第2話(7) 放課後

 放課後、俺様は職員室を出た。


 一日の授業が終わり、帰ろうと思ったら放送で職員室に召喚させられた。


 ギガバーガーの競争、授業態度について教師から咎められた。


 床や壁の劣化は知らんがどの場面でも人的被害は無し。


 授業中は寝なかったし、答えを求められたら正解を答えるようにしたぞ。


 最初は黙してやろうかと思ったが、腹の立つ物言いが多いから言い返すと舌戦になった。


 そこに雅がやって来て謝罪を促す肘うちを受けたからな。


「す・い・ま・せ・ん」


 と謝ってやったわ。


 尊敬にも値せぬ教師に、俺様が行える最大限の謝罪をしても収まらなかったから、雅にとりなしてもらう形になった。


「ショッピングモールに行ってみるか」


「反省しなさい」


 次からはノートを取る真似くらいはしてやろう。


 しかし、こう腹立たしい気分の時は発散させるに限る。


「それと、ショッピングモールは工事中なので閉鎖しています」


 俺様と雅が否定する者と戦ってから一週間以上経っている。

 なるほど、この世界で最先端技術を有するエクスカリバーを基準とした場合、今いる学校は最小でも七十年くらいは技術的に劣っているからな。


 社会的な問題を加味すると、建物を修復するのは時間がかかってしまうのだろう。


「ならば、学徒が言ってた古着やゲーム、ホットケーキはどこにある?」


 休み時間中に聞こえた学徒の会話から、ショッピングモールはやっているものだと思っていた。


「商店街にあるお店ですね」


「よし、それなら商店街へ行こう」


「ダメです。稽古です。今日の反省と、お昼に食べたパンのカロリーを消費してください」


 師匠から修行と言われてしまった以上、商店街へ行く事を諦めなければいけなくなる。それよりも行ってみたいのだ。例え取るに足らない場所だったとしても。


「修行を八時からにしたらどうだ」


「今すぐ帰って修行です」


 いつもは師匠をするのは消極的な癖に。よほど腹に据えかねているな。そんな鬱憤晴らしの修行に意味は無い。


「俺様は先に帰るとしよう。もし迷って帰りが遅くなったら、その時は許してくれ」


「逃げるんですか。破門ですよ」


 叩きつけたか、その言葉を。まだ計羅討凄流古武術を半分も習得していない以上、避けたいところだ。


 なにより、これなら帰るしかあるまいと、得意気にしているのは腹が立つ。


 切り口を変えるか。


「リーダーに質問しよう」


「な、なんですか?」


 師匠と呼ぶ事はあってもリーダーなんて呼んだのは初めてだからな。雅の不意は突けた。


「もし、この街に否定する者が攻めてきたとしよう。戦うのは俺様を含むチーム・ガラハッドだな?」


「当然です」


「ならば、俺様がこの街を全く知らないと言うのは、戦いにおいてマイナスでしかないな」


「戦闘になったら影森司令や情報分析班がサポートしてくれますよ」


「戦場が遊戯盤なら構わん」


 現場で戦う者として思い当たる事があるのだろう。雅は言い返そうとはしない。


「あの時、ほとんど雅の判断で動いているようにしか見えなかったぞ」


 付け加えるなら援軍をよこさなかったのは疑問だ。まぁ、あの時は俺様がいたからな。雅一人では事を為せなかっただろうな。


「あの時は、エクスカリバーが民間人の避難を優先するように動いていたからです」


「オリヴィアと花瑠はどうしていた」


「ディートリヒさんはお友達と一緒に、安藤以外の逃げ遅れがいないかの捜索。能村さんはお仕事で到着に時間がかかっていました」


 到着に遅れただと。エクスカリバーの切れ味はずいぶん鈍っているな。どのみち否定する者は俺様が倒すとしても、露払いもまともにできん組織に所属してしまったのか。


 それよりも商店街に行く口実だ。


「ショッピングモールにせよ商店街にせよ。建物の特性、何が設置されているか、それを把握してるか、してないかだけでも大きな差だ」


「それはそうかもしれませんが」


「あの時は偶然、油がたくさん置かれている場所があったから覇道の技が使えた。それを知っていれば、雅に策を伝えて連携ができたかもしれん」


「連携? 唯我独尊がやっと服を着た様な君が。信じられません」


 過去を例にしたのはやぶ蛇か。少しは商店街へ行くに傾いたと思ったのだが、続けるしかあるまい。


「今までの否定する者は、単純な破壊行動を行う雑兵を散発的に送り込んできただけだった。出てきた害虫を駆除する程度で済んだだろう。だがこれから先、リィズァの様な能力を持った奴が攻めてくるのは間違いない」


「そうかもしれませんね…………」


 深刻そうな顔をして、この街に起こる可能性を想像できた様だな。腹立たしい奴の名前を出した甲斐はあった。


「連絡が取れなくなる。チームが分断されて孤立せざるを得なくなる。特に幻覚を見せられた時は、その場所を知っていれば、いち早く差異に気付き、幻覚を看破できるかもしれん」


 今言った事象程度ならマシな方だ。宇宙の定理から著しく外れた存在を知っているからな。とは言え勝つのは俺様だ。


「奴らが今すぐ攻めてきたらどうする? 律儀にこれから攻撃しますなどとは言わんだろ」


 雅から嘆息が漏れた。頭が固くても俺様を案内する意義は理解できよう。


「わかりました。緊急に備えての確認として。安藤に商店街の案内をします」


 気晴らしをするには仰々しい名目だが、商店街を案内してくれるのはよしとしよう。



「つまらん」


「これで十回目です。私達は遊びじゃなくて確認をしているんですよ」


 確かに雅は俺様に商店街を案内してくれた。


 構造としては、大きな屋根のある一本道に商店が集合している。

 食事を提供する店、洋服や器をはじめとした物品、本を扱う店、色々と見る事はできた。


 店の前か、入ったとしても滞在時間は一分にも満たぬから、興味深い物を見つける暇はなかった。

 それに他の学徒の目を気にしているのか、俺様を小突いたり軽く蹴ったりして、早く行くよう促されもしたからな。


「まったく、他の学徒は遊んでいるぞ。俺様達も少し気晴らしをしたって問題無いだろ」


「問題あります」


 唇を尖らせるな。俺様も内心はらわた煮えくり返っているんだぞ。


「俺様と初めて会った時、ノートを買いにショッピングモールに行ってたよな」


「そうですね」


「ノートなら商店街でも買えるだろ。本当はショッピングモールに遊びに来たんじゃないのか?」


「私がどこで何を買おうが、君には関係無いと思います」


 素っ気なく答えたが遊びに行ってたな。


 さらに歩いていると「たい焼き」の看板に目が付いた。


 『たい』と称しているが、焼くのに使う型枠が鯛に似ているだけ。鯛は使っちゃいないな。


 俺様の前で焼くのか。しかし、甘くて香ばしいな。小豆の匂いにも惹かれるものがある。


 そう言えばたい焼きは確か、頭から尻尾まで餡が詰まっているものと、頭から胴体までは餡が詰まっていて尻尾は生地のままの二種類に分かれていたな。


 気になる。焼く前を見ていないから、どっちなのか見当がつかん。


 割れば分かる。箱に入っていた猫が死んでいるか、死んでいないか。実際に見ればいいのだからな。


 俺様はたい焼きに手を伸ばす。

 金なら後で払う。

 中身を見せろ。


 手首を捕まれ、捻られた。


「すいません。たい焼き一つください」


 ぬぅぅ。たい焼きに夢中になって雅の存在に気付けなかった。


「彼氏と半分こかい?」

「違います」


 手首の拘束を解放された。


「違う。ししょ――」


 今度は口を押えられた。握りつぶさんくらいの力でだ。


 高校での自己紹介の時でもそうだが、そんなに師弟である事を公にされるのが嫌か。


 たい焼きが潰れて、頭から尻尾まで餡があるのか、頭から胴体まで餡があるのか、それを確かめられなくなるよりはマシだ。



「はい。食べた分、後でちゃんと動いてください」


 店から少し離れ、雅が俺様にたい焼きを渡してきた。


 もちろん受け取る。自分で食うものと思っていたが、くれるとは思わなかった。


「ありがとう」


 俺様がそう言うと雅は目を丸くした。しかもすぐ背を向け、小声で「どうして言えるんですか」と言ったのが聞こえた。師匠から物を貰ったのだから礼くらい言うぞ。



 商店街から少し離れたところにある公園に移動した。


 広さにして商店街全体の半分から三分の一くらい。ベンチや遊具がそれなりにあって整備はされているが、いるのは俺様と雅くらいなものだ。


「どうして、あの場で食ってはならんのだ。歩きながら食っている人間を見たぞ」


 礼は言った。が、ここまでの移動を強制されたから、焼きたてではなくなったではないか。


「歩きながら食べるなんて行儀が悪いです」


「蹴りや押さえ込みは行儀が悪くないのか」


「早く食べてください。冷めますよ」


 包んでいた紙を外し、たい焼きの尻尾の部分を割った。

 尻尾には餡がぎっしり入っていた。


 なるほど。では食おう。


 うむ。美味い。

 餡と生地の合わさった甘さ。ほんの少しの塩気。

 もちもちとパリパリの食感。


 いくらでも食えるな。


 グゥゥゥゥゥゥッっ。


 俺様の腹の音ではない。


 慌ててよだれを引っ込めようとする雅。無視はしていたが、食べている時もずっと凝視していたからな。


「何故、自分のを買わなかった?」


「私にはいらないからです」


 ここは笑うところか。師匠を笑うわけにはいかんので、なけなしの威厳を尊重する。


「この程度のカロリー、よだれを垂らして抑え込むほど多くは無いだろ。ましてや覇道の使い手なら微々たるもの」


 ただし、言いたい事を言わないわけではない。


「大問題です。今日、安藤はギガバーガーをはじめ、六個のパンにコーヒー牛乳、たい焼きを食べたんですよ。いざって時、鈍っても知りませんよ」


 説教。いや食べられない事の八つ当たりが溢れ出している。


「確かに。食べ過ぎではあるな」


「そうです。もっと節制してください」


 ベヒモス暴食と呼ばれた俺様が真逆の節制をしろとは笑わせる。もちろん笑わんが。


「矛盾してる。だったら何故、俺様に買い与えたのだ」


「あれは、安藤がたい焼き屋さんから、たい焼きを奪おうとしたからです」


「奪う? 餡が尻尾まで入ってるか、入ってないかを確かめてから買うぞ」


「えぇっ、中身を見たかったから手を伸ばしたんですか?」


「そうだ」


 雅が頭に手を当て「あーっもう、この社会不適合者」と小さめに嘆いたのを無視。


 ともかく、この店で売っているたい焼きは、尻尾まで餡が詰まっている事が分かった。


「わざわざ雅が買わずとも、金ならあったぞ」


「ちゃんとお店の人にお金を払ってからにしてください。後、安藤の残額ではたい焼きを買えません」


 買えないだと。デバイスを見てみる。項目と画面の移動が多いから雅に聞きつつ。あった、あった。チャージ・キャッシュか。



 四十円



「安藤がたくさん買うから、影森司令にいくら支給したのか確認したんです」


 湯水のようにあるとは思っていなかったが。こんなに無いとは。金くらいは節制するか。


 さて肝心な事を聞きそびれた。


「何故、たい焼きを食わなかった?」


 俺様の問いに雅は答えず。


 葉の揺れる音が聞こえる。


 太陽がだいぶ地平線に沈んだな。


「私は安藤を破門します」


 雅が沈黙を破った。


 破門か。困ったな。


「私の指示を聞くと思って弟子にしたのですが、私のスペースを勝手に掃除してきて、いきなり高校に入学してくる、自己紹介で私の弟子だと名乗る、奇声を発して備品を壊す、四階から飛び降りる、頼んでもいないのにたくさんパンを買ってくる」


 これでも殊勝な弟子だったのだがな。


 ひとまず岩となろう。雅に不満を吐き出させるだけ吐き出させて、俺様がどう感じたか、感じたままに動くとしよう。


「技の時は真面目に聞く癖に、ちょっとでも陰陽術が絡むとやる気を無くす、授業を真面目に聞いてない癖に、なんで毎日勉強している私よりも勉強ができるんですか。理不尽です」


 と愚痴をこぼしてくる。


 分かるものは分かる。だ。


 言わんが。


「安藤のせいでめちゃくちゃです」


 俺様が雅の何を壊したのだ。


 一番恨みがこもっている。


「自分を襲った変態を弟子にしたとか。弟子をパシリにする委員長。裏番。パンを貰わなかった時は、安藤が捨てられた子犬みたいなせいで、私が悪役みたいだったし」


 パンを貰ってくれなった時は消沈していたが、小動物に見えるくらい弱々しかったのか。


「私がクラスで浮いたのは安藤のせいです」


 なるほど。ボッチになったのは俺様のせいだと言いたいのか。


「それは無いな。俺様と会わなかったとしても、雅は学徒に馴染めない」


 逆鱗に触れられた龍もとい雅が俺様に殺意を向けてくる。


「どうして友達ができないと、安藤なんかに決めつけられるんですか?」


 悩める青き怒りに水銀色の野卑が混じってくる。


 五次元先。奴だ。


「離れろ!!」


 俺様は雅を突き飛ばす。


 ほぼ並行して飛び退く。

 不格好な態勢により次の行動が遅れたとしても、上からの奇襲を避けるのが最優先だ。

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