第2話(8) リィズァ襲来

 派手に飛び散ったベンチ。踏み潰したのは大きな左足だ。


 鉛色をした閃光が受け身を取れなかった俺様を襲った。


「速さを否定する者リィズァ再登場ォォォォォォ」


 動けん。

 だが、あの鉛色を出すのは右手の平。そこから目玉が生え、閃光を放つのを把握した。


「早速、負け犬を否定するゼ」


 右手の平から鋭い棘が放たれた。狙いは俺様の心臓か。


 迫ってくる棘に対処できない。


 速い奴の背中にビームが炸裂した。不本意だが雅に助けられたな。


「オイオイふざけんなよ。どうしてゆっくりしないんだよ」


「お前を倒すから」


 雅が切り込んでいた。疾風となって繰り出す鮮やかな突きや蹴り。


 頭が無い片腕片足をした人ならざる者を、容易く叩きのめせるだろう。避けられてなければの話だが。


 しかし、雅が纏っている真っ黒い力。あれを構築する0・05秒間だけ生じる場。あれで鉛色をした閃光を防いだか。


 地面を踏み込める。飛ぶぞ。


 覇道はどうじゅう操流そうりゅう孤高ここうたか奥義おうぎ急襲烈きゅうしゅうれっそう


 俺様は速攻で奴を殴る。


 手応え、気配、共に消えた。


「アッぶねぇ~」


 瞬間移動で上へ逃げたか。当然のように浮きやがって。


 右手の平から生えた目玉が俺様と雅を見ている。孤高の鷹奥義で潰そうにも間に合わん。


「そこっ」


 雅の放った光弾が、奴の右手に当たる直前で静止する。


 鈍くなったものだ。こう思う通りに対応できんのは雅の言う通り食い過ぎか。


 そう思考している内に雅は攻めていた。決定打は与えていないが。


「へい、へ~い、人間。無理してない? もっとゆっくりしようぜぇ。なぁ」


 奴は素早く殴る蹴る。速さを否定しようと閃光を放つ。


 石像になったら俺様が代わって倒してやろうかと思ったが、雅は凌いでいた。


「安藤、マグナ・ルズを持ってないなら逃げてください」


 雅が纏う戦士の装束。頭以外を覆う真っ黒い力と、腕や足、腹部等を流れる青い力。

 それの名前のようだ。影森め。よこさなかった分の報いは受けさせるぞ。


「断る」


 雅の非難が聞こえたが、なによりも気になる事がある。鉛色をした閃光によって止まった光弾だ。


 光弾は雅が放った時から、一回りも二回りも収縮している。エネルギーを断続的に供給しているわけではないからな。


 動き出したか。光弾は上の方に勢いよく飛んだかと思ったら、すぐ小さく破裂した。


 改めて、鉛色の閃光によって停滞するのは全てではない。内側で起こっている運動まで止められるわけではない。止められていたら思考を巡らす事はできなかったからな。


「そのままゆっくりしようぜ」


 俺様は避けた。今の殴りは、さっき見た時よりも速くなっているな。


「食べ過ぎて動けないんですか?」


 光弾が俺様を横切り、その後を追うように雅が跳んでいる。


 覇道はどうじゅう操流そうりゅう功奪こうだつたる《たる》猩猩しょうじょう奥義おうぎ狒凶通刈ひきょうつうかい


 無秩序、予測不能。

 的にならぬよう夜盗の如く飛び跳ねながら、雅が戦っているところへと割り込み、口が生えた奴の首元に命を掠め取る蹴りを叩きこむ。


「ブーッ、ざんねぇ~ん」


 手応え無し。俺様はすぐ樹に向かって跳んだ。


 覇道はどうじゅう操流そうりゅう過冥冷殟かめれおん奥義おうぎ・木断ち《こだち》。


 俺様は葉の中に紛れた。気配を消すのは得意ではないが、隠れられる場所や物があるなら別だ。


「かくれんぼっテぇッ」


 樹に飛び込んで探そうとしたところを叩き落してやった。


 暗殺は弱き者の取る手段。その技を使う事になろうとはな。


「追撃だ。雅」


「わかってます」


 光弾を撃てるだけ撃っているな。


 俺様は飛び降りた。速い奴の近くではない。その反対側だ。


「離れるならともかく、どうして木の後ろに」


 簡単だ。樹を倒して下敷きにする。


 覇道はどうじゅう操流そうりゅうれつおうたる獅子しし奥義おうぎ獅子烈蹴ししれつしゅう


 瞬間的に放てる最大限の蹴りで樹を折り倒す。


「よぉぉぉ」


 俺様は大きな右拳に殴り飛ばされた。


 奴が右手の平から目玉を生やした。防御し切れなかったから回避が間に合わない。


「ッてぇなぁ」


 ビームが奴の側面に命中した。また雅に助けられたな。


「世話が焼けますね」


「邪魔すんなよ。ニンゲぇぇぇンッ」


 瞬間移動か。

 俺様が貴様なら飛び道具を持っている方を最優先で潰すぞ。


 雅が上に殴り飛ばされたところで俺様は遠ざかっていた。


「どうしたー負け犬。俺ッちの速さにビビッて逃げんのかー。無駄だぜェ。すぐ存在ごと否定してやんぜー」


「うるさい」


 雅が光弾を撃って牽制しているのが分かる。音速に迫る追い打ちを受けて地面に叩きつけられたが、一人で倒そうとするくらいには戦えるな。


 やかましい奴は音速に迫る速さと瞬間移動、運動を停滞させる鉛色の閃光、面倒な能力を三つ持っている。

 俺様と雅が得意とする戦闘方法は徒手空拳。鉛色の閃光を二人同時に喰らったら一巻の終わりだ。


 自動販売機だ。四十円では俺様が欲しい分の球は買えんな。


 飲み物をたくさん入れる時は、鍵を使って扉みたいに開けていたな。


 鍵を突き破り、自動販売機をこじ開ける。


「ハイ、これで三十発。俺ッちに当たらなかったパンチとキックの数ね。命中率ゼロパーセント。そろそろ、あき―――」

「グヘシッ」


 350ミリリットル入った炭酸飲料水を奴に当てた。


「セコいぞ。負けイヌゥゥゥ」


「否定してみろ。マヌケ」


 挑発に乗ったバカが殺そうと迫ってくる。


 俺様は手当たり次第に飲み物を投げる。


 忌々しい。奴に当てようとはしているが、不意打ちを含めて命中率は六パーセントだ。


 奴が減速する。俺様も急いで後方へ跳び上がる。


 自動販売機の後ろに隠れて鉛色の閃光を防いだ。


 盾もとい自動販売機が銀ぽい棘に貫かれた。当然避けている。


 奴が高速で回り込んできた。


 打つ。

 瞬間見切移動った


 覇道はどう森羅しんら一体流いったいりゅうらいこう終奏譴ついそうけん奥義おうぎ閃迅せんじん


 俺様の拳は奴の腹部に当たっていた。


「ッハハハハハハハハハハ」


 奴の嘲りがうるさい。


「ハハハハハ、いゃー我慢するだけで、お前の速さを否定できるんだからサイコーだぜ。軽い、カルイ、かるい」


 動けん。反撃の反撃に、鉛色の閃光を受けたからな。


 俺様が打てる最高速度の拳は、奴の腹部を貫けなかった。


「お返しだ、ゼッ」


 肋骨にヒビが入った。背中を自動販売機に叩きつけられた。


 奴の大きな右拳の威力は大砲の直撃に相当する。


「もうイッチョ」


 肋骨が砕けた。苦しい。


 追い打ちの飛び蹴りによって俺様は吹っ飛ばされている。


 技を繰り出したまま放物線を描くのは、情けないことこの上ないな。


 全盛期の三パーセントでもあれば。


 水面に叩きつけられ体が沈んだ。


 公園に池や水場は無かったと思ったが、そこまで吹っ飛ばされたのか。

 冷たい、が、傷ついた体が癒されていくな。それに酸欠しない。

 水が空気中に浮かんでいる。俺様を包んでいるのは魔法か。


 解放された。


「………治した」


 尖った帽子に顔が隠れるほどの白い髪、オリヴィアか。


 雅と同じ黒い力を身に纏っているな。帽子もそれでできているのか。流れている力は濃い緑色をしているな。


「よし、無駄口を潰すぞ」


「ちゃんとお礼を言いなさい。ディートリヒさんがいなかったら、立ち上がる事もできなかったんですよ」


 雅も来たか。と言う事は。


「ヨぉーーー、ゆっくりした良いパーティにしようゼぇぇぇ」


 宴をやるとしても貴様は余興にもならん。


 突然、左右二つに分かれた桃色の髪が現れた。


 花瑠だ。五センチ未満の大きさで浮いている。いや大きくなっている。


 指数急速に関数的大きくなっ増加ている


 花瑠が奴に頭突きをした。


「イッテェーっ」

ったぁーい」


 頭突きは衝突の際の偶然。花瑠は覇道の使い手ではないからな。


「あぶねぇーじゃねーか。事故だぞ、事故。いきなり前に出てきたら止まれねぇだロ。わかるかぁ?」


「ご、ごめんなさい」


 敵に頭を下げるな。


 俺様と雅は奴の隙を突こうと、飛び出していた。


「おっトぅ」


 瞬間移動で逃げられた。合図をしなかったから、不意打ちとしては申し分ないと思ったのだが、甘かったか。


 閃光。間に合わん。


 青い魔法陣が現れた瞬間、大きな水の障壁が鉛色の閃光を防いだ。


「魔法も止められるなんて」


 オリヴィアは魔法を維持していない。運動の停滞により障壁は残り続け、俺様達と奴を隔てている。


「いやぁ~、チーム全員集合ですよ。ちょっとテンション上がりませんか?」


 お気楽な事を抜かしおる。


 しかし、今の花瑠の大きさは見慣れた状態だ。心を読むだけではなく、自身の体の大きさを小さく調整して、浮かぶ事もできるとは。


 二人と同じ黒い力を身に纏っているが、流れている力は髪色と一緒で桃色なのか。


「安藤。木を折る、自動販売機を壊す、試験管とビーカーを壊す、もう少し被害を考えてください」


「快楽目的で壊したわけではない。今、試験管とビーカーは関係無いだろ」


「そうですよ、雅ちゃん。走り屋さんを放置したら、ミッチーよりも、いっぱい被害が出ちゃいますよ」


「……壊さないなんて無理」


 障壁越しに注意を向けると、奴は宙を漂いながら体を伸ばしている。疲れたから休んでいるのか、頻繁に口にする「ゆっくり」している者には手を出さないのか、よく分からん。


「リィズァは今まで戦った否定する者よりも強いです。特に動きを止めるビーム。あれを受けるのは危険です。どういう訳か手を出してきませんが、全員受けたら死にます」


 そうだ。この中の一人でも鉛色の閃光を受けていなければ勝機はある。


「私と安藤、能村さんでリィズァをかく乱します。ディートリヒさんは隙を突いて強力な魔法を撃ってください」


 策通りに行くとは思わんが。


 それよりも戦術に組み込まれたオリヴィアの魔法。回復や盾には助けられたからな。どれ程の破壊力か興味が出てきたぞ。


「オッケー」

「わかった」


「本当は身体スーパー強化型フィジカルじゃない能村さんには無茶させたくないし、ディートリヒさんにはサポートやお友達のお力を借りたいんですけどね」


 障壁が弱まり消える。


 お互い構えた状態だ。


「さて、俺ッち本気を出しちゃおっかなぁ~」


「そう言うのいいんで、大人しく帰ってくれませんか」


 花瑠よ。何故、あの阿呆に受け答えをするのだ。


「俺ッち、ちゃんエクから聞いちゃってるんだよねー。負け犬と、オマケが三つってさー。バラバラに否定して後でメンドウになるよりも、今ここで、まとめて否定した方が最速じゃねって――」


 直感、奴から滲む殺意、行動パターン。瞬間移動による奇襲がくる。

 俺様はオリヴィアの方に動いた。奴にとってこの中で一番の脅威は魔法使いだ。


「な――」


 現れた水銀色の背中に拳を叩きこんだ。


 奴は為す術もなく無様に吹っ飛んだ。


 すかさず縄となった水が倒れた奴を拘束する。かつてオリヴィアが俺様を拘束する時に使った魔法だ。


「こんなもん」


 追撃する前に力づくで引きちぎりおった。


 ぅぅむ。上に行かれると手が出しづらいな。


 無駄口から生まれた奴が静かだ。俺様は攻撃を考えず防御に徹する。


「来ます」


 奴はオリヴィアを殴っていた。雅が警告してからあっという間だった。

 減速せず雅を襲った。


 来る。

 拳。

 いなす。柳の如く。


 雅は咄嗟に防御できていた。俺様より負傷したが。

 オリヴィアは直撃だったが、黒い力のおかげでまだ戦えるな。


 大雑把に大きな右拳を振り回していただけだが、奴の本気はホラではなかった。

 音速になっているとはな。


「グっ」


 体勢が崩れた。二発目までは受け流し切れていたのだがな。


 地面から大量の水が噴出した。避けられなければ、大きな痛手にはなったであろう。


「オ・マ・エ、だよなぁーッッ」


 猛る疾風となった奴が魔法使いを殺そうと迫る。

 地面に迎撃する魔法陣がいくつも浮かんだ。


「ハッハッハッハッハッ、当たらネェ、当たらネェ、絶賛お前の速さを否定中ダァァァ」


 次々と巨大な水の柱が起こる。はやく奔放な奴を捕らえられない、が。


「グぇッ」


 強烈なビームが奴に当たる。雅のだ。オリヴィアの魔法は無駄ではない囮になったのだ。

 好機。俺様は止まった奴に飛びかかり一撃を叩きこむ。

 またか。


「させねぇよ」


 アジ顔とイシダイ顔。魚人間二人が瞬間移動した奴を取り押さえていた。


「は・なせヨ。サカナ。お前、ここじゃ生きていけない生物じゃネェのかよ。海にカエレ。干からびろ」


「よぉ鉄砲玉、お嬢にした落とし前、キッチリ払ってもらうぜ」


 オリヴィアが奴に手をかざすと魔法陣が浮かぶ。


「消えて」


 水でできた槍が奴を貫く。


 一刺し。

「ぐェッ」

 二刺し。

「グェぇッ」


 威力はまずまず。ただ奴が滅ぶには時間がかかるな。


 予想通り消えた。


 俺様が奴ならオリヴィアの背後を取る。雅も考えは一緒のようだ。間に合わなくても遠距離からの対応があるから問題ないな。


 向かう俺様にアジとイシダイがぶつかってきた。裏をかかれた。阿呆が魚人間の横に瞬間移動して蹴り飛ばしたのだ。


「いやあああっ」

 人間ぞくがやられた事に気付き、オリヴィアは悲鳴を上げた。


「アゲてやるゼぇッ」


 弧を描く蹴りがオリヴィアを夜の空へと吹っ飛ばした。


「イチ、ニィ、サーンッ」


 数えたとおりに音速級の追撃がオリヴィアに叩きこまれる。

 俺様では追いつけず、雅は味方を巻き込みたくないのだろう、小さくなって難をやり過ごしていた花瑠はどこだ。


「スィー」


 落体となったオリヴィアを奴が横軸へ蹴り飛ばす。

 雅が光弾を撃った。それでは焼け石だ。


「ご」


 奴は何事もなく光弾を回避すると、右手から棘を伸ばしオリヴィアを貫いた。


 更に抉ろうと伸びる棘が大きな壁に阻まれた。


「ウォォッ!!」


 その光景に奴は驚き、俺様は息を呑んだ。


 オリヴィアが大きな手によって受け止められているのだ。


 その手は七メートルの巨人となった花瑠の手だった。まさか小さくなるだけではなく、大きくもなれるのか。比率は見慣れた時と同じか、興味深いな。


「今、安全なところに置きますね」

 花瑠がオリヴィアに刺さっていた棘を抜いたようだ。


「ダメに決まってんだろ」


 いや貴様の妨害こそ許されないだろう。


「くたばれ」


 仲間の負傷に怒った雅が光弾を乱れ撃つからな。


「オイオイオイ、そんなに撃って大丈夫かぁ。弾、エネルギー切れない?」


 大きくなった花瑠がオリヴィアを公園の端に置いた。


 雅は攻撃しまくっているが、奴は踊っておちょくるくらい余裕だ。


 花瑠は小さくなって隠れたか。


 釦(ぼたん)、イシダイの袖口に付いていたのが落ちてる。

 俺様は指に挟んだ釦を奴に向かって弾き飛ばす。


「ッテェ」


「遅いな。否定する者最速が聞いて呆れる。たった一人を倒すのに、ずいぶん手間取っているではないか。まだ三人残っているが、後何分、後何時間、後何日、いやそもそも使命を達成できるわけがない」


 己を最速と自負する単細胞に、この挑発は乗るだろう。


「こっから、ダ。面倒なのを片付けたんだから、後はサックリ。モブ頼りの負け犬が、偉そうに言ってんじゃね~よー」


 あまり乗らなかったな。事実上、優位ではあるし、優位を自覚しているせいだな。


「また安藤が陽動をするんですか。私がた、陽動をします」


 ぅぅむ。怒りと指揮者で中途半端な雅に、奴を倒せるとは思えん。


「貴様がどいつを否定するかは知らんが、俺様を最後にすれば、貴様は確実に使命を果たせない」


 俺様はこの場から離れる。


「安藤」


 無視。どうせ私が、だ。


「鈍間め。俺様の速さを否定してみろ」


「調子に乗んなよ、ボケぇぇぇッッ」


 奴が俺様の正面を塞いできた。瞬間移動でない事が分かれば十分だ。


 パーンッ!!


 俺様は大きく手を叩いた。目は知らんが、挑発に乗る耳はあるからな。

 一本しかない足の脛をおもいっきり蹴る。


「グワーーーッッ」


 深追い無用。奴の横を通り抜ける。


 少し遅れて光弾が当たる音が聞こえる。他と距離が取れ、戦いやすい場所は。


 倒した梯子を立てた、雲梯か。ちょっと使ってみるか。

 俺様は雲梯の上に立った。足場としては最悪、体勢の維持には注意を払う必要がある。


「オマエ、バカなんじゃねェ~のぉー。足場クソじゃね」


 速攻にまかせた大振りの一発か。


 奴の攻撃は雲梯を降りながら避ける。


 へりをつかむ。手を襲う摩擦熱を我慢、できるだけ体を小さくして回転速度を上げる。

 勢いある振り子の如き蹴りを、格子の隙間から奴にお見舞いする。


 着地だ。奴が瞬間移動した直後以外の追い打ちはリスクが大きいからな。


「痛かったぞ。負け犬の癖に、サルみたいな動きしやがってヨぉー」


 宙を浮きながら繰り出してくる、奴のパンチやキックをとりあえず避ける。奴はそこそこ苛立っている。


のろい、のろい。今速さを否定しているのは俺様だな」


「ケッ」


 瞬間移動か。


 俺様は雲梯をつかみ、奴が言う猿の様に移動する。


 背後に鉛色の閃光を感じた。少し追いかけたところで止めたか。


「安藤、離れすぎです」


 よし、雅が来たか。そうなると。


 出てくるぞ。阿呆が。


 俺様は雲梯に張り付いた。持てる腕力と得られるだけの回転速度を使ってな。

 鉛色の閃光が真下を通る。


 瞬間移動直後を狙った雅のビームが奴に直撃する。


 ここだ。俺様の突きが奴に呻き声を吐かせた。

 二発目は後退して避けたか。どうする。


 雅の射線に入らないよう回り込んできたか。


 かかと落とし。威力は強烈だろうが、受け止めて捕まえるか。

 雲梯の向こうに奴の姿。かかとを振り下ろした。


 壊れた雲梯が降ってくる。棒を一本貰って逃げるぞ。


「逃げんなよォ」


 振り向きざまに雲梯だった棒で刺してやる。


 脇腹に刺す。前に俺様は殴り飛ばされた。

 その上、梯子で頭や背中を強打した。


 右手を向けてきたから、俺様は咄嗟に棒を投げる。


 宙で静止した棒。鉛色の閃光を止められなかった俺様も、梯子に体を預けたまま動けなくなった。


「さて、否定する前に♪」


 奴が瞬間移動を使った。軽い粒が舞うのが聞こえる。雅は砂場の近くに立っていたな。


 空気の震え、息遣い。雅が技を振るって奴を倒そうとするのが分かる。だが、奴の嘲りが聞こえるのだから、決定打を与えられていないのも分かる。


「オマエは次な」


 雅を停滞させたな。


「よォーーーーーー、ゆっくりしてたかァァァ。オマエを否定してやるゼ」


 奴が大きな右手を俺様に向けた。

 停滞じゃない。


 否定しょけい


 奴の首元いや頭が殴られた。


「ダメ」


 花瑠。小さくなって気配を消していたのか。


「なんダぁぁ。俺ッちに攻撃したつもりかぁァアアンッ」


 黒い力で強化しても攻撃は素人。奴を怒らせるだけだ。


「お前タイジョー」


 奴が花瑠を遠くに殴り飛ばした。


「ッハッハッハッッハッハッハッ」


 否定したのだと笑っているな。勝利したつもりと。


 俺様は油断しているところを忍び寄っている。


 投げた棒が間近で閃光を受けたのと、雅と花瑠が時間を稼いだからだ。


 棒は今も宙で静止している。

 触れると動かせたので武器として使う。


 奴の背中は大きく、夜でも水銀色に輝いている。


 俺様は棒で奴の脇腹を突き刺す。


「グァァァァァァアアアアアアアア」


 覇道。


 俺様が奥義を繰り出す前に瞬間移動したか。


「イッデェエエエエええええなぁ。クソがぁッ」


 奴はうるさい叫びをあげながら、俺様が刺した棒を抜いている。傷口からは血液ではなく光る粒子が噴出している。


 噴出が止まる。光らない虚数の流動体が空気に触れた事で凝固したようだ。

 つまり傷口は凝固して出血を防いだ代わりに、構造的に脆くなったのだと推測する。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」


 棘が雨となって降り注ぐ。正確には、俺様の上を取った奴が音速で移動しながら、右手から伸びる棘で乱れ突いている。


 致命傷こそ回避しているが、あちこち切り刻まれている。今は奴が疲れるまで耐えるしかないのか。幸いと言えるのは鉛色の閃光を放ってこない事か。


 棘の乱れ突きが止む。

 激情の旋風となった奴が俺様を殴り飛ばした。


 重たく。

 受け身も取れん。


「ふっハァ~、スッキリ。マジで痛かったんだぞ。さっきの。負け犬は負け犬らしくゆっくりしてろ」


 ほざいてろ。と返すこともできん。奴の言う通り、ゆっくりせざるを得ない。


 伸びてくる影。視界が暗くなった。

 闇の帳から巨大な膨らみが二つ。この形状、重力に引っ張られている具合。

 乳か。花瑠の。


 俺様は急ぎ飛び起きた。

 今の花瑠は恐らく七メートルの巨人。四つん這いになっているから、少々だらしない腹がかなりだらしなく見えるな。


 狭く感じる太ももの間を通り抜けた。

 俺様は足に力を込め、地面を強く蹴って跳んだ。花瑠を見下ろせるくらいに高く。


「ふんっ」


 花瑠が大きな大きな両手を広げて水銀色の害虫を叩き潰す。


 いい不意打ちだが。


「うそ?!」

「ざ~んね~ん。そんな攻撃、俺ッちには当たりませ~ん」


 停滞させられた直後の花瑠に着地。ここで助走をつける。


「ハハハハハハ、でっけぇヒトオブジェの完成だァァァ。あのままゆっくりしとけば良かったのに。バカな人間だぜ。ハハハハ」


 奴が花瑠をけなしている間、俺様は花瑠の背中を走っていた。

 地面でない事を差し引いても、柔らかいから走りづらかった。同じ条件だったら雅やオリヴィアの方が走りやすいだろうな。


「んー、この人間を否定したら、このままゆっくりするのかなぁ、しぼんじまうのかなぁ」


 殺せば、停滞が解けた後、体は元の大きさになる。貴様に答えを知る機会は与えん。


 覇道はどうじゅう操流そうりゅう孤高ここうたか奥義おうぎ鷹襲烈下ようしゅうれっか


 飛んだ俺様は獲物を狩る鷹が如き膝蹴りを奴に叩きこむ。


「ヘッ、当たんねェよ」


 避けられたか。反撃を入れてこないとは油断しているな。

 俺様は砂場近くに着地した。


「疲れたんじゃネ、俺ッちがゆっくりさせてやんよー」


 迅(はや)い。奴が迫ってくる。

 俺様は足を振り上げ一気に砂地を踏み込んだ。


「うォッ!!」


 砂が大きく舞い俺様の姿を隠す。奴は驚いて瞬間移動を使ったな。


 覇道はどうじゅう操流そうりゅう凶毒きょうどくあたえしさそり奥義おうぎ砂隠さいんじゃくそく


 俺様は砂に紛れて気配を消す。


「無駄だゼッ」


 奴が音速で突入し砂を吹き飛ばす。


「どこだ?」


 獲物に尻尾の毒針を刺す蠍はとても見つけにくいものだ。特に気配を感知するのが大雑把で、勝てると油断しきっている奴にはな。


 覇道はどうじゅう操流そうりゅう凶毒きょうどくあたえしさそり奥義おうぎ痺凶針撼ひきょうしんかん


 奴の脆くなった部分に俺様は突き刺す蹴りを放つ。


 消えた。


「アッブネェ」


 馬鹿な。奴が瞬間移動を使ってから、次に使えるのは五秒後の筈。三秒で発動させたぞ。

 俺様が阿呆に読み合いで負けた。おかげで停滞させられている。


「いやぁ~、ちゃんエクのアドバイスを聞いといて良かったゼぇ。次のテレポートができるまでの時間をゆっくりしといて良かった、良かった」


 入れ知恵をしたのは代行者か。あの時逃したのは失敗だった。こうして窮地に追い詰められているからな。


「さて、オマエらはゆっくりしているからOKだけど」


 奴が動けない雅の方に向かい鉛色の閃光を放った。念には念をとは。


 詰みだ。


「オヤスミ」


 右手から棘を伸ばし雅に突き刺す。


 雅が棘をつかんだ。


 鉛色の閃光を浴びたばかりで停滞している筈だ。


「くたばれ」


 雅が奴に突きを放った。襲いかかる虎の様な強烈で重たい一撃だ。


 黒い力、戦士の装束に変化は無かった。だが、もう一つの力、青い力は血の様に赤く禍々しく変化していた。


「ふざけんな。どうして、俺ッちのゆっくりビームを浴びたのに動いてんだよ。ゆっくりしろ。休め。なんなんだよオマエ?!」


「ふざけてんのはお前よ」


 雅が計羅討凄流けいらとうせいりゅう古武術こぶじゅつの技を動揺している奴に叩きこんでいる。青龍、白虎、朱雀が大暴れだ。


 あの赤い力はエクスカリバーが設計の際に組み込んだ、いわゆる限定解除なのか。もしくは雅の然代タリアとしての力に呼応して、偶発的に発動したものか。


 今の雅は俺様が見てきた中でも一番速くて力強いが、もがき苦しんでいるように見える。

 停滞を脱する程の力となると、過大な負荷がかかるのは必定。問題は奴を倒すまで維持できない可能性が高い事だ。


 俺様は持てる力の全てを動く事に意識する。


 全てを停滞させようと重くのしかかる力。


 一歩踏み出せ。


 腕を振り上げろ。


 未だ俺様の体は微動だにせず。


 全身を万力で締め付けられる様に苦しいが、問題ない。


 何物も俺様を邪魔する事は許さん。ましてや否定する者なんぞに、いつまでも止められてなるものか。


 心臓が激しく動いているのが分かる。


 意識が飛びそうだ。


 勝つ。


 勝つ。


 俺様が勝つ。


 熱い。


 心臓から末端にかけて力が伝導しているのが分かる。

 恐らく雅も補助を借りてだが、俺様と同じ『動こう』としたのだろう。


 俺様は力づくで停滞させようとする力を振り払った。


「チクショぉぉぉ。どこだ?」


 雅が赤い軌跡を描いて奴の背後を取ると、仇なすものに襲いかかる朱雀が如き飛び蹴りを喰らわせた。


「あぅオオオオオオオオオオオオ」


 奴の悲鳴。俺様が雲梯だった棒を刺した箇所を中心に大きな穴が空いている。たくさんの粒子が溢れ出している今、この好機を逃す手はない。


 俺様は走った。雅も走った。奴にトドメを刺す為に。

 もうすぐ間合いに入ろうとしたところに、殺気が割り込んでくる。


「伏せろ」


 次元が歪み、白く発光する鞭が空を切った。


「リィズァ様。手出し無用と仰いましたが、否定されそうでしたので救援に参りました」


 三角形の帽子をかぶった人型。目は白目が黒く瞳は金色。顔は色白だが、赤銅色の肌と服を着ているかのように配した黒い肌。マントにブーツ。


「貴様!!」

「エクセス」


 また次元が歪んだ。


 刃物の腕を生やした人型が計二十。羽の付いた円盤に細くしなる尻尾を生やしたエイが計十二。

 代行者を中心に左右に展開した陣となっている。速い奴の為にこの規模を出すとは本気だな。


「しょ~がね~なぁ~。ホントはここから大逆転するつもりだったんだが。ここはちゃんエクの顔を立てて、あがるとしますか」


 本来なら下らぬ見栄も張らせずに殺していたのだが、あの物量を一瞬で滅ぼす事ができぬ以上は如何(いかん)ともし難い。


「じゃあな。ゆっくり休めよ。次会ったら否定してやるぜ」


 奴が五次元先に去ると、代行者と雑兵共も一斉に撤退していく。


「ゆっくり休めよって悪口なのかな?」


 花瑠か。もう少し早く動けていれば、巨大化して雑兵共を薙ぎ払っている隙に俺様が奴を倒したのだが。いくつも面白いものを見せたから咎めはせん。


「それよりも、被害を確認しましょう」


 雅は俺様よりも疲れているな。

 今黒い力に流れているのは青色だ。


「安藤、リィズァがあらわれたときは、あ――」


 雅が倒れた。花瑠は狼狽えているが、死んではいない。赤い力を使った過負荷によって、極度の疲労状態となり意識を失っただけだ。


 俺様も一休みする必要がある。後の面倒は、全てエクスカリバーの人間に押し付けるとしよう。

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