第19話

 セレンとは一体何者なのか。


 それは教会の実質的な頂点に位置する存在。


 その顔は常にベールに隠され、素顔を見た者はいないという。


 何故そんなものをしているのかというと、実はそれなりに黒い理由がある。


 代わりが出来るのだ。


 もし聖女が死んでしまえば、国は大きく傾くだろう。


 それを防ぐ簡単な方法は、聖女は生きていると偽装すること。


 いつしか皆が信じているのは聖女本人ではなく、聖女という象徴となる。


 そこに個はない。


 ただの偶像として、聖女は生き続けていた。


 そんな中で突如現れた本物。


 それがセレン。


 教会としても本物を受け入れない理由もなく、それでいてより力を貯めることが出来ると積極的にセレンを担ぎ上げた。


 こうして、聖女セレンは生まれたのだった。


 では何を持って偽物と本物の違いがあるのかといえば、それは神託を受けるかどうかである。


 神託とは天からの声を聞き、人類を導く力を持つ。


 聖剣を発見できたのもこの力によるものだ。


 ではこの神託があるから彼女が俺の求めるチートキャラかと問われると、足りないと答える。


 彼女はそれだけでは終わらない。


 聖女セレンがチートたる所以。


 それは


「ようこそ。二人はきょうだ……カップル……友達かな?」

「妹だ」「弟よ」

「アッハッハ、顔は似てないが性格はそっくりな兄妹だ」

「お前もう少し顔面偏差値下げろ」

「無茶言わないで。シェイドがもう少し美容に気を遣ったらいいじゃない」

「何故母さんはもう少し俺を美形に産まなかった。やっぱ父親のせいか?」


 俺とカナは王都を観光する。


「食べてくか?」


 カナは返事はしないが、俺はなんとなく察する。


「2本貰おう」

「まいど」


 串焼きを買う。


「美味いな」

「それにしても、まさかこれ程とはね」


 カナの言葉に導かれ、周りへと視線を向ける。


「安いよ安いよ!!今なら全部安いよー」

「この剣カッコいー!!絶対使わないけど」

「俺に腕相撲で勝てば、賞金全額持っていけるぞ!!挑戦者求む!!」


 賑わう王都。


 端から端までビッシリと人で埋まっている。


 そう、今日は待ちに待った勇者を歓迎する王都の祭りの日である。


 最初はこうして多くの屋台で盛り上がり、数時間後には王と聖女のありがたーい言葉を聞く。


 そしてその後、人々は遂に伝説の勇者をお目にかかることができるというわけだ。


 だが、うちの姫様はそれが不服らしい。


「勇者ってそれ程の存在なのかしら?所詮魔王にトドメを刺せるだけなのでしょう?」

「魔族の襲来はいわば災害だ。実際、俺らの村がこうして魔族に滅ぼされたわけだしな。そんな魔族を魔王を倒せば撲滅出来る。そう考えると皆の昂りも分かるだろ?」


 と言ってみたはいいが、実際のところ


「魔王を倒しても魔物や魔族は消えない。みんなに伝えてみたらどう?」

「どうせ無駄だろ。聞く耳持ちやしねぇよ」

「そうやって何でも無駄で片付ける人は嫌いよ」

「……はぁ、気が向いたらな」

「と言ってみただけで、面倒だから別にしなくてもいいと私は思うけど?」


 落ち着け。


 こんなことで怒鳴ればカナの思う壺だ。


 冷静に、冷静にだ俺。


「こんなか弱い私にすら抵抗出来ないなんて、情け無い男ね」

「よし、殴るから動くなよ」


 俺は思いっきり力を込め殴るが、指一本で止められる。


「落ち着いた?」

「絶望した」


 何がか弱い女だ。


 俺にはゴリラにしか見えない。


「さ、おふざけはここまでにして」


 カナは俺の手を掴む。


 周りからはカップルかのように思われそうな体勢だが、これがただの拘束であると俺は気付く。


「楽しみましょ」

「ちょ!!引っ張るなバカ!!」


 カナは純粋な笑顔を見せる。


 俺よりも賢く、俺よりも強く、俺よりもしっかりしている。


 それでもやっぱりカナはまだまだ子供だ。


 そんな彼女を楽しませる。


 そう誓ったなら


「あら、珍しい」


 俺は走るカナのスピードに合わせる。


「どうせ楽しむなら、本気でだろ?」


 俺もカナの手を握りしめる。


「よく考えれば、俺も子供だからな」

「ええ、その通りよ。子供らしく目一杯楽しみましょ」


 俺は童心に帰ったように、全力ではしゃぐの


「無理だった……」


 店の机にグダーっと寝そべる。


 体は子供のはずなのに、体力が追いつかない。


 まさかと思うが、心が歳をとってしまったということなのだろうか。


「だらしないわね」


 俺と違いまだまだ余裕そうなカナだが、疲れ切った俺を見て店の中で休憩することを提案してくれた。


「はい、これ」


 俺はカナから飲み物を受け取る。


「助かる」

「ありがとうでしょ」

「サンキュー」

「意地っ張りね」


 ボックスの中に自分の物もあるが、それすら面倒くさい。


 けれど弱音ばかり吐いてもいられない。


 俺は喉を潤し、思考を切り替える。


「……計画は覚えてるな」

「もちろんよ。私がただ楽しんでいるだけに見えた?」


 カナは地図を取り出す。


 そしていくつかの場所にマークをする。


「大体の巡回ルートはこうね。ある程度ランダム性を見せてるようだけど、こうして短い間に予想がつくような簡単なものね」

「……」


 俺は騎士団長ロインを思い出す。


 束の間も会話とはいえ、あの男は決してそのようなミスを犯さない。


 そしてこれがミスでないとするなら


「罠じゃないのか?」

「ええ、私もそう思うわ」


 カナは更に線を書き加える。


「もし私が少し賢いだけなら、このルートから奥へと侵入するわ。まるで私が天才であると錯覚し、この道筋を意気揚々と進んでいったでしょうね」

「つまり、このルートの先には」

「ええ、拷問だらけの夢の国が待ってるわ」


 なんとなく察せると思うが、俺たちはこの祭りでちょっとした騒ぎを起こそうとしている。


 見つかれば当然罪に問われるだろう。


 そんな危険を犯してでも叶えたい目的は当然


「それで?結局聖女はどこに隠れてる」


 セレンへの接触。


 貴族や王族ですら、その面会には多くの手続きが必要とされている。


 そんな彼女にそこらの村人が会ってもらえるはずもない。


 聖女を仲間にする。


 その為にはアイコンタクトの一つでもせねば、スタートラインにすら立てない。


 この計画は必ず成功させる必要がある。


「全く、本当にせっかちね。速くてモテるのは幼少期だけよ?その年で速いなんて恥ずかしいと思わないの?」

「聖女みたいなこと言うのはやめろ」


 いや、あの性女はもっと酷いか。


 まずいな、聖女が仲間になると色んな意味でパワーバランスが酷いことになりそうだ。


「聖女の居場所だけど、おそらくどこでもよ」

「どこでも?」


 なんだか曖昧な答えだ。


「別に意地悪で言ってるわけじゃないわ。本当にどこでもなの」

「言ってる意味がさっぱりだ。どこでもって……おいまさか」


 俺の中に一つの答えがよぎる。


「想像の通りよ。木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中ということね。まぁ私のような美少女を隠すことは不可能でしょうけど」

「一言余計だ」

「おそらく、最も信頼にたる人物がマンツーマンで護衛しているはずよ。一人でも守り切ることが可能だと信頼されている人物が」


 最も信頼される人物。


 俺の中に思い浮かぶのはただ一人。


 そして、それが本当だとしたら


「理想的な展開だ」


 セレンがこの人混みの中に紛れ込んでいる。


 それは騎士や民衆の目を掻い潜るよりも、何十倍も楽だ。


 その上、他の騎士ならまだしも護衛が彼女だとしたなら、きっと俺の話を聞いてくれる。


 まるで俺らが有利になるようことが進んでいるようだ。


 神の存在を知っていなけりゃ感謝していたところだったな。


「だが、この人混みの中探し出すのは中々に困難だな」


 俺は外を覗き込み。


 道には人、人、人。


 これでは森どころか、砂漠の中から砂金を探す羽目になりそうだ。


「一苦労かかるな、こいつは」


 勇者の発表まで時間はまだあるとはいえ、それでも時間が惜しい。


 おそらく二度とこんなチャンスが訪れることはないだろうからな。


「行くぞカナ」


 俺は席から立ち上がるが、何故かカナは動こうとしない。


「おい。面倒くさいのは分かるが、流石に今回ばかりはーー」

「話は終わってないわ」

「いやだから急がないと」

「私はその聖女とやらを知らないわ。シェイドから聞いた話だと、美しく、可愛らしく、神々しい。そして俺の好きな女だそうね」

「そこまで言ってねぇよ」


 見た目だけは本物なのは確かだが。


「性格は見た目に反して、大胆で過激な発言を好む」

「性女だしな」

「そして私達の仲間にしたい人物」

「そうだな」


 神託と呼ばれる力は、カナのコピーの能力に負けずとも劣らない利便性を持つ。


 その上、対オース戦は間違いなく長期戦になるだろう。


 その場合、やはり彼女の能力は欲しい。


 しかし、そのための問題も数多くある。


 その一つが


「シェイドは言ったわね。聖女の今の状態は」

「ああ。セレンはもう、長くはない」


 セレンの体は今も病によってそも体を蝕み続けている。


「だからこそ、一刻も早く彼女を」

「病は徐々に進行している。最初は体が鈍くなり、咳が増え、感覚が消えていく」

「……」

「次第に手は震え、まともに立つことすら出来なくなってきたそうね」

「ああ。だからセレンは今はもう車椅子でしか移動を……待て」


 カナはニヤリと笑う。


「街に紛れ込むなんて不可能じゃないのか?」

「そうね。道中で車椅子なんてものがあったら、簡単にバレてしまうわね」


 よく考えればその通りだ。


 道端に車椅子に乗った少女など不自然すぎる。


 人からの注目を避ける行動が、逆に目立ってしまうなど元も子もない。


 だが、彼女は今や歩くことさえ叶わない。


 なら


「ならどうやって街に忍び込んでいる」


 まさか、街にいるという考えが間違いだった?


 そんな危険を晒してまですることじゃなかったということか?


「シェイドは思っているよりも顔に出やすいわね。私は見ていて面白いからいいけれで、気をつけた方がいいわ」


 カナはクスクスと笑う。


 だがこちらにそんな余裕はない。


 せっかく舞い降りたと思ったチャンスが無かったと分かり、絶望感が全身を覆う。


 こんなことなら最初から希望なんて見たく……なん……て……


「……は?」

「車椅子椅子に乗るから目立つのなら、最初から座っていたら問題ないのじゃないかしら?」


 カナはくるりと椅子を回転させる。


「大胆な性格とはよく言ったものね」


 俺は幻でも見ているのだろうか。


 優雅に紅茶を飲み、深く帽子を被り顔を隠した少女がこちらを向く。


「初めまして、聖女様」

「ええ、初めまして。お二人に会えたこと、心より嬉しく思います」


 野生の聖女が現れた。

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