第20話

「まさか……こんな近くにいたなんて」


 気付かなかった。


 いや、おそらく隠されていたのだろう。


 俺を驚かし、絶望させ、そして最後にどんでん返しをお見舞いする。


 その為だけに、この二人は打ち合わせ無しの茶番を始めたのだ。


 やっぱりおかしいよこいつら。


「よかったらお話し致しませんか?4Pになりますが、宜しいでしょうか?」

「よろしくねぇよ」


 このセクハラ具合、間違いなく聖女だ。


 となると隣に座っているこの人は


「なんで教えてくれなかったんだ、アイギス」


 身元を隠すようにフードを被ったアイギスと目が合う。


「今の私はただの聖女様を護衛する騎士だ。自ら名乗り出るわけがないだろう」

「私が口止めしておきました」

「偉いわ聖女」

「ありがとうございます」


 カナはあらかじめ用意されていた四つの席の一つに座る。


 まるで俺らが来ることを予見していたようで怪しさ満点だが、俺もとりあえず席に座る。


 俺の左にセレン、右にカナ、正面にアイギスという配置だ。


 こうも偉大な連中に囲まれると少し肩身が狭いな。


「そう硬くならないで下さい。ここは公共の場ですよ?」

「公共の場なら口を慎め聖女」

「シェイド。聖女様は寛大な方だが、言葉遣いくらいはしっかりしろ」

「……すみませんでした」

「もう、ダメですよアイギス。私はあくまでこの方達と友人になりたいのです。あ、勿論フレンドの前に三文字の言葉はつきませんよ?あぁこれも前戯という意味ではありませんからね。いえ、どちらかというとバックの方が正解でしょうか?」


 一回この性女黙らないかな?


「ふふ、上も下もよく回る口だなといった顔ですね」

「思ってねぇよ」

「ねぇシェイド。この聖女は本当に病気なの?私には性病に感染しているようにしか見えないけれど」

「安心して下さい。私は辛うじて未経験ですので」


 完全にセレンのペースに持っていかれている。


 目の前にいるアイギスなんてさっきから顔真っ赤だ。


「聖女様。その……もう少しお淑やかな言葉を心がけて下さると……」

「アイギスがそう言うのであれば仕方ありませんが、今までの発言のどこが不適切だったのか具体的に教えて下さいませんか?」

「えぇ……。あの……た、例えば……あにょ……ぜ、前……ぎぃ……みたいな言葉など……」

「すみません、もう少し大きな声でお願いできますか?」


 最早顔から湯気が出始めたアイギス。


 この女無敵過ぎやしないか?


「おいセレン。あまりアイギスを虐めるな」

「でも可愛いでしょう?」

「そこは否めないが……いやそれよりも」


 流石に本題へ移りたい。


 雑談をするには、セレンとの会話の時間が短過ぎるし、奴にペースを握らせると一生この地獄から抜け出せない気がする。


「すみません、今ぺ◯スを握るとおっしゃいましたか?」

「黙れ」


 俺は深く息を吐く。


「色々聞きたいことや言いたいことはあるが、これを見て欲しい」


 俺は満を持して、それを取り出す。


「……なるほど、これは予想外でしたね」


 顔がよく見えないので分からないが、セレンに驚いた様子はない。


 予想外ではあるが、期待内ではあったといったところだろうか。


「ハイポーションだ。飲め」

「ハイポーション!!まさかまだこの世に現在していたのか!!」


 驚いたのはアイギスの方だった。


 まぁそれも当然だろう。


 ハイポーションはオーパーツのようなものだ。


 現在の技術で生み出せず、それは記録としてのみ存在していたものというのが今の人々の認識。


 それを、ただの村人である俺が所有することは予想出来ることではない。


 相手が普通でなければの話だがな。


「このようなもの、タダでは受け取れませんね」

「シェイド、これは本物なのか?」

「さぁな。もしかしたら偽物の可能性もあるが、なんなら俺が一口飲んでやる」


 ゲームだとポーションは一度使うと無くなってしまうが、この世界なら小分けにして使えるのではないかと考えたことがある。


 一度普通のポーションで試したが、三割程で痛みが少し弱まり、五割で痛みが完全に無くなり、九割近くでやっと本来の傷の回復という効果が表れた。


 どういう仕様か分からないが、少なくとも一割程度なら飲んでも効果は保証される。


「見ておけ」


 俺は自分の指を少し切る。


 赤い鮮血が指をほんの少しつたる。


 俺はハイポーションに少し口を含むと


「これが、ただのポーションに出来るか?」


 傷が一瞬で塞がる。


 ハイポーションで試すは初めてだったが、上手くいってよかった。


「試さずともシェイドの言葉を信じていたが、こうして目にすると確かに本物以外ではあり得ない効果だ」

「本物であると分かった以上、尚更私には受け取れませんね」

「金ならいい。とある条件を飲んで欲しいだけだ」

「条件……ですか?」


 セレンは首を傾げる。


 俺はカナへと目線を向けるが、カナは気にしてなさそうに何かの本を読んでいる。


 まぁいい、話を続けよう。


「俺の……いや、俺達の仲間になって欲しい」


 俺の言葉にアイギスは目を丸くし、セレンは相変わらず予想通りといった様子だ。


「どうせ死ぬ命なら、俺らに預けてく」

「シェイド」


 先に声を上げたのはアイギスであった。


 その目には怒りや悲しみが宿っている。


「……悪い」

「相手が私でなければ直ぐに斬られていた。発言には気をつけろと忠告したはずだ」

「全く、騎士の皆さんにも困ったものですね。私の死期が近いのは知っているでしょうに」


 セレンは自身の死を笑い事かのように語る。


 そんなセレンの言葉にアイギスは


「聖女様……あなたは死にません。残念ながら」


 悔しそうに唇を噛む。


 聖女は死なない。


 死ぬのはセレンだ。


 そして彼女の死を、人々が認識することは決してない。


「……死なせない」


 俺は彼女を死なせない。


 俺が死なない為に、彼女をここで死なせるわけにはいかない。


「飲め、セレン。これを飲めば、お前の抱える問題は全て上手くいく。そうだろ?」


 俺はポーションを前に押し出すが、セレンは受け取らない。


 その姿はまるで、自身の死を受け入れているかのようである。


「まさか……死にたいのか?」

「まさかそんな。私はまだまだ生きてみたいですよ」

「じゃあ手に取れよ!!これを飲めばお前の病気は」

「治らないのよね?」


 カナが突然間に入る。


 ここに来て初めて、セレンは驚いた表情を見せた。


 というか待て。


「どういう意味だ」


 俺の顔を一度見たカナは、再度セレンの方を向く。


「違ったかしら?」

「聡明な方ですね。お名前をお伺いしても?」

「カナよ」

「素敵なお名前ですね」

「ありがとう」


 突然自己紹介を始める二人だが、今はそんなことより


「説明してくれカナ。ハイポーションは不治の病ですら治すものだ。効かないなんてことあるはずないだろ」

「そう怖い顔をしないで欲しいわ。別に理由は簡単よ」


 カナは自身の胸元をトントンと指差す。


「病気じゃないのでしょう、それ」

「その通りです」


 セレンは胸に手を当てる。


「魔王による呪いです。歴代での本物の聖女は皆、この呪いによって亡くなられています」

「……は?」


 なんだよそれ……


「そんな話……一度たりとも聞いたこと……」

「当然よね。だってもみ消されているもの」


 もみ消す?


 もみ消すって……ああ。


 俺の中でピースが繋がる。


「クソ!!」


 そういうことか。


「腐ってんな。どいつもこいつも」

「優しい方々もいるのですよ?ただ、人は上に立つとつい魔がさす生き物なのです」


 セレンを仲間にする大きな問題点二つ目、教会。


 それは聖女をトップに立てた組織であり、主に貧民を助けたり、教育などを担当している。


 実際、国民に愛されているのは間違いない。


 だが偽の聖女を作り上げ、聖女を自由に操り、聖女を信仰する人々を意のままに操ろうとしている気質がある。


 正直きな臭くて俺は好きじゃない。


 そして実際今、ゲームでは知り得ない情報を手にした。


 教会はセレンが死んだことを隠蔽する為に、呪いという情報を世間に一切広めなかったのだ。


 主人公の目線でプレイしていた俺では、その真相にたどり着くことは決して無かった。


 この世界で、そしてシェイドに生まれたことで知ることが出来た事実がここにはあった。


 どうしようもない……事実が。


「じゃあ一体どうすれば呪いを解ける。どうすればセレンは……救われるんだ?」


 諦めたくない。


 まだ希望を閉ざしたくないんだ。


 俺は縋るようにカナに尋ねた。


「さぁ?もしそれが分かっているのなら」


 カナはセレンへと目線を向ける。


「ええ、とっくに私は全力を持って取り組んでいます。ですが、私はこうして悠々と生活しているわけです」

「じゃあ……」

「はい、手は尽くしました。今も教会の方で調査を進めてはいますが、見つかる可能性は限りなくゼロでしょう」


 セレンは淡々と答える。


 そんなセレンを俺は


「怖く……ないのか?」


 理解が出来なかった。


 俺は怖い。


 死が怖い。


 今こうして、俺の中で焦る気持ちが溢れているのもまたセレンを失うことで近付く死を想像してのことだ。


 まだ可能性でしかない俺と違い、セレンには確実な死が迫っている。


 俺はセレンを直視出来なかった。


 理由は分からない。


 ただ、その目を見てしまうと俺もそっち側に行ってしまいそうな気がしたから。


 そんな俺に向かって彼女は


「【少年誌に掲載したら一発でアウトな言葉の数々】」

「えぇ……(ドン引き)」


 耳元でとんでもない言葉の数々をぶつけられる。


 脳が溶けるというより、脳が弾けた。


 彼女は呆気に取られる俺の顔を見て、楽しそうにほくそ笑んだ。


 そして気付く。


「まさか……まだ……」


 その目にはまだ、燃え盛る熱が残っていることに。


「そろそろ時間ですね」


 セレンは時計を確認する。


 勇者のお披露目まで、あと一刻程もない。


「それでは私達はここで失礼します」


 セレンの言葉と共に、涙を流していたアイギスが立ち上がる。


 もう彼女はアイギスでなく、一人の騎士となったのだ。


「全く、何でこんなキャラを死なせるかな」


 そろそろ言い訳をするのはやめよう。


 確かにあれは性女で、下ネタが多くて、直ぐにふざけ倒すような変わった奴だ。


 さっきも俺の耳元でとんでもないことばかり言ってやがった。


 でもそれが、俺を励ますためのものだったことは簡単に分かる。


 優しくて、気丈で、でもやっぱりダメダメで、そんな彼女を死なせたくない。


 ゲームでは殆ど彼女の喋る姿を見てはいない。


 俺はまだ、彼女にことを何も知らない。


 それでも、彼女の存在はいつまでも俺の中で輝きを放っている。


 諦めたくない。


 諦められるはずがない!!


「悪いが俺は、しつこさだけには定評のある男だ」


 決意を固める。


 俺は宣言するように


「待ってろセレン。お前が心の底から嫌と叫んでも、絶対に死なせてやらねぇからな」

「……ええ、楽しみに待ってます」


 その時俺は、初めてセレンの本当の笑顔を見た気がした。


「それでは」


 セレンはお姫様抱っこの形でアイギスに抱き抱えられる。


「次会えることを楽しみにしていますね」

「さよなら。シェイドにカヤ」


 そして二人は店を後にした。


「……」

「そんな顔していたら、将来シワが増えるわよ」

「その将来を生き抜く方法を考えてんだよ」

「そう。それじゃあ私は少し行きたい場所があるの」

「勇者のお披露目はいいのか?」

「興味ないわ。どうせあの男でしょ?敵がチヤホヤされるのを見ると虫唾が走るの」


 カナは本をクルクルと回し、ボックスへと入れる。


「それじゃあ失礼するわ」

「ああ」


 店に一人残される。


「魔王の呪い……か」


 俺の中の何かが蠢いた。



 ◇◆◇◆



「面白いお二人でしたね」

「そうですね」


 アイギスは例の如く空中を飛ぶ。


 オースですら悲鳴を上げる移動のはずだが、セレンは平気そうな様子である。


「聖女様があのお店で待機すると言った理由。もしや、あの二人に関わりが?」

「ふふ。さて、どうでしょうか?」


 セレンは答えをはぐらかしたが、その嬉しそうな様子からアイギスはなんとなく察する。


「限り無く少ない、けれど確かな希望。運命の歯車とは実に面白いものですね」


 セレンは両手を合わせ


「諦めなくて……よかった……」


 ほんの少し、涙を流した。

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