第2話(6) 高校へ行こう2
「俺様の名前は安藤道男。遠くから東京に来た。雅の弟子だ」
必要最低限の要素は伝えた。
後は俺様が座る場所を教師に告げられるのを待つのみ。
学徒連中から、ざわざわと話が聞こえてくる。
「弟子?」
「委員長の?」
「え、ヤバ」
「動画のまっ裸じゃね?」
噂程度だが俺様の事を知っている者もいるようだ。影森は記憶ではなく記録を消しただけだからこうなるか。
「どうして………」
机に顔を突っ伏した雅から弱々しい声が聞こえてきた。
「おほん………安藤君の席は
教師に告げられた席へと向かう。
「………バカ………………」
雅に睨まれたが、俺様は席に着く。
「どうやって入学したんですか? まさか影森司令に頼んで裏口入学したわけじゃないですよね」
「入学試験を受けて合格したぞ」
「信じられません」
不正を疑っているようだが、正当な手続きに則って来たのだから問題は無い。
授業が始まった。
教師の話と黒板に書いた内容を雅は真面目にノートにまとめている。だいたいの学徒も同じだ。一部の学徒は教師の目を盗みデバイスを操作している。
数学は宇宙の定理の上澄みだから寝起きでも答えられる。
世界史は記憶していた出来事の補足だと思えば、聞く価値は多少ある。英語は既に理解していた。
問題は国語と同様に話せるか話せないかではなく、教科書通りか通りではないかを基準にしているから退屈だ。
三時間目が終わり次は化学の授業。
俺様が定めた結果をただ確認する為だけに実験室へ行く事になった。その場所への案内を雅がしている。これは善意ではなく、学級委員長の務めだそうだ。
「安藤、真面目に授業を受けなさい。どうして高校に来たんですか? 冷やかしなら今すぐ辞めてください。ちょっと勉強ができるからって………」
やっと口を開いたと思えば、そんな事か。休み時間の度、雅に話しかけようとしたら無視するかトイレへ逃げるかだった。
師匠たる雅に高校へ行っていいか、許可を取らなかったのは不義理だったかもしれん。
「高校で雅がどんな風に過ごしているのか気になってな」
「は、ハァっ?!」
雅の刺々しさがたちまち失われる。生娘故に恋慕を匂わせる様な事を言っておけば、黙らせるのは容易い。
「みっちー」
そう気安く呼ぶ者は俺様が知る限り一人しかいない。
「雅ちゃん。みっちー借りますね」
どうやら花瑠は俺様にだけ用があるらしい。
実験室から少しそれた所に俺様と花瑠はいる。
「いやー、入学して来たって噂は本当なんですね」
確か雅より一歳年下で一年生だったな。
同じ制服でも着ている者によって変わるのだな。折り目正しい雅は
「あれれ~、私のカワイさに気づいちゃったんですか~?」
特に制服でも膨らんでいるのが分かる大きなおっぱいだな。
「ウツボカズラくらいにはあるな」
「ほめてないですよね。絶対ほめてないですよね、それ」
食虫植物くらいには異性を引き寄せると思うぞ。
「俺様に何の用だ?」
「雅ちゃんとはあんな感じなんですか?」
「そうだな」
一瞬、花瑠が眉間にしわを寄せる。
「もっと仲良くなるべきだと思います!!」
花瑠が大きい声を出して俺様の事を指差した。偉そうにしているのが気に食わんな。
「下らん」
「下らなくないです」
ウツボカズラと言った時より頬を膨らましたな。
何か考え込んでいる。こう言う時に超能力があれば面倒を省けるのだが。
「もっと技とか習得したいとは思いませんか?」
「全て習得したいな」
「それならここで、弟子らしいことをしましょう」
勘違いしているな。師匠は技を教え、弟子はその対価として奉仕する。
思えば、雅の弟子になってから弟子らしい事をしたのは二日くらいだった。
雅の場所の掃除や衣服の洗濯をしたら「変態」と罵られ。デバイスの電力の残量が減っていたから充電しようとしたら「やめて」と怒られたな。
「ズバリ、『ギガバーガー』ですよ」
十の九乗だと。あの料理をどうやって圧縮していると言うのだ。
「ウチの学食が赤字必至で提供するスペシャルな奴です。限定三個。コスパとお肉とカロリーの塊。チェーン店にも負けていません」
ずいぶん得意気に語るな。
「雅ちゃん、けっこう食べるんですよね」
何故、急に小声になった。
「俺様が買って雅に差し出せばいいのだな」
「そうです。後、テキトーに惣菜系とデザート系があればいいと思いますよ」
「惣菜とデザートか。何を買えばいい?」
「惣菜系ならエビタマゴサンドやヘルシーサンド。デザート系ならイチゴクリームメロンや粒あんコッペとかどうでしょう」
覚えた。
「あーでも、移動教室なんですよね。やるなら四時間目が教室の日にしましょう」
「安藤、それに
雅が来た。
「雅ちゃん。みっちー返すね」
俺様を物扱いするな。だが、有用な情報を提供した事はよしとしよう。
「急ぎましょう。チャイムが鳴りますよ」
遅れてもせいぜい一分程度だろと思ったが、俺様は黙って雅について行く。
実験室でやる下らん観測よりも、どうやってギガバーガーを手に入れるかだ。
今日は行うには不利な日らしい。
それがどうした。手に入れたくなったぞ。
まず思い浮かんだのは買った直後の学徒から奪う。
確実だが、そもそも購買だったか、どこにあるか分からんな。
雅に頼めば確実に場所は分かるが、三個しかないのだから、着く頃には手に入らない可能性が高い。
こう言う時、探知の魔法があれば場所を特定できるのだが。
ふと窓に目をやる。今いる実験室は俺様がいた教室の反対側に位置しているのか。廊下を見る事ができるのなら、教室を出る学徒の流れを見れば方角は分かるな。
新しい問題が出てきた。
雅を含む、ここにいる教師と学徒達の目を欺く方法だ。飛び降りなくては事を為せない可能性は高いだろう。ただ常識から大きく逸脱して騒ぎになる。食事どころではなくなるだろうな。
「安藤、この試験管に塩酸を六ミリリットル入れてください」
アンモニアでも手に入れて煙幕でも作るか。手に入れようと思えば手に入るが、気配を消して盗む必要がある。そもそも得意だったら目くらましなんかいらん。
試験管にビーカー。どれもガラスだな。面倒だがこれにするか。
指で軽く叩いて音を確かめたら、言われた作業をするとしよう。
実験はつつがなく終わり、もうすぐ昼休みを告げるチャイムが鳴る。
俺様は実験室の隅で、目くらましに使う試験管やビーカーを布で念入りに拭いておいた。
チャイムが鳴る二十秒前。
空気をめいっぱい取り込む。
チャイムが鳴る十秒前。
丹田に力を込めて息を吐き出す。苦しいが喉を閉めろ。頬を上げ、目を見開け。
「ハッ(瞬間的な声の大爆発)」
手近に置いておいた試験管やビーカーが割れた。
息を整えながら窓際に移動する。渾身の奇声に全員呆けているな。
チャイムが鳴る。
意識を向こう側の教室に向ける。
急いで廊下を出る学徒が複数。同じ方角に向かっているのが分かる。
実験室が騒ぎ出す。関心のほとんどは俺様の発した奇声か、割れた試験管とビーカーだ。
既に開けた窓から俺様は飛び出した。
もうすぐ地面。一回転して着地。すぐに購買があるであろう方角へと跳ぶ。
俺様以外の走っている足音を確認できる。壁を壊さず建物内に入れる通路は見つけた。多少遠回りにはなるが、覇道の技を使っているのだから学徒達との差なぞすぐ埋まる。
通路に入った。走っている学徒の姿を確認できる。この先からも足音と気配を確認できるから購買はまだだな。
四人抜いたところで先行を走る学徒が五人。奥にはパンが並んだ棚が見える。そこか。
俺様は追い込みに入った。一人、また一人と抜かしてはいるが、思うより遅い。ガラスの固有振動数に合わせた声を出すのにだいぶ体力を消耗したようだ。
拳が襲ってくる。抜かされまいと腕を振ってきたか。
避けたら足が鈍る。このまま殴らせて走り続ける。
痛いな。頬骨に当たった。
殺す。は抑えて走る事に集中する。本懐はギガバーガーを買う事だ。
腕を振り、足を上げろ。
「次からはケガしないようにね」
なんか売り手から聞こえたが、俺様は購買に着いた。学徒の誰よりも一番速くな。
「gィガガッァア」
「え?」
この魔獣の唸り声は俺様か。肺もキツイが、喉はそれ以上に深刻の様だな。情けなし。
「ギガバーガーください」
「ギガバーガーとクリームパン」
二番手と三番手を睨んだ。殺意を込めて。
だが、迫力不足か。ギガバーガーが残り一つになってしまった。
このままでは無駄骨だ。声を出さなくては。
「ガーガー」
「はい、ギガバーガー。他は?」
でかしたぞ二人目の売り手。俺様に力があったら、願いの一つ聞いてやってもいいくらいの働きだ。
花瑠が言ってたパンと気になったパン、飲み物を買った。
俺様は教室に戻った。
「安藤」
雅が声を尖らせ睨んできた。
「いったいどこに行ってたんですか?」
怒りが噴火直前だな。とは言っても俺様にはギガバーガーがあるから問題無いな。
「試験管にビーカーを割って、実験室を飛び降りて。下も騒ぎになっていましたよ」
飛び降りを見られているとは思わなかったな。止められないよう距離を取っておいて正解だった。
騒ぎと言ってたが、あれは昼休みの恒例行事ではないのか。
「くしゃみだ。偶然、ガラスの固有振動数だったから割れてしまった」
「奇声の間違いでは。しかもわざとやった」
雅が訝しんでいる。さすがにくしゃみだと言い張るのは無理があったか。
「俺様も
「それなら、もっと上手くコントロールしてください」
「師匠よ。では今後の為にも、ぜひとも教えを請いたい」
雅が口ごもる。できれば積極的に技を教えてもらいたいものだな。
「飛び、急にいなくなった理由は? 先生が困っていましたよ」
俺様はパンで溢れそうな袋を雅の机に置いた。
「ぇえ、なんですか?」
「ギガバーガー、エビタマゴサンド、ヘルシーサンド、オムカレー、イチゴクリームメロン、粒あんコッペ、アップルパイ、チョココロネだ」
「バカ」
怒気を強く表しおった。久しぶりに聞いたな。
「購買に行く為にわざわざこんな危ない事をしたんですか?」
「危ない? 大して危険には思えなかったぞ」
雅が深く嘆息した。
「安藤、どうして私の机にパンを置いたんですか? それと、こんなに食べたらお腹を壊しますよ」
「俺様のじゃない。雅の昼飯だ」
目を丸くしたか。三個しかないからな。苦労した甲斐があったものだ。
「ぜひともギガバーガーを食べて欲しい」
「いりません」
拒絶に耳を疑った。
「何故だ?」
「私は頼んでいません」
そう言うと雅はバッグから、プラスチック容器に入ったサラダと、紙パックの派生みたいな飲み物を取り出した。
紙パックの派生の表面はアルミで覆われていて、ストローは無いが飲み口だろう箇所は確認できる。十秒で摂取できるのか。しかし、これとサラダだけで足りるわけがない。
「正気か。覇道の使い手として、これではエネルギー不足だ」
「ご心配なく。私はこれで十分ですから」
参ったな。
弟子が師匠の生活に奉じるのは奴隷だからではない。それもまた教えとなる場合があるからだ。
師匠が必要とするものを察するのも修行の一環なのだが、わからん。
雅が食べぬと言うのなら致し方あるまい。せっかく苦労して買ったギガバーガーを含め、全て食すとしよう。
「あーもう、わかりました。食べます。食べますから」
雅が赤面しながら言った。ではギガバーガーを。
「私はヘルシーサンドと粒あんコッペにします。後は安藤がなんとかしてください」
袋を開けて食べ始めたか。思っていたのとは違うがよしとしよう。
さて、ギガバーガーを食べるか。
ギガと冠する割には俺様が知っているハンバーガーよりも一回り小さいな。
挟まっている肉は揚げた鳥と合い挽き肉のハンバーグ、ベーコン。肉の三重奏はまぁまぁ。アクセントの野菜はそれなり。苦労して買った事を考慮すると、なんとも言えんな。
他も十分食えるな。まだ他にもあったから、次は「あかさたな」の順で決めるか。
「まだ食べるんですか」
「当然だ」
雅は「太りますよ」と引いていたが、パンは全て腹の中だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます