第18話

 広い聖堂の中、一人の少女が祈りを捧げる。


 足が弱いのか、はたまた体が弱いのか、豪華な車椅子に座りただ静かにそこに存在する。


 黒い修道服から見えるプラチナブロンドの髪が、扉を開ける音と共に僅かに揺れた。


「失礼致します」


 中へ入ってきた一人の男性。


 少女と同じ装飾の服を着ているが、どこか質素という感想を抱かせるような見た目をしていた。


「聖女様、お時間です」


 男性の声を聞き、少女はゆっくりと目を開ける。


「それでは神様、イッて参ります」


 ◇◆◇◆


 聖女の名前はセレン。


 年齢は14歳。


 彼女が荒野を歩けばそこは花が咲き、彼女の言葉には動物すらも聞き惚れる。


 そんな伝説を体現したかのような存在。


 全ての民に愛され、全ての民を愛する。


 そんな彼女には悩みがあった。


「聖女様、あと一刻程で聖剣使いが訪れます。準備の程は」

「問題ありません。いつでも大丈夫です」


 その悩みとは一体何か。


 それは伝説の幕開けへの不安?


 否


 聖女としての責任や重み?


 否


 今にも消えてしまいそうな命の灯火?


 否


 否否否!!


 どれでもない。


 そんな大きなことで悩む彼女ではない!!


 そう、彼女の抱える悩みとは


(あの方とあの方、絶対お互いのこと好きですね)


 聖女は二人の男性を目で捉える。


 それは自身を警護する騎士の姿。


(ですが右の方には奥さんがいて、左の方の恋は実らない。そんな二人の禁断の恋が始まるのですね)


 そう、聖女の抱えるものは煩悩であった。


(そうだ!!もし私の権限で◯◯しないと出れない仕掛けの部屋を作り、その中に二人を閉じ込めたらきっと……えへへ)


 そんな腐ったことを頭で考えているせいか、聖女の顔はニヤけてしまう。


「見ろ、聖女様のお顔」

「今日も素敵な笑みを浮かべておられるな」


 だが、一般人にとってはその姿が優しさ溢れる笑みにしか見えていない。


(ああ!!今顔を近づけました!!きっと私の見えないところでピーして×××して❇︎❇︎❇︎❇︎したに違いありません!!)


 そんな楽しそうな性女の耳に、ノックをする音が聞こえた。


「失礼致します」


 少し荒くはあるものの、丁寧な所作で入室する少年こと


「お初にお目にかかります聖女様。此度、聖剣の使い手となったオースと申します」


 片膝を立て、聖女へと頭を下げるオース。


「顔を上げて下さい」


 セレンの言葉の通り、ゆっくりと顔を上げるオース。


(おそらくイケメンですね。絶対ハーレムとか築くタイプに違いありません。私も一度でいいから女の子に囲まれる生活をしてみたいものですね)


「楽にしてもらって結構ですよ?私と年は変わらないとお聞きしています」

「聖女様にそのようなご無礼をしてしまえば、自身を許せなくなってしまいます」

「……そうですか」


(真面目ですね。まぁ私も人のことは言えませんが)


「さて、それでは形式的ではありますが聖剣をお渡しいただけますか?」

「勿論です」


 オースは何もない空間から、ソッと剣を抜く。


「噂通り……いえ、噂以上の輝きですね」


 金色に輝く聖剣。


 まさに天の創造した存在だということが如実に表れていた。


「どうぞ」


 オースは献上するようにその剣を前に出す。


「それでは」


 聖女が剣を握ろうとする。


 だが


「ッ!!」


 その手に強烈な痺れが発生する。


(なるほど、この方は本物ですね)


 オースは完全に聖剣を我が物としていた。


「素晴らしい才をお持ちのようですね」

「あ、ありがとうございます」


 オースは聖女の言葉に顔を赤くする。


 セレンの顔はベールにより良く見えないが、それでも十分過ぎるほどにその魅惑が漂っている。


 いつか世界最強を手にする男も今はまだただの少年。


 心が浮つくことも無理はなかった。


(さて、少し強引ではありますが)


 セレンは腕に魔力を込める。


 聖剣は必死に抗うが


「残念」


 まるで赤子の戯れのように、意に返さず手に取る。


「随分とお転婆さんですね。ご安心して下さい。直ぐに愛しのご主人様へ返却しますから」

「こ、これは」


 聖女の周りを不思議な光が包む。


 オースはその姿に目を奪われ、離せないでいた。


「オース。あなたの旅路に神のご加護があらんことを」


 そして光は聖剣へと注ぎ込まれる。


 見た目に変わった変化はないが、オースは以前の聖剣とは全くの別物になったことを感じ取った。


「い、今のは」

「ただのおまじないです。もしかしたらいつか、私の掛けた願いが叶うかもしれませんね」


 そしてセレンは聖剣を持ち、宣言する。


「聖剣の使い手オース。あなたは人類の宿敵、魔王を討伐することをここに誓いますか?」


 オースはゆっくりと立ち上がり、自身の胸に手を当てる。


 大きく息を吸い、その脈打つ心臓を吐き出すように


「誓います!!」


 共鳴するように、聖剣が眩い光を放つ。


「凄い」

「本物だ」


 周りからはどよめきの声が広がる。


「私達はあなた様が来るのを心待ちにしておりました」


 そして聖剣がオースの元へと贈呈される。


「さぁ勇者よ。人類を救うのです」

「はい!!」


 こうして、新たな歴史が幕を開けた。


(ヤンデレ聖剣×純粋勇者……ありですね……)


 同時に新たな扉も開いたのは、誰も知らない所である。



 ◇◆◇◆



「どうぞお掛けになって下さい」

「し、失礼します!!」


 部屋の中にはセレンとオースの二人。


 一応扉の向こうには騎士がいるが、オースにとってはそれどころではなかった。


「そう緊張なさらないで下さい。先程も言いましたが、私達は同い年ですよ?」

「い、いえ、聖女様と僕ではその重みが雲泥の差ですから」

「私が重いと?」

「あ、いえ!!そういった意味では……その……」


 ワタワタと慌てふためくオース。


 この時、セレンの直感は凄まじい速度で


(やはり受け……ですね)


 場外へと突っ込んでいった。


「緊張をほぐすため、軽い雑談でもしましょうか」

「雑談ですか?」


 オースは唾を飲み込む。


 聖女セレン。


 その名は田舎者のオースですら、何度も耳にするような生きる伝説。


 そんな聖女との世間話。


 それは一体どんな高尚な話をす


「好きなメスぶ……女性はいらっしゃるんですか?」

「え?好きな……女性?」


 恋バナであった。


 本当に恋バナか?


「はい。私達のような情欲の昂る年頃の方は、やはり色恋沙汰にうつつを抜かし、眠れぬ夜を過ごすと聞いています」

「間違っていないこともないですが……随分と偏っていますね」

「きっとオース様はこれから数多くの女性に好意を持たれます。なんと言っても勇者ですから」

「そ、そうでしょうか。なんだかまだ勇者というのに実感が湧きませんが……」

「それに、オース様は私の目から見ても美形に属します。きっと世の女性は放っておきませんよ?」


 セレンの言葉にオースの胸が高鳴る。


 もしかして……


 そんな気持ちがオースの心を支配する。


 オースは思春期であった。


「そ、その……聖女様のお好きな方などは……いないのでしょうか?」


 オースは少し臆す。


 勘違いしてしまえば取り返しはつかない。


 目の前にいるのは村でずっと一緒だったただの幼馴染ではなく、全ての人類が崇めるべき対象なのだから。


「好きな方……そうですね」


 セレンはオースの目をジッと見つめる。


 オースの心臓はこれ以上ない程高鳴る。


 まるで心を見通すような、碧い目が一瞬だけオースの瞳の中へと侵入する。


 そして


「さぁ、どうでしょうか」

「え……あ……」


 セレンは小悪魔のように笑う。


「好き。その言葉はあなたにも、扉の向こうにいる騎士にも、そして人々、その全てを向けています」


 セレンは天を見上げる。


「ですがいつか誰かに教えて欲しいものですね」


 オースを見つめ


「本物の恋というものを」


 セイラは優しく笑った。



 ◇◆◇◆



「というわけで、これが今後のオース様の生活となります」

「……」

「私達教会や国も全力でサポートはしますが、これまでよりも多くの縛りが設けられます。その点に関しては、先に謝らせていただきます」

「……」

「あの……オース様?」

「え!!は、はい!!なんでしょうか!!」

「どうかされましたか?」

「す、すみません」


 オースは残念ながら魔性の女の手に落ちてしまった。


 そう、堕ちてしまう。


「その……聖女様があまりにもお綺麗でつい……」


 オースの言葉にセレンは


「ありがとうございます」


 何の感情もない言葉を返す。


「なら、説明は私がしない方が?」

「あ、いえ!!その……聖女様が……いいです」

「そうですか。なら、ちゃんと聞いてくださいね」

「すみません……」


 そして今後の勇者としての生活が語られる。


 今度は真面目に聞いたオース。


「以上です。何かご質問は?」

「一つだけ」


 オースはその凛々しい顔を向け


「もし僕が魔王を倒した時、何か報酬はあるのでしょうか」

「勿論です。オース様の願いを全力で叶えます」

「それは……その……例えばですが」

「?」


 オースは息を呑む。


「聖女様でも……でしょうか?」

「オース様……」


(凄い、めちゃくちゃ分かりやすいですねこの人)


 聖女は久しぶりの面白そうな展開にワクワクする。


 さすが性女、中身が完全に腐っている。


「も、勿論ですよ」


 セレンは笑いを堪えながら答える。


 一応嘘ではない。


 過去の勇者と聖女が結ばれるという話は有名だ。


 聖女は本来その生涯を純潔で過ごすという掟があるが、勇者、特に魔王を倒した者はその対象外。


 つまりオースとセレンは結ばれることが出来る。


 だが


「聖女様、勇者様、そろそろお時間です」

「あ、あの、とても素晴らしいひと時でした」

「私もです。次にお会いすることを楽しみにしています」


 オースは頭を深く、深く下げ部屋を後にした。


 セレンはオースは部屋を出るまで笑顔を崩さずにいた。


 そして、扉が閉まる。


「……ゴホッ」


 セレンは口元に手を当てる。


 白い肌に、赤い鮮血が侵入した。


「破瓜……ですか」


 セレンは少し悲しげに笑う。


「思ってたよりも早そうですね」





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