第21話
俺は呪いを解く為の糸口を掴むため、魔王についての本を読み始める。
場所は勇者お披露目が辛うじて見える場所。
元々絆の聖剣が好きな俺にとって、こういったイベントは密かな楽しみだったりする。
「転生してよかったな……」
俺は時計を確認する。
まだ時間は多少残っている。
今のうちに魔王についての本でも
「ねぇお兄ちゃん」
「ん?」
突然声を掛けられる。
そこには、ラークやパールとそう変わらない歳の小さな女の子が立っていた。
「あー、どうした。迷子にでもなったか?」
「迷子と言われると、確かに私は人生の迷子かもね」
「うわっ」
めんどくさそうだなぁ。
カナやセレンと同じ匂いがする。
「今、面倒そうと思ったでしょ?」
「思ってないが?」
「じゃあ遠慮なく」
女の子は俺の返事を待たずに横に座る。
別にいいけどね。
「何の本読んでるの?」
「好奇心旺盛だな」
俺はどうせ興味がないと知っていながらも、一応本のタイトルを見せる。
「へぇ、お兄ちゃんもそれ読むんだ」
「まるで読んだことあるかのような言い草だな」
「暇だから家の蔵書を読み漁ってた時期があるから。歴代の魔王の名前くらいなら言えるけど」
「天才少女だったか」
なんか俺の知り合う女性陣、優秀な人間が多すぎやしませんかね?
まぁ性格に難ありだが。
「誰か連れでもいないのか?」
「愚兄が近くにいたけど、巻いてきた」
「兄のこと愚兄とか言うなよ」
「だって本当だから。バカで、アホで、ノロマで軟弱」
「言い過ぎだろ」
こりゃカナ並みの口の悪さだな。
「でも、そんなところも含めて愛せる兄だよね」
「凄く綺麗にまとめたな」
「バカの話はもういいでしょ。それよりもさ、私とお話ししようよ」
少女はキラキラとした目を向ける。
子供の無邪気さが眩しいと思えるようになった自分が少し悲しくなる。
「話って言っても、何が聞きたいんだ?」
しょうがなく俺は本をボックスに仕舞う。
「……」
「どうした?」
「ううん」
少女はそんな俺の動作をジッと見つめていた。
一応他人の前での使用は控えているが、流石にこんな歳の子まで警戒していたら精神が持たないだろう。
「お兄ちゃんって最近王都に来たばかりだよね?」
「そうだが……どうして分かったんだ?」
「なんとなくかな?立ち振る舞いがどこか田舎臭いんだよね」
「言い方に悪意を感じたのだが?」
「え?褒めてるよ?私、将来は顔が良いお嫁さんとお婿さんの観葉植物として田舎で暮らすのが夢なんだ」
一旦この子はどんな人生を送ってきたのだろうか。
少なくとも、普通という言葉とは一生疎遠なのだろうな。
「お兄ちゃんは私の夢どう思う?」
「どう思うか」
難しい質問だな。
そんなの無理だと一刀両断しても良いが、子供の夢をそう易々と切り捨てるのは良くない気がする。
それに
「楽しければいいんじゃないか?」
俺の目標は今や死なないことじゃない。
楽しむことだ。
楽しむ為に死なない。
俺はこの世界を全力で生きると誓った。
だからこそ
「好きに生きればいい。所詮周りの意見なんて否定も肯定も全てアドバイスだ。それらを聞いて決めるのは自分だ」
「自分で……決める……」
「俺の相棒が言ってたよ。自分を偽るなとな」
遠くの方で歓声が上がる。
もう直ぐ披露式が始まるのだろう。
「だから好きにすればいい。それはそれとして観葉植物は無理だと思うと言っておく」
俺は自分の意見を全て隠さずに伝えた。
でもよくよく考えると、相手は自分よりもかなり年下の女の子と気付いた。
気付いたのだった。
「やっぱりお兄ちゃん達は面白いね」
「やっぱり?」
まるで俺を……俺達を知ってるような言い方。
違和感。
突然襲い掛かる不可思議。
胸の中の疑念が、目の前の少女の存在を導く。
「ッ!!お前まさか!!」
「また遊ぼうね、お兄ちゃん」
少女がテクテクと歩いて行く。
「……不思議な子だったなぁ」
あれ?
なんで俺変なポーズで立ってるんだ?
しかも汗も凄いし。
……よく分からん。
「とりあえず今は」
憧れの景色に目を向ける。
「やっぱり俺、この世界に来てよかった」
改めて、この胸に刻むのだった。
◇◆◇◆
「聖女様、どうぞこちらに」
「ありがとうございます」
セレンは導かれるまま前に進む。
昔はスキップしながら歩いていた道が、今ではボヤけた視界の中誰かの言葉が無ければ前に行けない。
それが苦痛であり、悲しくあり、そして慣れてしまった景色。
「お久しぶりです、聖女様」
オースは元気よく挨拶をする。
「お久しぶりですね、オース様」
セイラは挨拶を返す。
少しだけ、ほんの少しだけ退屈そうに。
「本日はオース様の晴れ舞台です。緊張していますか?」
「はい、お恥ずかしながら……」
「いつしかそれが快……」
「快?」
「快活へと変わるよう、私達が全力でサポートしますから」
「ありがとうございます」
無理がある。
だが、互いに盲目の二人にとっては案外誤魔化しきれたようだ。
「僕が勇者……か」
オースは聖剣を強く握りしめる。
「絵物語の世界に入ったみたいだな」
大きく息を吐く。
緊張は相変わらず抜けない。
それでも、前に進む。
「僕が魔王を倒す」
後にオースは家族が生きていたことを知った。
泣いて喜び、急いで会いに行く。
ルナにも会い、全員で泣いて抱きしめ合った。
その時にオースは誓う。
二度とあんな思いをしないように、二度と自分と同じ思いを抱く人が現れないようにと。
「……凄いな」
圧巻
オースの目の前に広がるのは、広場を覆い尽くす人々の群れ。
まるでサウナの中にいるかのような熱気がオースを襲う。
「ご気分は?」
車椅子を押されながらセレンは横に並ぶ。
聖女の登場により、人々の声が更なる活気を生み出す。
「どう……かと問われれば」
緊張、困惑、不安
オースを取り巻くこれらの感情を差し置き、最初に出た言葉は
「勇気が湧いてきました」
勇者。
それは勇気ある者。
人々の意思を背負い、その思いを乗せて剣を振るう者。
「やはり本物ですね」
セレンは満足げに頷く。
「それでは私は皆さんに挨拶をしてきますね」
オースの横を通り過ぎ、セレンは人々に向かい話し始める。
決して小さくはないが、大きくもない声。
だが不思議と、人々はセレンの声に何度も反応を示す。
その理屈は魔法によるものだとオースは直ぐに理解した。
それと同時に
「この距離で人々に聞こえるだけの魔法?」
オースの中にありえない答えが浮かぶ。
そんなはずがない。
不可能だと脳が否定する。
何故ならそれが意味することは
「オース様」
「あ」
いつの間にかオースの隣に立っていたセレン。
「どうぞ」
「……はい」
オースは思考を切り替え、一歩前に出る。
そして大きく深呼吸をする。
「皆さんこんにちは、勇者です」
前振りはない。
カッコつける必要も、人々を掻き立てる言葉もいらない。
勇者である。
自分こそが勇者だ。
皆に見せるべきはただそれだけでいい。
「僕は小さな村の出身です。何の功績も、何の栄誉も持ち合わせていません」
何もない。
今のオースには、勇者である肩書き以外の何もない。
されど
「そんなものは必要ありません。僕には多くの功績も、見栄を張るための栄誉も必要ない」
オースは聖剣を抜く。
まるで世界の中心は我とばかりに、全ての光がオースへと注がれる。
「勇者が魔王を倒した。皆さんの最初の耳に届く言葉を、どうか待っていて下さい。以上です」
空間がはち切れんばかりの声援がオースへと降り注がれる。
オースの肌に、ビリビリと痺れるような感覚が走り抜ける。
「うん」
聖剣を握りしめ、オースは改めて思う。
「僕は勇者だ」
その光景を見ていたセレンは、少しだけ不安そうに
「私もあなたも、普通の人間ですよ」
ボソリと呟いた。
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