第16話
カナとの買い物が終わることはなかった。
「次はあそこよ」
謎のアクセサリー店に行き
「た、高!!こんなもん金の無駄ーー」
「ここにある二つ、取り繕ってくれる?」
次は靴を買いに
「歩きにくいな。走り込みにも向いてないし、戦闘時にこんなもん履いてたら敵の攻撃に対応ーー」
「大きさはこれで、ええよろしく」
そして理容店に行き
「別に髪型くらいなんでもーー」
「そう、これが流行りの……そうね。よろしくするわ」
「おい話をーー」
「終わる頃には戻ってくるわ。それじゃあ」
「おいカナ話はーー」
「はい、動かないで下さーい。頭ちょん切りますよー」
「す、すまん」
そして色々と切られ
「あら、スッキリしたわね」
カナは大量の化粧品を持って帰ってくる。
俺の周りをクルクルと周り、何故か頭を何度か触られた後
「さて、次が最後よ」
「やっとか」
ようやく解放の時間が近付いてきた。
既に俺の体はヘトヘト。
毎日走り込みしているはずだが、それとは違った疲労感が襲いかかる。
「我儘プリンセス、最後は何処に?」
カナは俺に高そうなバッグを持たせ
「食事に行きましょ」
◇◆◇◆
「……」
「ふふ、面白い」
「な、何がだ」
「シェイドが緊張してる様子がよ」
「緊張はしてない。ただ作法が分からないだけだ」
「その状態で面会しようとしてたの?」
「いや、さすがに食事まではしないだろ。それに村出身の奴にそこまで求める程鬼畜じゃないだろ」
「命を前に備えすぎて損はないわ。それに、いつか役に立つ時がくるかもよ?」
「ないな、絶対」
今日購入した物を身に付け、高級料理店に入る。
おそらくドレスコートなのだろう。
俺らが子供だろうと、身につけているものがそれなりならば笑顔で通してくれた。
いつの間にこんな場所調べたんだ全く。
「それにしても」
目の前に現れるのは、スープやら野菜やらばかり。
俺は早く肉を食いたい。
野菜も嫌いじゃないが、どうしてわざわざ待つ必要があるんだ?
全部一斉に出せよ。
「変な顔しない」
「分かってるがどうも慣れん。カナは何だか様になってるな」
「無駄に肥えた人間の考えることは同じだということよ。前に習った教訓が生きているだけ」
「……そうか」
嫌なことを思い出させてしまったな。
「あら優しい。普段からもう少し私に気を遣ってもいいのよ?」
「これ以上肥えさせたら誰かさんに怒られそうなもんでね」
「失礼ね」
俺はカナを見習って食事を続けるが、結局よく分からない上に料理の味も遠い記憶となってしまった。
二度と行きたくないと思う値段を払い、逃げるように宿屋へと戻った。
「疲れたー」
「お疲れ様。まぁこれで、暴君でもなければ死刑にはならないでしょ」
「だからさすがに殺されはしないって」
部屋のベットに飛び込み、その隣にカナが座る。
「今日で大分金、使ったんじゃないか?」
「そうね。まぁ死んだら全部無くなるのだからこれくらいどうってことないでしょ?」
「それもそうだな」
俺は天井を見上げる。
「少年期編と青年期編の間はチャンスだ。この時間、オースは聖剣を扱うための指導を受け続ける」
そして二年後の青年期編が始まる。
それまでに俺に出来ること、それは
「強くなる」
そして
「仲間を集めるだ」
「結局私、誰か聞いてないのだけど。あの隊長と呼ばれていた女性も仲間にするのかしら?」
「アイギスは……どうだろうな。彼女を説得するのは少々難しい」
アイギスは騎士だ。
おそらく彼女はオース側につくと思われる。
その点で言えばむしろ
「敵……なのかもな」
「そう」
「アッサリだな」
「化け物が一人から二人になっただけでしょ?なら、こっちも化け物を引き連れてこればいい。そうでしょう?」
全く持ってその通りである。
「そんなわけでよろしく頼むぜ、化け物さん」
「しっかりと可憐なという言葉を付けなさい。程度が低く思われるわ」
「化け物はいいのかよ」
「ええ、だって私の二つ名を覚える?」
「そうだったな」
そう、カナはお姫様であると同時に
「魔女さん」
れっきとした化け物である。
「……眠くなってきちまった」
ボケーっとしていると、瞼に強力な重力が襲い掛かってくる。
「悪いカナ、部屋の鍵頼んだ」
「ええ、任されたわ」
そして俺はそのまま気を失うように
「おやすみなさい」
目を閉じた。
◇◆◇◆
あれから数日が経ち、約束の日が訪れる。
「ようこそ騎士団へ」
以前の分厚い鎧ではなく、騎士団の制服に着替えたアイギスが出迎える。
騎士の制服は上下共に白色であり、胸の部分には二つの剣が交差したようなエンブレムが縫い込まれている。
鎧姿の時は戦士という雰囲気だったアイギスも、その制服に包まれると出来た女って感じがする。
実際ポンコツなんだろうけど。
「付き添いは私がしよう」
「「「ハッ!!」」」
俺の後ろにいた騎士達が散開する。
「さすが隊長だな」
「名ばかりだ。私はただの戦士。ただ皆よりも先に前線に立つ権利を与えられただけだ。まぁ長話は終わった後にしよう。先に団長の元に連れて行く」
アイギスの横に並び、騎士団へと入る。
最初に見えるのは、ひたすら剣を振る騎士達の姿だった。
一心不乱に、ただ剣を降り続ける。
「凄いな」
「そうでもないさ。もう数十分もすれば全員倒れてしまう。私としてはもう少し頑張って欲しいものだ」
「基準がアイギスとじゃ比べものにならないだろ」
「そうか?私よりも鍛錬しないから私のようになれない。それは至って普通のことだろう?」
「ハハ、そうだな」
さすがの脳筋っぷりだな。
「その点でいえばシェイド。君の体、相当鍛えてるな」
「いやいや、騎士に比べたら大したことじゃない」
「かなり実践を経験している。歩き方の癖がついているのがその証拠だ」
「そんなことまで分かるのか?」
「こと戦闘に関しては、私は天才の称号を与えられているからな」
「それが戦闘以外も使えたらよかったのにな」
「クッ……それは私が一番切実に願ってる」
俺は少しアイギスを
「団長はこの中だ」
「……ふぅ」
大きく深呼吸をする。
「そう緊張するな。確かに少々硬い人物ではあるが、人を見極める力は本物だ。シェイドは正直に自身の潔白を語るだけでいい」
「アドバイスどうも。じゃあ、行ってくる」
俺は扉を叩く。
「どうぞ」
部屋から声が返ってくる。
「失礼します」
アイギスは敬礼をし、俺はゆっくりと扉を開けた。
◇◆◇◆
「こんにちは」
「……こんにちは」
そこにいたのは一人の男。
歳は40くらいだろうか。
騎士の制服に身を包み、髪は抜け落ちたような白。
気品漂う姿は、俺のイメージする騎士像そのものであった。
「どうぞ」
「……」
俺は予め置かれていた椅子に座る。
部屋には俺と団長らしき人物の二人のみ。
「俺が魔族なら、危険なのでは?」
「アイギスから話は聞いている。僕は部下の話は半分信じるようにしている」
「半分?」
「僕の部下は優秀だが、完璧じゃない。完璧じゃないのなら付け入る隙はいくらでもある。僕は部下を信用しているが、部下を騙す者を信用していない。だから半分だ」
まるで刃を突き付けたような冷たい感覚が首筋を通る。
残りの半分は己の力で勝ち取れということか。
「さて、自己紹介だ。名前は?」
「シェイドです」
「シェイドか。いい名前だ」
団長らしき男は笑う。
「僕の名前はロイン。よろしく」
「よろしくお願いします」
俺は深く頭を下げる。
そして顔を上げると、ロインの笑みは消えていた。
「早速だが質問だ。何故、君のような若い少年が村人を全員救えたと思う?」
「……」
答えを誤れば死ぬな。
カナの言うことをもっと聞いておけばよかった。
「俺は何度か近くの森に入り、魔物を狩る日々を送っていました」
「……」
「そして日に日に魔物の数が増え続けるのを感じ、それは魔族の接近ではないかと憶測を立てました」
「……続けたまえ」
向こうの表情に変化はない。
一体何を考えているのか。
「村に伝えようにも、所詮子供の戯言。聞く耳は持たれないだろうと考えました」
「王都に頼ろうとは思わなかったのかい?」
「あ……いえ、勘違いで騎士の方々に迷惑をかけるわけには……」
「意地悪な質問をしたね。僕達が駆けつけるはずがない、そう考えたのだろう?」
「それは……」
「構わない。実際、僕達は君に何を言われても王都を出ることはなかっただろう」
ロインは当たり前かのように答える。
自分らは聖剣が無ければお前らを見捨てていたと。
地方の村人など、その程度の認識なのだと。
「気を悪くさせたらすまない」
「いえ、お構いなく」
ここで気を荒げたところで仕方ない。
冷静さを失えばそれこそ不利だ。
だから
「だけど」
少しくらい
「もし俺の家族達に同じことを言えば」
脅迫するように
「俺はお前らを許さない」
睨みつけた。
「失礼、少々口が悪くなりました」
「問題ない。その怒りは当然だ。僕達は誰かを救うと同時に、誰かを捨てる。その行為を正当化するつもりは勿論ない。誰かの希望と恨みを背負って生きるのが僕達の使命だ」
正直首を斬られてもおかしくなかった。
だが、ロインはまるで俺の返答を期待していたかのような言葉を返す。
これではまるで
「質疑応答は終了だ」
「まだ一つしか答えていませんが?」
「十分だ。君の素質はある程度掴んだ」
ロインは立ち上がり
「良い子だ」
柔和に微笑む。
「それじゃあ僕はこれから色々大変になるだろうから、暫くお別れだ。是非機会があれば、また食事でもしよう」
ポチャン
まるで水が落ちたかのような音と共に
「……消えた」
まるで最初からそこにいなかったように、ロインの姿は見えなくなる。
「これは一体……」
「騎士に入れば教えてもらえるかもな」
「っ!!アイギス!!」
いつの間にか俺の後ろに立っていたアイギス。
「さぁ、帰ろうか」
そしてあっさりと、俺への疑いは解かれたのだった。
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