴様を変えてやろう」


 立ち上がらせない重々しい殺意と、桃色のその髪の毛一本すらも手中に収めたい支配欲を込めながら花瑠を見据える。


「え、え、遠慮します。変えるって言っても、ちょこっとだけですよ。雅ちゃんの目がグルグルしているのとかは無しですよ」


 謝罪の言葉は引き出せなかったが、少しは大魔王らしさが伝わっただけよしとするか。


 雅を支配できたとしてもしない。効率的に計羅討凄流けいらとうせいりゅう古武術こぶじゅつの技を引き出せるが、そんな逸脱はつまらん。


 話はこれくらいで、特段何もなく昼休みが終わった。



 一日の授業が全て終わり帰る頃になった。昨日とは違いすぐ帰れるな。


「なんか幽霊みたいなのがいる」


「髪めっちゃ長くて不気味なんだけど」


「呪われそう」


 学徒達の噂が聞こえてくる。


 どうやら校門前に不自然な人間がいるようだ。背が高い、魔女みたいな格好をしているか。思い当たるな。


 校門前に差し掛かると、学徒達が一定の距離を取って歩いているのが分かる。噂の発生源がいた。


 帽子に顔を見えなくする白い髪。魔法使いだと公言するローブ。やはりな。


「来るんじゃなかった、来るんじゃなかった。分かってたけど学生多すぎ。怖い、怖い。みんな私に死んでほしいって思ってるんだ」


 鼻をすすっている音が聞こえる。髪で隠れて分かりづらいが泣いているぞ。


「オリヴィア」


「ぁんどう」


 震えは小さくなり、肩の力がいくらか抜けているのが分かる。


 昨日の奴との戦いで負傷し、明らかに苦手な人混みである高校に来たのは何故だ。


「ここから離れる」


 俺様とオリヴィアは高校を離れた。



 人の目を嫌うからだろう。オリヴィアは肉体的な鍛練をしていない割には歩くのが速い。


「派手にやられた割にはずいぶん元気そうだな」


「本当だったらここには来れない。マグナ・ルズとカプセルのおかげ」


 カプセルは人間一人が入る大きな容器だ。


 オリヴィアが俺様に使った回復魔法をカラクリで再現し、それを高出力にしたものだ。おかげで負傷や疲労を短時間で回復できた。


「人嫌いがよく高校まで来れたな。物見遊山ではなかろう」


「安藤のところにリィズァが現れてもいいように来た」


 奴が現れても俺様とオリヴィアか。バリアを張れる花瑠がレッスンと言っていないのは物足りないが、なんとかなるな。


「俺様は商店街に用がある」


「やだ。エクスカリバーに戻る」


 人混みを嫌うから当然の回答だな。


「安藤、リィズァに殺される」


「殺されるだと、笑えんな」


「あの時、私が回復させなかったら死んでいた」


「脅しのつもりか。俺様は俺様が決めた道を進むぞ」


 俺様はオリヴィアよりも速く歩き商店街を目指す。


「待って」


「断る」


 追いつこうと歩を速めているのが分かる。だが、身体能力では俺様がオリヴィアに勝っているから追いつくわけない。追いつかせはせん。


「待って」


 弱い殺気が伸びてきたので俺様は振り返る。


 水の魔法だ。絡め取られるよりも速く水の縄を手刀で切る。


「俺様を拘束するなら、せめて深きものを使うんだな」


 オリヴィアは口をつぐんだ。高校にいた時くらいには震えているのが分かる。


「俺様はナイアから、高校が終わったら寄り道せずに、真っ直ぐエクスカリバーに戻れとは言われてないぞ」


「コニーとパウエルにやった事の仕返し」


 奴に蹴り飛ばされた二人だが、あの程度では死にはしない。悲鳴を上げるくらいに思い入れがあるオリヴィアには、十分な動機となるか。


「復讐するなら、俺様と一緒に辺りを散策した方が可能性は高いぞ」


 エクスカリバーの建物は五次元先から侵入されないよう、この街よりも空間を厳重に守っている。


「俺様を保護しようとする理由はなんだ?」


 復讐は目的の一つではあるが達成できたら程度のもの。連れ帰ろうとするのは影森の命令でもない。人嫌いのオリヴィアがここまで来た理由が分からん。


「安藤の力に興味がある」


 俺様はオリヴィアを視界に入れながら距離を取る。


「どうして離れるの」


 話を引き出す為だ。


「報告書で見た。リィズァの停止攻撃を打ち破れたのは雅と安藤。しかも安藤は生身」


 俺様は更に距離を取る。情報としては十分だ。


「商店街に行く。何人も俺様の道を邪魔する事は許さん」


 往来の中ではっきりと伝えたぞ。抑え気味だが殺気も出している。


 さて、オリヴィアはどう出る。


 足元から拘束の魔法を出してくる可能性は三十パーセント。


 エクスカリバーに戻る可能性は六じゅう。


「行く」


 可能性を出す前に決断するとは意外だな。


 俺様はオリヴィアと一緒に商店街へ向かった。



「多すぎ、多すぎ、人多すぎ。嫌、嫌、どうして同じ時間に買い物してるの。ネットとかあるでしょ。ぁあ、みんな見てる。肌出したくないから隠してるだけなのに。みんな私に死んでほしいって思ってる。安藤についてくんじゃなかった」


 俺様とオリヴィアは商店街を歩いている。


 人通りが多くなるに比例して、オリヴィアが弱音や愚痴を呟く量も増えている。


 昨日、雅と歩いている時より人に見られている。こんな状態ではオリヴィアに話を聞こうにも聞けんな。


 ここからたい焼き屋はまだある。


 俺様はオリヴィアの細い手首をつかんだ。


「きゃーーーーっッ」


 叫んでいるが構わず、オリヴィアを引っ張って走る。全速力でな。どく者はどくし、どかない者はその横を通り抜ける。いい運動だ。


 たい焼き屋に着いた。


「はぁはぁ、はぁ、はぁ、ユルサナイ、ゆるさない、許さない。腕痛い。恥かいた。絶対バカにされる。酷い目に遭った。もう行けない。もう二度と外出ない」


 息を切らせてはいるが、俺様に呪詛を吐けるとは、軽すぎる割には体力があるな。


 少なくとも通りをゆっくり歩くよりは、幾分か精神的負荷がマシだと思うぞ。


「らっしゃい」


「たい焼き三匹」


「あいよ」


 金はある。今日は昼にそんなに使わなかったからな。ちゃんと三匹買えたぞ。


 用は済んだから商店街を離れた。



 俺様とオリヴィアはエクスカリバーに戻ろうと歩いている。着く頃には日が沈んでいるな。


 オリヴィアがあまりに瘦せすぎているから、たい焼きを一匹余分に買ったのだが、人混みに疲れた事を理由に食べてくれなかった。


 二匹食えてかなり満足だがな。


「食べなかったのはどうするの?」


 人通りがだいぶ減ったからか、オリヴィアから話しかけてきた。しかも、紙袋に入ったたい焼きに関心を抱くとは意外だぞ。


「雅にだ」


「食べないと思う」


「何故だ?」


「そういう人間だから」


「分からん。詳しく言え」


「………自分に厳しいと言えばいいのか。リィズァが出てきた事で焦っている…………私もだけど」


 俺様に今よりも力があったら、あんなのは雑魚だと大笑いしているところだな。


「オリヴィアから見て雅はどうなんだ?」


「………………私のこと、家族を怖がっている。無理して平気なふりしている」


 魚人間か。人間に遠くて近いからな。恐れる者は否定する者と同じくらいに恐れるか。


「雅は安藤を嫌っている」


「破門にされたくらいにはな」


「押し倒されて胸を揉まれた。引っかかった雅が悪いけど、下着の色を言わされ、あだ名にされた。今日だって私の手を引っ張った」


 俺様のどこに落ち度があると言うのだ。面倒だから無視するが。


「安藤は常識外」


 危うく、たい焼きを落とすところだった。よもや常識とは縁遠いオリヴィアから常識外と言われたのだからな。

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