第2話(1) 俺様に名前が付いた

 寝台の上で俺様は目が覚めた。




 起き上がると、白が基調の狭い部屋。


 肌に触れてくる違和感。意識の無い間に、誰かが俺様に服を着せたようだ。


 部屋の隅には腰かける便器と洗面台。隔たってないと言う事は独房か。だとしたら、服が白と黒の横縞やオレンジ色じゃないのは何故だろう。




 腹の音が鳴る。そう言えば、水しか口にしてなかったな。




 簡素な台に載った食事が目に入る。


 小さいパンが二つ、豆ばかり目立つトマト煮、ほうれん草の入った大きめな卵焼き。腹が減ってたから、美味い不味いは気にならなかった。


 紙の箱に密閉した牛乳には多少戸惑いはしたが、蝶や蛾の口に似た管ストローの存在を思い出し、吸い出す事ができた。




 腹も満たしたし、この狭い部屋に用は無い。




 固く閉ざされた扉。錠前の類は見当たらない。


 触っても苦痛は来ず、ぼんやりした手応えも感じない。半導体を用いたカラクリで制御している可能性が高いな。




 材質は炭素とタングステンを混ぜたもの。厚さは十二センチくらい。力を三秒溜めてから、一息に拳を三発放てば破壊できるな。




 構え。


 呼吸し。


 打つ。


 拳が当たるよりも早く扉が開く。




「君、なにしてんの」




 俺様の拳を前にして雅が平然としている。


 それもその筈、全く予想してなかった事が起きたので、つい警戒して止めてしまったのだ。




「スミレか」


「雅です」




 んぅむ。あのまま止めていなければ、先の礼をしてやれたのにと思うと残念でならない。




「それより、君から話を聞きたい人がいるので、大人しく私について来てくれますか?」




「断る。と言ったら」




「断る権利ならあります。本当は変態を野放しにしたくないんですが、お家へ帰ることができます。ただし、君の知りたい事を知る機会を失います」




 尋問の召喚か。それも、あくまで自由意志を尊重した。勝手に俺様を捕まえといて等と罵りたくなるが、情報が足りぬ以上、ここは応じてやってもいいだろう。




「いいだろう」




 俺様が話してやろうと言うのに、雅が動こうとしない。何故だ。




「君、靴も履いてなかったから、こちらでサンダルを用意しましたけど、履かなくていいんですか?」




 靴。そう言えば履いてなかったな。戦いの間は無視していたが、柔らかい足の裏では、足場がちと悪くなっただけで苦痛が走ってきた。素足で恒星の表面や針山の上を歩いていた頃から比べると、だいぶ弱体化したものだな。




 俺様は寝台の傍にあったサンダルを履いてから、先導する雅の後をついて行った。






 俺様は今、司令室と言う場所にいる。




 広い空間の割には調度品やカラクリの類はほとんど見当たらない。あるのは俺様の前で偉そうに足を組んで座っている女の椅子だけだ。




「はじめまして。エクスカリバー・日本キャメロット・東京支部で、司令官をやらせてもらってます。かげもり・ナディア・千笑里ちえり。よろしくね」




 影森は軽いしゃべり方をした二十代半ばの女だ。茶髪を一つに束ねて肩に垂らし。ん、けっこう豊かな胸だな。それはどうでもいいとして。




 エクスカリバーと言う単語、たまに聞くのだが、なんだったか思い出せん。




「あらら、ご存知無い。三百六十五日、二十四時間、いつでもどこでも、否定する者と戦っている軍隊の名前だよ。世界にとっての聖剣であれ。すばらしい理念だとは思わないかい?」




「ナイア。まさか、こんな下らん話を聞かせる為だけに、俺様を拘束したんじゃないだろうな?もしそうなら、貴様らの下らん旗印ごと、俺様が叩き折ってやるぞ」




「君、態度が悪過ぎです。もし、余計な事をしようとしたら、殴ります」




 うるさい声が割って入ってきた。俺様の後ろに立っている雅が一歩詰めてきたのが分かる。




「まぁまぁ、雅ちゃん。男の子はこれくらい威勢がよくなくちゃ。もし、彼が本当に何かしようとしたら、頼りになる雅ちゃんがササッと片づけてくれるでしょ」




 雅の警戒心がほんの少し薄らぐ。影森は足を組んだまま余裕の笑みを浮かべている。




「ナイア、俺様を捕まえて何のつもりだ。忠犬自慢でもしたいのか?」




「君ぃ~、呼び捨てでも構わないけど。いきなりミドルネームかい」


 文句を言うなら、最初からミドルネームを口にするな。




「しかも、微妙に違うし。いいかい。私のミドルネームはナディア。ナイアじゃない。ナディア。かげもり・ナディア・千笑里ちえりだよ」




「ナイア」




「ナ・ディ・ア。ちゃんと人の名前を覚えなさい。余計なトラブルの元だよ」




 トラブルか。もう既に巻き込まれているんだぞ。今さら一つ二つ増えたところでなんだと言うのだ。




「ナイア」


「これだけ訂正しても直らないなんて、彼の脳みそは筋肉で凝り固まってるのかな。ハハハハハ」




 影森が肩をすくめて笑い出す。




「筋肉だと。タンパク質はあっても、人間の脳にそんなもんは無いぞ。ナイア」




「ハハハハハハハハ、生物の講義かい。けど、遠慮させてもらうよ。私が聞きたいのは、どうして影森でも、千笑里でもなくて、ミドルネームのナディア。それを短縮してナイアと呼ぶのか。ぜひ知りたいね?」




 飄々としてる態度の割にずいぶん粘着質な女だ。だが、答えてやらねば話が進まん。答えてやるか。




「ナイアと言う響きには、何故か親しみがあってな。似た様な響きだと、ついそう呼んでしまう、癖みたいなものだ」




 俺様が説明してやったら、影森は何度も頷いた。




「なるほどね。つまり君のそれは、私に対する親愛の情だと受け取っていいのかな」




 どうすればそんな解釈ができるのだ。あくまで名前に親しみがあるのであって、貴様には煩わしさしか感じないぞ。




「さて、彼がちゃんと覚えてくれるかは望み薄だけど、ここで会ったのも何かの縁。否定する者と戦う私の手足、じゃなかった。私の頼れる仲間、チーム・ガラハッドのメンバーを紹介しようじゃないか」




 俺様から見て、影森の左側には二人の少女が控えている。




「まずはチーム・ガラハッド、いや世界でもトップレアな魔法使い。ドイツ出身。オリヴィア・フォン・ディートリヒを紹介しよう。水の魔法が専門で、幼女の頃から魔法を使えた天才。人は彼女を『水厄の魔女』『インスマスの長』『割れた水瓶』あっ、三つ目は無かった事にして」




 影森が紹介したオリヴィアと言う少女。俺様よりも背が高く。白い髪が滝のように伸ばしっ放しで、腰に達するほど長い。




 長い前髪に隠れがちな顔だが、なにやら口を動かしてるのが分かる。




 魔法使いと呼ばれてる以上、呪文を唱えている可能性が高い。


 すぐにでも先手を打ってやりたいが、どんな水の魔法が出てくるのか興味もあるので、一先ず何を呟いているのか耳を傾けてやろう。




「どうして勝手に私の紹介をするの。しかも天才だなんて、目をつけられたらどうしよう。すごくめんどくさい。司令は私を困らせて楽しんでいる。だから個室で済む筈の尋問を、わざわざここでしたんだ。ぁあもう、来るんじゃなかった。今すぐ帰りたい。早く終われ、早く終われ、早く終われ、早く終われ、早く終われ、早く終われ、早く終われ、早く終われ…………」




 呪文かと思ったが、とてつもなく長いだけの独り言。この世界で魔法が見られると思い期待してたのだが、拍子抜けだ。耳障りだし、少し黙らせておくか。


 魔法使いが相手なら、全てを蹂躙し魂を邪で喰らう、冒涜を極めた悪鬼くらいの迫力で威圧せねばな。




「初めまして俺様くん。能村花瑠のむらはること『ののえる』です☆ よろしくね♪」




  〟




 完全に虚を突かれた。




 オリヴィアの隣にいる、桃色の髪を左右二つに分けた少女。小動物みたいな存在が、ほわほわ、ふわふわ、にゅわにゅわ、と言うのか。とにかく、無駄にキラキラと眩しい笑顔で名乗ってきたのだ。




「俺様くんって、雅ちゃんを押し倒したって聞いたけど、なんか思ってたより、ぜんぜん怖くないね。こう目つきが悪いけど、不良になり切れない子が無理してるって感じ。それが、ちょっとカワイイ。なんて」




 花瑠はるの笑い、ずいぶん馴れ馴れしいな。俺様はまだ今の顔を確認してないのだが、どうやら思っていた以上に軽んじられる容姿らしい。




花瑠はるちゃんはいわゆる超能力が使えるんだ。能力は『幸運フォーチュン円盤ギフト』すごいでしょ」




 超能力か。魔法とは似て非なる力。ダークマターを用いず、思考で宇宙を操る力だ。能力は名前からして、確率を操作する類だろうか。




「えっ、能力がなんなのか知りたい。残念、ヒ・ミ・ツ~。私から花瑠ちゃんについて言えるのは、チーム・ガラハッド、ひいては日本一、いいや世界一のアイドル!! それだけなんだ」




千笑里ちえりさん。トップアイドルにはなりますけど。話がブッ飛んじゃってますよ」




 花瑠の言う通りだ。影森の話には無駄が多過ぎる。




「オーケー、オーケー、花瑠ちゃんの言う通りだね。最後に紹介するのはチーム・ガラハッドのリーダー。スーパーな委員長ガール」




 この分だと、また長くなりそうだな。そう思っていたら、雅が足音を立てて俺様を横切って行き、話を遮るように床を鳴らして正面に立つ。




「エクスカリバー・日本キャメロット・東京支部。チーム・ガラハッドのリーダー。本城ほんじょうみやびです」




 そう名乗った後、雅が俺様にゆっくりと頭を下げた。




「雅ちゃん。あの時も、アンノウン君に名乗ったんでしょ。なんて呼ばれた? なんて呼ばれた? 教えてよ~」




「かかっ、影森司令。今は関係ありません。話を進めてください」




 雅は羞恥で顔を赤くしながら、俺様を見張る位置に戻っていく。




「さて、私達の自己紹介は終わった。今度は君の自己紹介も兼ねて、私の質問にいくつか答えてもらおうかな」




 不敵に笑う影森。自分達が話してやったんだから、俺様も話すべきだと言う態度。気に入らんが、ひとつ付き合ってやるか。




「まず、君の名前は?」


「俺様に名前は無い」




 影森はこめかみを押さえるだけで、雅みたいに追及してこなかった。




「それなら年はいくつ?」


「この宇宙が誕生してから何年経つ? それと同じだ」




「アンノウン君。それだと君は百三十八億歳って事になるよ。まぁ、君の年頃なら、上にサバを読むのは珍しくもないか」




 百三十八億年。この肉体を構築するのに要した時間は、俺様が一眠りしていた時と同じくらいだろうか。




「君はどこから来たのかな?」


「虚無、ではなく、宇宙だ」




「宇宙。アバウトだねぇ、アンノウン君。ここも宇宙の一つだよ。エクスカリバー・宇宙キャメロット・宇宙支部になっちゃうなぁ。ハハハハハハ」




 こいつは軽口を叩かないと死ぬ呪いでもかかっているのか。




「君の家族について聞きたいな?」


「いない」




「いない? アンノウン君を産んでくれた両親も、育ててくれた親も、兄弟も、血の繋がらない妹もいない。ずっと天涯孤独で生きてきたと言いたいのかな」




 俺様がふざけていると思っているのか、茶化す影森から笑みが潜める。




「要素を分け与えたもの、分け与えてくれたものか。それならば、俺様の家族は宇宙と言う事になるな」




 俺様が答えると、影森が一気に噴き出す。




「アッハハハハハハ。人類みな兄弟どころか、宇宙そのものが家族。スケールが大きすぎて、お姉さん参っちゃうなぁ」




 尋問と言う下らぬ問答は続き、学徒であるか労働者であるか、誕生日、好きな色、趣味等、些末な事ばかりを聞かれた。




「う~ん。アンノウン君について分かるのが、無職で、好きな色が黒って事と、宇宙と言う単語を使いたがるだけか~」




「君、影森司令の質問にちゃんと答えてください」




 せっかく答えてやったのに、影森は得る物なしと言う態度、雅はしびれを切らした様に圧をかけてきたか。




千笑里ちえりさん。普通の質問じゃ答えづらくないですか? ここは俺様君にドーンと語ってもらいましょうよ」




 花瑠からまともな提案が出てくる。同感だ。人間達の枠組みに当てはめた問答など、俺様には無意味なのだ。




「気が合うね~花瑠ちゃん。私もちょうどそんな事を考えていたんだよ」




 俺様はここにいる奴等に、俺様がどんな存在であるかを語った。






 思考として存在していた俺様が宇宙を創った話。




 平行世界の行き方を発見し、悪魔達の王となって、天使と創造主を征した話。




 別の平行世界で覇道と呼ばれる格闘術、その全ての流派を会得し頂点に立った話。




 覇道の世界から帰った後、戦いを挑んできた否定する者ごと宇宙を潰し、創り直した話。






 語ったのはこの四つ、長くなるから話はかいつまんだ。




「気が付いたら――」


「雅ちゃんを押し倒していた」




 先に影森に言われたな。




「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」




 何故、笑う。影森だけでなく、花瑠、雅。我関せずのオリヴィアまで口を押さえているではないか。




「ごめんなさい。フフ、君にとって大事なことだと分かっているんですが、ふふふふふ、いろいろ設定が盛り過ぎていて、ほんとうごめん」




「あははははははは。ごめんね。私もののえるなのに。はは、笑っちゃって。ののえる失格だよね」




 謝ってはいるが、俺様の話を信じてないだろ。




「悪魔と天使を出した時点で、ぷふっ、素人、中二病。いるのは貴方達が旧支配者グレート・オールド・ワン怪物クリーチャーと呼んでる存在だけ」




 オリヴィアの速い呟き。怪物モンスターはともかく、旧支配者グレート・オールド・ワンは聞き覚えがないな。それに中二病とまで言ってきたぞ。




「アハハハハハハハハハハハハハハハハ。天地ちょうアルティメット王なんて、中二丸出しのネーミングじゃん。格闘家の頂点にして、悪魔達を統べる大魔王。そして、その正体は宇宙の創造主」




 腹がよじれるを体現しおって。




「ハハ、否定する者に負けちゃって、今は人間。設定モリモリなんだもん。こういうのって一人一つくらいが相場じゃないのかい。笑うなってむっりぃ~ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」




天地てんち覇道はどう超越ちょうえつ究極きゅうきょく武力ぶりょくおうだ。略すなら覇道王と呼べ。顔面を叩き潰すぞ。ナイア」




 天地覇道超越究極武力王。


 覇道の世界における真の頂点に立つ者の称号だ。所詮は呼び名の一つにすぎないが、他から易々と愚弄されるのはあまり気持ちがいいものじゃないな。




「影森司令。私も笑ってしまいましたが、きちんと謝った方がいいと思います。彼の技は荒削りで然代タリアの力に頼っていますけど、覇道は彼の開いた立派な流派だと思います」




 良い事を言っているつもりだろうが、信じてない前提で話を進めるな。なにより、覇道の使い手として雅が俺様よりも上だと言う認識が気に食わん。




 だが、ようやく中二病と言う病気の症状が分かった。要は誇大妄想の類と言う訳か。人間の領分を超えた俺様の過去を、どおりで奴等は真実だと受け取らぬ訳だ。




「ごめんなさい」




 雅が俺様に謝りに来たと思ったら、また後ろへと戻って行った。ほんとうに忙しい奴だ。




「ごめんね、アンノウン君。否定する者と戦う私達が、否定する者じゃダメだよね」




 称号も大事だが、特に、俺様が否定する者に負けたと言う認識も改めさせたかった。多少の齟齬は見受けられるが、現に宇宙は存在し、俺様も存在している。否定する者は宇宙を否定できず壊滅状態。辛勝かもしれないが、勝ちには変わりないのだ。




 俺様は反論をしなかった。奴等が妄想だと思うのなら、それもまたよし。俺様の本懐は奴等の知っている、この世界と否定する者に関する情報だ。危うく忘れるところだった。




「改めて、アンノウン君に質問。どうやって雅ちゃんを押し倒しちゃったのかな?」




「気が付いたら押し倒していた。これが俺様から言える真実だ」




 ビッグクランチで宇宙を虚無に還し、マクロでビッグバンを起こしたところまでは覚えている。その先、雅と会うまでの間は空白だ。故に、こう答えるしかないのだ。




「今度は雅ちゃんに質問だ。君はどうやってアンノウン君に押し倒されちゃったんだい?」




「はい。私は放課後、ノートを買いに近くのショッピングモールへと寄りました。買い終わったので支部に戻ろうとモール内の一階を歩いていたら、いきなり目の前が真っ暗になって、気が付いたら私が倒れていて、全裸の彼が馬乗りになっていました」




 話している雅自身が一番腑に落ちない様子だ。




「いきなり? 計羅討凄流けいらとうせいりゅう古武術こぶじゅつの次期当主であり、戦い慣れている雅ちゃんが不意打ちに遭う。ちょっと信じられないね」




「あの時、周囲に全裸で歩いている人なんていませんでした。いたら通報してましたし、確保してました。それに殺気も感じませんでした」




 どこにもいなかったからな。




「例えとしてはどうかと思いますが、私が歩いているだけの動画があるとして、途中なんの脈略もなく、私が彼に押し倒されているシーンを編集でムリヤリ入れられている。それくらい不自然でした」




 幻覚魔法にかけられた後に通じる手応えの無さ。結果だけがそこにある因果を無視した不可逆性。


 雅も何が起きたか分からない事が分かった。




「もしかしたらアンノウンは否定する者が作る歪みを通った。歪みの向こう側は否定する者の世界。仮定はすっ飛ばすけど、アンノウンは否定する者の世界を脱出する為、もう一度歪みを通り、雅を押し倒す形で現れた。そこにエクセスが追ってきた。これで辻褄が合う」




 早口なオリヴィアの推論。興味深いが、俺様の直感には響かないな。




「う~ん、然代タリアの力の暴走だと思うな。色んな能力があるし、強さもバラバラ。何が起こったっておかしくないよ」




「オリー、花瑠ちゃん。そう言うのは科学チームにポイしちゃおう。否定する者が作った歪みを通っちゃった説、力の暴走説。はたまた、天地てんち開闢かいびゃくの衝撃で未来に来ちゃった超越者説。でも、アンノウン君がアンノウン君のままには変わりないし、不毛だと思うんだよねぇ~」




 影森め。ずいぶんまともな事を言うではないか。


 分からない事を分からないままにするのは問題外だが、それにいつまでも囚われ続けるのもよくないからな。




「ミスターアンノウン君。君は否定する者と然代タリアをどこまで知ってるかな? 正直に答えたまえよ。今なら手取り足取り、お姉さんが教えちゃうよぉ。クフフフフ」




「否定する者なら知っている。俺様に戦いを挑んできた敵。世界と一緒に心中しようと謳う胸糞悪い偽善者。快楽主義の破壊主義者。貴様らにとっても邪魔な存在だ」




 影森の乾いた拍手だけが響く。




「回答としては五十点かな。正直に分かりませんって言ってくれれば、本当に手取り足取り教えてあげたのに。素直じゃないアンノウン君には、罰として退屈な講義を聞いてもらうよ~」




 影森の手許に写真とおぼしきものが浮かび上がり、俺様に向かって放り投げてくる。


 投げてきた写真が俺様の前で壁くらいの大きさになった。




「魔法か? ナイア」




「ホログラフィー出力の量子コンピュータさ。SFでポピュラーなテクノロジーを、エクスカリバーの技術屋が実現してみせたのさ。DARPA《ダーパ》でも見られないレアなシロモノだよ」




 壁や眼鏡、薄い膜や霧にも頼らない素粒子を利用した投影、大きさまで自由自在か。


 魔法を使わず、カラクリだけで制御してみせるとは。雅の纏っていた黒い力と言い、エクスカリバーは俺様の知っている人間の技術力を凌駕しているな。




「アンノウン君にテクノロジー自慢もしたいけど、今は歴史の時間だ。寝たら雅ちゃんに叩き起こされちゃうから気を付けてね❤」




「分かりました」




 影森、雅よ。つまらなくても見るぞ。貴様らにはありふれた情報だとしても、俺様には重要な情報だからな。






 人類が文明を持ち、明確に暦を数えて二千と十年。




 そこから遡って二十年前。千九百九十年以降に生まれた人間、その中の極少数にだが、人間の領分を超えた能力に目覚める者がいた。後に然代タリアと呼ばれる存在だ。




 同じく千九百九十年以降、人類の世界に空間の歪みが生じ、そこから異形が現れた。否定する者による攻撃が始まった。




 人類は否定する者に手を焼いた。


 空間の歪みを利用した奇襲。


 多種多彩な攻撃方法と、新然代による攻撃以外は高い耐性を持つ防御力。


 特に厄介なのは一人でも多くの人間を殺し、己の死をよしとする思考だろうか。




 劣勢に立たされた人類にとって然代タリアの存在は図らずも大きな戦力になった。


 最初、彼らは自分の持つ能力で否定する者からの攻撃を自衛していた。やがて徒党を組むようになると、侵攻してきた否定する者を撃退できるまでになっていた。




 だが、否定する者代行者エクセスの登場から状況は一変する。


 攻撃対象を街単位から然代タリア一人ひとりへと絞ったのだ。




 然代タリアは否定する者の襲撃によって次々と死亡した。




 原因は然代タリアが常に発し続けている信号の様な力。人間、同じ然代タリアですら感じ取るのが難しい力を、否定する者がいち早く察知していたのだ。




 これ以上、然代タリア達が否定する者によって殺されるのを防ごうと、世界中に散らばっている然代タリアの保護を目的に組織を発足。


 「世界にとっての聖剣であれ」を旗印に、否定する者と戦う組織エクスカリバーだ。




 エクスカリバーは優秀な科学者や技術者を集めて、様々な物を開発した。


 ホログラフィー出力の量子コンピュータ、雅が纏った黒い力改めバトルスーツ、然代タリアの発する信号を否定する者から攪乱する技術、空間の歪みを起こさせない装置。




 二千十年現在。エクスカリバーは各国と連携を取り合いながら、侵攻してきた否定する者を撃退している。






「どうだいアンノウン君。エクスカリバーに入ってみたいと思わないかい?」




「影森司令。今、なんと仰いましたか?」




 毅然を装うとしているが、雅からは動揺を感じるな。




「アンノウン君。チーム・ガラハッドに入りたまえ。これは決定事項だよ」




 わざわざ椅子から立ち上がって大仰に構えると思ったら、俺様に命令だと。




「断る。貴様如きが俺様に命令するんじゃねぇー、と仰られたいのでしょう」




 俺様の言いたい事を先取るな。




「もし、貴方様が本当に大魔王様ならば、空腹と言う人間の様な現象で、否定する者に遅れを取る筈がございません。そうだと仰って頂けますなら、私。この場で貴方様がお帰りになられるのを、見届けさせて頂くだけでございます」




 今度は跪いてみせた。口元を見なくたって、影森がほくそ笑んでいることくらい分かる。


 そうだ。俺様は人間なのだ。




「いや~、ウチはメリットしかありませんよ~。明るく笑顔の絶えない、自由度の高い職場環境。衣食住完全完備。働きが良ければ、ボーナスウハウハ。もし、怪我や病気をしたってエクスカリバーの最新治療が受けられちゃう。こんな素晴らしい場所、他にはありません」




 慇懃無礼から、今度はうさん臭くて安っぽい語りだな。だが。




「分かった。貴様の言う通り、チーム・ガラハッドに入ってやろう」




 人間ではあるが、人間と言う種がどうなろうと知った事では無い。




 とは言え、俺様に戦いを挑んできた否定する者と言う種を、俺様が全て虚無に還すと決めた以上、力を取り戻すまでの間の仮住まいが必要だ。その為なら人間の組織の傘下に入るのも致し方あるまい。




「影森司令。私は反対です。私はチーム・ガラハッドのリーダーとして、彼をチームに入れる事は反対です」




「どうして? 裸一貫で否定する者と戦ったんだよ。ホープだよ。ホープ」




「確かに、影森司令の言う通り実力だけはあると思います。ですが彼は、全裸を隠そうともしない常識知らず、傍若無人を地で行く。協調性皆無の自己中男です。そんなのがチームに入ったら、私達は命がいくらあっても足りません」




 強い雅の主張。しかし何故、提案した影森ではなく、俺様が罵倒されなければならんのだ。




「反対一票ね。オリー、君はどうかな?」




 オリーことオリヴィアが上ずった声で答える。




「は、反対。わ私は、そもそもチームなんてなくても、友達と一緒に戦うから、いい」




 意外だ。孤独を好んでそうなオリヴィアの口から、友達と言う単語が出てくるとは。まぁ、それは置いておくとして。




「反対二票。花瑠ちゃんはどっちに入れる?」




「私は俺様君が仲間になる事に賛成。だって、雅ちゃんと同じ戦い方で、同じくらい強いんでしょ。超心強いじゃん。一緒に戦ってもらおうよ」




 受け入れる姿勢は賞賛に値するが、俺様より雅が強いと言う認識は改めさせた方がいいな。




「能村さん。能村さんは彼の傍若無人さ、セクハラ被害に遭ってないから、そんな呑気な事が言えるんです。私は、彼に――」




「押し倒されて胸を揉まれたんだよね。分かってるって雅ちゃん。セクハラは確かにアウトだけど、雅ちゃんはちょこっとくらい免疫を付けたほうがいいと思うよ」




 雅の場合はアレルギーだな。戦っている時でも動じるくらい致命的だ。




「そんなもんいりません」




 怒って頑なになったか。




「雅、オリヴィア」




 し有無を言わせない迫力。


 笑ってふざけてばかりの影森が発したものだ。




「本人の承諾は得た。今からアンノウン君はエクスカリバーの一員。チーム・ガラハッドの新しいメンバー。これは影森・ナディア・千笑里による決定事項」




「いいね」




 反対だった雅とオリヴィアは黙ったまま、影森に異を唱えようとはしなかった。




「オリー、君の強さは知っているつもりだよ。一人で十分かもしれない。でも、お友達の安全を考えるなら、盾は一つでも増えた方がいいんじゃないかな。なんて思うんだけど」




 優しく話しかける影森にオリヴィアは頷いた。盾呼ばわりした事は聞かなかったことにしてやるとして、お友達の正体は同族じゃない可能性が高いな。




「影森司令。私は反対です」


「どうして?」




 覆りそうにないと言うのに、雅は妥協せず、まだ己の意思を貫き通そうとは。やるではないか。




「影森司令。そもそも、彼の名前すら分かっていません。否定する者だとは思いませんが、エクスカリバーを快く思っていない組織のスパイかもしれません。そんな人を仲間にして、後で大きな問題が起きたらどうするんですか?」




 俺様が間者かんじゃの類かもしれぬときたか。




「CIA、MI6、KGB、ふふっ。記憶を消して命令を中二病で暗号化。あはははははは」




「真面目に答えてください」




「そんなにアンノウン君を疑うなら、雅ちゃんが朝から晩。それにトイレやシャワー、ベッドの中まで彼を見張ってればいいじゃん」




 雅が影森の冗談を真に受けたのか、熱した鉄の如く顔を紅潮させる。




「と、といれ、しゃわ~、べっど、のなか…………ありえ、ません……………………………」




「ハイッ、アンノウン君がチーム・ガラハッドに仲間入りしたところで、重大なミッションが発生しました」




「千笑里さん。また否定する者でも現れたんですか?」




「ブッブゥ~、ざ~んねん。正解はアンノウン君の苗字と名前を皆で考えようです」




 この世界での名前か。




 魔界ではベヒモス、大魔王、サタン、逆賊。覇道の世界では鳶、愚かな弟子、門破り、天地てんち覇道はどう超越ちょうえつ究極きゅうきょく武力ぶりょくおう、略して覇道王。色々と呼ばれたものだが、どんな呼び名になるのか。




「ハイ、ハイ、ハイ、ハイ。それなら俺様君の苗字は『安藤』がイイと思います」




 小動物みたいに何度も手を挙げ。花瑠が主張してくる。




「何故『あんどう』なのだ?」




「俺様君。千笑里さんからアンノウン君って呼ばれてたでしょ。アンノウン、アンノウン、アンノウ、アンノウ、あんどう、かなって。思ったんだ」




 言葉遊びの類か。




「道」




 オリヴィアからだ。今にも消えそうで聞き取りづらかったが、聞き取れる範囲だ。




「道か。俺様の覇道から取ったのだな」




「ぬッ、ぬすみ聞き。み雅のいうとおり私の秘密を調べる、気なの」




 奇声。身をすくめ、俺様から後退りするオリヴィア。言ったのは貴様の方ではないか。




「『道男みちお』我が道を行く男で、『道男みちお』と言う名前はどうでしょうか」




 雅が語る名前の所以、俺様は俺様の道を行くし、この体は男だし悪くはないな。




 苗字と名前を繋げて『安藤あんどう道男みちお』か。少々、安直な気もするのだが、せっかくだし貰ってやろう。




「俺様の名は『安藤道男』。これを俺様の名前とする。ナイアよ、問題無いな」




 問題無しだと、影森が親指を上げてみせた。




「オッケ~。じゃあ、登録するよ」




 少し見上げた位置にホログラフィーの枠が現れ「安藤道男 登録」と示される。




 影森が俺様の前まで歩いてきた。改めて見ると、俺様よりも身長の高いオリヴィアより高いのか。




「いや~、アンノウン改め、安藤道男君。エクスカリバー・日本キャメロット・東京支部へようこそ。今日からチーム・ガラハッドの一員として、否定する者をジャンジャン倒してくれたまえ」




 差し出してくる影森の手を握った。




「そして私は、君の上官になる影森・ナディア・千笑里だ。安藤君、上官の名前をキチンと言えるかな」




「ああ、よろしく頼む。ナイア」




「安藤さん。影森司令の名前をちゃんと言いなさい」




 眉をひそめてくる雅。やはり忠犬だな。




「やれやれ、初っ端から命令違反とは。私も胃薬のお世話になっちゃうのかな。ハハハ」




 命令だったのか。そうだとしても、俺様に聞いてやる義理は無いな。




 だが、力を取り戻すまでの間の仮宿を提供する限り、俺様が安藤道男としてチーム・ガラハッドの一員となり、否定する者と戦ってやろうではないか。

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